航空輸送事業の気候変動対策と グローバル・セクター・アプローチ

日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
航空輸送事業の気候変動対策と
グローバル・セクター・アプローチ
―ポスト京都議定書へ向けた自主的取り組みの可能性―
塩谷 さやか
桜美林大学ビジネスマネジメント学群
Today’s air transport industry is increasingly called upon to control greenhouse gas emission (GHG). Main measures to reduce
aircrafts’emission include: improved operational efficiency; improved energy efficiency through the redesigning of aircrafts; and
development of alternative fuels. Through these measures, it may be possible to reduce GHG emission by 50% by 2050, as compared
with a BAU scenario.
In overview of today’s environment surrounding the aviation industry, there is a difficulty to agree on internationally coordinated
measures and on a setting of global reduction goals, due to the confrontation based on national interests, deriving from the opposing
principles between the Chicago Convention and the Climate Change Framework Convention. In contrast, IATA, an industry
association, presented“Global Sectoral Approach”, with ambitious goals including specific GHG reduction targets. With a seemingly
deadlocked negotiation toward building a post-Kyoto Protocol framework, IATA’s“Global Sectoral Approach”may be a way to
resolve the issue.
1.はじめに 国の気候変動委員会は、
「チープ・フライ
果ガス削減戦略を主に検討する。考察の中
近年、気候変動の観点から航空業界に対
トの時代は終わった」と業界の現状に警告
心は、ICAOの国家レベルアプローチ
(京
する批判の目が厳しくなっている。航空輸
を発している。同委員会によれば、航空輸
都議定書方式)と、IATAを中心とする業
送は、これまで厳しい気候変動対策がとら
送産業の排出量は現在同国総排出量の6 ∼
界レベルのアプローチ
(グローバル・セク
れてこなかった。温室効果ガスの世界総排
8%を占め、今後何の対策もとらなければ、
ター・アプローチ)のパフォーマンスの相
出量のうち航空輸送産業の占める割合は2
2050年までに乗客数は2億3000万人から7
違である。
%程度とそれほど大きくないこと、また国
億人に増加し、航空排出量は総排出量の4
際線に関しては、その排出量の国別排出量
分の1に達すると予測される。以上から委
2.航空輸送の排出量予測と削減の可能性
への帰属の困難さから、京都議定書の国別
員会は、イギリスの長期目標達成のために
航空業界における排出の現状・予測と削
排出目標の中に航空輸送産業
(および海運
は2050年までの航空乗客数の伸びを60%
減可能性はどのようなものか。ここでは、
(1)
業)の排出量が含まれず、これまで国際的
に抑える必要があると指摘している 。
規制の対象外となってきたことなどがその
本論文の目的は、このように近年重視さ
ン タ ー が2009 年12月 に 発 表 し た 報 告 書
理由である。しかし、近年におけるグロー
れつつある航空輸送産業の気候変動対策の
(McCollum et.al, 2009)に依拠してそれら
バリゼーションの進展、新興国の経済発展
現状と課題を整理することである。以下ま
を検証する。
と所得増大、航空輸送市場における自由化
ず第1節では、航空輸送産業の今後の排出
まず航空需要であるが、2000年から2006
の進展、また LCC(Low-Cost Carriers:
量の予測と、排出量削減のための技術的可
年にかけて、航空旅客輸送の世界全体の需
新規格安航空会社)の台頭による旅客輸送
能性を概観する。次に第2節では、航空分
要は年平均3.8%の増加率を示している。
のアフォーダビリティの飛躍的向上などを
野の環境政策として、主にICAO(Intern-
特にアジア地域での増加が著しく、たとえ
背景にして、航空輸送は世界の経済成長率
ational Civil Aviation Organization:国際
ば同期間中アメリカの増加率が年平均2.2
を上回る速さで発展しており、その温室効
民間航空機関)による取組みの現状と問題
%であったのに対して、中国は15.5%であ
果ガス排出量も増大を続けている。
点を主に検討する。そして第3節では、航
った。2008年の世界金融危機により短期的
現在、航空輸送の排出量増加にとくに危
空輸送産業の企業側対策として、IATA
には若干の伸びの抑制が予測されるものの、
機感を持っているのは、イージージェット
(International Air Transport
長期的にみれば、航空輸送は今後も高い増
などLCCの発展著しいイギリスである。同
Association:国際航空輸送協会)の温室効
加が見込まれる。一方、航空輸送からの排
−41−
気候変動のシンクタンクであるピュー・セ
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
出量の動向を示した表−1をみると、原油
表−1 アメリカと世界の温室効果ガス排出量
価格の上昇と航空輸送の効率性向上により、
米国国内線の排出量は1990年以来ほぼ横
ばいとなっている。しかし、世界全体の国
際線排出量は、90年から2005年までに50
世界 合計
世界 航空
1990
2005
全人為排出源
39,400.0
49,000.0
24%
化石燃料の燃焼のみ
20,987.6
27,146.3
29%
- 641.0
-
合計(国内線+国際線)
%以上増加している。
国際線
表−2は、航空輸送の今後の需要予測を
アメリカ
合計
全人為排出源 国内
アメリカ
運輸
示したものであるが、アメリカを除く世界
の国内線・国際線を合わせた航空輸送は、
旅客輸送で年率4%、貨物輸送で5%という
見通しである。それにともない航空部門か
255.4
388.8
52%
7,129.9
16%
化石燃料の燃焼のみ 国内
4,724.1
5,731.0
21%
全運輸部門 国内
1,488,1
1,874.5
26%
全運輸部門 国内+国際
1,601.8
1,997.1
25%
136.7
150.4
10%
33.9
16.9
−50% 軍事 国内
アメリカ
航空
変化%
6,148.3
民間 国内線
高い伸びを示し、2030年までには旅客輸送
で150%弱、貨物輸送でほぼ200%増加する
単位:CO₂換算100万トン
汎用航空
国際線
9.4
13.8
47%
46.2
68.2
48%
らの世界全体の排出量は、今後何も対策を
合計 国内
180.0
181.1
1%
とらなければ年率3.1%の割合で増加し、
合計 国内+国際
226.2
249.3
10%
旅客・貨物合わせて2030年までに60%増、
出所:McCollum et.al 2009, p.5より筆者作成。
40年後の2050年までには300%増、つまり
表−2 航空輸送の需要予測
現在の4倍の排出量になる。
年成長率
(%/年)
現行水準からの
成長率
アメリカ国内線 旅客
0.8
2030年までに27%
アメリカ国際線 旅客
2.7
2030年までに95%
航空機からの排出量の主要削減策は3つ
市場
ある。第1に飛行機の操縦効率の向上であ
る。これは短期的対策で、階段状に滑走路
に進入するステップダウン方式から直線状
連 続 的 に 滑 走 路 に 誘 導 さ せ るCDA
(Continuous Descent Arrival: 継 続 降 下
世界全体(アメリカを除く) 旅客
(国内線+国際線)
アメリカ 航空貨物(国内+国際)
世界全体(アメリカを除く) 航空貨物
(国内+国際)
到着方式)への転換など到着時軌道マネジ
4
2030年までに146%
3.5
2030年までに124%
5
2030年までに199%
出所:McCollum et.al 2009, p.11より筆者作成。
メントの改善や、先進的なCNS(Communi
cations, Navigation and Surveillance: 通
信・ 航 法・ 監 視 )
・ATM(Air Traffic
Management:航空交通管理)導入による
いる。また実用性が不確定な最先端技術に
点が移っている。ブレンド・バイオ燃料は、
飛行経路の短縮・上空待機の削減など、航
は、層流翼の採用による粘性抵抗の低減や
機体の再設計や更新が不必要で既存の機材
空機操縦のシステム効率向上により航行の
翼・ボディ一体型機体などがある。一般に、
で利用可能なため、その意味では経済的に
無駄を削減しようとするものである 。米
これらの方策はスクラップ化と新規投資を
も有効な対策であるが、実用化には技術的
国
必要とし、方策としては最も費用がかかる
問題の他に供給確保の点でも問題を抱えて
Transportation System:次世代航空輸送
オプションの一つである。
おり、将来性は不透明である。
システム)イニシアチブや、欧州のSESAR
第3の削減策は代替燃料の開発・利用で
報告書では、これらの対策をフルに活用
(Single European Sky ATM Research:
あり、これも長期的な対策である。現在、
すれば、①の燃料効率の向上で5%、②の
単一欧州航空ATM研究)は、操縦効率改
航空機燃料はケロシンタイプのジェット燃
航空機自体の燃料効率の向上で35%(うち
善を検討する代表的プログラムである。
料が99%を占める。代替燃料としてはバイ
既成技術で20%、最先端技術で15%)
、③
第2は、飛行機自体の再設計によるエネ
オ燃料が有力であるが、エタノールはパワ
の代替燃料で24%、合計では2050年の排出
ルギー効率の向上である。これは中長期的
ーが弱く、その使用には主翼の大型化など
量を、何も対策をとらないBAU(business
対策で、既知の技術には推進システム
(エ
機体の再設計が必要であり、ケロシンにブ
as usual)のケースに比べて約50%削減で
ンジン)の性能向上や軽量素材の使用、ウ
レンドするのが現実的であると考えられて
きるとしている。BAUでは300%の増加で
イングレットのような空力制動の改善など
いる。バイオ燃料の開発は、サトウキビや
あるから、それを現在の2倍の排出量に抑
がある。これらの技術はエアバスA380に
トウモロコシなど食料を原料とする第1世
制できるわけである。ただしそのためには、
お い て す で に 利 用 さ れ、 今 後 エ ア バ ス
代バイオ燃料から、カメリナやジャトロフ
航空業界に対する国際的・国内的な政策的
A350やボーイング787に導入が予定されて
ァなど非食料系の第2世代バイオ燃料に重
介入が不可欠であるとしている。そこで次
(2)
のNextGen(Next Generation Air
−42−
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
節では、航空分野に対する気候変動政策の
取引制度に他の締約国の国際航空を適用す
保の立場を表明している。
現状をみることにする。
る際には、当該締約国同士の相互同意が必
以上が現在までのICAOによる取組みの
要」との内容が盛り込まれ、このガイダン
概略であるが、まず目標設定については、
3.航空分野に対する気候変動政策
スは2007年の第7回航空環境委員会で採択
掲げられている目標は主に燃料効率ベース
3−1 ICAOによる気候変動への取組み
された。さらに同年の第36回総会決議で
の改善目標であり、しかも年率3 ∼ 5%と
冒頭でも述べたように、1997年に策定さ
は、シカゴ条約の「非差別原則」と気候変
される今後の航空需要の伸びと比較すれば、
れた京都議定書では、国際線排出量は国別
動枠組み条約の「共通だが差異ある責任」
実質的には排出増を認める内容となってい
削減量に含まれない。その代わり議定書で
の両者を尊重すべきこと、今後、国際航空
る。目標自身も各国に対して義務的に適用
に
に関する燃料効率性ベースの意欲的目標を
されるものではなく、達成方法も各国にそ
排出量抑制・削減の検討を求めている
(京
設定することといった内容とともに、排出
の選択を委ねられている。また、目標達成
都議定書第2条第2項)
。本節ではまず、
量取引を導入する場合には相手国の同意を
上重要な経済的手法の導入に関しては、
このICAOによる気候変動への取組みを検
必要とすることが決議されたが、EUは留
EU-ETSの適用に関して対立が続いている。
討する
(以下の記述は、主に日原勝也ほか
保の立場を表明した。
その意味で、ICAOの気候変動対策は極め
2008年には、以上の総会決議に基づき、
て不十分な内容にとどまっていると言わざ
による)
。
GIACC(Group on International Aviation
るを得ない。
気候変動問題に対するICAOの取組みは
and Climate Change:国際航空と気候変
その最大の原因は、シカゴ条約の定める
比 較 的 遅 く、2004年 か らCAEP(the
動に関するグループ)を設置して行動プロ
「締約国の非差別的な取り扱いの原則」
(非
Committee on Aviation Environmental
グラムを策定することとなった。GIACC
差別原則)に基づいて編成されるICAOの
Protection:航空環境委員会) で気候変
は、日、豪、伯、加、中、仏、独、印、墨、
組織原理に、それとは異質な「共通だが差
動対策の本格的検討が始まった。その中心
ナイジェリア、露、サウジアラビア、南ア、
異ある責任」という気候変動枠組み条約の
的テーマは、国際的な排出量取引制度に国
瑞、米の15 ヵ国の政府高官で構成される
編成原理が持ち込まれたことにある。周知
際航空を組み込む場合のガイダンスの策定
グ ル ー プ で、2009年6月、 最 終 報 告 書 を
のように、京都議定書ではこの原則に基づ
であったが、協議は当初から難航した。
ICAO理事会に提出した。行動プログラム
き途上国の削減義務が免除されており、ま
2005年 か らEU-ETS(EU Emission Trading
は、①短期・中期・長期の目標設定、②
たポスト京都議定書の枠組み作りにおいて
Scheme:EU域内排出量取引制度)を導入
GIACCが策定した政策バスケットの理事
も、途上国を含めた世界全体の削減目標を
しているEUは、航空分野にも排出量取引
会による採択と深化の提言、③各国による
設定する上で、本原則の存在が大きな障害
を積極的に拡大すべきであり、また欧州発
自主的な行動計画の策定・提出の勧告、④
となっている。ICAOにおける取組みでは、
着の航空会社は、域内外を問わず等しく
市場ベースの措置に関する申し送り、⑤
そうした国際政治の構造が再現されている
EU-ETSを適用しうるという立場をとって
ICAOに対する要請などからなる。このう
のである。
いた。これに対し米国、日本、豪州などは、
ち①については、2050年まで燃料効率を年
国際民間航空条約
(シカゴ条約)に基づき、
2%改善することを掲げている。
3−2 国・地域レベルの取組み
外国運航者を組み込む場合には相手国の合
その後ICAOは、2010年9-10月に行われ
次に国・地域レベルの取組みでは、様々
意が必要であると主張した。シカゴ条約は
た第37回総会において、ResolutionA37-19
な経済的手法の導入を指摘することができ
(3)
は、航空分野の国際機関であるICAO
(2009)
、山口勝弘
(2008)
、田中鉄也
(2008)
(4)
1944年に締結された国際条約で、
「国際運
を採択した。この決議は、自らが掲げる年
る。まず挙げられるのは、EU-ETSへの航
送業務が機会均等主義に基づいて確立され、
2%の燃料効率改善という目標が不十分で
空部門の組み入れであろう。2006年、欧州
健全かつ経済的に運営されるように、一定
あることを認め、航空の持続可能な道のた
委員会が民間航空機からの温室効果ガス排
の原則及び取り決め」
(条約前文)を定めた
めにはより野心的な目標が必要であると述
出について、EU-ETSの規制対象とする方
ものである。また中国やインドを中心とす
べ、2020年以降に国際航空分野からの排出
針を発表した。航空機が排出する温室効果
る途上国は、途上国航空会社への排出量取
量を2020年レベルに抑制するという努力
ガスは、EUの総排出量の約3%に相当して
引制度の一律適用は、気候変動枠組み条約
目標を掲げている。また経済的手法に関し
おり、1990年から2004年までの増加率は
の「共通だが差異ある責任」の原則に反す
ては、3年後の次期総会までに枠組みを作
87%と急増していた。このまま何の対策も
ると主張した。2006年には、EUが欧州発
成するとともに、既存の排出量取引制度を
講じなければ、2005年から2020年には、排
着の航空会社をEU-ETSに一方的に組み込
国際航空分野に適用する際には、対象国の
出量はさらに倍増すると予測されており、
む提案を行い、対立はさらに激化した。
間で建設的に協議・交渉を行うこととして
EUの京都議定書の目標である1990年比8%
この論争についてICAOでは、排出量取
いる。これはEU排出量取引制度の一方的
削減のうち、4分の1が航空機からの排出
引に関するガイダンスの中で、
「締約国の
導入を牽制するものであり、EUは再度留
により相殺されてしまうと試算されている。
−43−
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
欧州委員会は、航空機からの排出量をEU-
輸送産業に対する政策的関与がEUを中心
②2009年から2020年にかけて燃料効率を
ETSの対象とすることにより、2020年の
に強まりつつある。それでは、こうした現
年率で1.5%改善する、③2050年までに総
排出量を、対策を講じない場合に比べて46
状に対応する航空輸送産業の業界側の取組
排出量を2005年比で50%削減する、という
%削減することができるとしている 。
みはどのようなものであろうか。ここでま
一連の野心的な中長期目標を掲げている。
(5)
さらに2008年には、欧州議会が航空分野
ず 注 目 す べ き は、IATA(International
「4本柱戦略」のうち、最も展望あるもの
をEU-ETSに組み込む法律を採択した。そ
Air Transport Association: 国 際 航 空 輸
と考えられているのが技術の改善である。
れによれば、EU域内を飛行する航空機は
送協会)の取組みである。IATAは国際線
IATAは、新しい機体デザイン、軽量素材、
2011年から、EU域内と域外の間を離発着
を運航する航空会社、空港、旅行代理店、
革新的なエンジン、バイオ燃料などの技術
する航空機は2012年からEU-ETSに組み込
その他関連企業の業界団体であり、1945年
において航空産業は現在大きな前進を成し
まれる。 対象企業
(航空会社、ビジネス・
に設立され、現在、115 ヵ国の航空会社
遂げつつあるとし、今後2020年までに新し
ジェット・オペレーター、航空機製造、外
230社が加盟している団体であるが、その
い機体の開発に1.5兆ドルを投資し、2020
国軍隊)は4000社であり、各航空会社には、
IATAがこの間提唱してきたのが、
「グロ
年までに全機体数の27%にあたる約5500
2004 ∼ 06年の排出量の平均値をもとにし
ーバル・セクター・アプローチ」
(Global
体の機体を更新することによって、何も対
た排出枠が割り当てられる。そして2012年
Sectoral Approach)
である。
策をとらなかった場合に比べて総排出量を
は3%削減、2013年には5%の削減をめざす
このアプローチは、航空産業の気候変動
21%削減できるとしている。またバイオ燃
としている。
政策を国別ではなく部門全体として取組む
料についても、完全な炭素ライフサイクル
次に挙げるべき国レベルの取組みは、航
ものである。航空は本来的にグローバル産
を確立すればCO₂排出の80%削減も可能で
空への環境課税である。現在EUでは、イ
業であり、その温室効果ガス排出は複数の
あると大きな期待をかけており、2017年ま
ギリス・オランダ・アイルランドが航空旅
国々さらに異なる大陸間におよぶ。その意
でに代替燃料を10%使用するという数値
客税を導入している。イギリスの場合、短
味で、グローバルな移動排出源である航空
目標を掲げている。
距離で5ポンド、長距離で10ポンド、オラ
産業の温暖化対策は、そもそも国家的規制
以上、IATAによる気候変動への取組み
ンダは短距離11.25ユーロ、長距離で45ユ
にはなじまない。しかし現状では、各国の
を概観してきたが、国益に縛られ大胆な目
ーロである
(ただしオランダは世界金融危
航空産業への対策は相互に異なっており、
標を打ち出すことのできないICAOに比べ
機の影響で2009年に同税を廃止)
。また航
国や地域の政策が相互に衝突・重複する結
て、IATAが総量規制を含む野心的な目標
空課税で注目される試みの一つに、フラン
果となっている。それゆえ航空は分離され
を掲げている点が興味深い。IATAはこれ
スが2006年に導入した「国際連帯税」が挙
た部門として扱われるべきであり、またそ
を主に技術革新と設備投資によって実現す
げられる。この国際連帯税は、フランス発
の排出量は国ごとではなく、グローバルな
るとしており、その経済的実現可能性は現
の航空機の航空券に課税されるもので、
レベルで計算されるべきであるとこのアプ
時点では未知数であるものの、その積極性
2005年に当時のシラク大統領が国連でミ
ローチは主張する。そして、ICAOがこの
は高く評価できる。
レニアム開発目標のために財源確保の国際
アプローチを推進する機関となるべきこと、
さらに近年では、気候変動対策の積極的
連帯強化を提唱したことを受けて創設され
また政治的リーダーシップと革新的解決策
推進を唱える企業連合を形成する動きもあ
た。税収は貧困解消やエイズ治療・予防な
によって「非差別原則」と「共通だが差異
る。その代表的な事例が、2009年、エール
どに用いられる。国際連帯税は他にも複数
ある責任」の両立は可能であるとしている。
フランス、KLMオランダ航空、英国航空、
国が導入を表明しているが、こうした動き
IATAは、このアプローチに基づいて、
キャセイ・パシフィック航空、ヴァージン・
は、航空課税が一種の「罪悪税」
(sin tax)
これまで意欲的なビジョンを次々と打ち出
ア ト ラ ン テ ィ ッ ク 航 空、 航 空 運 営 会 社
としての意味合いをも持ちつつ、今後拡大
してきた。まず2007年には、航空からの温
BAAの5社が創設した「アビエーション・
する可能性もある 。それは公共交通とし
室効果ガス排出を緩和するための環境ビジ
グローバル・ディール」
(Aviation Global
ての航空輸送の意義や役割が、気候変動の
ョンとして、50年以内にゼロ・エミッショ
Deal)である。同連合は、COP15に際して
観点から問い直されることを意味するであ
ンの商用機体を製造すること、そしてこの
ポスト京都議定書の枠組みに国際航空輸送
ビジョンを達成するために「4本柱戦略」
からのCO₂排出量も含めるよう声明を発表
(6)
ろう。
(Four Pillar Strategy)を適用することを
し、業界として世界の排出量削減と厳しい
4.航空輸送産業の対応
唱えている。4本柱とは、①技術の改善、
目標達成に向けた責任感を持つべきである
4−1 IATAによる取組み−グローバル・
②効率的な操縦、③効率的なインフラ、④
と主張している。そして、同連合は2020年
セクター・アプローチ
経済的手法である。そして2009年6月には、
までに05年比20%削減をめざし、航空セク
以上前節では、国際機関および国・地域
①2020年から排出量にキャップを導入し、
ターの排出量取引オークション収入を途上
の取組みの現状をみてきたが、総じて航空
カーボン・ニュートラル成長を実現する、
国の気候変動計画に充てる構想を打ち出し
−44−
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
ている。その後同連合にはフィンランド航
ロファ 15%、藻1%)を用いて羽田−仙台
(8)
情報の提供と航空機による大気観測、環境
空、カタール航空、ヴァージン・ブルーが
沖を往復した 。
教育講座の実施、
「JALエコジェット」を
参加し、途上国や産油国の航空会社をも巻
また、最近とみに活発化しているのが、
就航させる「空のエコ」プロジェクト推進、
き込んだ企業連合へと拡大しつつある。
新世代バイオ燃料の開発競争である。近年
カーボン・オフセット導入などを行っている。
におけるその主な動きを示した。表−3に
一方、ANAは世界トップ水準の「環境
4−2 個別企業による取組み
見られるように、バイオ燃料開発には、先
リーディング・エアライン」をめざすとい
比較的初期の取組みとしてまず挙げられ
進国の航空企業のみならず途上国・産油国
う理念の下、2008年5月に「エコロジープ
るのが、カーボン・オフセットの導入であ
の企業も積極的に取り組んでいる点が興味
ラン2008−2011」を発表している。注目
る。カーボン・オフセットは2007年から各
深い。また、バイオ燃料の商業化をめざす
されるのは、世界の航空会社で初めてCO₂
社が取組むようになり、現在では欧米の航
航空会社主導のワーキング・グループとし
総排出量の目標を掲げていることである。
空会社で広く導入されている。これを最初
て、
「持続可能航空燃料使用者グループ」
そこでは、国内線の2008 ∼ 2011年度の排
に導入したのは、業界の中でも環境対策に
(Sustainable Aviation Fuel Users Group)
出量を年平均470万トン以内に抑制するこ
熱心なことで知られる英国航空であり、英
が形成されている。メンバーはエアー・フ
とがめざされており
(2006年度は490万ト
国航空では2005年からオフセットの機会
ランス、ニュージーランド航空、ANA、
ン)
、2008年度の実績は455万トンであっ
を提供している。同社のサイトからチケッ
カ ー ゴ ラ ッ ク ス、 ガ ル フ 航 空、JAL、
た。また、国内線・国際線の有償トンキロ
トを購入する際に、オフセット用のクレジ
KLM、SAS、ヴァージン・アトランティ
当 りCO₂排 出 量 を、2011年 度 に お い て 対
ットを購入することができる。クレジット
ック、キャセイ・パシフィック航空、アラ
2006年度比で10%削減するという燃費の
の価格は、購入路線で消費される燃料費に
スカ航空、英国航空、TUIフライ、ヴァー
目標も設定されている
(2008年度の実績は
応じて算定され、たとえばロンドン−マド
ジン・ブルー、カンタス航空、エティハー
対2006年度比で0.6%減少)
。さらに、こう
リード間往復は5ポンド、ロンドン−ヨハ
ド航空の各社であり、ボーイング、ハネウ
した削減目標を達成するために、ボーイン
ネスブルグ間往復は13.3ポンドである。ク
エルが協賛メンバーとなっている。IATA
グ787を50機発注し、省燃費型の航空機導
レジットの購入資金は、英国航空が提携し
も先に指摘したようにバイオ燃料の開発・
入を積極的に進めている。このように、
ているクライメット・ケア社を通じて、途
利用推進に熱心であり、2010年からはバイ
ANAでは具体的な削減目標と投資に関す
(9)
上国の環境事業に用いられる。またヴァー
オ燃料の認証制度を導入する予定である 。
る計画が明示されている点が興味深く、今
ジン・アトランティックの場合には、機内
なお最後に、日本の航空会社の取組みを
後の動向が注目される。
でもクレジットを購入可能であり、ロンド
簡単に触れておく。まずJALについては、
ン発ニューヨーク片道エコノミーで5ポン
先述のボーイング社と実施したバイオフラ
5.おわりに
ド、ロンドン発シドニー片道ビジネスでは
イトの他、新着陸方式・エコフライトの実
以上本稿では、航空輸送産業における気
26ポンドなどとなっている。
施、軽量化の推進、エンジン定期洗浄など
候変動対策の現状を概観した。そこで明ら
一般に、航空会社は環境課税の導入に対
により2010年度までに1990年比20%の燃料
かとなったのは、国際機関ICAOを中心と
(7)
効率向上を目指している他、森林火災発見
す る「 国 家 ア プ ロ ー チ 」 と、 業 界 団 体
する拒否反応が強く 、各社によるカーボ
ン・オフセットの積極的導入は、自主的環
境税・環境料金設定として、環境課税の導
入回避のための自主的取組みという意味合
いが強い。ただし、購入の判断を顧客の自
主性にゆだねている点、価格設定や料金の
使途などが各社でまちまちである点など、
環境税の代替的取組みとしては様々な問題
点を抱えているのが現状である。
次に挙げられるのは、
バイオ燃料の利用・
開発に関する動きである。ボーイング社は、
2008年から現在まで4回にわたって、バイ
オ燃料を用いたデモフライトを実施してい
る。2009年1月にJALと行ったデモフライ
トでは、4つのエンジンのうち一つに50%
の混合バイオ燃料
(カメリナ84%、ジャト
表−3 新世代バイオ燃料開発の主な動き
ヴァージン・アトランティックが、2006年から代替燃料の開発に10年間で15億ポンド
投資することを表明。
英国航空がロールス・ロイスと代替バイオ燃料の実験に着手。2014年にはバイオ燃料
工場を建設。
米GEとブラジル航空機メーカー・エンブラエル、新規航空会社アズールなどがサトウ
キビ原料のバイオ燃料実用化で協力。
米ハネウエルと中国石油天然気集団公司が中国国内の飼料を用いたバイオ燃料開発協
力で合意。
カタール航空、カタール科学技術パーク、カタール石油がエアバスの支援の下、バイ
オを含む代替燃料開発を実施。
UAEアブダビ首長国のエティハード航空、アブダビ未来エネルギー公社、米ボーイン
グ、米ハネウエルがバイオ燃料の研究開発推進で合意。アブダビの砂漠で海水を用い
た農業方法を確立し、バイオ燃料の原料生産・バイオ燃料開発をめざす。
出所:Regulatory Affairs Review、日本経済新聞、日経産業新聞の記事より筆者作成。
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日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
IATAによるアプローチ間で、気候変動の
ghg-neutrality-and-reduction/
CO₂排出量推計では、新幹線は航空
体制構築に関するパフォーマンスに著しい
climate-change-goals-target-cheap-
の約9分の1である。
相違があることである。ICAOによる取組
airline-fares)
(7) たとえばキャセイ・パシフィック
みは、主権国家の利害対立、とくにシカゴ
(2) ただし、航空飛行におけるシステム
CEOのトニー・タイラーは、COP15
条約の「無差別原則」を掲げる先進国と気
効率の向上がさらなる航空需要の増
へ向けた声明の中で、次のように述
候変動枠組み条約の「共通だが差異ある責
大を招き、システム効率の向上によ
べている。
「最初は6ドルから始まっ
任」を掲げる途上国の対立により、気候変
る排出量削減を相殺してしまう可能
ても、10ドル、12ドルへとすぐに引
動の国際的な体制づくりや総量規制を含む
性もある。たとえば、SESARによ
き上げられるのが税金の性質である。
積極的な削減目標の設定が困難になってい
る排出量削減の半分が需要増によっ
英国の航空旅客税も導入当初の1994
る。対照的に、IATAは「グローバル・セ
て相殺されるという研究もある
年は短距離路線で一人あたり5ポン
クター・アプローチ」を掲げ、具体的な削
(McCollum et.al,2009, p16)
。
ド、長距離路線で10ポンドであった
減目標を含む意欲的な目標を提示している。 (3) ICAOは1944年の国際民間航空条約
が、来年にはプレミアム長距離路線
また、競争力の向上や将来的な規制強化を
(シカゴ条約)
に基づき1947年に創設
で170ポンドとなる予定である。税
見越し、先進国のみならず途上国・産油国
された国連機関であり、本部はモン
金は一旦導入されれば簡単に増額さ
の航空会社をも巻き込んだ企業の自主的な
トリオールにある。総会、理事会、
れるのは周知のことである。
(
」2009
取組みも始まっている。
事務局、各委員会により構成される。
年10月9日 付ecoolプ レ ス リ リ ー ス、
IATAの掲げるアプローチに関しては、
加盟国は190 ヵ国、日本は1953年に
http://www.ecool.jp/press/2009/
京都議定書において国際航空輸送産業の排
加盟している。
10/ceoco2.html)
出量が国別排出目標から除外された時点で、 (4) CAEPのメンバー国は、アルゼンチ
(8) 日本航空のデモフライトの内容につ
一種の「グローバル・セクター・アプロー
ン、加、仏、伊、オランダ、南アフ
いては、たとえば阿部泰典
(2009)を
チ」がすでに実現されているとみることも
リカ、スイス、豪、中国、独、日本、
参照。
できる。しかし、国際機関ICAOによる問
ロシア、スペイン、チュニジア、ブ
(9) 一方、ユナイテッド航空CEOのグレ
題の取り扱いは、国民一人当り排出量の格
ラジル、エジプト、ポーランド、シ
ン・ティルトンは、航空業界はバイ
差など、国家単位でみた衡平性の原理の介
ンガポール、スウェーデン、英国、
オ燃料の開発投資の余力がなく、政
入をどうしても許してしまう。これに対し
米国の21 ヵ国である。
府が大規模な支援をすべきだと述べ
て、先進国・途上国企業を同列に扱う航空
(5) なお、航空部門のEU排出量取引制
ている
(Regulatory Affairs Review,
業界による問題の取り扱いは、そうした原
度への組み込みによるチケット価格
Issue: 37.30, 05-Oct-2009to16-
理の介入を回避することができるのである。
への影響については、追加コストを
Oct-2009, p.46)
。ヴァージン・ブル
周知のように、COPにおけるポスト京都
全額上乗せした場合、2020年までに
ーも同様の声明を行っている。
議定書の枠組みづくりは、主として米国と
EU域内フライトでは1.8 ∼ 9ユーロ、
中国・インド・ブラジルなど途上国との対
ニューヨークまででは8 ∼ 40ユーロ
立により難航しているのが現状である。気
になると試算されており、燃料価格
候変動枠組み条約の「国家レベルアプロー
の上昇よりも顧客への経済的負担は
IATA, A global approach to reducing
チ」が国益の対立で迷走する中で、航空業
軽いとされている
(大塚俊和、2007)
。
aviation emissions. First stop: carbon-
参考文献
界の「グローバル・セクター・アプローチ」 (6) その他の反航空・脱航空の動きとし
neutral growth by 2020, IATA, 2009.
による取組みは、気候変動の国際政治が直
て重要なのは、鉄道への投資の拡大
McCollum, David, Gregory Gould and
面している困難の解決の一つの方向性を示
である。たとえば2009年の米国回復・
David Greene, Greenhouse Gas Emissions
唆しているように思われる。
再投資法には、高速鉄道への80億ド
from Aviation and Marine
ルの投資が含まれている。高速鉄道
Transportation: Mitigation Potential and
の旅客キロ当りのエネルギー消費は
Policies, Pew Center, 2009.
航空よりも6 ∼ 8割少なく、500 ∼
阿部泰典「日本航空のバイオ燃料によるデ
800kmの距離なら鉄道に比較優位
モフライト」
『日本ガスタービン学会誌』
Goals Target Cheap Airline Fares’
があるとされている
(McCollum
Vol.37、No.5、2009年、17-20頁。
, Green Living Ideas, Dec.08, 2009.
et.al, 2009, p.21)
。 な お、 航 空 と 新
大塚俊和「EU−ETSの最新動向」2007年
(http://greenlivingideas.com/
幹線の排出量を比較した柴原尚希ほ
3月14日付エコロジー・エクスプレス。
topics/money-and-finance/carbon-
か
(2009)によれば、東京−大阪間の
柴原尚希・服部有里・森本涼子・加藤博和・
注
(1) Jennifer Lance, ’Climate Change
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日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
林良嗣「LCAを用いた航空と新幹線のCO₂
排出量の比較」
『第17回地球環境シンポジ
ウム講演集』2009年、19-25頁。
田中鉄也「ICAO / CAEPの動向―国際航
空分野の地球環境問題に係る動向につい
て」
『航空環境研究』No.12、航空環境研究
センター、2008年、30-32頁。
日原勝也・岡野まさ子・鈴木真二「国際民
間航空と地球環境問題∼ ICAOにおける最
近の議論と今後について∼」
『日本航空宇
宙学会誌』第57巻第670号、2009年、309312頁。
山口勝弘
「排出権取引と航空」
『ていくおふ』
Summer、2008年、10-17頁。
ANA『ANA CSRレポート2009』
、2009年。
JAL『JAL CSR報告書2009』
、2009年。
Regulatory Affairs Review.
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日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
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