日本の海外パッケージツアー、 その功罪と未来 - JAFIT

日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
《研究ノート》
日本の海外パッケージツアー、
その功罪と未来
竹中 正道
ツーリズム マーケティング コンサルタンツ 代表
It is not an overstatement to say that the history of the Japanese travel industry is tightly bound up with the package tour.
Through the efforts of travel companies, package tours have been customized to Japanese travelers, and have played a major role in
bringing overseas travel to the mass market. Excessive competition and aggressive selling, however, have led to reduced product
quality, and also resulted in wastage and attrition among companies within the industry. Furthermore, the range of problems that
have arisen in relation to package tours has had an impact on the industry’s relationships with airlines and overseas suppliers,
resulting in structural issues that still exist today. This paper examines the history of the package tour, and reconsiders its merits
and demerits, identifying relevant problems and issues and proposing an image for future package tours. The economic situation
surrounding package tours is currently extremely severe, with many wholesalers in particular facing an extremely uncertain future.
The Japanese travel industry now needs to reconsider both its conceptual and structural approach, in order to transform itself into
an industry that can create value over the long term.
1.はじめに
(背景・目的)
そして商品を構成するパートナー各社の体
2−1 黎明期
(1964年∼ 1970年)出国者
今やパッケージツアー
(以降パッケージ
力消耗、疲弊を招き、旅行品質の低下にま
数127,749人∼ 663,467人 と表記)という名称は一般的で、誰もがそ
で影響を及ぼすことになってゆく。
海外観光旅行元年からジャンボジェット
の概要を理解できる。ただし多種多様な形
そして2001年9月11日の米国同時多発テ
機日本初就航までの期間で、出国者数ベー
態があるため、パッケージは旅行業法と旅
ロ以降、テロや感染症、風土病、金融ショ
スでは約5倍に伸びた。
(表−1・図−1)
行業約款の中で、
「募集型企画旅行」 とし
ックなど海外旅行を阻害する外的要因が旅
当初は外国航空会社を中心に、それぞれの
て定義づけが成されている。従って本稿で
行業界を襲い、国民性もあってその回復が
航空便を使用するパッケージを航空代理店
は、この「募集型企画旅行」の定義に沿っ
ままならず、出国者数やパッケージの低迷
経由で販売したが、まだ旅行会社が主体的
て論を進めていくことにする。またここで
停滞期を迎えて現在に至る。
にパッケージを企画し、独自の流通で販売
論じる過去から現在に至る経緯や傾向は、
そこで本稿ではこのような厳しい環境の
していくまでには多少時間を要した。ただし
大手総合旅行会社を中心とした一般的なも
中、日本人の海外旅行形態のコアを成すパ
一方ではビジネス国際化の波に乗って、パ
(1)
のであり、全ての旅行会社や関連産業に当
ッケージを再度振り返って検証し、その功
ッケージ以外の業務渡航シェアも高かった。
てはまる訳ではないことを冒頭に記しておく。
罪を見つめ直すことによって問題点や課題
外航ではスイス航空の
「プッシュボタン」
海外観光旅行自由化以降現在に至るまで、
を炙り出し、今後の在り方に言及すること
が本邦初のパッケージとして1964年に登
日本の旅行業界の歴史はパッケージと共に
にした。それにより、今後も海外旅行の中
場し、日系では1965年に日本航空主導の
歩んできたと言っても過言ではない。1964
核を成すパッケージの将来を浮き彫りにし、 「ジャルパック」が登場する。日本語イン
年の自由化当初13万人弱であった日本人
難題山積の現況克服の一助にすることを目
フラの強みや安心感をアピールする和製パ
出国者数は、ピーク時の2000年には約1780
的に置いた。
ッケージの誕生であるが、本格的な旅行会
万人まで伸長した。この数字の正確な内訳
社主導のパッケージ登場は、1968年の「ル
は出ていないが、その多くはパッケージで
2.パッケージツアーの歴史と変遷
ック」を待つことになる。
「ルック」は、
『旅
あることは容易に想像できる。
ここでは1964年から現在に至るまでを、
行というものは航空会社ではなく、旅行会
このように市場の成長に寄与してきたパ
便宜上いくつかの期間に区切り、それぞれ
社が企画するものだ』というプライドのも
ッケージであるが、同時に過当競争が進む
の時代を振り返ってみることにしたい。
と、日本交通公社
(現JTB)
と日本通運など
中、乱売合戦の表舞台にも立たされてきた。
が提携してスタートした。現在では旅行会
−123−
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
表−1 日本人出国者数推移(単位:人) 出展:日本政府観光局(JNTO)
年
出国者数
年
出国者数
年
出国者数
年
出国者数
年
出国者数
1964
127,749
1974
2,335,530
1984
4,658,833
1994
13,578,934
2004
16,831,112
1965
158,827
1975
2,466,326
1985
4,948,366
1995
15,298,125
2005
17,403,565
1966
212,409
1976
2,852,584
1986
5,516,193
1996
16,694,769
2006
17,534,565
1967
267,538
1977
3,151,431
1987
6,829,338
1997
16,802,750
2007
17,294,935
1968
343,542
1978
3,525,110
1988
8,426,867
1998
15,806,218
2008
15,987,250
1969
492,880
1979
4,038,298
1989
9,662,752
1999
16,357,572
2009
15,445,684
1970
663,467
1980
3,909,333
1990
10,997,431
2000
17,818,590
2010
***
1971
961,135
1981
4,006,388
1991
10,633,777
2001
16,215,657
1972
1,392,045
1982
4,086,138
1992
11,790,699
2002
16,522,804
1973
2,288,966
1983
4,232,246
1993
11,933,620
2003
13,296,330
社によるランドオペレーター(2)への企画業
続々登場することになり、この傾向は同年
承認されて動き出すが、簡単に前倒しで達
務丸投げ傾向やコピー商品も見られるが、
代後半まで続く。
成する。
まさに隔世の感ありである。
80年代に入ってもホールセーラーは新
1991年の湾岸戦争では、多少の落ち込み
そしてこの期後半の1969年には、
「ダイ
規登場するが、一方で比較的高額の初期ホ
を経験するものの微減にとどまり、翌92年
ヤモンドツアー」
(郵船航空)
、や「ジェッ
ールセール・パッケージの「第1ブランド」
には回復する。1994年には関西国際空港が
トツアー」の前身である「世界旅行」
(6社
に対し、
「第2ブランド」と呼ばれる廉価販
開港、円高基調も手伝って急ピッチの伸び
共同出資)が設立され、70年代に入ってか
売のパッケージも勢力を強めていく。大型
を示していき、95年には史上最高の円高を
らのパッケージ・ホールセーラー乱立時代
機材で運航する航空会社も閑散期を中心に
記録するに至る。
を予感させることになる。
座席消化に奔走せねばならない状況下にあ
このような日本市場急成長を感じた各国
時期を同じくしてジャンボジェット機時
り、同一旅行会社が主催するパッケージ同
は、果敢な誘致合戦を展開する。また航空
代を見据えた、低価格で買い取り型のバル
士でも金額差が大きく開く、二重構造的矛
会社も全日空の国際線参入をはじめ路線網
ク運賃 が発効し、来るべき大量輸送時代
盾を生んでしまった。
や便数の拡大傾向を辿り、この両者の影響
へ一気に助走を始める。この運賃形態がそ
さらにこの時期後半には、新聞雑誌メデ
を受けたパッケージの旅行パターンも多彩
の後の旅行業界体質を変えたといわれ、日
ィアを主な広告媒体としたダイレクト・マ
となって、ラインナップが充実してゆく。
本人海外旅行大衆化には大きな貢献を果た
ーケティングのパッケージが台頭してくる。
そして市場には、ホールセール・直販、
すが、一方で業界の薄利多売的な低収益構
リテーラーへの販売手数料を省けるいわゆ
高額・廉価を問わずパッケージが溢れかえ
造を根付かせる一因ともなった。
る直販で、この廉価メディア販売が年々急
り、業界はこの世の春を満喫するかに見
成長を遂げ、大手新聞の夕刊紙を賑わせる
えた。しかし順調な市場成長とは裏腹に旅
2−2 第1次成長期
(1971年∼ 1985年)
ことになる。このメディア・パッケージが
行会社の収益性は低下、確実に薄利多売構
出国者数961,135人∼ 4,948,366人
海外旅行の大衆化や出国者数増加に寄与し
造を固めていった。また90年代に入るとホ
この期間も出国者数が、100万人弱から
た功績は大であるが、同時に過当競争、価
ールセール・パッケージにも翳りが見え始
500万人弱まで約5倍に増えた時期で、比較
格破壊、品質と信用の低下をもたらす原因
めた。
的なだらかで着実な伸びを示す。
(表−1・
ともなっていく。この時期、商品内容と価
パンフレットの中に消費者が誤認するよ
図−1)その間に2度のオイルショックを
格差を明確にリテーラーや消費者に説明出
うな内容が露見し、旅にも消費者保護の色
経験するも、第1次
(1974年)ではほとんど
来ない状態を放置し、業界全体で危機感な
合いが強まり、デメリット表示が導入され
影響を受けず、第2次
(1980年)の時も微減
く突っ走ってしまった事実は否めない。
た。つまり旅行代金の二重構造による不透
(3)
にとどまり、需要の底堅さを物語っている。
明感、旅行会社とパッケージの信用問題が、
前半1971年からの3年間は、ジャンボ機
2−3 第2次成長期
(1986年∼ 1997年)
行き過ぎとも言われる消費者保護の土壌を
やバルク運賃の恩恵を被り、短期間で倍
出国者数5,516,193人∼ 16,802,750人
作ったわけで、業界や旅行会社が自ら首を
増の200万人台に急伸長して、大衆化時代
この期間は約3倍の伸び率だが、人数ベ
絞めたことになる。
の基盤を固めた。1970年代には市場成長の
ースでは1,000万人強も増加した。
(表−1・
背景に合わせて、大手鉄道系を中心に新し
図−1)1987年には、運輸省
(当時)
の海外
いホールセール・パッケージのブランドが
旅行倍増計画
(テン・ミリオン計画)
が議会
−124−
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
図−1 日本人出国者数推移(1964年∼ 2009年、単位:千人)出展:日本政府観光局(JNTO)
2−4 不安定期
(1998年∼ 2009年)出国
ジネスモデルへ転換を迫られるところも出
3−1−2.行き易さと催行率の向上
者 数15,806,218人 ∼ 15,445.684人
(図−
てくる。その活路をインターネット販売に
パッケージはその特性上最大公約数を求
1・表−1)
見出して挽回を期したのは自然な流れでは
める商品で、採算ラインに合う一定の人数
2011年の現在は、この期間の流れの延長
あるが、その明暗は分かれた恰好だ。
を集めて催行する宿命にある。初期には団
線上にあると思われる。一進一退の不安定
ここに成長市場と見られるFITを対象と
体用航空運賃の適用条件もあり、最少催行
さが見られ、最初の1998年は前年比で6%
して、パッケージ
(募集型企画旅行)
の範疇
人員に満たないツアーはキャンセルとなる
ほど落ち込む。以前にも3%程度の微減は
であり、さらにIT機器をツールとして介
可能性が高く、売る方は販売が上がらず、
(4)
あったが、その倍に相当する減少値で、大
在させる「ダイナミック・パッケージ」
買う方は夢を砕かれるという双方にとって
きな外的要因も見当たらない。
が救世主のごとく登場してくる。システム
頭痛の種であった。
その後は、2000年に史上最多の1780万
開発やメンテナンスに高額投資を必要とす
そこで旅行会社は現地のランドオペレー
人 強 を 記 録 し た と 思 え ば、2003年 に は
るこの次世代パッケージは、業界全体が注
ターや航空会社との折衝を重ね、最少催行
SARS災禍とイラク戦争で1330万人弱へ転
目するが現時点では救世主に成り得ていな
人員の引き下げに取り組む。その結果現地
落、翌2004年は1680万人強まで挽回する。
い。
側のコストダウンや運営効率化を引き出し、
2005年以降は1700万人台を堅持してきた
団体航空運賃の人数規定を形骸化させて米
が、2008年以降は1500万人台に落ち込み
3.パッケージツアーの「功」
国西海岸、アジア、大洋州を手始めに、低
低迷中。
3−1 対消費者的側面
価格かつ2名からの催行が可能なコースを
やっと2010年になって、1600万人台に
3−1−1.日本人用にカスタマイズされ
数多く造成するに至った。
戻すが、極度な円高の中にあってこの数値
た包括パッケージ
また欧州方面を中心とする添乗員同行ツ
だと、まだまだ本格的な回復とは言えない。
パッケージという包括的ツアーは、島国
アーなどは、構造的に2名催行が困難だが、
またこの期間は、パッケージの流通が大き
で語学力の乏しい日本人にとって非常に馴
これも採算割れを覚悟して催行保証化が進
く変化していった。以前から、ホールセー
染みやすい形態であった。単なる包括に止
められた。この催行率の向上により、消費
ル・パッケージへの危機感は叫ばれていた
まらず、日本の旅行会社はそれを日本人特
者にとってパッケージの利便性が高まり、
が、メディア・パッケージなどの直販商品
有のメンタリティに対応できるよう知恵を
販売店の信用も得たことは言うまでもない。
やパーツ型の個人旅行
(以降FITと表記)用
絞ってカスタマイズし、より身近なものに
パッケージなどが支えてきた。 した。当初の外国主導パッケージを見事に
3−1−3.バラエティに富んだ品揃え
ところが2000年代初頭あたりから、ホー
消費者目線に立って日本人用に塗り替えた
海外旅行者が増えるにつれて、旅行先に
ルセーラーの経営図式が成り立ちにくくな
功績は大きく、大衆化への基盤を築いた。
対するニーズも多様化し、リピーターは新
り、大手・中堅でも規模縮小、撤退、身売
そしてその流れは今に受け継がれている。
たな行き先を求めるようになる。そして多
りを余儀なくされはじめ、非対面販売のビ
様化の流れに乗った旅行会社は、消費者ニ
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日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
ーズに呼応し、支持を得た。またSIT(5)
の大衆化に大いに寄与した。
も売れはじめ、南極なども商品化された。
費者にとっては選択肢が狭まり、歓迎でき
ない状況といえよう。
ただし残念ながら昨今では、大手を中心に
3−2−3.デスティネーション開発に貢献
ラインナップの絞り込み傾向が顕著である。
右肩上がりの成長は、成田・関西両空港
4−1−2.店舗対応能力の低下
開港や新規乗り入れエアラインを呼び、ま
第2次成長期半ばあたり、1990年には日
3−1−4.客層別のアイデア商品やサー
た日本人客を求める国や観光地を大いに刺
本人出国者数が1000万人を突破し、政府主
ビス
激した。その結果80年−90年代には、エア
導のテン・ミリオン計画を前倒し達成する。
第2次成長期の前半くらいまでは、各旅
ラインや観光局が積極的に旅行会社にアプ
市場は大いに伸び、膨らんだわけであるが、
行会社の企画力で様々なアイデア商品が、
ローチを架け、セミナーや現地研修旅行を
業務量に押され旅行会社のサービスは逆に
顧客層別に造成された。現地空港到着時の
実施して、共に新たなデスティネーション
低下傾向に陥った。
おしぼりサービスをはじめ、ハネムーナー
や切り口を開発していった。
旅行会社係員の説明やコンサル力の不足
には現地でビデオ撮影を組み込み、熟年夫
それが商品ラインナップをさらに充実さ
が指摘され、プロとしての能力を疑われる
婦には素麺などの和食を振舞う、といった
せ、新規ニーズを摘み取り、リピーターを
ことになり、最悪の場合は苦情に発展した。
具合に、現在のような単なる価格競争力だ
満足させて、購買力ある市場として世界の
その背景には、低収益性から来る販売店舗
けではなく、企画や仕入力で勝負が出来た
サプライヤーから認知されるようになった。
の適正要員問題や教育研修機会の欠如、複
時代である。まさに和製海外パッケージの
真骨頂に到達した感があった。
雑化するツアーのシステムなどがあった。
3−2−4.FIT(個人旅行)
の基盤を確立
第2次成長期後半以降、IT技術の急速な
4−1−3.不透明な現地対応
3−2 対旅行業界的側面
進歩による情報化社会の出現やリピーター
海外旅行者数が増えて価格競争が激化す
3−2−1.海外旅行市場と業界基盤拡大
の増加に伴って、個人旅行化が急ピッチで
るに伴い、旅行内容の不透明な問題が顕在
日本人に合わせてカスタマイズされたパ
進んだ。不安定期に入ってもこの「団体」
化するようになった。旅行単体で十分な収
ッケージは、黎明期から成長を続け、続々
から「個人」の大きな流れは当然パッケー
益が保てず、旅行会社はショッピングの手
と登場するホールセーラーを背景に大量輸
ジの世界でも続き、現在に至っている。
数料やオプショナルツアー収入などへの依
送時代の波に乗っていく。
個人の嗜好を満たす商品は、造成サイド
存度を高める。その結果旅行者は、内容に
一方で旅行会社内ではパッケージの取り
も販売サイドも複雑な業務やコンサル力を
透明でないものを感じるようになった。こ
扱い比率が高まって、経営の大きな柱とな
必要とするが、パートナーやシステムなど
のような「慣習」が続くにつれ、旅行者の
り、ホールセーラーは流通ネットワークを
の援護を受けて、前向きに取り組んでいっ
感じる不透明感が不信感に変わり、不信感
固める。またダイレクト・マーケティング
た。その結果ダイナミック・パッケージを
が苦情に発展していく素地を作っていった。
の会社では、新聞等の広告出稿で海外旅行
筆頭格に、現在ではかなりの方面で多彩な
自体のムードを醸成し、トレンドを発信す
選択肢を提供し、海外の都市を中心に個人
4−1−4.添乗員のレベル低下
るという大きな役目を果した。その結果パ
旅行ニーズに対応できる基盤を作りあげた。
初期の段階では旅行会社の社員添乗が多
ッケージは航空会社やホテル、ランドオペ
く、経験度や語学力に問題がある場合が多
レーターなどを含めた旅行業界全体の基盤
4.パッケージツアーの「罪」
かったが、会社への帰属意識などから来る
を確立し、牽引する立役者となった。
4−1 対消費者的側面
丁寧なサービスでカバーしていた。
4−1−1.成長期の豊富な品揃えから定
しかし急増する旅行者に比例して添乗員数
3−2−2.日本人海外旅行の大衆化に寄与
番偏重へ
も同時に増える為、派遣添乗員が登場する。
成長期のバルク運賃や団体包括運賃など
第2次成長期後半以降、旅行会社の低収
優秀なプロ添乗員も多く生まれたが、急場
の弾力運用に伴い、
「夢の」
「
、一生に一度の」
益体質が顕著に現れ、その影響はパッケー
しのぎの人選も多く、添乗の原点たるホス
海外旅行は庶民にも手が届くようになって
ジのラインナップにも波及する。旅行会社
ピタリティが崩れ始め、旅行サービスの質
いく。もちろん背景には大型ジャンボ機の
にもよるが、大手と呼ばれる総合旅行会社
を低下させることに繋がった。
普及や、日本の景気動向そして国民のライ
ほどコスト削減の波を受けて縮小再生産的
フスタイルの変化もあった。
な動きが見られるようになり、採算性の良
4−1−5.現地旅行サービスの低下
旅行業界の叡智や努力で現地の不安を解
くないツアーは切り捨てられ、結果として
添乗員と状況は同じで、現地におけるガ
消し、利便性を高め、品揃えも充実した和
安全策をとった定番型品揃えとなってきた。
イドや送迎係員といった人的サービスに関
製パッケージは、学生から熟年に至るまで
専門特化型旅行社のツアー参加や、FIT
しても、急増する旅行者に対応が間に合わ
の幅広い購買層に浸透し、日本人海外旅行
で行く手段は残されていたが、全体的に消
ず、サービスレベルが低下していく。特に
−126−
日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
ガイドはライセンス制の国も多く、急場し
に有望市場として認知されると、国内外を
のぎというわけにも行かず、評判の良くな
問わず、サプライヤーが旅行会社の担当部
い者でも使わざるを得なかった。
門、担当者に日参する状況が出来上がる。
4−2−6.旧体質の呪縛
一方これら人的サービス以外でも、価格
そのような環境の中、旅行会社は有頂天
黎明期や第一次成長期あたりまでは、市
競争激化に伴い、食事やホテルといった旅
時代を迎え、驕りが生じ始めてきた。この
場は拡大傾向で競合が少なく、
「造れば売
行を構成する基幹要素も原価圧縮の対象と
驕りが旅行商品のマンネリ化、質の低下を
れた」時代であり、消費者のもつ情報も限
なり、質の低下が進んだ。
生み、商慣習上の様々な問題の温床となっ
られていた。販売偏重型経営で何とか売れ
た。成長が鈍化し、周辺アジア諸国の力が
て、収益もある程度確保できた側面がある。
4−2 対業界的側面
ついて来ると、海外サプライヤーが自然と
ところが時代は移り、他社との競合が激
4−2−1.数の論理に基づく安易な量産
距離を置くようになってきたことは言うま
しくなり、リピーターが年々増加、消費者
体制
でもない。
の情報武装化、個人志向が進む。市場が二
航空座席などの供給増加に伴い、旅行会
企画担当者が多々存在するのは残念である。
極、三極分化状態を呈して複雑多様化する
社や航空会社は「数」を求めるようになっ
4−2−4.不健全な取引形態と負のスパ
中、旅行会社の体質は旧態依然の販売偏重
ていく。これは海外旅行の大衆化に繋がっ
イラル
型で、他産業のマーケティング的発想や、
た反面、旅行会社の収益性低下、品質の低
一部の旅行会社と航空会社間には、数値
パッケージ造成メーカーとしての自覚に欠
下、過重労働などを招き、その後の業界体
達成報酬的なものが存在する。そのため旅
けたまま走り続けた。
質に大きな悪影響を及ぼすことになった。
行会社は数値達成に向けて、遮二無二商品
販売が低迷してくると、
「商品力」
より
「販
商品の品質低下や不透明感が進むにつれ
を造成して乱売に走るという愚挙に出ざる
売力」の問題を重視し、社員教育も不十分
消費者からの苦情も増加し、やがて旅行業
を得ない構造に陥り、健全な原価構成に基
なまま精神論的に乗り越えようとするが、
法・約款の改正を生み、
「旅程保証」とい
づく他の商品販売を妨げる。
結局値下げや値引きといった安易な方法を
った業界にとっては歓迎し難い法規に縛ら
この影響で価格破壊を伴う低品質商品は、
とらざるを得ない状況に追い込まれた。最
れていくことになってしまった。そして皮
さらに消費者の価格概念を狂わせ、社内的
近では旧体質脱皮も進むが、体質改善に投
肉にも、この「旅程保証」こそが、非グロ
には過重労働に拍車をかける。それでも数
資する体力・資金といった部分がネックに
ーバル・スタンダードの象徴的存在として
値達成に至らなかった場合は、経営に大き
なるという、皮肉な現象が出てきている。
諸外国のホテルなどサプライヤーから非難
な影響を及ぼし、ますます体力を消耗して
の的となり、仕入や商品造成面で支障を来
ゆくという悪循環を繰り返すことになる。
5.まとめとして・課題の克服とパッケー
たしながら現在に至っている。
これに似たような構造は、ホテルやラン
ジツアーの未来
ドオペレーターとの取引、ホールセーラー
ここまでパッケージの歴史的推移を見な
4−2−2.ダンピング競争と値頃感低下
とリテーラー間の取引でも見られ、全ての
がら、その功罪を対消費者と対業界的側面
航空会社や便数、旅行会社やホールセー
根源は上記4.2.1.で述べた「数の論理」に
から検証してきた。そして対業界的側面に
ラー、そしてランドオペレーターの数が増
あり、同じく4.2.2.のダンピング化の温床
おける「罪」が現状の課題であり、これら
えると、乱売合戦を招き、上記で述べたよ
となっているものである。
を克服することによって、対消費者的側面
うに旅行会社の低収益化、経営体力の消耗
の「罪」も自ずと改善されていくものと考
に行き着く。当然ながら、社員数、要員規
4−2−5.商品企画担当者のモチベーシ
えられる。
模は増えず過重労働が日常化していき、従
ョンとレベルの低下
さらに未来像に関してはこの課題克服の
業員のモチベーション低下や、下請け業者
旅行会社の低収益構造からくる経営体力
上に、時代や市場の流れに沿った新たな考
への基幹業務丸投げにまで至る。
低下に伴い、パッケージの企画や仕入とい
え方を導入することによって見えてこよう。
市場には格安商品が溢れ、消費者の価格
った重要部門でも適正要員配置がままなら
以下前述4.2.に準拠し、課題や問題克服の
概念を変えてしまい、結果、第一ブランド
ず、企画担当者は過重労働の中、派遣社員
鍵を探るとともに、未来に関しても言及し
と呼ばれる高額、高収益のホールセール商
やアルバイトなど責任能力に乏しい人材の
ていくこととする。
品との差別化に行き詰まり、業界自ら衰退
補充を受けて業務を行っている状況にある。
に追い込んでしまう。市場に定着した値頃
その結果、価格志向やコピー商品といっ
5−1.
「数の論理」に関して
感を高めにリセットするのは容易ではない。
た安易な方向に流されてしまう。あるいは、
数の論理は、航空座席やホテルの客室と
外部業者に企画業務を丸投げする傾向も見
いった供給に対するスケールメリットや、
4−2−3.旅行会社の驕り
られる。情報はあっても、時間がなくて分
将来的仕入枠拡大享受を背景とする。とこ
日本が海外旅行市場で成長を続け諸外国
析に至らず、地図も広げられない海外旅行
ろが近年、航空会社のダイレクト・マーケ
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日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011
ティング化、イールド志向が顕著になり、
た。それが今ではパートナーシップという
変化に伴い、旅行業は価値創造産業に転換
旅行会社からの「数」の価値が低下してい
より、職権乱用しながら各サプライヤーと
すべきで、これは以前から叫ばれてはいた
る。またホテル側も消化率の低い日本のグ
不健康な取引を行っている現状がある。
が、現実はまだ旧体質を背負っているとこ
ループ市場より、送客が確実な他国グルー
海外旅行業は相手の器や観光地などを借
ろが多い。パッケージで言えば、
「商品力」
プや収益性の高い個人客へシフトする傾向
りて商売している形態であり、相互信頼関
や「コンサル力」の軽視と、マーケティン
が、地域やホテルによっては生じている。
係と健全なビジネスの上に成り立つもので
グや人材教育無き短期発想の経営である。
この背景を考慮すると、当面はFIT市場
ある。今こそ驕りを捨て、襟を正して、海
日本の旅行業界が創り上げてきた和製パッ
の増強、多品種少量化を進めて、数は維持
外旅行初期の原点に立ち返り体質転換を行
ケージには、まだまだ可能性が残されてい
しながらグループを小型にし、多様なニー
えば、仕入供給も戻ってくるはずである。
るが、体質転換なくして発展は考えられな
ズを拾いながら高品質・高価格商品を投入
い。このまま放置すれば、消費者の旅行会
して、収益性を高めることが肝要である。
5−4 健全なる取引体質
社離れをますます加速してしまうことにな
そして大きなグループに関しては、チャ
対航空会社の数値達成報酬やリテーラー
ろう。
ーター便の活性が鍵を握る。欧米の傾向と
に対する増売手数料的発想自体は不健全と
同様、バジェットタイプのツアーと高額商
はいえないが、原価への組み込み、度を越
5−7 その他、パッケージの未来への提言
品とが住み分けできるような市場環境を醸
した取引要求などは結果的に経営を圧迫し
これまで対業界的側面における「罪」に
成し、それぞれ健全な原価に見合った商品
やすい。あくまでも付加手数料という考え
基づく検証を行ってきたが、パッケージの
ラインナップを整える必要がある。
方に立ち返るべきである。
未来へ向けての意識・構造改革には、これ
その他にはホテルへのデポジット、ラン
らに加えて新たな発想が求められよう。
5−2 ダンピング抑制と消費者の値頃感
ドオペレーターへの支払い問題も散見され
先ずは偏った旅行業界から思考・行動範
上昇
るが、今後はグローバル・スタンダードに
囲を拡げ、同業他社やマス・メディアはも
価格は購買意思決定の大きな要素で、ま
準拠し、派遣添乗員待遇なども一般的な常
とより外部人材登用を含めた異業種との交
た価格競争は資本主義の自然な現象であり、
識範囲での判断が必要であろう。対消費者、
流を深め、積極的コラボレーションを図っ
これを無理やり否定することはできない。
そして国内外サプライヤーに対して、日本
ていく時機なのではないか。これらを通じ
要は健全なる原価に基づいた価格であるか
の旅行業界の信用・信頼を取り戻すことが
て先入観を払拭し、消費者ニーズや好奇心
否かが問題となる。劣悪な労働環境、不健
将来を切り開くことになろう。
といった核心に迫ると共に、協働によるコ
全な取引の上に設定された価格であれば品
ストダウンなどが同時に期待できる。
質に影響を及ぼし、持続性にも疑問が残る
5−5 企画担当者のモチベーション維持
次にパッケージの「最大公約数」的宿命
ため、見直しを行うべきである。
とメーカー的感覚の導入
を打破して、間違いなく増加するFIT市場
とはいっても、経営としては今までの経
旅行素材を仕入れて、組み合わせ、付加
に斬りこんで行く発想である。これには
緯もあり価格政策の変更は容易ではない。
価値をつけ、パッケージ化して販売する行
IT技術が必要で多少時間を要すが、ダイ
長期的に見ればまだしも、短期的には大き
為は、媒介、取次ぎ代理店ではなくメーカ
ナミック・パッケージを、人に優しい和製
なリスクを伴い、経営資源や体力の問題も
ー会社として捉えられるべきである。
にカスタマイズし、マルチ化した未来型に
立ち塞がる。しかし意識・構造転換に特効
その意味でメーカーの研究開発部門と対
進化させる必要があろう。かつて黎明期に、
薬はなく、チャレンジするか否かである。
比してみると、旅行会社の企画部門とは雲
輸入物パッケージを見事に和製にカスタマ
その中で、2010年にパッケージの抜本的
泥の差がある。メーカーは本当の意味でプ
イズして成功した日本の旅行業界ならば可
改革を決心したJTBワールドバケーション
ロの研究者と予算を研究開発に配置・投下
能なはずだ。
ズの「ルックJTB」は注目に値する。中長
しており、旅行会社もコピーや丸投げ企画
最後に「企業は人なり」の原点に回帰し、
期的に、改革の行く末を注視したい。
から脱皮出来るように、クリエイティブな
デスティネーション教育をはじめとする人
発想が出来る環境を企画造成部門に与える
材育成、教育に改めて取り組み、業界全体
5−3 驕りの是正と原点回帰、グローバ
時期に来ている。さらに研究開発から販売、
の知的レベルアップを目指すことが肝要で
ル・スタンダード化
催行に至る、トータル・マーケティング戦
ある。何故なら将来、欧米型マイ・エージ
黎明期にノウハウを持たなかった旅行会
略の立案及び戦術の執行が求められる。
ェント化が進んだ場合や、業態や流通が変
社は、外国系航空会社などを師として商品
わったとしても業界の横断的財産として残
を造成してきた。海外の各デスティネーシ
5−6 旧体質からの脱却と価値創造産業
ョンとも真摯に向き合い、地図や限られた
への転換
情報を頼りに消費者目線で企画を行ってき
IT技術の進歩に代表される市場環境の
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り得るからである。
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6. 最後に
現在の旅行業界でパッケージが置かれて
いる状況は非常に厳しく、特にホールセー
ル事業はごく一部を除いて、その存続さえ
危ぶまれている。意識・構造改革という大
手術を必要とする病床にあるが、手術に耐
える体力と気力に不安を抱えていて、なか
なか決心に至らないでいる。このまま放置
すればさらに病状は悪化し、生命維持装置
状態はおろか、最悪の場合に至ることも考
えられよう。
一刻も早い、旅行業界トップによる長期
的視野に立つ英断が期待される。
注
(1) 「旅行会社が旅行者の募集の為にあ
らかじめ、旅行の目的地及び日程、
旅行者が提供を
受けることができる運送又は宿泊サ
ービスの内容並びに旅行者が支払う
べき旅行代金の額を定めた旅行に関
する計画を作成し実施する旅行」
(標準旅行業約款 募集型企画旅行
契約の部 第1章総則 第2条 用語
の定義)
(2) 旅行会社の依頼を受け、海外の現地
地上手配を行う会社
(3) 団体包括運賃
(IT)
に比べ安い運賃だ
が、旅行会社には買い取りのリスク
が生じる
(4) インターネットを駆使した、選択肢
の多い個人旅行の予約販売システム
(5) SIT(Special Interest Tour)旅行者
の特別な関心や目的をテーマにした
ツアーで、秘境を訪れるもの、体験
型ツアーなど多岐に渡る
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