日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011 日本人バックパッカーの移動と行動 ―東南アジアを例に― 友原 嘉彦 中国・北華大学外国語学部 専任講師 Many backpackers travel in South-East Asia today. As an example for backpackers, this paper describes the tourism patterns of Japanese backpackers. In addition, it is said by some writers that they are not so active on traveling. How much validity does this remark have? This paper intended to examine the following two points; tourism patterns and activities of Japanese backpackers. The results of this study are as follows; 1)The backpackers prefer traveling around Thailand and the three Indo-China countries today. 2)The most backpackers are also active while traveling, they can be friendly with other backpackers and local people. 1.序論 数など)や旅行志向を分析した学術書 3)が 実施時期は2008年8-9月である。アンケー 1−1 研究目的 挙げられる。しかし,未解明の点も依然と トは日本人バックパッカー 150人と日本永 1980年代から日本人も若者を中心にバ して多く残っている。その1つに移動パタ 住権を持つベトナム人男性のバックパッカ ーンが挙げられる。さらに,海外への壁が ー 1人の計151人に対して行ない,マーク るようになり,特に地理的,文化的に近く, 低くなった昨今では,多様なタイプのバッ 式と自由記述を併用したものを用いた。自 相対的に物価の安い東南アジアは当初から クパッカーの出現について捉えた著述家も 由記述について分量の少なかった者に関し 渡航先として人気がある。冷戦中や冷戦後 出てきた。 そのタイプの1つが 「そとこもり」 ては聞き取りで補った。調査対象者は「単 1990年代までは資本主義国として入国の とされるバックパッカー ( 浜2000,下川 独の」 「若年」日本人バックパッカーである。 (1) ックパッカー として世界各地へ出かけ 4) 容易なタイ,マレーシア,シンガポールを 2007など) である。下川の定義をまとめ 単独者に絞った理由については,グループ 結ぶマレー半島への旅が主であったが, ると「そとこもり」とは「日本社会にうま の者と比べ,より旅行への渇望心が強いと 2003年に中国,2004年にベトナム,そして く適応できず,他人と極力接しない集中的 考えられることである。なお,グループで 2007年にはラオスが日本人へ短期の観光 な就労である程度稼いでは, 東南アジア (そ あっても渡航先で知り合った者同士の場合 目的での査証を免除したこともあり,近年 と)に逃げるように旅立ち,観光客であり は調査対象とした。若年層に絞った理由は, は容易に多くの国々を跨いだ自由旅行が可 ながら観光はあまりせずになるべく長居す Sørensen(2003)が「バックパッカーの大 能になった。これらの国々を巡る観光客の る (こもる) 若者」のことである。こうした 部分は18-33歳である」と述べている 5)よ うち,バックパッカーも少なくない。こう 新たなタイプが現代のバックパッカーの中 うに,バックパッカーは実際にそのほとん した流れから東南アジアの地域や観光産業 で果たしてどの程度の規模であるのか,ま どが若年層だからである。これは調査対象 において日本人バックパッカーは一定の影 た,少しでもそういった傾向をバックパッ 者の年齢を絞っていない須藤 (2008)のバ 響を及ぼしていると考えられるが,日本人 カー一般に該当させることができるのか, ックパッカー調査で被調査者の87.1%が34 ないしはアジア人バックパッカー自体に焦 といった問いが立つ。 歳以下であったことからも明らかである。 点を当てた研究は散見するにとどまる。た これらの点に留意しながら,本稿では観 本研究では18-34歳を調査対象とした。調 とえば, Teo and Leong(2006) のバンコク・ 光地としての東南アジアと日本人バックパ 査はタイとラオスの計7都市の街頭や宿泊 カオサン通りにおけるアジア人バックパッ ッカーとの関係性を軸に,バックパッカー 施設,飲食店,観光施設で行なった (表− カー全般の心理や志向を捉えた論文 1)など の移動と行動に焦点を当て,その特性を明 1参照) 。 がある。日本における代表的な研究として らかにする。 は,大野 (2007) によるバックパッカーのア 2) 2. 調査概要 イデンティティーの変容に関する論文 や, 1−2 研究方法 151人の調査対象者(2)のうち男性は107 須藤 (2008)によるバックパッカーの一般 研究を進めるにあたって,対面形式での 人で71%,女性は44人で29%である。なお, 的な特徴 (年齢層,職業,居住地,旅行回 アンケート調査と聞き取り調査を用いた。 以降の図表で特に注釈が無い限りは151人 −55− 日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011 表−1 各調査地における調査対象者数と比率 調査地 調査対象者(人) 3. 東南アジアにおける日本人バックパ 全体に占める比率(%) ッカーの移動 タイ合計 128 85 バンコクは東南アジア大陸部のゲートウ バンコク 104 69 ェイとして多くの観光者が訪れており,今 アユタヤ チェンマイ チェンライ ラオス合計 ルアン・プラバン ヴィエンチャン チャンパーサック 4 17 3 23 16 5 2 3 11 2 15 11 3 1 回の調査でも151人中147人が訪れている。 表−2はバンコク訪問者の旅行ルートを示 したものである。全体を通して言えること は,タイ北部やカンボジア,ラオス北部に 人気が集まっている一方,タイ南部のリゾ ート地やマレーシア,シンガポールは低調 という点である。なお,日本人記者も殺害 を対象としている。 る者が後者である。無職者は94%が1 ヶ月 調査対象者の年齢は20歳代前半が50%弱 以上の滞在で,その内6 ヶ月以上の長期旅 された2007年9月の反政府デモや2008年5 月のサイクロンの被害などがあったビルマ (5) への訪問者は,タイとの国境地域を日帰 と最も多く,次いで20歳代後半の40%弱で 行者は46%と半数に迫っている。 ある。調査対象者の職業は学生,有職者, 調査対象者の学歴は大学生・大学卒が りする者を除いて皆無であった。性別に関 無職者の大きく3職に分け,さらに有職者 68%,次いで,高校卒が12%,大学院生・ しては,バンコクでの性別比と比べ,顕著 を正規職と非正規職に分けた。学生が40% 大学院修了が8%であった。近年50%前後 な差異が生まれているのがベトナムとマレ (3) 強,次いで正規職と無職がそれぞれ20%強 である日本の大学進学率 を考えれば,一 ーシアであり,前者は男性の比率が高く, である。調査対象者の居住地は首都圏が 般的にバックパッカーは高学歴者が多いと 後者は女性の比率が高い。また,この調査 44%と最も多く,次いで関西が22%,東海 言える。その理由としては須藤 (2008) など では東南アジアから陸路で中国へ出入国し が10%である。その一方で,甲信越や北陸, が指摘するように,バックパック旅行の性 ている者は男性が100%という結果であっ 沖縄に居住地がある者は皆無であった。 格上,外国語運用能力を含めて,ある程度 た。職業・職業形態別を見ると,まず学生 調査対象者の旅行期間は職業や職業形態 の外国に関する知識を要するからであろう。 には世界遺産のアンコール遺跡群に近いシ により大きな差が生じている (図−1参照) 。 このように今回の調査概要を見ると,調 ェムリアップが人気なほか,タイ北部,カ 学生は1 ヶ月−3 ヶ月未満が最も多く,3 査対象者の旅行期間が長めに出たほかは, ンボジア,ラオス,ベトナムの諸都市に出 ヶ 月 以 上 は 僅 か5%で あ る。 正 規 職 で は 性別比や年齢層,職業・職業形態,居住地 かけていることが分かる。タイ南部やマレ 80%弱が2週間未満の滞在である。非正規 の点で須藤 (2008)が明らかにした同様の ーシア,あるいは中国との組み合わせは少 (4) 職では1 ヶ月−3 ヶ月未満が最大であるが, バックパッカー属性調査 の結果と極めて なく,バンコク以北のタイにインドシナ3 1週間−2週間未満も多い。これは概ねアル 似通った結果となり,この結果,休暇中に 国を組み合わせた旅行で完結していること バイトやワーキングホリデー中など比較的, おける日本人バックパッカーの属性の提示 が多い。正規職はすべての都市でバンコク 労働期間が柔軟である雇用形態の者が前者, を補強したと言える。 での職業別の比率を下回る。旅行日数が少 ないため,バンコクに加え,シェムリアッ 契約社員など正規職に近い働き方をしてい プ,チェンマイ,ルアン・プラバンなど 1,2都市を空路で周る形態が多い。非正規 図−1 調査対象者の旅行期間 ※有効回答数145。 職はバンコクでの職業別比率がそのほかの 都市においてもあまり変わらない。正規職 に比べて滞在時間が長いこともあり,さま ざまな都市を周っている。無職はすべての 都市でバンコクの職業別の比率を上回る。 学生や有職者の訪問が少ない都市での訪問 比が高く,長期の旅行期間を活かして精力 的に各地を周っている。 観光ルートについては図−2で示した。 主要なルートとしては,バンコク−シェム リアップ−プノンペン−サイゴンが挙げら れる。バンコク,サイゴン共に日本から複 −56− 日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011 数の空路がある(6)。さらに,サイゴンから フエ,ホイアン−ハノイに達するルートや フエ,ホイアンからヴィエンチャン−ルア ン・プラバン−チェンマイを経てバンコク に戻ってくるルートもある。特にカンボジ ア国内のシェムリアップ−プノンペン間, ラオス国内のヴィエンチャン−ルアン・プ ラバン間は所謂「ドル箱」路線である。対 照的にタイ東北部やカンボジア東北部,ラ オス南部は「観光の空白地帯」である。ま た,たとえばヨーロッパのドナウ河やライ ン河は河川沿いの諸都市を巡る移動パター ンがある(7)が,東南アジアの国際河川であ るメコン河はそのような性格を有していな いことが分かる。河川沿いを旅する「線」 表−2 バンコク訪問者に見る属性別の周辺他都市への訪問 都市名(★=首都) ★バンコク シェムリアップ チェンマイ ★ヴィエンチャン ルアン・プラバン ★プノンペン サイゴン フエ,ホイアン ★ハノイ チェンライ ★クアラルンプール サムイ島周辺島嶼部 スコータイ パクセ,チャンパーサック ★シンガポール マラッカ ペナン 訪問率 100 59 41 39 35 33 27 24 18 17 16 16 14 14 11 7 6 男性 70 75 66 69 69 71 75 77 88 72 61 70 75 60 69 40 56 女性 30 25 34 31 31 29 25 23 12 28 39 30 25 40 31 60 44 学生 44 56 41 34 35 42 45 40 27 36 35 48 60 45 31 20 22 正規職 22 10 13 14 13 6 8 6 8 12 0 9 0 5 6 0 0 非正規職 13 10 18 18 17 17 15 12 9 16 30 13 10 15 27 30 44 の在り方ではなく,河川から大幅に逸れな がらもたまにいくつかの河岸都市に帰って 図−2 バンコクを訪問した調査対象者の東南アジア大陸部内移動パターン くるパターンを示しており,メコン河はバ ックパッカーの「止まり木」的存在である ことが分かる。なお,古くからの資本主義 国であり,早くから外国人旅行者を受け入 れているマレーシア,シンガポールはクア ラルンプールを核として1つの観光空間を 形成していることが分かるが,タイとの結 び付きは弱い。これはタイ南部においてイ スラム系反政府武装勢力によるテロが頻発 しており,治安が悪化していることも一因 であると考えられる(8)。 4.東南アジアにおける日本人バックパッ カーの行動 4−1 東南アジア旅行での重視点 調査対象者の東南アジア旅行で重視する 点について図−3で表した。図3の重視度 (5=重視する,4=やや重視する,3=普通, 2=あまり重視しない,1=重視しない)を 見ると,男女平均が3を上回る上位11項目 はどれも概ねその地域でなければ達成でき ないことであるが,ほかの旅行者との交流 も重視度が高い。これは調査対象者が単独 の旅行者であることに起因すると考えられ る。一方で, 「親友になりえそうな出会い」 や「恋愛に発展しそうな出会い」といった 深い人間関係の形成はそれほど希望してい ないことがわかる。 重視度の3より下位を見ると,その地域 −57− 無職 21 24 28 34 35 35 32 42 56 36 35 30 30 35 36 50 34 日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011 図−3 調査対象者の旅行中に重視する点とその重視度 図−5 調査対象者の居住地における満足度 ※有効回答数146。 ※有効回答数147。 プッシュ・ クターについて考える(9)。まず, ファクターについては「そとこもり」言説 に則り調査対象者の居住地における満足度 図−4 調査対象者の1日あたりの平均支出 ※長距離移動費は含まない。 について見ていく (図−5参照) 。 居住地満足度 (5=満足している,4=や や満足している,3=普通,2=やや不満で ある,1=不満である) ではいずれの指標も 4から3であり,特に「そとこもり」者が苦 手とされる人間関係の指標こそが満足度が 高い。このことから「そとこもり」者はバ ックパッカーの大部分を構成する者ではな く,限定的な存在であることが見えてくる。 また,将来の展望について訊いたところ 代表的な答えは次のようなものであった。 でなければ達成できないことは減少するが, 「博物館などの訪問」や「土産物や記念品 たりの平均宿泊費では正規職が500-1000円 「世界のどこかでお仕事したいです。来年 程度,ほか3職は300-500円程度が最も多い。 はカナダの専門学校 (お菓子) ( 」22歳,女 類の購入」 が入っている。調査対象者は 「展 1日あたりの平均食費では学生と無職は 性,豪州にてワーキングホリデー中) 。海 示されている文化」を見ることや「モノを 500円程度が最も多く,非正規職は300円未 外で働きたいという願望を持つ者。 「海外 買うこと」にはそれほど意欲がないと読み 満から1000円の間でバラつきがある。正規 で働くか,結婚」 (28歳,女性,各種学校勤 取れる。また,習い事やボランティアの重 職 は1000円 程 度 が35%弱,500円 程 度 が 務契約職) 。結婚という返答は女性を中心 視度も低く,1 ヶ所に時間をかけてその地 25%である。これらのデータから学生,非 に多い。 「ゆる∼く暮らしたい」 (22歳,男 域と向き合うという意欲は乏しいと言える。 正規職,無職は宿泊費と食費の合計が1日 性,無職) , 「ないから旅をしてます」 (23歳, の総支出と概ね等しくなるのに対し,正規 男性,無職) 。ゆったりのんびりとした環 4−2 現地での支出 職は1日あたりの総支出のうち宿泊費や食 境で過ごし,特にこれといった展望を掴ん 調査対象者の1日あたりの平均支出につ 費が占めるのは50-75%程度であり,短期 でいない層も多く,こうした層はいわゆる いて図4で示した。図−4を見ると,学生, 「いつか会社を 間の滞在であるため,ほかの3職と比べ, 「自分探し」の若者である。 非正規職,無職は1日1000-2000円程度の支 より多くの産業 (たとえばタクシー類の利 辞めてでも長期で旅に出たい」 (25歳,女 出であることが分かる。正規職は4000円以 用,施設などの入場料・利用費,娯楽費な 性,アパレル職勤務契約職) 。本調査の無 上が40%弱と多く,次いで3000円前後と他 ど) に影響を与えていると考えられる。 職者はこの返答のように元々無職なのでは の職とまったく傾向が異なる。このため, なく,バックパック旅行をするために退職 外見がバックパッカーであっても正規職か 5.プッシュ・ファクターとプル・ファクター をしたケースが中心である。 否かによって1日あたりの支出は大きな差 最後に東南アジアとバックパッカーを取 プル・ファクターは東南アジアの魅力そ が生じていることがわかる。なお,1日あ り巻くプッシュ・ファクターとプル・ファ のものについて調査対象者に聞き取り,返 −58− 日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011 答を内容別に分類したものを図−6で示し 図−6 調査対象者にとっての東南アジアの魅力 ※複数回答可。 た。図6を見ると,安さの指標が突出して おり,次いで食事や人の気さくさなどであ る。それ以降の返答は拡散しているため, 魅力は「<安さ>+そのほか各々が重視す るいくつかの指標」という図式をしている ことが導き出せる。 なお,図に挙げた以外の少数意見では, 「ヨーロッパではない,日本人の仲間意識」 (女性,28歳,無職) , 「日本人の優位性」 (男 性,28歳,美容師) , 「日本人が多いため安 心できる」 (男性,20歳,大学生)といった 「日本人 (であること) 」 を意識したもの, 「英 語が使える」 (男性,25歳,無職)といった コミュニケーションを取ることが可能なこ 比べても安価に旅ができることなどが挙げ 人バックパッカーの特徴をより浮かび上げ と, 「アジア人差別が無い」 ( 男性,25歳, られる。こうした理由は東南アジアの魅力 させるために他地域,とりわけアジア外に 製造業)のように旅行中に理不尽な思いを (プル・ファクター)にも通じる。一方で, おける日本人バックパッカー研究との比較 するリスクが少ない地域であることなどが 周遊ルートは多くがパターン化されたもの や東南アジアにおける日本人と外国人バッ ポジティヴな魅力である。一方で, 「何で であり,開拓者的な意気込みを見出すのは クパッカーとの比較研究などが考えられる。 もありな雰囲気」 (男性,22歳,大学生)の 難しいことが検証された。 ように一見するとネガティヴともとれる内 行動パターンは旅行行動で重視する点に 容を魅力とする者もいる。また, 「あまり ついて調査した。その結果,バックパッカ 本研究を遂行するにあたって,151人のバ 好きではない。世界一周の一環」 (女性,29 ーは街歩きや食事,さまざまな人とコミュ ックパッカー,そして大学院生時代の指導 歳,無職)と言った返答もあるが,ほとん ニケーションを図ることなど,誰でも簡単 教員である広島大学大学院のカロリン・フ どの者はポジティヴな何らかの魅力を感じ に行なえる行動を重視している一方,遺産 ンク先生に感謝を表します。なお,本論文 て訪れている。 や博物館などを巡ったり,伝統芸能や音楽 は第23回日本観光研究学会全国大会で口 【謝辞】 などに関心を持ったりするといった歴史 頭発表した内容を大幅に加筆修正したもの 6.結論 的・文化的なことに関心が弱く,習い事や です。 本稿は東南アジアへ出掛ける日本人バッ ボランティアといったある地域にとどまっ クパッカー自体についてのさまざまな学術 て何かを遣り遂げるという意味合いを持つ 的解析,とりわけ移動パターンについての ことについてはさらに興味が薄いことが明 解析が不充分であった点と「そとこもり」 らかになった。 という新たなバックパッカーが現代の日本 最後にバックパッカー各々の居住地にお 乏旅行者」に言い換えられる存在で 人バックパッカーのうち,どの程度の規模 ける満足度調査によって,人間関係は極め あり, 「旅行期間が比較的長く」 , 「1 を有しているか,という2点を背景として, て満足度が高いことが示された。日本社会 日あたりの支出が比較的低く」 , 「旅 東南アジアにおける日本人バックパッカー に適応できず,海外に逃避している「そと 行中の各手配の全てを自身で行な の移動と行動を明らかにしたものである。 こもり」という新たなバックパッカーのタ う」旅行者である (Opperman and まず,属性を調査した基本データはその イプは多くのバックパッカーには該当せず, Chon, 1999., 宮崎, 2003) 。 ほとんどにおいて先行研究と一致が見られ 限定的な存在であるという可能性のみ残す (2) 本調査では調査者 (著者)が各旅行者 た。これをもって本調査が再現性を有して 結果となった。現代日本人バックパッカー の言動や服装,雰囲気などを基に見 いると言える。 の多くは決して居住地社会からの逸脱者で 当を付け,調査対象者に「バックパ 移動パターンはタイとインドシナ3国の はなく,旅先においても積極的に人間関係 ッカー対象のアンケートであるこ 周遊がポピュラーであり,これを支えるの を構築できており,安さやそのほかのいく と」を告げた上で,同意した者に調 は周遊の容易性・利便性やインドシナ3国 つかの魅力に魅かれ,気分転換に旅を楽し 査を実施した。 が観光客に開かれてまもないため新奇性を んでいる存在であることが示された。今後 (3) 文部科学省学校基本調査−平成19年 保っていること,タイやマレーシアなどと の課題としては,東南アジアにおける日本 度−初等中等教育機関 専修学校・ 注 (1) 「バックパッカー」は,一般的に「貧 −59− 日本国際観光学会論文集(第18号)March, 2011 各種学校編 統計表一覧http://www. mext.go.jp/b_menu/ 参考文献 toukei/001/08010901/003.htm 高 等 学校進路別卒業者数 (No.237) 。 1)Teo, P. and Leong, S.,“A postcolonial (4) 須藤 (2008)の調査時期は夏季及び春 analysis of backpackers”, Annals of 季の休暇時期であり,東南アジアで Tourism Research, Vol.33. No.1. 2006. の調査人数が95%,残りが中国で5% pp.109-131. である。 2)大野哲也「商品化される「冒険」―ア (5) ビルマは現在の同国の軍事政権下で ジアにおける日本人バックパッカーの はミャンマーと,同国の最大都市ラ 「自分探し」の旅という経験―」社会学 ングーンはヤンゴンと呼ばれる。ま 評論、58(3) 、2007年、268-285頁。 た,ベトナム南部の大都市サイゴン 3)須藤廣『観光化する社会―観光社会学 は共産党政権下の同国ではホーチミ の理論と応用』ナカニシヤ出版、2008年、 ン市とも呼ばれる。 134-156頁。 (6) たとえば,バンコクエアウェイズ (http://www.bangkokair.com/ index.php?lang=jp)が広島とバンコ ク と を, タ イ 国 際 航 空 (http:// www.thaiair.co.jp/travelplan/ 4-1)浜なつ子『アジア的生活』講談社、 2000年。 4-2)下川裕治『日本を降りる若者たち』 講談社、2007年。 5) Sørensen, A., “Backpacker timetable/index.html)が東京,大阪, Ethnography”, Annals of Tourism 名古屋,福岡とバンコクとを,ベト Research, Vol.30, No.4. 2003. p.852. ナム航空 (http://www.vnjpn.co.jp/ time/index.html)が東京,大阪とサ イゴンとを結んでいる (2008年11月 13日現在) 。 (7) たとえば,加藤雅彦『ドナウ河紀行』 (岩波新書,1991)や吾郷慶一『ライ ン河紀行』 (岩波新書,1994) がある。 6)佐々木土師二『観光旅行の心理学』北 大路書房、2007年。 7)Opperman, M. and Chon, K. S. 内藤嘉 昭 (訳) 『途上国観光論』学文社、1999年。 8)宮崎翠「アジアのバックパッカーたち の経験−自己変容の物語−」アジア遊 学、51、2003年、92頁。 (8) 日本の外務省はタイ最南部のマレー シアに隣接する4県に渡航の延期を 勧めている (http://www.pubanzen. mofa.go.jp/info/info4.asp?id=007, 2008年11月20日現在) 。これは同省 の海外危険地域ランクの中で「退避 勧告」に次ぐレベルである。 (9) 佐々木 (2007)はプッシュ・ファクタ ーを「したいこと」 ,プル・ファク ターを「できること」とし、それぞ れ漢字で, 「発動要因」 , 「誘引要因」 と表している。本稿は「そとこもり」 「したいこと」を居 言説を踏まえ, 住地での不満による海外脱出にある と仮説を立てたため,プッシュ・フ ァクターでの「居住地満足度」とし た。 「できること=誘引」は「東南 アジアの魅力」そのものとした。 −60−
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