固体物性論_2

専攻科
固体物性論
平成 26 年度
4.7 Fermi 分布関数とFermi縮退
熱・統計力学で学んだように Fermi 分布関数 f (E ) は次式で与えられる。
1
(4.28)
f (E ) =
exp [(E - m)/ kBT ] + 1
ここで,T は絶対温度,m は化学ポテンシャル(chemical potential)である。m は温度T における Fermi
エネルギーとも呼ばれるので注意が必要である。 m は T に依存するが,不等式 kBT  E F を満足
する低温では十分良い近似で m = E F が成り立つ。通常,金属では,下で述べるようにこの条件が
満足されるので,ここでは m は E F に等しいとして議論する。もっと高精度の近似式として
2ù
é
p2 æk T ö
m = E F êê1 - çç B ÷÷÷ úú
12 çè E F ÷ø ú
êë
û
(4.29)
が得られているが,この導出については次の本を参照されたい;阿部龍蔵,
「電気伝導」,培風館。
式(4.28)で m = E F とおくと次式を得る。
f (E ) =
1
exp [(E - E F )/ k BT ] + 1
=
1
exp [(e - 1)/ t ] + 1
ここで, e と t はそれぞれ無次元化さ
れたエネルギーと絶対温度を表す。
Fermi 分布関数
めて重要である。 f (E ) のグラフを,温
わかるように,絶対零度( t = 0 )では,
1
exp [(e - 1)/ t ] + 1
e=
t=0
0.02
0.05
0.1
0.2
0.4
0.5
度 t をパラメーターとしてエネルギー
e の関数として右図に示した。図から
f (e) =
1
占有する確率を 表し, 1 - f (E ) は空と
なる確率を表す。 f (E ) のこの意味は極
(4.30)
f (e)
Fermi 分布関数 f (E ) は,温度T におい
て電子がエネルギー E の1粒子状態を
æ
ö
ççe = E , t = kBT = T ÷÷
÷
çè
EF
EF
TF ÷ø
0
0
0.5
1
E
EF
1.5
t=
kBT
EF
2
e
f (E ) は階段関数となっていて,エネル
ギー E が Fermi エネルギー E F より小さい状態は完全に占有されているが, E F より大きい状態は
完全に空となっている。温度が少し上昇すると, E F における階段的性質が少しぼけ, E が E F よ
り僅かに小さい状態から僅かに大きい状態への励起が起こることがわかる。そのぼけの幅は kBT
程度(もっと正確には 5 kBT 程度)であることが図からわかる。 f (E ) の E F における階段的性質の
ぼけは k 空間における Fermi 面のぼけを意味する。つまり,Fermi 面も境界のはっきりした鋭いも
のではなく kBT 程度のぼけを持ったものになっている。
Na 金属では,TF = 3.7 ´ 104 K なので室温T = 300K では t =0.01 程度である。従って,室温に
おいては Fermi 面のぼけは極めて小さく,絶対零度に近い状態にあるということができる。Fermi
面のぼけた領域よりエネルギーの小さい側へ十分に離れて位置している固有状態は,完全に占有
されていて,この状態は Fermi 縮退 (Fermi degeneracy) していると呼ばれる。Na 金属内における
自由電子系は,室温においても Fermi 縮退した状態にあると言うことができる。これは金属につ
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いては一般に成り立つことであり,室温は金属にとっては低温なのである。
4.8 金属の電子比熱
金属内における自由電子系が Fermi 縮退していることを反映する現象の一例に電子比熱の温度
依存性がある。この比熱は絶対温度 T に比例することが実験からわかっているが,これは上で述
べたように,f (E ) の E F における階段的性質のぼけの幅が kBT 程度であることによる。つまり,E F
付近の電子だけが励起するので,比熱に寄与するのも E F 付近の電子だけである。自由電子の熱励
起による比熱 C を以下で実際に計算して,このT 依存性を確かめてみよう。
温度T における電子系の全エネルギー ET は,【Q4-4】で述べた絶対零度における計算方法を有
限温度に拡張することにより次式で与えられる。
ET = ò
¥
0
ED(E )f (E )dE
(4.31a)
D(E)f(E)
比熱 C は C = dET / dT により計算できる。いま着目している C は定
D(E)
容比熱であることを注意しておく。定容でないとするとエネルギー準
位や E F も変化するので厄介なことになる。また,式(4.17)に対応する
有限温度の式は
N =ò
¥
0
D(E )f (E )dE
(4.31b)
である。 F = ET - NE F とおくと NE F が T に依らないことか ら
C = dF / dT である。 N に式(4.31b)を用いると
C =
=
dF
d
=
dT
dT
¥
ò0
E
EF
¥
ò0
-
(E - E F )D(E )f (E )dE
(E - E F )D(E )
¶f (E )
dE
¶T
¶f (E )
¶e
10
(4.32)
となる。 F を導入したのは, D(E )f (E ) に関して式(4.31b)で与えら
t=
kBT
=0.02
EF
e=
E
EF
5
れる拘束条件があり,これを取り込みたかったからである。
ここで,
式(4.30)より式 ¶f (E )/ ¶T = -(E - E F ) /T ´¶f (E )/ ¶E となること
を用いると
1
C =
T
¥
ò0
æ ¶f (E )ö÷
(E - E F )2 D(E )ççdE
çè ¶E ø÷÷
0
e
0
0.5
1
1.5
(4.33)
を得る。右の下図からわかるように,関数 -¶f (E )/ ¶E は E = E F で鋭いピークを持つので,積分
に対する寄与の殆どは E F の近くから生じ,状態密度 D(E ) は E F における値 D(E F ) で置き換えるこ
とが出来る。次に,変数変換 (E - E F ) /(kBT ) = x を行うと,式(4.33)は
æ ¶f (x )÷ö
x 2 çç÷dx
ç
-E F / kBT
è ¶x ÷ø
C = k B2TD(E F )ò
¥
(4.34)
となる。今,条件 kBT  E F を仮定しているので,積分の下限は-∞まで広げることができる。次
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2
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に, -¶f (x )/ ¶x が x に関して偶関数であることを用いて積分を計算すると,最終的な結果として
C =
p2 2
kB D(E F )T = gT
3
(g =
p2 2
kB D(E F ))
3
(4.35)
を得る。ここで,次の積分を利用した。
¥
ò0
æ ¶f (x )ö÷
¥
p2
÷÷dx = 2 ò x f (x )dx =
x 2 ççç0
çè ¶x ÷ø
6
(4.36)
これで,金属の低温における電子比熱は絶対温度T に比例することが導かれ,実験を説明できる
ことがわかった。また,実験データを T-C 平面にプロットすると直線になるので,その傾きから
g の値がわかり,これより D(E F ) の値を実験的に求めることができる。これとバンド計算などか
ら得られた D(E F ) を比較することにより,理論(バンド)計算が良い結果を与えているかどうか
をチェックすることができる。この意味で電子比熱における T の係数 g は重要である。具体的に
実験との比較については配布資料を参照されたい。その資料からわかるように、実験と理論との
一致は、遷移金属などを除くと、自由電子近似という大胆な近似を採用したわりには合っている
と言えるだろう。
【Q4-5】等式(4.36)を証明せよ。
【Q4-6】Cu と Mg の g の値を,自由電子モデルを用いて計算し実験値と比較せよ。
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§5.自由電子系の電流
この節では自由電子系が運ぶ電流に関して考える。絶対ゼロ度において Fermi 球 W を占有する
N 個の自由電子系が運ぶ電流は,個々の電子が運ぶ電流の和で与えられる。波数ベクトル k で指
定される固有状態を占有する自由電子の速度ベクトルを vk とすると,この電子による電流は -evk
である。ただし, -e は電子の電荷である (e  0) 。これより,自由電子系が運ぶ電流密度 J は次
式で与えられる。
J=
1
V
å (-evk )
(5.1)
k ÎW
ここで,V は固体の体積, e = 1.602 ´ 10-19 C = 4.803 ´ 10-10 esu である。式(5.1)の導出:例えば x
方向を考えると, x 軸に垂直なある断面(箱の境界面)を速度 vk の自由電子が単位時間に横切る
回数は vk / L なのでこれによる電流は -evk / L である;これを k に関して和をとったものがその
断面を流れる電流であり,電流密度はそれをその面の断面積 L2 で割ったものになる。これより
L3 (= V ) がでることがわかる。 y, z 方向についても同様である。
自由電子の速度ベクトル vk は,運動量を質量 m で割ることにより
vk =
k
m
( m :電子の質量)
(5.2)
で与えられる。ここで,運動量が式(4.27)で述べたように,k で与えられることを用いた。式(5.2)
を(5.1)に代入することにより次式を得る。
e
J =åk
Vm k ÎW
W : Fermi 球
(5.3)
Ω 内の任意の k に対して -k が必ず存在するので(右図参照)
åk = 0
J = 0
k
k
0
(5.4)
k ÎW
これより自由電子系が運ぶ電流は,当然,予想されるようにゼ
-kk
ロである。ゼロでない電流が生ずるためには外場(電場)をか
ける必要がある。
5.1 Drude の理論(古典論)
自由電子系に電場 E を印加する。自由電子のなかの波数ベクトル k の電子に着目すると,電場
を加える前のこの電子の速度 v0 は v0 = k /m で与えられる。電場を加えた後の速度を v とすると,
その電子に対する運動方程式は,古典力学(Newton の運動方程式)で考えると
m
dv
m
= -eE - dv
t
dt
(5.5)
散乱体
である。ここで,dv = v - v0 である。-eE は電子が電場
から受ける力であり,これにより電子は加速される。第
- 22 -
電子
l = t vF l
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2 項目の -m dv / t は散乱体との衝突により生ずる力で電場による加速を妨げるように働く。t は
電子が散乱体に 1 回衝突して次に衝突するまでの平均の時間を表し,緩和時間(relaxation time)と
呼ばれる。散乱体との衝突により生ずる力は,電場による加速によって生ずる速度の増分
dv = v - v0 に比例するが(加速されるほど散乱体に衝突しやすい),緩和時間には反比例すること
に注意しよう。散乱体とは,電子を散乱するもののことであり,固体内の不純物、格子振動など
のことであり,原子の周期的配列からのズレを生じさせるもの全てが散乱体となる。
Drude の理論とは,電子の運動に古典力学を適用して,金属の電気的および光学的性質を説明
しようとした理論で,その出発点は方程式(5.5)である。運動方程式(5.5)の解は
t
- ö
e t æç
÷
t
ç
v = v0 - E ç1 - e ÷÷÷
m çè
ø÷
(5.6)
である。ここで,初期条件として, v(t = 0) = v0 を用いた。この解 v は,時間が t  ¥ のとき
v = v0 -
et
E
m
(5.7)
に接近する。これは,電場を印加することにより電子は加速されるが,散乱体との衝突により逆
向きの力を受け,時間の増加とともに何度も散乱を受けることにより,定常的な運動に到達する
ことを表す。t は v が定常値(5.7)に近づく速さを表すパラメーターで,t が短いほど v は定常値に
速く近づく。即ち,電子は散乱体から頻繁に散乱されるほど,その速度は定常値に速く近づく。
式(5.7)の右辺の第2項を vD とすると
vD = -
et
E
m
(5.8)
である。この vD をドリフト速度(drift velocity)といい,電場 E による加速によって増えた速度 dv は
この vD に等しい。この vD は,式(5.5)の左辺の加速度 dv / dt を 0 とおいても得られる。つまり,
定常状態では dv / dt = 0 なので,運動方程式(5.5)は 0 = -eE - m dv / t となる。これより,速度
の増分 dv を求めると
dv = -
et
E (= vD )
m
(5.9)
となり,ドリフト速度 vD に等しいことがわかる。
これまでに示したように,波数ベクトル k の電子に対する速度の増分 vD は,電場を加える前の
自由電子の速度 v0 に依らない。即ち k に依らない。これより,自由電子系における各電子は,電
場により速度が一定値 vD だけ増加する。電子数密度を n とすると電流密度 J は式
J = n(-e)vD =
ne 2 t
E
m
(5.10)
で与えられる。ここで,n = N /V である。式(5.10)は,J が E に比例することを表し,これは良
く 知 ら れ た オ ー ム の 法 則 (Ohm's law) で あ る 。 ま た , そ の 比 例 係 数 は 電 気 伝 導 率 (electrical
conductivity)と呼ばれ s で表す。従って,次のようになる。
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J = sE (オームの法則)
,
s=
ne 2 t
(電気伝導率)
m
(5.11)
【例題】Cu 金属(f.c.c)の室温における緩和時間 t の値を評価し,次に平均自由行程 l を求めよ。
(解答): 式(5.11)より, t = m s /(ne 2 ) である。Cu の n は n = 8.5 ´ 1028 m -3 , s の室温(295K)で
の測定値は s = 5.88 ´ 107 (W ⋅ m )-1 である。 m = 9.11 ´ 10-31 kg , e = 1.602 ´ 10-19 C である。これ
らを代入すると次のようになる。
t=
9.11 ´ 10-31 ´ 5.88 ´ 107
= 2.5 ´ 10-14 [ s ]
8.5 ´ 1028 ´ (1.602 ´ 10-19 )2
平均自由行程 l の値は,電子がフェミル速度 vF に等しい速さで運動していると考えると次のよう
に求められる。
l = vF t = 1.56 ´ 108 [cm/s ]´ 2.5 ´ 10-14 [s ] = 3.8 ´ 10-6 cm = 380Å = 38nm
l は格子定数 a (= 3.61Å)に比べて非常に大きく 100 倍位であることに注意せよ。平均自由行程と
は,電子が散乱体に衝突して次に衝突するまでに走る平均の距離である。
【注意】緩和時間 t が長いほど平均自由行程 l も長く,電気伝導率 s は大きい。
s の逆数 r を抵抗率(resistivity)または比抵抗(specific resistance)という。式(5.11)より
E=
1
J = rJ (オームの法則)
,
s
r=
1
(抵抗率).
s
(5.12)
s の単位は s[W ⋅ cm]-1 , r の単位は r [W ⋅ cm ] である。
【Q5-1】 s の単位が MKSA 単位では s[W ⋅ cm]-1 ,cgs ガウス単位では s[s -1 ] となることを導け。
【Q5-2】Na, Mg, Ag の室温における緩和時間 t と平均自由行程 l の値を求めよ。
5.2 電気抵抗の温度依存性と Matthiessen の法則
抵抗率 r が温度 T に依存することは,経験的に良く知られて
r
金属のρ
いる(右図参照)。従って,その逆数である電気伝導率 s も温度
に依存する。これと式(5.11)から, r のT 依存性は t がT に依存
r(T )
することに起因することがわかる。ただし,半導体では, n も
rp (T )
温度に依存し r のT 依存性は t よりも n のそれで決められる。
単純金属の電気抵抗 r(T ) には,不純物散乱に依る r0 と格子振
r0
動との衝突に依る rp の2つの機構がある。前者は温度T に依ら
ず,後者は T に依る。 r(T ) はこれらの和に書くことができる。 0
(右図参照)
r(T ) = r0 + rP (T )
r0
(5.13)
:残留抵抗(不純物との衝突による)
rP (T ) :フォノン抵抗
(格子振動 lattice vibration との衝突による)
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r0
T [K ]
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式(5.13)のように,電気抵抗が異なる機構(mechanism)から生ずる抵抗の和に書くことができる,と
いうのを Matthiessen の法則と呼んでいる。
5.3 フォノン抵抗の温度依存性
フォノン抵抗 rP (T ) は詳しい理論に依れば
T  Q (低温) では
rP (T ) µ T 5
T  Q (高温) では
rP (T ) µ T
(5.14a)
(5.14b)
ここで, Q はデバイ温度である。フォノン抵抗の T 依存性の
理論的導出は難しいので省略する(参考書を参照。例えば,
阿部龍蔵著:
「電気伝導」,培風館)。格子振動との衝突におけ
る緩和時間 tP は式(5.11)と(5.12)から
m
tP (T ) = 2
(5.15)
ne rP (T )
(補足 4)格子振動について
固体中では,イオンは規則的かつ
周期的配列をしている.これらのイ
オン間には力が働いていてバネで
繋がれているようなものである.こ
のため,イオン全体に集団的な振動
が発生することができる.この集団
振動を格子振動という.格子振動を
量子化したものをフォノン(phonon)
と呼ぶ.詳細については,Kittel の
著書など固体物理学の参考書を参
照されたい.
で与えられる。フォノン抵抗 rP (T ) の T 依存性の原因は,緩和時間 tP の T 依存性であることがわ
かる。不純物散乱における緩和時間 timp は T に依らない。それは,r0 が T に依らないからである。
Grüneizen は,Al, Na, Cu などの単純金属に対するフォノン抵抗の温度変化の測定値は,すべて
の温度領域に亘って実験式 rP (T ) = BG (Q / T ) で与えられることを発見した。ここで, B は金属
の種類に依存する定数であり, s = Q / T とするとき G (s )
は次式で定義される関数である。
G (s ) =
1
s5
s
ò0
x 5dx
(e x - 1)(1 - e -x )
(s = Q /T )
(5.16)
式(5.16)は F. Bloch により理論的にも導出されている。い
くつかの単純金属の電気抵抗の実験結果を式(5.16)で与え
られるものと比較したのが右図である。実線が式(5.16)に
よるものを表し,実験と理論は非常に良い一致を示してい
ることがわかる。
【Q5-3】式(5.16)を用いて式(5.14a)と(5.14b)を導出せよ。
5.4 電場による Fermi 球のずれ
式(5.5)~(5.9)で述べたように,自由電子は電場 E によって加速されるが,散乱体との衝突によ
り緩和時間 t のオーダーで定常値に達する。そのときの速度の増加分はドリフト速度 vD に等しく,
初速度に依らないことがわかった。波数ベクトル k(量子数)で指定される自由電子の初速度 v0 は
v0 = k /m で与えられるので, vD を波数ベクトルの増分 dk に換算すると
dk = k ¢ - k =
mvD
et
=- E


(5.17)
で与えられる。ここで,k ¢ は電場によって加速され,定常状態に達した後の波数ベクトルである。
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全ての自由電子の k が電場によって式(5.17)で与えられる dk だけ増加する。これは,Fermi 球を用
いて表現すれば,電場を印加することにより Fermi 球は式(5.17)で与えられる dk だけ平行移動する,
と言える(右図参照)。 dk の向きは E と反対であること
E
に注意しよう。図において,領域 A, B, C は, E の印加
dk
により
A:空いた k 領域
印加前のFermi球
B:印加により不変な領域
印加後
C:新たに占有された k 領域
である。A+B は印加前の Fermi 球,B+C は印加後の Fermi
C
B
A
球である。図に示した Fermi 球を用いて電流密度 J を計
算してみる。それは次式で与えられる。
J=
1
V
å
k ¢ÎB +C
(-e
k ¢
e
e
)=å (k + dk ) = -Vm
m
Vm k ÎA+B
é
ù
ê å k + å dk ú
ê
ú
k ÎA+B
ëêk ÎA+B
ûú
(5.18)
最右辺の[ ]内の第1項目は式(5.4)で説明したようにゼロである。第 2 項目は, dk が式(5.17)で
与えられることから N dk となる。従って,式(5.18)は次のようになる。
e
ne 2 t
\J =N dk =
E = sE
Vm
m
(5.19)
このように,電場により Fermi 球の平行移動が生ずる,という考えからもオームの法則と電気伝
導率 s に対する公式が導かれる。
【Q5-4】Cu に対して,室温における電子の緩和時間を用い,式(5.17)の dk の大きさが dk = kF /100
となる Fermi 面のずれを引き起こすのに必要な E を求めよ。次に,この電場により生ずる電流密
度 J を求めよ。
(答: E = 3.6 ´ 106 [N/C] , J = 2.1 ´ 1014 [A/m2 ] )
【Q5-5】Wiedemann-Franz の法則について調べ,その概要を述べよ。また,この法則からわかる
物理的内容などを述べよ。
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§6.格子と結晶構造および周期ポテンシャル
これまでに論じて来た自由電子模型は,固体内の電子状態に関する一つの大胆な近似で,単純
な金属の物理的な性質を説明するのに適している。現実には,固体内の電子は,規則的に配列し
たイオンからの電気的なクーロンポテンシャルの中を運動する。この節では,格子(lattice)およ
び結晶構造(crystal structure)の関係を説明し,そのポテンシャルが,イオンの周期性を反映した
周期的ポテンシャルとなることを述べる。電子がそのポテンシャルの中を運動するとき,その状
態はエネルギーバンド(帯)というものを構成する。その結果,固体の電気的性質として,金属,
絶縁体,半導体など異なる性質のものが生じうる,という極めて重要なことが理解できる。我々
が経験的に良く知っているこれらの電気的性質の違いが,バンド理論によって始めて明らかにさ
れたのである。
-e
6.1 結晶構造と周期ポテンシャル
r
6.1.1 0 次元(孤立原子)
+Ze
電子と原子核の間に電気的なクーロン引力が働く(右図)。
F = -k
Ze
r2
電子
2
核
(6.1)
ここで,k は比例定数で, cgs 単位では k = 1 , MKS では k = 1/(4pe0 ) である。F によるポテンシ
ャルエネルギーは
V (r ) = -k
Ze
r
V (r )
r
2
(6.2)
0
で与えられ,これを右図に示す。このV (r ) を有する原子におい
て電子状態を求めるのは量子力学の問題であり,これについて
V (r ) µ -
は概略を§2 で簡単に述べたが,もっと詳しいことについては
1
r
「量子力学講義ノート」
(成田著:http://akita-nct.jp/narita/)など
を参照されたい。多電子原子についても,多くのことがわかっ
ていて,詳細については,M. Weissbluth : Atoms and Molecules
(Academic Press, 1978)などを参照されたい。
6.1.2 1 次元
V(x)
1次元結晶内において,電子がイオン
から受けるポテンシャルエネルギーV (x )
a
イオン
0
は,原子におけるV (r ) を参照すると図の
ようになることがわかる。このV (x ) は電
気的な力による。図より,V (x ) は格子定
数 a を周期とする周期関数,即ち周期ポ
- 27 -
a
x
2a
3a
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テンシャル(periodic potential)となっていることがわかる。数式で表すと
V (x + na ) = V (x )
(6.3)
である。ここで, n は整数である。また,イオンの位置では,V (x ) は無限に深いこともわかる。
つまり,
V (na ) = -¥
(6.4)
である。これは,イオン内の内殻電子の電子状態が,孤立原子における場合と同じであると見な
しても良いことを示している。
6.1.3 2 次元:格子構造と結晶構造の関係
y
右図に 2 次元格子の一例を示す。図で a1, a2 を基本並
格子点
2b
進ベクトル(primitive translational vectors),a1 と a2 で構成
される長方形を単位胞(unit cell)という。図に示した白
B
b
a2
丸を格子点(lattice points)という。格子点の位置は,n1, n2
を整数とするとき,式
Rn = n1a1 + n2a2
C
a1
D
A
x
O
a
(6.5)
2a
で定義されるベクトル Rn で表される。 Rn を格子ベクトル(lattice vector)という。
格子点は仮想的な点であるが,現実の固体では,通常,イオンはこれらの格子点に存在してい
る。しかし,そうでないこともあるので注意が必要である。従って,格子構造と結晶構造は異な
る概念である。ただし,結晶構造は,格子点の集合がつくる構造(格子構造)を用いて分類され
る。この意味では,格子構造という概念の上に結晶構造という概念が存在し,両者は極めて密接
な関係にある。
【単位胞のとり方】
図で, a = b のときは単位胞は正方形であり,このときの格子構造を正方格子(square lattice)
と呼んでいる。ここまでは,単位胞を長方形 OACB に選んで来たが,平行四辺形 OADC に選ぶこ

ともできる。このときは,基本並進ベクトルは a1 と OC である。従って,単位胞の取り方は一義
的ではなく,任意性があることに注意しよう。単位胞を選ぶにあたって,①単位胞中に含まれる
格子点の個数は1個,②単位胞は格子の繰り返しの最小単位,の2つが重要である。
【周期ポテンシャル】
イオンから受ける電子のポテンシャルエネルギーをV (x , y )(= V (r )) とすると,1次元結晶の場
合と同じように,V (r ) は格子の周期を有する周期関数であることは容易にわかる。従って,
V (x + n1a, y + n2b) = V (x , y ) が成り立つ。この等式は,座標をベクトルで表すと
V (r + Rn ) = V (r )
(6.6)
である。格子定数 a は x 方向の周期の中で最小のものであり,b は y 方向の中で最小のものである。
- 28 -
専攻科
固体物性論
平成 26 年度
6.1.4 3 次元格子と 3 次元結晶
3 次元についても,基本並進ベクトル,単位胞,格子ベ
クトル,格子点などは,2 次元について述べたことを素直
に拡張して得られる。図に 3 次元の格子構造の例を示し
た。そこでは,
格子点
c
a
a1, a2 , a 3 :基本並進ベクトル
Rn = n1a1 + n2a2 + n 3a 3 :格子ベクトル
z
3
(6.7)
a
2
である。ここで, n1, n2 , n 3 は整数である。3 個の基本並進
ベクトルで作られる立体が単位胞である。単位胞は繰り
y
b
O
a
1
a
返しの最小単位である。その取り方には任意性がある。
x
通常,格子点上にイオンが存在する。しかし,そうでないこともあるので要注意。図で a,b, c は格
子定数。 a = b = c のときの格子構造を単純立方格子(simple cubic lattice)という。
電子がイオンから受けるポテンシャルエネルギーをV (x , y, z ) とすると次の性質を有する。
V (r + Rn ) = V (r )
(6.8)
ここで,V (r ) = V (x , y, z ) である。V (r ) の周期は格子の周期に一致する。
全ての格子点を式(6.7)の形で表すことができるとき,その格子をブラーベ格子(Bravais lattice)
という。3 次元において,ブラーベ格子には,s.c, f.c.c, b.c.c など 14 種類あることがわかっている。
その 14 種類については,他の参考書を参照されたい。ブラーベ格子でない例を1つあげておく。
それは,2次元であるが,蜂の巣格子である。ブラーベ格子では,どの格子点から見た風景も同
じであり,風景が異なる格子点を含む格子はブラーベ格子ではない。
【Q6-1】面心立方格子(face centered cubic lattice)の単位胞を求め図に描け。そのときの基本並進
ベクトルも求めよ。その単位胞の中には,格子点は1個だけしか含まれないことに注意せよ。
【Q6-2】体心立方格子(body centered cubic lattice)について【Q6-1】と同じことを行え。
【Q6-3】塩化セシウム(CsCl)型の結晶構造が属する格子構造は何と考えられるか。また,塩化
ナトリウム(NaCl)型やダイアモンド型の結晶構造についてはどうか。
【Q6-4】蜂の巣格子はブラーベ格子でないことを確かめよ。(次の本を参照;岡崎誠著:「固体物
理学
工学のために」
,裳華房)
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専攻科
固体物性論
平成 26 年度
z
a3
a2
a1
x
b.c.c.
f.c.c.
単位胞と基本並進ベクトル
六方格子
- 30 -
y