閃光のパナマ 立 ち 読 み 専 用

巡洋戦艦「浅間」
閃光のパナマ
横山信義
Nobuyoshi Yokoyama
立ち読 み 専 用
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地 図 安 達 裕 章
編集協力 らいとすたっふ
D T P 平 面 惑 星
目 次
序 章
第一章 二つの長征
第二章 双発の襲撃者
こうもん
第三章 閘門への迫撃
ま
第四章 運河の甲標的
あさ
第五章 ﹁浅間﹂挺身
第六章 長征からの帰還
9
21
49
75
107
145
231
80°
N
70°
N
60°
N
50°
N
ニューヨーク
ワシントン
サンフランシスコ
40°
N
ロサンゼルス
サンディエゴ
30°
N
メキシコ湾
ハワイ諸島
20°
N
カリブ海
10°
N
パナマ
0°
10°
S
20°
S
ムルロア環礁
30°
S
40°
S
170°
W
160°
W
150°
W
140°
W
130°
W
120°
W
110°
W
100°
W
90°
W
80°
W
太平洋全域図
呉
東
シ
ナ
海
南
シ
ナ
海
台湾
フィリピン
マニラ
シンガポール
ボ
ル
ネ
オ
島
スマトラ島
横須賀
マ
リ
ア
ナ
諸
島
トラック環礁
マーシャル諸島
ニューギニア島
ソロモン諸島
フロレス海
ジャワ島
アラフラ海
スラバヤ
ポート
・モレスビー
オーストラリア
シドニー
ニュージーランド
80°
E
90°
E
100°
E
110°
E
120°
E
130°
E
140°
E
150°
E
160°
E
170°
E
180°
パナマ運河周辺図
W79°
30’
W80°
00’
カリブ海
N9°
00’
クリストバル
ガトゥン閘門
ガトゥン湖
クレブラ水路
ペドロミゲル閘門
ミラフロレス閘門
N8°
30’
パナマ
パナマ湾
0
10
0
5
20
10
30 km
15 浬
閃光のパナマ
巡洋戦艦﹁浅間 ﹂ 序 章
あさ ま
カイリ
﹁浅間﹂の現在位置は、マニラよりの方位二八〇度、
三〇〇 浬 。
南シナ海のど真ん中だ。
ひ ぶた
公海を航行中の軍艦に、手を出せるはずがない。
いても、今はまだ平時なのだ。
てもおかしくない﹂といった空気が世間に蔓延して
まんえん
ように対米強硬論が載り、
﹁いつ米国と戦争になっ
の
両国が日増しに対立の度を深め、新聞には連日の
﹁電探、感三! 大型艦三、小型艦四、右二〇度、 そして現在、日米両国は戦争状態にはない。
サンサンマル
三三〇 ︵三万三〇〇〇メートル︶!﹂
あや せ よし と
おおにししんぞう
を望んでいなければ、だが
。
―
あや なみ
の﹁磯波﹂
﹁浦波﹂
﹁敷波﹂
﹁綾波﹂に先導され、速
しき なみ
苦笑混じりの声が聞こえた。
力一八ノットで北上してゆく。
うら なみ
﹁針路を変更しますか?﹂
二六〇。針路二七〇度、速力一四ノット﹂
フタロクマル
﹁目標の航行序列は駆二、巡三、駆二。右二〇度、
ら本艦が米国にとり、目障りな存在であろうとな﹂
も、針路を変えるつもりはないようだ。
﹁浅間﹂の
下の公海だ。おかしな真似など、できやせん。いく 見張員が、新たな報告を届ける。発見された目標
綾瀬の問いに、大西は言下に答えた。
﹁ここは天
﹁必要ない﹂
いそ なみ
航海長綾瀬芳人中佐の耳に、艦長大西新蔵大佐の、 ﹁浅間﹂は、シンガポールで合流した第一九駆逐隊
だ﹂
﹁さすがは英国製の電探だな。我が見張員も形無し 米国が、自国の側から対日戦争の火蓋を切ること
﹁マストらしきもの三、右二〇度、三二〇!﹂
サンフタマル
二分ほど遅れて、今度は見張員が報告した。
飛び込んだ。
電測員の報告が、巡洋戦艦﹁浅間﹂の戦闘艦橋に
10
さえぎ
前方を遮る格好で、西進している。
二、三番艦はブルックリン級の軽巡。米国の艦隊で
﹁大型艦の一番艦はニュー・オーリンズ級の重巡、
す!﹂
見張員が、緊張した声で続報を送った。
﹁配置に付け!﹂の号令が各所でかかり、通路を駆
艦長命令を受け、艦内で動きが起こる。
け抜ける靴音、ラッタルの昇降音が響く。
だ。
乗組員の高い習熟度をうかがわせる、迅速な動き
ツの軍港ヴィルヘルムスハーフェンから、北海、大
惑いがちだった乗組員も、
﹁浅間﹂の故郷
ブルックリン級軽巡は、現時点における米国の最 国産の軍艦と勝手が違うためか、最初のうちは戸
新鋭軽巡洋艦だ。ニュー・オーリンズ級は、ブルッ
ドイ
―
クリン級より若干古いが、米国の数ある巡洋艦の中
な じ
西洋、地中海、紅海、インド洋と経て、南シナ海に
至るまでの間に、艦にすっかり馴染んでいる。
﹁砲戦用意!﹂
大西が、次の命令を下す。
わず
では新型艦に属する。
艦の全長に六メートル程度の差しかないため、遠目
どちらも箱形の艦橋を採用していることに加え、
では判別を付けにくい。
なが と
で不測の事態に対する備えだ。別命あるまで、発砲
とを思えば、二八センチという主砲の口径は、どこ
海軍の戦艦は全て三六センチ主砲を搭載しているこ
海軍の象徴として長く君臨して来たこと、他の帝国
四〇センチ主砲を搭載する長門型戦艦二隻が帝国
な仰角をかける。
見張員は、主砲塔の配置から両級を見分けたのだ 前部二基の二八センチ三連装砲塔が、砲身に僅か
ろう。
りん
﹁合戦準備。昼戦に備え!﹂
は厳禁する﹂
大西が、凛とした声で命じた。
﹁ただし、あくま
序 章
11
か頼りなさそうだが、巡洋艦が相手なら充分だ。
﹁砲の門数が多いし、速射性能も高い。本艦を無傷
江田島の教官が生徒に説明するような口調で言った。
え た じま
ただ、艦数三対一という不利な条件下で戦って、
ブルックリン級の方が、脅威は大きい。本艦は堅牢
で内地に持ち帰るという目的を第一に考えるなら、
けんろう
確実に勝利を得られるかどうかは分からなかった。
大西は、艦橋トップの射撃指揮所に命じた。
﹁むしろ、駆逐艦の方が厄介な相手かもしれません
られて、無傷でいられるとは思えん﹂
に作られているが、短時間に多数の弾量を叩き付け
綾瀬は、意外な思いで大西を見つめた。
ふ そう
ね﹂
つ
か
こう しょう
ない。副砲、高角砲、機銃は、内地に到着した後、
よこ す
横須賀海軍工 廠 で、国産の一五センチ連装砲六基
けんさん
学生も修了し、第二艦隊参謀、海大教官等も経験し
と一二・七センチ連装砲七基、二五ミリ三連装機銃
八基、二五ミリ単装機銃一〇基を搭載することにな
っている。
駆逐艦が肉迫雷撃をしかけて来たとき、これを迎
え撃つための小口径砲がないのだ。
物問いたげな綾瀬の視線に気づいたのか、大西は 護衛の駆逐艦が四隻ついてはいるが、米駆逐艦を
﹁ブルックリン級は、手数が多いからな﹂
を最初に叩くのではないかと思ったのだ。
わち二〇センチ砲装備のニュー・オーリンズ級重巡
その経験に照らせば、ここは最も強力な艦、すな
きたのだ。
ている。現場と机上の両方で、戦術の研鑽を積んで
隊長、軽巡﹁神通﹂副長などを務めた他、海大甲種 現在の﹁浅間﹂に、二八センチ主砲以外の兵装は
じんつう
了した後は、戦艦﹁陸奥﹂分隊長、戦艦﹁扶桑﹂分 綾瀬は言った。
む
大西は砲術の専門家だ。砲術学校高等科学生を修
だ砲は向けるな﹂
﹁目標、米巡洋艦二番艦。ただし、測的のみだ。ま
12
完全に阻止できるとの保証はない。
御国のためにも、そして本艦のためにも
﹂
―
一方的に叩けるな﹂
から撃ってくれば別だが、こちらから砲門を開くつ
大西は、悪童のような笑みを浮かべた。
﹁向こう
﹁撃ちはせんよ。撃ちはな﹂
る気なのだろうか?
﹁だからこそ、ここで戦端を開くわけにはいかん。 綾瀬は一瞬背筋が冷えるのを感じた。艦長は、や
大西の言葉を、見張員の報告が遮った。
﹁目標、針路変更!﹂
綾瀬は、米艦隊の動きを見つめた。
一斉回頭によって、東進に転じている。
程度見分けられる位置に来てきている。
双眼鏡を使えば、艦上構造物の配置や形状をある
綾瀬は、米艦隊に視線を戻した。
﹁浅間﹂の前方を横切りつつ、西進していた艦隊は、 もりはない﹂
またも、
﹁浅間﹂の頭を押さえる格好だ。
いたげな、挑戦的な意志が感じられた。
三基、後部に二基、背負い式に配置している。三番
の軽巡だ。一五・二センチの三連装砲塔を、前部に
二隻は、見張員が報告したとおり、ブルックリン級
なら、実力で我が艦隊を突破して見せよ、とでも言 一斉回頭により、巡洋艦一、二番艦の位置に来た
お前を、この先に行かせはしない。航行を続ける
﹁目標との距離は?﹂
フタヨンマル
﹁二四〇 ︵二万四〇〇〇メートル︶
﹂
艦のニュー・オーリンズ級重巡は、二〇センチの三
かたまり
連装砲塔を、前部に二基、後部に一基という配置だ。
﹁主砲の射程内に、完全に入ってるな﹂
で撃っても、まず命中はしない。今なら、こちらが
象が感じられる。ニュー・オーリンズ級よりやや古
な口調で言った。
﹁重巡の二〇センチ砲をこの距離 箱形の艦橋からは、いかにも鉄の 塊 といった印
大西は、砲術学校の教官が、学生に説明するよう
序 章
13
はる
とり かじ
てん だ
さ げん
隊は新たな動きに出た。
いペンサコラ級、ノーザンプトン級といった重巡の 艦隊が﹁浅間﹂の左舷前方に占位した直後、米艦
さんきゃくしょう
ひょろ長い三 脚 檣 よりも、遥かに頑丈そうだ。
形を取ったのだ。
このまま砲門を開けば、反航戦を戦うことになる。
﹁主砲、そのまま﹂
が正面を、第三砲塔が真後ろを向いている。
三基の三連装二八センチ砲塔は、第一、第二砲塔
﹁写真班、撮影準備﹂
のだ。
大西は、新たな命令を発した。
し、
﹁浅間﹂の頭を塞ぐ航路を取る。
東郷長官の後継者だからでしょうか?﹂
ヒトヒトマル
ヒトマルマル
﹁距離一二〇⋮⋮一一〇⋮⋮一〇〇⋮⋮﹂
ヒトフタマル
米艦隊との距離は、みるみる詰まる。
を探る上で、貴重な資料になるはずだ。
い。至近距離から撮影した写真は、米巡洋艦の性能
米新鋭巡洋艦の性能には、まだ不明なところも多
一斉回頭の繰り返しは、二回で終わりだった。
ちとなって、米艦隊の動きを睨んでいる。
にら
言葉を発しようとしなかった。腕組みをし、仁王立
綾瀬の問いかけに、大西は頷いた。それ以上は、
うなず
﹁それも、あるかもしれんな﹂
﹁丁字戦法をとるのは、我々が日本海軍だから⋮⋮
ふさ
見張員が報告したところで、米艦隊はまたも回頭 現状を維持し、敵に向けるなと、大西は指示した
﹁距離一八〇 ︵一万八〇〇〇メートル︶
﹂
ヒトハチマル
つもりはないのだろう。
日本の軍艦に遭遇した、という立場だ。それを崩す 大西は、射撃指揮所に命じた。
建前上米艦隊は、編隊航行の訓練中に、たまたま
は前方と後方に向けられたままだ。
艦とも、砲身に若干の仰角をかけてはいるが、砲口
主砲は、まだ﹁浅間﹂には向けられていない。三 取舵に転舵し、左前方から、
﹁浅間﹂に相対する
14
緊張のためか、見張員の声が上ずっている。
﹁浅間﹂も、四隻の駆逐艦も、依然沈黙を保ち、針
路も速度も変えずに航行している。
米軍など一切目に入っておらず、その存在に気づ
ロクマル
ゴ マル
いてもいないかのように振る舞っていた。
﹁六〇⋮⋮五〇⋮⋮﹂
見張員が、上ずった声で報告を続ける。
駆逐艦も、重巡も、軽巡も、主砲に仰角をかけて
しぶき
いるが、砲塔を旋回させる気配はない。
鋭い艦首で海面を切り裂き、飛沫を蹴立てながら、
と移動してゆく。
三〇ノット以上の相対速度で、
﹁浅間﹂の左後方へ
綾瀬は、ちらと米巡洋艦の艦橋を見やった。
人影が見えるが、表情までは分からない。
戦隊司令官や艦長とい
―
った幹部も、
﹁浅間﹂を凝視しているであろうこと
もはや昼戦の距離ではない。夜間の、近距離砲戦 ただ、米艦隊の指揮官
の距離だ。
大きな被害が出る。戦闘艦橋に直撃でも喰らおうも 米巡洋艦三隻が視界の外に消えると、戦闘艦橋の
この距離で撃ち合えば、相手が巡洋艦であっても、 は間違いなかった。
度!﹂
﹁後部見張より艦橋。米艦隊、一斉回頭。針路〇
だが、安心するのは早すぎた。
心から安堵している様子だった。
あん ど
触即発ながら、暴発にまでは至らなかったことに、
大西の表情も、幾分か和らいだように見えた。一
やわ
のなら、艦橋内の全員が戦死することは間違いない。 あちこちから、大きなため息が聞こえた。
汗が一筋、綾瀬のこめかみを伝ったとき、
いち りゅう
﹁信号員、信号旗一 旒 。
﹃貴艦隊ノ航海ノ安全ヲ祈
ル﹄
﹂
九駆は米艦隊とすれ違った。
約一〇〇〇メートルの距離を隔て、
﹁浅間﹂と一
大西の口から、新たな命令が発せられた。
序 章
15
﹁なに⋮⋮?﹂
しつよう
近い感情が湧き起こっていた。
わ
執拗につきまとってくる米艦隊の動きに、恐怖に
﹁動じるな﹂
る気はない。その気があれば、本艦の頭を押さえた
大西は、かぶりを振った。
﹁奴らに、手出しをす
時点で砲撃を開始しているよ﹂
ら、先に撃たせたいんだ。これは、神経戦なんだよ。
﹁奴らは、本艦に手を出したいんじゃない。本艦か
﹁そうでしょうか?﹂
駆逐艦二隻を先頭に立て、ブルックリン級軽巡二
先に手を出した方が負けになる﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁それに、連中だって恐ろしいはずだ﹂
大西は、ブルックリン級の一隻に向けて顎をしゃ
くった。
﹁この近距離で一対三の砲戦をやれば、本
ているだろう﹂
の一隻は確実に撃沈できる。彼らも、戦々恐々とし
﹁それは⋮⋮そうですが﹂
艦が不利だが、主砲の口径差を考慮すれば、巡洋艦
間﹂が内地に到着し、戦力化される前に仕留めよう
綾瀬は、我知らず声が震えるのを感じた。
というのだろうか?
米艦隊は、本気で戦端を開くつもりなのか。
﹁浅
﹁艦長⋮⋮﹂
いを開始できる。
と後方に向けたままだが、その気になれば、撃ち合
今度は、同航戦の態勢だ。主砲は、依然艦の正面
並進する。
隻、ニュー・オーリンズ級重巡一隻が、
﹁浅間﹂と
める。
一旦視界の外に消えた艦列が、再び視界に入り始
速力を上げ、
﹁浅間﹂を追い抜く。
﹁浅間﹂と並進している。
米艦隊の最後尾に位置していた駆逐艦が反転し、
全員の眼が、左舷側を向いた。
16
﹁戦闘配置解除﹂
ている者もいる。
肩を揉みほぐしている者や、左右の腕を交互に回し
も
見張員の一人が、大きく伸びをするのが見えた。
も速度も変えず、このまま航行を続ける。向こうが を、大西は下令した。
﹁だから彼らは撃たないし、本艦も撃たない。針路
わた
神経戦は、三時間以上に亘って続いた。
―
根負けして、引き返すまでな﹂
し
開始を待つのは、ともすれば戦闘そのものより辛い。
〇〇〇メートル前後の距離を保ち、一八ノットの速 配置についたまま、いつ始まるともしれぬ戦闘の
米軍の巡洋艦三隻、駆逐艦四隻は、
﹁浅間﹂と一
力で並進を続けた。
が目の前に見えているとあっては、なおさらだ。
日没が近づき、太陽が西の水平線にかかったとき、 数時間続く緊張は、神経に多大の負担を強いる。敵
﹁米艦隊より信号。
﹃貴艦隊ノ航海ノ安全ヲ祈ル﹄
﹂
﹁浅間﹂の乗組員にも、一九駆の駆逐艦乗組員にも、
たに違いなかった。
米艦隊出現後の三時間余りは、相当に神経を消耗し
﹁米艦隊、反転!﹂
﹁やれやれ、我ながらよく耐えた﹂
信号員と見張員が、続けて報告した。
綾瀬は、左舷側を見た。
﹁二つ、考えられる。第一に、我が国に戦端を開か
﹁何だったのでしょう、奴らの目的は⋮⋮?﹂
令が出かかっていたんだが﹂
五〇を切ったときには、口元まで﹃砲撃始め﹄の命
ゴ マル
大西は、苦笑混じりに言った。
﹁奴らとの距離が
米艦隊が、左の一斉回頭をかけている。
﹁浅間﹂に背を向け、引き返そうとしている。
用は済んだ
た立ち去り方だった。
とでも言いたげな、あっさりとし
―
力を上げて﹁浅間﹂の後ろを抜けてゆく。
一旦針路を一八〇度に取った後、取舵を切り、速
序 章
17
﹁本艦は二八センチ砲装備の巡洋戦艦です。米国海
くことだ﹂
るさ﹂
﹁内地に戻ったら、証拠写真を添えて中央に報告す
ば、不測の事態が起こらないとも限らない。
せること。第二に、開戦に先だって本艦を沈めてお これら全てが、内地への回航途中に挑発を受けれ
軍にとり、それほど脅威になるでしょうか?﹂
ことを、米国は問題視しているのかもしれん。我が
るべきだ、とな。我々は、そうそう米国の思惑通り
蘇﹄や三、四番艦の航路は、フィリピンを迂回させ
う かい
﹁艦の能力よりも、本艦がドイツからの輸入である 大西は答えた。
﹁合わせて、意見も具申する。
﹃阿
国と欧州列強の絆を示す、一種の象徴としてな﹂
には動かんよ﹂
きずな
﹁浅間﹂への挑発は、同盟に対する警告だったので
まで引っ張ってきた身としては、浅間型巡戦四隻の
﹁そうあって欲しいですね。本艦をドイツからここ
くみ
ことは断じて許さないという、米国の意思表示だっ
きた
﹁実を言うとな、航海長。私には、来るべき日米戦
揃い踏みを見たいところです﹂
はないか。日本と欧州列強に与し、米国と敵対する
たのではないか。
そ
気がしている﹂
﹁それもあるが、上層部から見れば、本艦は比較的
直衛艦として⋮⋮でしょうか?﹂
﹁これからは空母と航空機が主力になるから、その
使いやすい艦であるように思えるのだ。本艦は攻撃
しゅんこう
ら夏にかけて 竣 工する。
に日本への途上にあり、三、四番艦は、来年の春か
﹁阿蘇﹂と命名された二番艦は、
﹁浅間﹂同様、既
あ
ドイツから買い入れた巡洋戦艦は四隻。
今後も繰り返されるでしょうね﹂
﹁艦長が言われたとおりだとすれば、米国の挑発は、 争において、浅間型は最もよく働く艦になりそうな
そう、大西は考えているようだった。
18
くれ
力が小さく、切り札となる艦ではないが、それだけ
新鋭戦艦の投入が躊躇われるような局面に、まず本
ためら
に気軽に使える。
﹃長門﹄
﹃陸奥﹄や、呉で建造中の
艦を投入して様子を見る。そんな使われ方をするの
ではないか、とね﹂
﹁は⋮⋮﹂
き
て ごま
﹁だから浅間型には、一隻も欠けることなく内地に
がた
到着して貰いたい。小回りの利く手駒を増やし、帝
国海軍の作戦に柔軟性を持たせるためにな﹂
のを感じていた。
綾瀬には、大西の言葉に、今ひとつ納得し難いも
浅間型が帝国海軍にとって貴重な戦力であること
大役を、この艦が果たせるだろうか。
は理解しているつもりだが、艦長が言われるような
偶発的な軍事衝突を機に新たな大戦が勃発するまで、
昭和一五年一二月一〇日、大西洋における米英の
繰り返し思い出すことになる。
しかし、このときの大西の言葉を、綾瀬はのちに、
序 章
19
一年半を残した日の出来事であった。
書
店
に
て
お
求
め
の
上
、
お
楽
し
み
く
だ
さ
い
。
形
式
で
、
作
成
さ
れ
て
い
ま
す
。
こ
の
続
き
は
★
ご
覧
い
た
だ
い
た
立
ち
読
み
用
書
籍
は
P
D
F