上原記念生命科学財団研究報告集, 26 (2012) 35. 抵抗性運動時の心血管負荷の予測方法の検討 大槻 毅 Key words:収縮期血圧,心拍数,ダブルプロダクト, 中高齢者,動脈スティフネス 流通経済大学 スポーツ健康科学部 スポーツ健康科学科 緒 言 ウェイトトレーニングなどの抵抗性運動は筋力および骨密度を維持改善するので,転倒および骨折の予防,ひいては介護予防 に有効である.しかし,ボディビルダーに抵抗性運動を 1RM (1 repetition maximum) の 95%強度で行わせた先行研究で は,収縮期血圧:SBP (systolic blood pressure) が 350 mmHg,拡張期血圧が 250 mmHg にまで上昇したとされてい るなど 1),抵抗性運動は有酸素性運動に比べて運動時の血圧上昇が大きいと考えられる.血圧の過度な上昇は血管内皮細胞 の傷害により動脈硬化を促す可能性がある.また,運動時の SBP,および SBP と心拍数の積として算定される DP (double product) の上昇は,心疾患や脳血管障害を惹起する可能性がある.体質および体調から抵抗性運動時の血圧を予測し,血 圧の上昇が過度にならないように運動の強度および量を調整することができれば,動脈硬化の予防・改善に有用かもしれない し,心血管イベントの発生件数を減らせるかもしれない. 我々は,中心動脈の硬度(スティフネス)は有酸素性運動時の動脈負荷を規定する重要な因子であり 2,3),加齢などにより 動脈スティフネスが増大している中高齢者においては 4),動脈スティフネスが高いほど運動時の SBP および DP が高いことを既 に報告している 5).しかし,動脈スティフネスと抵抗性運動時の SBP および DP との関連は不明である.また,有酸素性運動 における動脈スティフネスと運動時の SBP および DP との相関係数は必ずしも高くはなく,より正確に運動時の SBP および DP を予測するためには,動脈スティフネス以外の因子を予測因子に加えたり,年代別および性別に予測方法を検討したりすること なども必要である.そこで本研究では,抵抗性運動時の SBP および DP を測定し,それらと関連の強い因子を探索して,運動 時の SBP および DP の予測式を作成することとした. 方 法 1.対象者 対象者は 40~70 歳台の中高齢者 45 人(男性 15 人,女性 30 人)である.本研究はヘルシンキ宣言に従い,流通経済大 学研究倫理委員会の承認を得て実施した.対象者には事前に文章および口頭で実験の目的および内容などを説明し,文章に より承諾を得た. 2.研究デザイン 検査および測定などは 3 日間に分けて実施した.1 日目は血液検査(コレステロール,中性脂肪,グルコースなど) ,形態測 定(身長,体重など) ,長座体前屈などを,2 日目は動脈機能検査(動脈スティフネス,末梢血管抵抗など)と有酸素性能力 測定(最大酸素摂取量)を実施した.動脈スティフネスの指標にはエアプレチスモグラフにより測定した baPWV (brachialankle pulse wave velocity) を,末梢血管抵抗の指標にはストレンゲージプレチスモグラフにより測定した前腕動脈の血管抵 抗を用いた.3 日目は,上肢および下肢の抵抗性運動(座位ワンハンドアームカール,レッグプレス)における 1RM 測定と運 動時の SBP および DP 測定を実施した. 1 3.抵抗性運動プロトコル 質問紙による体調チェックとオシロメトリーによる座位安静時の血圧および心拍数測定(DINAMAP ProCare300,GE Healthcare),ウォーミングアップ(40%最大酸素摂取量で 4 分間の自転車ペダリング運動と被検部位のストレッチ)を実施し た後に,アームカールとレッグプレスを実施した.実施順序はアームカールからレッグプレスとし,それぞれ 1RM 測定を行った後 に,20,40,60% 1RM で 10 回 2 セットの運動を実施した.それぞれの運動は,8 秒に 1 回(1 セット 80 秒)のテンポで, 呼吸を止めずに実施するように,対象者に指示した.オシロメトリーによる血圧および心拍数の測定は各セットの開始 20 秒後に 開始し,2 セットのうち高い方の値を分析データとして採用した. 4.統計解析 2 変数間の関係は,ピアソンの単相関係数により検討した.抵抗性運動時における SBP および DP の予測式作成において は,これらの値を従属変数とし,その他の測定値を独立変数として,ステップワイズの重回帰分析を実施した.これらの分析 は,全対象者における分析の他に,対象者を性別および年代別(65 歳未満と 65 歳以上)に分けた分析も行った. 結果および考察 動脈スティフネスの指標である baPWV と抵抗性運動時の DP との間に,有意な相関関係が認められた(表 1). 表 1.baPWV (brachial-ankle pulse wave velocity) と抵抗性運動時における DP (double product) との単相関分析 baPWV に加えて,事前に行った血液検査,動脈機能検査,体力測定と,運動直前に行った血圧および心拍数測定と体調 チェックアンケート調査,主観的運動強度評価などを独立変数とし,DP を従属変数としたステップワイズの重回帰分析を行った ところ,全ての項目で baPWV との単相関分析よりも高い決定係数が得られた(表 2). 表 2.抵抗性運動時における DP (double product) を従属変数とした重回帰分析 さらに性別の検討および年代別の検討を行ったところ,アームカールでは 0.869~0.982,レッグプレスでも 0.673~0.993 まで 決定係数が改善した.これらの重回帰式で得られた予測値と実測値との関係のうち,高齢者(65 歳以上)のアームカールお よびレッグプレス(いずれも 40% 1RM)のものを図 1 に示している.なお,SBP においても,DP と概ね同等の結果が得られ た. 2 図 1. 高齢者(65 歳以上)におけるアームカール時(左図)およびレッグプレス時(右図)の DP(double product) -予測値と実測値との関係-. 事前に行った動脈機能検査(動脈スティフネス,末梢血管抵抗など),血液検査(コレステロール,中性脂肪,グルコ ースなど) ,体力測定(最大酸素摂取量,長座体前屈)と,運動直前に行った血圧および心拍数測定と体調チェックア ンケート調査,主観的運動強度評価などの結果を独立変数とし,40% 1RM (1 repetition maximum) でのアームカ ール時およびレッグプレス時の DP(心血管負荷の指標)を従属変数として,ステップワイズの重回帰分析を実施したと ころ,有意の重回帰式が得られ,高い精度で運動時の DP を予測できると考えられた. 本研究は抵抗性運動時の SBP および DP に関連する因子(動脈スティフネスなど)を特定し,運動時における SBP および DP の予測式を作成することを試みた初めての研究である.有酸素性運動における先行研究と同様に抵抗性運動においても, 動脈スティフネスと運動時の SBP および DP との間には有意の相関関係が認められ,抵抗性運動においても,動脈スティフネス は運動時の循環動態を規定する因子として重要である可能性が考えられた.ただし,相関係数は必ずしも高くはなく,臨床応 用を目指す運動処方ツールとして,得られた単回帰式は必ずしも十分であるとは考えられなかった.そこで,動脈スティフネス 以外の血圧関連因子を独立変数に加えてステップワイズの重回帰分析を行ったところ,いずれの運動種目および運動強度にお いても決定係数は改善した.さらに,対象者を性別に分けたり,年代別に分けたりすることで,決定係数は改善する傾向にあ り,特に,単関節運動で動きが比較的シンプルなアームカールにおける決定係数は高値であった.これらのことから,抵抗性運 動時の SBP および DP の上昇を体質および体調などから予測することは可能であり,また,例数を増やして性別および年代別 の式を作成するなどすれば,測定精度をさらに向上させられると考えられた.今後は,測定精度のさらなる改善を試みながら, 作成した予測式の汎用性を確認することと,この式を用いた介入研究を実施し,その有用性を検証することが必要である. 共同研究者 本研究の共同研究者は,流通経済大学スポーツ健康科学部の高松 薫,筑波大学大学院人間総合科学研究科の前田清 司,立命館大学スポーツ健康科学部の家光素行,國學院大學人間開発学部の林貢一郎,国立スポーツ科学センタースポー ツ科学研究部の齋藤陽子である.稿を終えるにあたり,本研究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に,心から感謝い たします. 文 献 1) MacDougall, J. D., McKelvie, R. S., Moroz, D. E., Sale, D. G., McCartney, N. & Buick, F. : Factors affecting blood pressure during heavy weight lifting and static contractions. J. Appl. Physiol., 73 : 1590-1597, 1992. 2) Otsuki, T., Maeda, S., Iemitsu, M., Saito, Y., Tanimura, Y., Ajisaka, R. & Miyauchi, T. : Contribution of systemic arterial compliance and systemic vascular resistance to effective arterial elastance changes during exercise in humans. Acta Physiol., 188 : 15-20, 2006. 3 3) Otsuki, T., Maeda, S., Iemitsu, M., Saito, Y., Tanimura, Y., Ajisaka, R. & Miyauchi, T. : Systemic arterial compliance, systemic vascular resistance, and effective arterial elastance during exercise in endurance-trained men. Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol., 295 : R228-R235, 2008. 4) 大槻毅 : 動脈硬化予防のための運動プログラム. 日臨スポーツ医会誌, 19 : 401-402, 2011. 5) Otsuki, T., Maeda, S., Kesen, Y., Yokoyama, N., Tanabe, T., Sugawara, J., Miyauchi, T., Kuno, S., Ajisaka, R. & Matsuda, M. : Age-related reduction of systemic arterial compliance induces excessive myocardial oxygen consumption during sub-maximal exercise. Hypertens. Res., 29 : 65-73, 2006. 4
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