脈波解析を高血圧治療に活かす - Arterial Stiffness

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第 11 回 臨床血圧脈波研究会 ランチョンセミナー①
脈波解析を高血圧治療に活かす
松井芳夫(岩国市医療センター医師会病院総合診療科内科)
本講演では、
「脈波解析から得られる PWV と中心血圧
そこでわれわれは、早朝高血圧に対する介入試験であ
を高血圧治療にどのように生かすか」をテーマに、主に臨
る JMS−1 研究(Japan morning Surge-1 Study)
(家庭血圧
床面からみた有用性を解説する。
測定における早朝高血圧をターゲットとした交感神経α 1
PWVの予後予測能について
のサブスタディとして、降圧治療による PWV の低下が尿
まずは脈波伝播速度(pulse wave velocity;PWV)につ
中アルブミン量の低下と関連しているかを検討した。高
いて述べる。PWV は血管の硬化度を反映する指標として
血圧性腎障害の指標である尿中アルブミンの値を指標と
日常臨床で使用されているマーカーで、頸動脈−大腿動脈
したのは、これが高血圧患者における予後予測指標にも
間で大血管の弾性動脈の硬化度を示す cfPWV(carotid-
なるためである。
femoral PWV)と、上腕-足首間で弾性動脈と筋性動脈の
まず、外来SBPについて降圧の程度を3群、T1(−70.5〜
硬化度を示す baPWV
(brachial-ankle PWV)
とがある。
−15 .5 mmHg)、T2(−15 .0 〜−1 .0 mmHg)、T3(−0 .5 〜
cfPWV の予後予測能に関しては、フランスで実施され
65 .0 mmHg)に、baPWV を低下群(■)と上昇群(■)
たスタディが知られている。これは PWV 値を高さ別に 3
に分けて、それぞれの尿中アルブミンの変化率を比較し
群に分け、15 年以上にわたってフォローアップしたもの
たところ、T1、T2、T3 のすべてにおいて、baPWV 低下
だが、年齢、収縮期血圧(SBP)
、心血管疾患既往の有無、
群で尿中アルブミンが有意に改善した(図 1)
。同様に、個
糖尿病の有無などで補正しても、cfPWV が最も高い群は
人の血圧をより正確に示すとされる家庭 SBP でも、同様
ほかと比べて生存率が低いという結果だった。Framingham
に baPWV 低下群で改善がみられた(図 2)
。
研究でも、cfPWV が高い群は累積心血管イベントの発生
率が高かった。baPWV についても一般住民を対象にした
PWVの変化と臓器障害のメカニズム
研究があり、やはり値が高い群のほうが累積死亡率は高
メカニズムについてだが、本検討の対象者はいずれも
いことが明らかになった。
動脈壁スティフネスが亢進している高齢者である。大動
降圧治療におけるPWV の重要性
脈のクッション機能が低下しているため、左室からの駆
出圧波によるストレスがダイレクトに腎臓の糸球体へ伝
この PWV を降圧治療にどう活かすかということだが、
播され、尿中アルブミン漏出が起こりやすくなっている。
興味深いのが、慢性腎不全患者に対してなされた検討で
若い人は降圧薬などで動脈壁スティフネスが改善しや
ある。アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、Ca 拮抗
すく、それにより左室の駆出エネルギーが緩衝されるた
薬などを用いて、積極的な降圧治療を試みた患者の予後
め、糸球体にかかるストレスが減り、尿中アルブミン漏
を追ったものだが、4 年間フォローアップしたうえで生存
出が起こりにくくなるが、不可逆的な動脈壁スティフネ
している群と死亡した群について血圧と cfPWV を比較す
スを有する高齢の高血圧患者の場合、降圧薬によって大
ると、平均血圧では両群とも同程度の低下がみられたが、
動脈の伸展圧が低下しても動脈壁スティフネスが改善さ
cfPWV では生存群は低下、死亡群は上昇という、相反す
れず、結果的に降圧が得られたとしても尿中アルブミン
る傾向が生じた。
量が低下しにくい、つまり臓器障害が改善しにくいと推
この結果は高血圧患者の降圧治療では血圧だけでなく
測される。
血管特性にも目を向ける必要があることを示しているが、
一方で、対象者は慢性腎不全というハイリスクの高血圧
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遮断薬の高血圧性臓器障害発症抑制効果を検討した試験)
PWV低下作用の薬剤間の違い
患者であり、通常の高血圧患者で PWV の低下が臓器障害
最近では PWV の低下作用が薬剤間で異なることが報告
や心血管イベント発生率に及ぼす影響について、十分に
されるようになった。例えば Ca 拮抗薬ニフェジピンとア
検討された報告はこれまでにない。
ンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)バルサルタンを比
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ランチョンセミナー①
図1 ● b
aPWV 低下の有無と尿中アルブミンの変化—外来 SBP の変化(n = 404)
(Matsui Y, et al. J Hypertens 2010 ; 28 :
1752 -60 . より引用)
尿中アルブミン変化率(%)
10
0
ΔPWV<0
n=113
4.1
n=94
n=24
0.9
n=60
n=39
ΔPWV≧0
n=74
−11.3
−14.9
−10
0.0
−21.7
*
**
p=0.02
−20
p=0.005
**
p<0.001
−30
T1
T2
(−70.5∼−15.5mmHg) (−15.0∼−1.0mmHg)
T3
(−0.5∼65.0mmHg)
外来 SBP の変化
*:p < 0 .05、**:p < 0 .001。
図2 ● b
aPWV 低下の有無と尿中アルブミンの変化—家庭 SBP の変化(n = 404)
(Matsui Y, et al. J Hypertens 2010 ; 28 :
1752 -60 . より引用)
10
ΔPWV<0
尿中アルブミン変化率(%)
ΔPWV≧0
0
n=94
n=96
−4.8
n=39
n=77
−0.2
−7.1
n=41
−10
−24.1
2.8
n=57
*
−17.9
p=0.04
**
−20
**
p<0.001
p<0.001
−30
T2
T1
(−49.3∼−13.3mmHg) (−13.2∼−2.6mmHg)
T3
(−2.5∼28.6mmHg)
家庭 SBP の変化
*:p < 0 .05、**:p < 0 .001。
較した研究では、血圧では収縮期、拡張期とも両者に有
腎障害の重症度評価の指標として注目されてきたが、そ
意差はなく低下していたが、baPWV では ARB のほうが
れだけでなく降圧治療に対する動脈特性の変化モニター
有意に下がっていた。ほかにもいくつか研究が報告され
としても利用できる可能性が高い。降圧薬で血圧が下がっ
ており、それらをまとめると ACE 阻害薬、ARB、β遮断
ても PWV の改善に乏しい人は、臓器障害の改善、心血管
薬では PWV 低下作用が強く、利尿薬は PWV にあまり影
イベントの改善に結びつかない。臨床では血圧だけでな
響を及ぼさないと考えられる。
く、PWV にも着目し治療すべきであろう。
PWVの今後の可能性
中心血圧の予後予測能について
これまで PWV は動脈硬化性病変の早期発見、脳・心・
続いて中心血圧について述べる。中心血圧の波形は、
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図 3 ● 上腕 SBP・中心 SBP の変化(Matsui Y, et al. Hypertension 2009 ; 54 : 716 -23 . より引用)
上腕 SBP
中心 SBP
−0
収縮期血圧の変化(mmHg)
−5
−10
−15
−20
−25
Δ5.2mmHg
ns*
p=0.039*
オルメサルタン/アゼルニジピン群(n=103)
オルメサルタン/利尿薬群(n=104)
*:ANCOVA
(ベースライン値、年齢、性、BMI、以前の高血圧治療の有無で補正)。
左室からの駆出波と末梢の抵抗血管から反射して中枢に
薬(+利尿薬)のほうが低下していた。
戻ってくる反射波が重畳して形成された合成波である。
併用療法の比較ではASCOT-BPLA研究が知られている。
反射波で増幅されたΔ P を脈圧 PP で除することで得られ
これは血管拡張作用のある ACE 阻害薬と Ca 拮抗薬の併用
る指標が augmentation index(AIx)で、動脈スティフネ
と、血管拡張作用のないβ遮断薬と利尿薬の併用とで心
スと左室に対する後負荷の指標として臨床応用されている。
血管イベントの発生率を比べたものだが、いずれも同程
中心血圧の予後予測能は、フランス、イタリア、アメ
度の降圧作用は得られたものの、心血管イベントの発生
リカなどで報告されている。フランスの試験は慢性腎不
率では ACE 阻害薬と Ca 拮抗薬の併用のほうが低かった。
全患者を中心脈圧の値で 3 群に分け、心血管イベントの生
この研究ではサブスタディとして中心血圧を計測してい
存率を比較したものだが、値が高い群ほど生存率は低下
たが、やはり ACE 阻害薬と Ca 拮抗薬の併用のほうが中心
していた。イタリアの試験は 65 歳以上の一般住民が対象
血圧を有意に低下させていた。 で、 上 腕 SBP と 中 心 SBP に つ い て 検 討 し て い る。 上 腕
SBP は年齢や性差で補正すると有意差はなかったが、中
心 SBP はそれをもってしても有意に予後予測に関わって
そこでわれわれは ARB の併用薬として Ca 拮抗薬または
いた。アメリカの Strong Heart Study では中心脈圧と上
利尿薬のどちらが中心血圧の降圧効果に優れているか検
腕脈圧をそれぞれ四分位に分けて検討しているが、やは
討するために J-CORE(Japan-Combined Treatment with
り中心脈圧が高い群ほど心血管イベント発生リスクが上
Olmesartan and Calcium Channel Blocker versus
昇していた。
Olmesartan and Diuretics Randomized Efficacy Study)研
中心血圧の薬剤間の作用の違い
20
J-CORE研究の概要と結果
究を行った。
これは高血圧患者にARBのオルメサルタン20mgを3ヵ
中心血圧も PWV と同様、薬剤間で作用が異なることが
月間服用してもらった後、それでも血圧が高い患者(外来
最近になって明らかになってきている。ACE 阻害薬や Ca
血圧 140 /90 mmHg 以上)に対し、Ca 拮抗薬のアゼルニジ
拮抗薬などの血管拡張薬は中心血圧が下がり、β遮断薬
ピン 16 mg 追加群と、利尿薬 12 .5 mg 追加群をランダム
や利尿薬は下がりにくいというのが、多くの報告で示さ
に割り付け、6 ヵ月後の上腕血圧と中心血圧の変化をみた。
れている。最近発表された直接的レニン阻害薬
(+利尿薬)
結果は上腕 SBP の低下度は 2 群間で有意差を認めなかっ
と Ca 拮抗薬アムロジピンの比較試験では、上腕 SBP は両
たが、中心 SBP では Ca 拮抗薬追加群のほうが 5 .2 mmHg
薬剤とも同程度低下したが、中心 SBP は直接的レニン阻害
ほど低下し、両者に有意差が認められた(図 3)
。
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ランチョンセミナー①
図4 ● P
WV・AIx の変化(Matsui Y, et al. Hypertension 2009 ; 54 : 716 -23 . より引用)
cfPWV
AIx†
0
0
−0.5
AIxの変化(m/sec)
PWV の変化(m/sec)
−1
−1.0
Δ0.8m/sec
−1.5
p<0.001*
−2
−3
−4
−5
Δ2.8%
−6
p<0.001*
オルメサルタン/アゼルニジピン群(n=103)
オルメサルタン/利尿薬群(n=104)
*:ANCOVA
(ベースライン値、年齢、性、BMI、以前の高血圧治療の有無で補正)、†:心拍数 75 bpm 補正。
さらに本研究では、中心 SBP の低下は何に起因するか
だったが、アゼルニジピン / オルメサルタン配合薬に替え
を調べるため、大動脈スティフネスである cfPWV と AIx
て6ヵ月内服したところ、138 /85 mmHg、130 /86 mmHg
の変化を追った。すると cfPWV と大動脈 PWV と心拍数
まで低下。cfPWVは単剤のときは10.2m/secだったが、
6ヵ
で補正した AIx では、Ca 拮抗薬追加群のほうが有意に低
月後には 9 m/sec になった。この症例からみると、アゼル
下していた
(図 4)。
ニジピン / オルメサルタン配合薬は反射波と PWV の低下
症例と提言
が大きく、より強く中心血圧を下げるのではないかと考
えられた。
最後にアゼルニジピン / オルメサルタン配合薬を用いた
中心血圧の臨床応用については、まず左室後負荷モニ
症例を示す。
ターとして用いるのが妥当と考える。また、PWV と同じ
症例は 58 歳の男性で、身長 168 cm、体重 62 .4 kg。高
ように脳・腎・大血管障害の重症度評価として用いるこ
血圧歴 3 年でバルサルタンを 80 mg 内 服 し て い る。 高
とも可能であろう。
脂血症でピタバスタチンを内服中で、過去の喫煙はあ
上腕血圧だけでなく、中心血圧や PWV もしっかり確認
るが、習慣性飲酒はない。バルサルタンを服用時の上
することで、より臓器保護的な降圧治療が行えるのでは
腕 血 圧と中心 血 圧は 160 /102 mmHg、155 /103 mmHg
ないか。この提言を本講演のまとめとしたい。
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