制度 ■確定給付 ■厚年基金 ■適格年金 □確定拠出 □退職金 □その他 内容 ■年金財政 □事務サポート □法改正 □PBO □その他 平成 20 年 3 月 31 日 第一生命 年 金 通 信 「数理室だより」32 号 企業年金数理室 年金事例解説・・・「電卓でできる将来予測」 1.はじめに 2.初級レベル ∼決算で発生する不足金はどのくらい?∼ 米国のサブプライムローン問題に端を発した市 場混乱により、運用環境が大きく揺れています。 「年金制度の将来にどんな影響があるのか知りた まず、初級レベルとして、以下のようなケースを 考えてみましょう。 い」とお考えの方も多いでしょう。 そこで、今月の数理室だよりでは「電卓でできる ・今年度は年金資産の運用が思わしくなく、利回 将来予測」と題して、お客さまご自身で簡単にで りがマイナスとなる見込みである。年度末の年金 きる将来予測の方法について解説したいと思い 財政決算が心配。今年度の決算では当年度不 ます。 足金がどのくらい発生するんだろう。 もちろん、目的によっては複雑な数理計算が必 これは、いわゆる「利差損」 i と呼ばれるものです。 要なものもあります。代表例としては年金 ALM と 呼ばれる将来予測があります。年金 ALM では、 いくつか方法は考えられますが、最も簡単な方法 新規加入者の人数や今後の脱退、昇給等の前 としては次が考えられます。 提を置き、年金数理の手法を使って将来予測を 行いますが、これを電卓で行おうというものではも 当年度不足金(予測)=年度始年金資産× ちろんありません。今回の数理室だよりで目指す (年金制度上の予定利率−今年度の年金資産 のはもっと簡単な目的に使用するための予測方 の予想運用利回り)・・・① 法ですが、「将来予測をしたい」と相談してくるお この式をみて、「年度始年金資産ではなく年間 客さまの要望の多くは、今回ご紹介する方法で の年金資産の平均元本を使用したほうがよいの 対応が可能です。 なお、以下では、手法の難易度に応じてレベル ではないか?」と感じた方はすでに初級レベルは を三段階に分けておりますが、筆者の独断に基 卒業ですので、この節は読み飛ばしていただい づくレベル分けであるという点をお断りしておきま て結構です。ここでは、最も簡単に入手可能な数 す。 値 と し て 年 度 始 年 金 資 産 を 使 用 する こ と とし ま す。 i - 1 - 「数理室だより」11 号(H18.4.28)参照 や未償却過去勤務債務の予測に使われている さて、①を見てください。これも立派な将来予測 算式の意味について理解している方は多くはな です。イメージし易いように、具体的な数字で計 いでしょう。以下の方法を知っていれば、予算ソ 算してみます。年度始の年金資産が 10 億円、年 フトで算出された結果の妥当性の検証にも役立 金制度上の予定利率が 3.0%、今年度の年金資 ちますので、ぜひ一度、お試しください。 産の予想運用利回りを▲5%とすると、 まずは、年金経理の貸借対照表をイメージして 当年度不足金(予測) ください(下図参照)。ここでは確定給付企業年 =10 億円×(3%-(▲5%)) 金制度を例として考えてみたいと思います。(厚 =10 億円×(3%+5%) 生年金基金制度でも基本的な考え方は同じです =10 億円×8% が、代行部分の債務として最低責任準備金の概 =8 千万円 念が入り、説明が長くなってしまいますので、確 定給付企業年金制度を例として説明します。) となり、当年度の決算で 8 千万円の不足が見込 まれるということが分かります。 図 この①式の意味するところは、年金制度上は予 貸借対照表のイメージ (前年度決算で繰越不足金が発生しているケース) 定利率に相当する運用収益を稼ぐのが前提とな っており、当年度の運用利回りが予定利率に届 A.年金資産 B.数理債務 かないと、その分、当年度決算において不足金 が発生するということです。(逆に予定利率を上 C.未償却過去 勤務債務残高 D.繰越不足金 E.当年度不足金 回れば、その分は当年度剰余金となります。) 3.中級レベル ∼年金資産、数理債務等を予測する∼ この図から、 少しレベルを上げて、年度末の年金資産、数理 債務等の金額を予測し、そこから当年度不足金 当年度不足金=数理債務−年金資産−未償却 を計算する方法を考えてみましょう。 過去勤務債務−繰越不足金・・・② 以下に紹介する方法は、主に厚生年金基金制 度や基金型確定給付企業年金制度を採用され ですから、数理債務、年金資産、未償却過去勤 るお客さまが年金経理の予算を策定する際に使 務債務を予測できれば当年度不足金を予測でき 用している方法であり、別に目新しいものではあり ることになります。(繰越不足金は前年度末の金 ません。しかし、実務として行われている予算は 額で不変です。) 多くの前提を必要とし、貸借対照表と損益計算 書が複雑に入り組んでいますので、決して分かり (1)年度末の年金資産の予測 やすいとは言えません。前提を汎用のエクセルソ フトに入力して、出力される計算結果だけを利用 しているケースも多いと思いますので、数理債務 - 2 - 年度末の年金資産は以下の算式で予測できま す。 A.年度末の年金資産(予測) しかし、少し詳しい方は次のような疑問を持つ =年度始年金資産×(1+予想利回り)+ かもしれません。 (年間標準掛金収入+年間特別掛金収入− 年間給付費)×(1+予想利回り/2)・・・③ 「数理債務は 将来発生する給付の現価から将 来の掛金収入の現価を控除したもの と教わった ここで、年間標準掛金収入、年間特別掛金収 ii 。計算には予定利率の他、昇給率、脱退率、死 亡率等の計 算基礎率を用いて、コンピュータで 入、年間給付費については、 複雑な計算をしているはず。その値を予測するの ・前年度の実績値を使用する方法 に式④のような簡単な算式で本当によいのか?こ ・過去の実績値の伸びを加味して推測する方法 の式には給付現価も収入現価も登場しない ・当年度の加入者数(年間給付費の場合は退職 が・・・」 者数)の人数・給与をもとに推計する方法 実は式④はファクラーの再帰式と言って、アクチ などが考えられますが、大まかな傾向を掴むのが ュアリーの教科書にも出てくる立派な算式なので 目的であれば、前年度の実績値をそのまま使用 す。ただし、留意して頂きたい点は、式④で計算 する方法でよいと考えます(あまり細かい部分にこ した予測値が実際の年度末の数理債務に一致 だわると、 木を見て森を見ず ということになりか するのは、実績が予定どおり推移した場合に限る ねません。)。また、予想利回りには運用報酬等 ということです。ここで予定どおりとは、数理債務 のコストを控除した利回りを使用することにご留意 を計算する前提である計算基礎率(予定利率、 ください。 予定死亡率、予定脱退率、予定昇給率等)どお りに脱退(退職)や昇給が発生するということです。 実際には、予定どおり推移することはありません (2)年度末の数理債務の予測 ので、この場合は年度末の数理債務と乖離する 年度末の数理債務は以下の算式で予測できま ことになりますが、逆に言えば、実績と予定の乖 離が小さい場合には式④で求めた値に近くなると す。 いうことですから、簡単な将来予測を行う場合に B.年度末の数理債務(予測) は、この算式が大活躍します。また、我々数理人 =年度始数理債務×(1+予定利率)+ が毎年の財政検証で利源分析を行う際にも、こ (年間の標準掛金収入−年間給付費)× のファクラーの再帰式の考え方を基礎としており、 (1+予定利率/2)・・・④ 専門家にとっても非常に有益な算式と言えます。 ここで、標準掛金収入、年間給付費には年金 余談になりますが、この式④を見て頂くとお分か 資産の予測で使用した値と同じものを使用します。 りのとおり給付が発生すると数理債務の減少要 式③と比較して頂くと、式③の予想利回りの代わ 因となります。場合によっては前年度より数理債 りに式④では予定利率が使われていること、また 務が減少することもあり得ますが、一般的に「数 式③には特別掛金収入があるのに対して、式④ 理債務=債務、債務は増えるもの」というイメージ にはないことが分かります。年金経理の予算でも 使われているので、ご存じの方も多いでしょう。 ii - 3 - 「数理室だより」1 号(H17.6.30) が強いためか、「数理債務が減少する予測となっ 4.上級レベル たが、この算式はおかしいのでは?」といった質 ∼数年先までの予測、加入者数が大幅に変動 問を受けたこともあります。式④を頭の片隅に置 した場合の予測、退職給付債務の予測∼ いて頂いた上で、数理債務は将来の給付支払の ために準備しておく性格のもの、よって実際に支 ここでは、初級レベル、中級レベルの考え方を 払いが行われれば債務として計上しておく必要 使いながら、幾つかの個別の事例について解説 はない、と考えて頂ければ、数理債務が減少する します。 ケースもあり得ると理解していただけるのではない でしょうか。 (1)数年先までの予測 (3)年度末の未償却過去勤務債務残高 中級レベルまでは一年後の予測でしたが、もう 少し長い期間の予測を行いたい場合もあるでしょ 年度末の未償却過去勤務債務残高は以下の 算式で予測できます。 う。このような場合でも、中級レベルで用いた算式 を順次使用することで、数年先までの将来予測を 行うことが可能です。これを応用すれば、年金資 C.年度末の未償却過去勤務債務残高(予測) 産と数理債務を数年先まで計算して不足金の推 =年度始未償却過去勤務債務残高× 移を予測し、次回再計算時に特別掛金がどのく (1+予定利率)−年間特別掛金収入× らい変動するか、といった問題にも適用できます。 (1+予定利率/2)・・・⑤ もちろん、先に行けば行くほど、実績との乖離が 生じ易くなりますので注意が必要ですが、大まか ここで年間特別掛金収入には、年金資産の予 測で使用した値と同じものを使用します。 な傾向を把握したい場合などは、このような手法 でも十分でしょう。 式⑤は、特別掛金を支払った分だけ未償却過去 なお、このような場合に一つ一つ電卓で計算す 勤務債務残高が前年度より減少するということを るのは大変ですので、エクセルで計算式を組ん 表していますが、式⑤で計算した予測値が年度 でおくのが便利です(エクセルの使用方法につい 末の未償却過去勤務債務残高に一致するのは ての説明は一般の解説書に譲ります。)。 年度末の加入者数(給与合計)が前年度末と一 致している場合に限ります。加入者数が大幅に (2)加入者が大幅に減少した場合の予測 変動しているケースでの予測方法については上 級レベルで説明いたします。 中級レベルの事例をもとに、大量退職等で加入 者が大幅に減少した場合の影響を予測してみま 以上、式③∼式⑤でそれぞれ年金資産、数理 しょう。 債務、未償却過去勤務債務残高を計算すれば、 式②を用いて当年度不足金を予測できます。式 はいずれも簡単な四則演算ですので、この数理 室だよりのテーマにもあるとおり「電卓でできる」こ とになります。 - 4 - まず、年金資産については、式③をそのまま使 用します。 (式③再掲) 場合では当年度不足金に与える影響が大きいの A.年度末の年金資産(予測) で、この方法をご利用ください。) =年度始年金資産×(1+予想利回り)+ (年間標準掛金収入+年間特別掛金収入− あとは、中級レベルと同じく式②を用いて、当年 度不足金を予測できます。 年間給付費)×(1+予想利回り/2)・・・③ 実際、この方法で計算してみると、中級レベル ここで、加入者が減少することで、年間標準掛 金収入、年間特別掛金収入は減少、年間給付 で計算した方法より当年度不足金が増加します。 これは、 費は増加することになります。退職者の年齢層等 が予め予想できるのであれば、その内容に基づ 加入者数が減少 き給付費を見込むことも可能ですが、そのような →特別掛金の今後の収入見込みが減少 予想が難しい場合、あるいは予想できても給付 →特別掛金収入現価が減少 予想額を算出するのが困難な場合は、 →特別掛金収入現価=未償却過去勤務債務残 高なので、未償却過去勤務債務残高が減少 年間給付費=前年度年間給付費×当年度の退 →その分、当年度不足金が増加 職者予想人数/前年度の退職者予想人数 という理由によるものです。なお、「特別掛金収 等の方法で給付費を予想してもよいでしょう。 入現価=未償却過去勤務債務残高」という部分 が分かりにくいかも知れませんので補足しますと、 次に数理債務ですが、これも式④をそのまま使 貸借対照表上の未償却過去勤務債務残高とい 用します。加入者が大幅に減少するケースにお うのは、積立 不足額である過去勤 務 債務のうち いては式④で計算した結果と実際の計算値との 特別掛金で計画的に償却を予定(約束)している 乖離が大きくなりがちですが、電卓で計算できる 金額のことであり、特別掛金の今後の収入見込 方法としては式④に代わる適当なものも見当たり み、すなわち特別掛金収入現価のことなのです ませんので、式④をそのまま使用してください。 (正確には、未償却過去勤務債務残高=特別掛 金収入現価+特例掛金収入現価ですが、特例 最後に未償却過去勤務債務残高ですが、加入 掛金収入現価はゼロと仮定しました)。 者が大幅に減少するケースにおいては、式⑤を 未償却過去勤務債務という言葉だけでイメージ そのまま使用するのではなく、式⑤で計算した結 すると、「過去勤務債務」=不足金、「未償却」= 果に、次の比率を乗じてください。 まだ償却が終わっていない、よって「未償却過去 勤務債務」が少なくなる=不足金が少なくなる、と 当年度末の加入者数( 予想) 比率= 前年度末の加入者数( 実績) 考えがちですが、上記のように加入者数が大幅 に減少した要因により未償却過去勤務残高が減 少する場合は、当年度不足金が増加する一因と 例えば、前年度と比べて加入者数が 2 割減少 する見込みならば、式⑤で計算した結果に、比 率=0.8/1.0=0.8 を乗じてください。(通常、予 算で使用する算式ではこのような調整は行ってい ないと思いますが、特別掛金の償却年数が長い - 5 - なりますので、喜ばしいことではないという点にご 留意ください。 逆に加入者数が大幅に増加する見込みの場合 は、式⑦の比率が1より大きくなりますので、加入 者数が増加しない場合と比べて未償却過去勤務 5.最後に 債務残高が増加する予測となります。これは不足 金が増えるということではなく、特別掛金収入現 以上、電卓でできる将来予測と題して、いくつ 価が増加する、その分、当年度不足金が減少す か説明させて頂きました。電卓でできることに限り る要因ということであり、特別掛金の収入の観点 はありますが、目的によってはコンピュータを使わ からは年金財政上メリットのあることなのです。(た なくても有益な情報を得ることができます。重要な だし、新規加入者が高年齢に偏っている場合は、 のは何のために将来予測をするのか、将来予測 別の要因で不足が発生することもあり、加入者数 ででた結果をもとに何を判断・決定するのか、そ が増加すること=メリットがある、という訳でもあり のためにはどのような手法を用いればよいのか、 ません。) ということです。 今回の数理室だよりでご紹介した方法が、今 なお、事業所脱退等の理由により加入者数が 減少するケースで脱退事業所から特別掛金を一 後の皆様の年金制度運 営における一助になれ ば幸いです。 括徴収する場合においては、未償却過去勤務債 務残高が減少する穴埋めをしていることになりま 「第一生命の年金通信のバックナンバー」 すので、加 入者数 の大 幅減が当年 度不足 金を http://www.dai-ichi-life.co.jp/legal/nenkin_tsushin/ 直ちに増加させる訳ではありません。 (企業年金数理室 野村 幸弘) (3)退職給付債務(PBO)の予測 以上では年金財政の予測方法について説明し ましたが、退職給付債務(PBO)についても以下の 算式で予測を行うことが可能です。 退職給付債務(予測) =年度始退職給付債務+勤務費用+利息費用 −年間給付費・・・⑥ ここで、勤務費用、利息費用は期始で予定され ている金額そのものを使用、また年間給付費に ついては、式③の部分で説明した方法により推 測した値を使用します。 この式は、年度末の決算を行う際にも使用され ますので、退職給付会計を担当している経理担 当者には馴染み深いと思いますが、基本的な考 え方は数理債務の予測にも用いたファクラーの 再帰式に基づいています。 - 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