数のイマージュ、形のパサージュ ― 数と戯れ、図形と遊ぶ ― 伊那 31. 闊歩 複素数とガウス平面-四則演算の視覚化 複素数と複素平面の話題のつづきである。次の図は、2つの複素数 A と B の和と差を複素平面の上に可視化したものである。 図は A + B = C、 A - B = D すなわち、原点と点 A、点 B を頂点としてつくる平行四辺形のもうひとつの頂 点 C の位置が、複素数 A と B の和であることを示している。また原点と点 A、 B、 D はまた別の平行四辺形を形づくるが、このとき点 D の位置は 複素数 A と B の差を表す点である。この演算は、べクトル(大きさと方向をもつもの) の和、差の作り方とまったく同じである。図からはさらに、 C - A = B 、 C - B = A、 A - D = B であることも読みとれる。また、点 D、A、C は1直線上にあることも読みと ることができる。具体的に計算してみると分かりやすいかもしれない: A = とすると 9 + 11 i B = 23 + 6 i A + B = 32 + 17 i = C , A - B = -14 + 5 i = D, 等々となる。図とくらべて納得していただきたい。 次に複素数の掛け算、割り算についてしらべよう。面白いことに虚数の 特性をフルに生かすことにより、複素数の乗徐の演算を視覚化できるのである。 上図は、複素平面から半径 1 の円を切り取ったものである。大きさ 1 の 複素数 z は極座標表示によって z = cos A + i sin A と書けることをわれわれはもうすでに知っている。A は直線 の角度(これを偏角と呼ぶ)である。複素数 oz と実軸との間 w も大きさ 1 であるとすると w = cos B + i sin B B は複素数 w の偏角である。このふたつを掛け合わせると wz = ( cos B + i sin B )( cos A + i sin A ) = cos B cos A - sin B sin A + i ( sin B cos A + cos B sin A ) = cos ( B + A ) + i sin ( B + A ) ここで三角関数の加法定理が使えたお蔭で、上式 2 行目が3行目になることは ガッテンしていただけるとおもう。結果を見ると、2つの大きさ 1 の複素数の 積は、大きさはやはり 1 でその偏角は、2つの複素数の偏角の和になっている ことがわかる。図には WZ の位置を書いているが、それは半径 1 の円上にあ り、偏角は A + B になっている。最後に割り算をしてみよう。 = = × = cos A cos B + sin A sin B + i ( sin A cos B - sin B cos A ) = cos ( A - B) + i sin ( A - B ) 図にはその位置を示していないが、 の大きさは 1 、偏角は A - B となっ ている。つまり、2つの複素数の偏角さえわかれば、積は偏角の和となり、商 は偏角の差となることがわかり、複素平面上に容易に図示できる。いままでは 複素数の大きさは 1 としていたが、そうでないものは、大きさだけの積、商を 別に計算しておいて、大きさは 1 同士の計算結果に掛ければ良い。たとえば、 z=1+ i w = 3 + 3i ならば、 z=2( w=3 + ( i ) = 2 ( cos 60 + i sin 60 ) + i)= 3 ( cos 45 + i sin 45 ) 3 ×2 ( cos 105 + i sin 105 ) したがって wz = = となる。 もし ( cos 15 + i sin 15 ) A = B ならば、和の公式から次の公式が成り立つことがわかる: = cos 2A + i sin 2A この公式をさらに N 乗にまで拡張すれば、 = cos NA + i sin NA となることもガッテンしていただけるであろう。これをド・モアブルの公式と いう。複雑な計算が虚数のはたらきによって単純にまとまって、なにかうまく いきすぎのような気がしないだろうか?複素平面(ガウス平面)は、複素数の 位置を示すと同時に、複素数の四則演算をその上に視覚化できるという、複素 数にとってたいへん便利な舞台装置なのである。 ド・モアブル(1667-1754)はフランス、シャンパーニュの生まれ、ユ グノー(カルヴァン派新教徒)であった。ルイ 14 世のフォンテーヌブローの勅 令(ナントの勅令の廃止、1685)つまりユグノーに信仰の自由がみとめられな くなり、難をさけて英国に逃れたという。ド・モアブルの公式は英国滞在中に 発見したらしい。たいへん美しい公式であるため、虚数をますます無視するこ とができなくなる。後に慧眼の大天才オイラーは、この公式から、驚くべき結 果を導き出すのである。 カール・フリードリヒ・ガウス(1777-1855)は、ドイツ、ブラウンシ ュヴァイヒ公国において貧しい家庭に生まれたが、はやくから神童として知ら れ、国王の援助によってゲッチンゲン大学に学び、1807 年(30 歳)、同大学教 授に就任、同大学天文台長を兼任しながら、以後 48 年間ゲッチンゲンで 数学、天文学(小惑星セレスの軌道決定)、物理学(結晶学、光学、流体力学、 電磁気学)、測地学など広範な研究をつづけ、79 歳、ゲッチンゲンにて没す。 史上最高の数学者(スーパー・マセマティシャン)であることは、誰し も認めるところあろう。小学生のころ、1+2+3+・・・+98+99+100 を計算せ よとの出題に即座に、5050 と答えて教師を驚かしたというエピソードによって 有名である。19 歳になる 1 カ月前に、正 17 角形がコンパスと定規だけで作図 できることを証明し、数学者として生きることを決意したという。 ゲッチンゲン大学の卒業論文は、代数学の基本定理の証明であった。こ の定理によって、われわれは代数方程式の解は(それが解けるかどうかは別と して)必ず複素数で書けることを知らされているのだ。24 歳のとき整数論にか んする大著「Disquisitiones Arithmeticae」を出版し、現代整数論の基礎を確 立した。虚数 i を数として認めるかどうかという時代にあって、はやくから複 素数を自家薬籠中のものとし、複素平面上の複素関数研究の端緒をひらいた。 数々の偉業をなしとげた数学者ガウスであるにもかかわらず、あまりに もレベルが高すぎてガウスの数学は高等学校までの教科書には、複素平面以外 あまり出てこない。ガウスが最も力を注いだ整数論は、美しい芸術品に比せら れるといわれる。残念ながら中学、高校の数学には取り入れられてはいない。 参考文献: 高木貞治「近世数学史談、数学雑談」(共立出版)
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