December Special 体脂肪 運動、栄養、細胞とともに 肥満が社会的問題になり、一 般でも「体重」のみならず 「体脂肪」への関心は高くな っている。今月の特集では 「体脂肪」にスポットを当て、 運動、栄養、細胞という視点 から 5 氏に取材してまとめて みた。もとより「脂肪」は生 命にとって大事な物質であ る。その脂肪を体内に蓄える のもまた当然なのだが、過剰 になるから問題になる。では、 どう考え、どうすべきなのか。 興味深い話の連続である。 1 2 運動で体脂肪を減らす本当の意味 3 4 食べる量は長く変化していない、変わったのは栄養バランス 体脂肪を見る、知る、燃やす 森谷敏夫 P.6 長嶋淳三・高田英臣 P.10 ── 横浜市スポーツ医科学センター「減量教室」の実際 細胞レベルで考える脂肪 ── 運動の意味するもの 跡見順子 P.18 川野 因 P.14 1 体脂肪 運動で体脂肪を減らす 本当の意味 森谷敏夫 京都大学大学院人間・環境学研究科教授 わけです。時速4kmで10時間歩いたら 簡単な話なのですけれども、なかなか理解 40km になります。運動だけで体脂肪を1 されないし、きちんと実行できない。 kg落とそうとしたら、25時間歩かなけれ 自律神経との関係(図参照) 「体脂肪」は今や誰でも知っているような言 ばならない。このように体脂肪1kgを減 葉になった。しかし、その体脂肪を落とす らすには膨大な運動量が必要なのです。ま なぜできないかと言うと、みなさん食欲 にはどうすればよいか、また運動によって ず、これがわかっていない。しかし、実際 をコントロールしてダイエットしようとし 体脂肪を落とす意味、それらを正確に知っ には「25時間歩かないと1kgやせない」 ていますが、からだの脂肪の量を調節して ている人は少ない。この特集では、森谷教 などと言うと、だいたいいやがられます いるのは自律神経なのです。自律神経が 授に基本的なエネルギー計算の仕方、その (笑) 。 「おなかが空いた」という信号を脳に送っ 収支以外の「自律神経」の関与、正しい食事 次に、たいていの人は中年ともなると若 ています。それは脳の血糖値が減っている のあり方などについて解説していただく。 いときより太ってしまっていることが多 からで、それが「おなかがすいた」という い。例えば、20歳のとき仮に体重50kg の 信号となり空腹感となる。それで食べる。 女性が、50 歳のときには 30kg 太り 80kg 食べると満腹感が得られ、箸が止まる。そ になったとします。すると、30年の間に ういう仕組みになっています。 計算の仕方 減量がうまくいかない根本的な問題は 「理屈がわかっていない」ということです。 30kg 太っていますから、1 年で1kg太っ 人間は1年間に800∼900kgもの食べ物 ゴルフでもなんでもそうですが、基本を理 ているということになります。しかし、み を食べますが、私は体重が67kgで体脂肪 解していなくて、我流でいくら練習しても なさんこういう考え方をしていない。1年 は10%を切って9.7 ∼9.8 の間で維持でき なかなかうまくならない。それと同じで、 1kgを365日で日割りすると、1日のカ ています。なぜ維持できているかと言うと、 ダイエットや減量がなかなかうまくいかな ロリーは20kcal です。この「20kcal」は それは自律神経がきちんと正しく働いてい いのは原理原則を知らないからです。 ちょっとしたキーワードになります。例え るからです。私は定期的に運動をしていま 摂取エネルギー量と消費エネルギー量の ば、コーヒーのティースプーン1杯の砂糖 すが(写真参照) 、それは自律神経を鍛え 収支を計算するというのは、それ自体間違 が20kcalくらい。毎日ティースプーン1 るためなのです。 いではないのですが、きちんと計算できて 杯の砂糖を入れ続ければ、ほかの要素を何 いない。 も変えなくても1 年で1kg増えるという 運動をしなければ自律神経には何の影響も ことになります。 ないわけです。そこが食事制限によるダイ まず、1kgの脂肪は7000kcalに相当し 一方、どれだけ食事制限をしたとしても、 ます。すると、例えば高橋尚子選手が そこで、全く食事を変えないで、今まで エットと運動の一番根本的な違いです。運 42.195kmを走った。そのとき消費エネル より5分長く歩くとします。5分歩けば約 動では30分歩いても100kacl 程度にしか ギーは約2500kcal です。そう1kgの体脂 20kcal消費します。この例でわかるよう なりません。バナナ1本分です。それなら 肪を運動で消費しようとした場合、100km に、人が太るか太らないかは「1日20kcal」 「バナナ1本我慢したほうがいい」と考え 以上走らなくてはならないということにな が瀬戸際となります。 て、みなさんは食事制限によるダイエット ります。こういうこと自体が理解されてい 食生活を変えず、今日から毎日5分余計 ません。よく「私1kgやせました」と言 に歩けば1年で1kgやせる。そこでティ ない。どちらが楽か。だいたいみなさんは、 うのですが、 「いつ100km 歩いたのか」と ースプーン1杯の砂糖もやめれば1年で2 楽なほうにいくわけです。ところが、体脂 聞くと、 「ダイエットしたんです」などと kgやせる。10年経ったら20kgやせるんで 肪を調整しているのは自律神経ですので、 言う。体脂肪を1kg消費するにはどれく す。しかし、これを一般の人に話しても、 運動しないと自律神経の活動が低下する。 らいの運動量が必要か、理解されていない ピンとこない。肥満や体重調節はそういう 筋力が落ちて、筋肉の量も減る。基礎代謝 6 をする。運動なら30分歩かなくてはなら Sportsmedicine 2004 NO.66 2 体脂肪 体脂肪を見る、知る、燃やす ―― 横浜市スポーツ医科学センター「減量教室」の実際 長嶋淳三 横浜市スポーツ医科学センター 内科診療科 高田英臣 横浜市スポーツ医科学センター スポーツ診療部長 横浜国際総合競技場の一角にある横浜市ス ポーツ医科学センターでは、2003 年1月 より肥満の改善と運動の継続を促す「減量 教室」を実施している。ここでは、体脂肪 をどのように参加者に示し、肥満改善につ なげているのかを、同教室のメディカルチ ェックを担当する長嶋医師と、スポーツ診 療部長の高田医師にうかがった。 長嶋医師 高田医師 減量教室概要 され、教室は終了となる。 望する人の年齢層も幅広く、20歳代から 減量教室は、毎週木曜日に実施され、3 定員24名に対し常に2∼3倍の応募が カ月の間に全10回行われている。1回目 ある人気プログラムであるが、このプログ 高齢者まで様々だそうだ。 減量教室と謳っているように、体脂肪を にスポーツプログラムサービス(SPS :図 ラムを始めた経緯について、高田医師は次 いかに燃焼させ、肥満の改善につなげるか 1参照)と呼ばれる、メディカルチェック のように語る。 がこの教室の主な目的である。メディカル (表1)と体力の現状を探る体力測定によ 「今では、脂肪という組織が単にエネル チェックを担当している長嶋医師に、実際 り参加者の健康状態をチェックし、2回目 ギーの蓄積であったという考え方から、脂 の教室においてどのようなアプローチがな から運動指導者によるプログラムが実践さ 肪細胞からいろいろなものが分泌されてい されているのか、その取り組みについて、 れている(1回90分) 。 て、それによって生活習慣病の多くが起こ 体脂肪の解説を含めて以下に語っていただ っていることが分子生物学的なレベルで解 く。 参加者は3つのグループに振り分けら れ、毎週2グループがアリーナにてエアロ 明されてきています。そういう背景もあり、 ビックダンスと筋力トレーニング、1グル 肥満は、今後ますます生活を脅かすであろ ープがトレーニングルームの機器を使った う一大要因になります。それをいかにして 減量教室では、まずメディカルチェック 有酸素運動、サーキットトレーニングとな 早い時期から改善していくかということが を行います。肥満である場合、合併症、特 。教室時には栄養講義 っている(表2参照) 健康維持につながることだろうと思い、こ に虚血性心疾患や狭心症、脳梗塞を有して も合わせて実施され、競技場でのウオーキ の教室を始めました」 いることが予測されます。このようにリス 肥満度チェック方法 ングもプログラムに取り入れられている。 基本的に、この教室では肥満あるいはそ 最後の10回目には、SPS で実施された の傾向を自覚している人を対象としている で、より厳密なメディカルチェックを行い、 メディカルチェックのうち、血糖病に関す が、中には正常と判断できる人もいた。特 血液検査のほか、肥満、腎臓機能、糖尿病 る項目とMRI 検査が再び行われ、個別に に女性の場合、肥満ではないのに、もっと に関する項目の精密な検査をしています。 教室前後の数値を示した効果判定結果が渡 やせたいという人は多いと言う。参加を希 その他、自転車エルゴメーターでの負荷心 10 クをもともと持っている可能性があるの Sportsmedicine 2004 NO.66 3 体脂肪 食べる量は長く変化していない、 変わったのは栄養バランス 川野 因 東京農業大学応用生物科学部栄養科学科教授 国民栄養調査の示すところでは昭和 21 年 (%) 80 から現在まで、日本人のエネルギー摂取量 70 はほどんど変わっていない。中身が変わっ 肥満 高脂血症 高血圧 高血糖 (%) 80 男性 70 60 60 50 50 40 40 糖尿病より先に肥満や高脂血症 30 30 ――肥満が問題になり始めたのはいつく 20 20 らいの頃からですか? 10 10 女性 た。ここでは、食事、栄養などの観点から、 肥満や体脂肪について川野教授に聞いた。 私が初めて肥満の研究を行ったのは昭和 0 1519歳 52年頃に遡ります。社会的にはまだ肥満 の重要性はさほど認知されていませんでし 図1 30歳代 50歳代 70歳代 0 1519歳 30歳代 50歳代 70歳代 年齢別健康状態(平成 11 年度国民栄養調査結果) た。しかし、これからは肥満の時代という 認識はすでにありました。昭和52年頃に 平成11年度国民栄養調査の結果(図1) 特に男性は。 は愛媛県松山市で「第1回肥満研究会」が を見ると、糖尿病(高血糖)よりも先に高 ――特に中年以降ですか? 奥田拓道教授(当時、愛媛大学医学部)を 脂血症や肥満、高血圧が現れています。糖 中心にスタートし、これが日本肥満学会の 尿病はこれらの疾病が明らかになった後、 ど述べた某企業でのデータでは、25∼29 前身とされています. 時間をかけてゆっくり現れる。つまり、糖 歳の20%が肥満、大学を卒業した時点か そして近年では、少子高齢社会の到来と 尿病よりも優先的に予防しなくてはならな らすぐに肥満が始まっています。 ともに日本人の疾病構造が変化しました。 い健康障害に、高脂血症や高血圧、そして 社会人になって食生活が変わり、運動量 つまり、戦後の結核に代表される「感染症 動脈硬化症といった脂質代謝異常があると も減る。自分で生活収入を得ることができ、 予防の時代」から現在では、がん、心臓病、 いう印象です。これは私たちがある企業で 経済的にも親から自立する時期ですね。外 脳血管障害といった高血圧や高脂血症、動 男性 1000 人、女性 500 を調査した結果 食やアルコールを摂る量も増えてくるので 脈硬化などを主とするいわゆる「生活習慣 (未発表)とも一致しています。 確かに中年以降もそうなんですが、先ほ しょう。 病予防の時代」へと変わってきました。ま ――肥満や高脂血症の段階で対応してお ――ただ、この年齢では自分が肥満であ た、これら生活習慣病のリスク因子として くと、その後の生活習慣病の発症を抑え るとは気づいていないことが多い。 肥満が関係することが明らかになり、一般 られるかもしれない。 の人の関心も高くなってきました。 まだ元気ですから、ピンとはこないかも そうですね。高脂血症はそれ自体が生活 しれません。会社の健康診断で高脂血症の 最近話題の糖尿病については発症してい 習慣病の1つです。高脂血症が出てきたと 傾向ありと注意は受けるのだけれども、自 る人も増加しているけれど、予備軍、つま ころで体重管理を含めた適切な対処ができ 覚症状がないので、特に対応しない人が多 り潜在的に糖尿病になっている人が多いと ていれば、その後の疾病複合状態は随分違 いのでしょうね。 言われています。 ってくると思います。その辺りから予防し ――痛くもかゆくもないから、そのまま ていくと大事には至らないと思いますね、 30、40 歳になっていき、やがて糖尿病 ところが少し古いデータで恐縮ですが、 14 Sportsmedicine 2004 NO.66 4 体脂肪 細胞レベルで考える脂肪 ―― 運動の意味するもの 跡見順子 東京大学大学院総合文化研究科生命環境科学系教授 で維持、向上できますが、脂肪は組織として 分離しやすいということもあって、それは 支えたほうがいいだろうと考えたのです。 本誌では生命科学の連載をしていただいた もう1つ研究として面白いと思ったの 跡見教授。今回は、特に脂肪細胞を中心に は、骨格筋は細長いのですが、骨格筋の細 語っていただいた。女性のプロポーション 胞ばかりを見ていると、それが細胞だと思 の問題から入り、脂肪細胞、そのメカニズ ってしまう。細胞とはそういうものだと思 ムについて、そして運動するということの ってしまうのです。しかし、細胞にもいろ 意味まで、楽しい話が続く。 いろあって、様々な形をしています。すべ て人間の研究もそうだと思いますが、比較 体脂肪の研究への視点 していくことが大事で、どれだけ差がある 跡見教授は、過去において「日本人女子 かでcharacterization(特徴づけ)してい の有酸素的作業能」に関する研究を行い、 く。それが多分サイエンスの骨子だと思い そのときに体脂肪にも注目、減量実験も行 ます。では、筋の特性を知ろうとしたとき、 くっていく過程で、筋肉をつけたくない部 った。その意味では、体脂肪への取り組み 筋肉組織と脂肪組織を比べるとどうか。 分にはストレッチ素材のものを巻いておく は長い。現在は脂肪細胞に注目しているが、 もともと筋と脂肪は中胚葉性の幹細胞か あとみ・よりこ教授 と、望む形になっていくと言っていました。 それ以前に体脂肪について別の視点から考 ら分化してくるという共通点を持っていま 確かに外部から圧迫を加えることで筋肉を えたことがあった。 す。基底膜も持っています。基底膜がある 形づくることはできると思います。 「女性の補正下着に関してレポーターの ということはかなり重要なことで、基底膜 そういうことが脂肪でもできればよいと 人が取材に来られたときのことです。減量 が残っていればその細胞は生きているとい 考えたのですが、今はかなりわかってきた するにはどうすればいいかと聞かれて、運 うくらい大事なことです。脂肪細胞も筋細 ものの、当時は例えばある部分の脂肪が別 動と食事を考えなくてはいけないでしょう 胞もその基底膜を持っていますから、これ の部分に移動するということはあり得るの と答えたのですが、その人が減量だけでは をcomparative に(比較して)見ていくと、 かと考えました。運動している、あるいは かっこよくならないでしょ?と言うので 両方ともに共通の部分があるのではないか 外部から刺激を与えて動いている部位から す。そう言われてみて考えると、マラソン と思ったのです。これが現在の脂肪細胞の は脂肪が血中に出て、体内を循環すれば、 選手はアスリートとしては脂肪がよく絞れ 研究につながっています」 その脂肪はどこでも使えるとは言えるけれ ていてよいと思われるでしょうが、女性と 当時は、姿勢との関係で筋への関心が高 してのプロポーションとか、一般的な“か かった。だが、跡見教授は脂肪をテーマに っこよさ”を考えると、マラソン選手のよ 選んだ。そのときの発想が面白い。 ど、それがもう少し局所的に起こっていて もよいかなと考えたのです。 局所的にやせることができるかについて うに脂肪をぎりぎりまでそぎ落としてしま 「例えば女性が胸を豊かにするために筋 は、以前から論文もあったのですが、私が うのもどうかと思ったし、単にやせるとい 力トレーニングで胸の筋肉をつけてという 読んだものでは、 『できない』とされてい うだけでなく、適当に脂肪もあって、スタ ように、筋肉でいくという方向もあります。 て、それは片方の運動量が他方より極端に イルがよいというふうにありたいのが一般 典型的にはボディビルダーのように筋肉の 多いテニス選手の左右の上肢を比較したと 的でしょう。このとき、まずは重力の場だか 形をつくっていくという世界もあります。 ころ、脂肪については差がないというもの ら、脂肪を支えなくてはならないとシンプ 私の研究室で博士号を取得した学生でボデ で、従って運動によって局所的に脂肪を減 ルに考えました。筋肉は力を発揮すること ィビルをやっていたのですが、筋肉を形づ じることはできないという主旨でした。そ 18 Sportsmedicine 2004 NO.66
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