心理療法と TA・第 4回目

◆心理療法とTA・第4回目
心理療法とTA
杉田峰康
福岡県立大学名誉教授、同大学院講師
日本交流分析学会理事長
第4回
・心理療法でどうして人が治るのか
・休息が心と体の傷をいやす
・自分を第三者の目で見ることが治療の近道
このコーナーでは、「交流分析」が心理療法の中でどのような位置づけにあるのか
を、TAネットワークの理事である杉田峰康先生にお書きいただきました。
あまりたくさんの技法を勉強して、どうしたら良いか分からなくなる事は避けなけれ
ばなりませんが、「交流分析」ただ一つだけでは、難しい面もあります。
他の心理療法にどんなものがあるのかを勉強するきっかけにしていただければ幸
いです。
また、その中で「交流分析」の良さも再認識していただけたらと思います。
今回で第4回目です。
・心理療法でどうして人が治るのか
精神分析では「自由連想法」と言って、頭に浮かんだことをそのまま言葉にしていき
ます。そうすると意識の下に抑圧されている葛藤が明らかになってきます。また先に
述べた治療関係(転移と抵抗)を通して、自分の姿を洞察するとき、人間は変わって
いく。簡単に言うと、「無意識を意識化するときに治る」という考え方です。
特に認めにくい無意識の衝動はセックス、怒り(攻撃性)です。もう1つ交流分析で言
えば、ストローク、甘え(依存欲求)も含まれます。人を愛するという自然な衝動に対し
て、あまりにも厳しくしつけられたために、異性愛に対して自然な感情を抑えてしまう。
好きでしようがない人の前でも好きと言えない。遠慮ばかりしている。あるいはセック
スを不潔や悪いことと考えて罪悪視する。こうした葛藤から症状が妥協として形成さ
れる。次に攻撃性の意識化も大切です。自己主張したり、嫌なことはいやというのも
攻撃性の表れの場合があります。また、怒りも攻撃性の代表的なものです。とくに欲
求不満に関連した怒り。この衝動をPが強すぎて、全然表わさないでいると、葛藤、抑
圧のからくりから強迫症状に表われることがあります。
3番目の基本的欲動は依存欲求です。人は誰でも母親的な関係の中で安心感を持
ちたいという甘えがあります。とくに甘えたくても甘えられない、依存と自立を両極にも
つ葛藤から喘息、消化性潰瘍などの心身症が生じることがあります。セックス、攻撃
欲、甘え(依存欲求)を3つの基本的欲求と言ってもいいと思います。これらの欲求は
誰の中にもあり、自然な欲動で決して悪いものでないのに、悪い、いけない、危険だと
押さえてしまう。例えば、最近の子どもたちの中には、甘えを満たせず、過剰に適応し
てしまって、後で破裂するケースが増えているようです。いい子ちゃんが15年も欲求
不満を押さえると、金属バットといった形で積年の怒りを表出することもあります。こう
した生きるための無意識の基本的欲動を意識化し、言葉で表現し、そのからくりに気
づくことが大切です。
次に「ネオ・フロイト派」について少しお話ししましょう。これはフロイトのお弟子さんで
あるホーナイ、フロム、サリバンらの分析家で、不安を欲動以外に求める人びとです。
無意識よりも意識している社会・文化的要因を重視し、エス・イドよりも現実社会への
適応を重視する学派です。人間の性格発達を見るとき、環境、文化、社会、養育者と
の交流も考える。とくにカレン・ホウナイという先生は「心の問題には社会的な問題も
関係する。心の葛藤は文化的な条件で引き起こされる。意志とか決断とか、道徳的問
題をもつ社会的な人間を忘れてはならない」と主張しました。つまり、個人や社会を抱
き込み、時間を軸とした力動関係で考えていこうとするものですね。
それから「簡易精神療法」があります。精神分析の簡易化ではなくて、むしろいろい
ろな他のものを応用する療法です。たとえば日記とか、家族からの資料、環境や対人
関係を調節して行くなどの方法です。つまりR(反応)の領域もいろいろ操作しながら、
かつ自分のことに気づいていく。ただし、「転移」を中心に置かず、毎日、自由連想法
を用いることはしません。
それから「森田療法」です。東洋的思想を背景にした人間学的な治療法で、「あるが
まま」の自分を取り戻すというアプローチです。
「カウンセリング」についてひとこと申しましょう。カウンセリングについて、筑波大学
の国分先生がお書きになっていますが、「万引きしようがカンニングしようが、あなた
は大事な人間ですよ」という姿勢でクライエントを扱う方法です。万引きとかカンニング
とか、あなたの行動は適切でないけれど、あなたの人格の評価はそれによって影響さ
れませんよ。つまり徹底的に無条件にその人の人格を尊重していこうというアプロー
チで臨むとき人は変わると考えるのです。京都大学の教授でおられた河合隼雄先生
は、「とにかく相手を深くわかってあげれば、相手は自然に変わっていく。時間をたっ
ぷりかけて相手中心に話をさせてわかってあげれば、必ず人は変わっていく。多くの
場合、その時間をあげない、わかり方が上手でない。相手中心に時間をあげて、わか
ろうわかろうという関係を結べば必ず相手は変化していきます。」という意味のことを
言われています。河合先生は「それしかない、いままで私がやってきたのはそれだけ
です」と述べておられます。このお二人の先生の言葉にカウンセリングの真髄が表わ
れていると思います。
・休息が心と体の傷をいやす
人はどうして心理療法によって変わっていくのでしょうか。精神分析家は転移の解
釈によって洞察を得ることと言うし、行動療法の人は「学習理論に従い、現実空間に
おいて行動の矯正が起きたからだ」と言います。
心理療法の機序については心療内科で長い間いろいろな角度から検討されました。
私の恩師の池見酉次郎先生は、「人が治るのは、ストレスの緩和によって自然治癒
力が活発化するからだ」とおっしゃっています。難しく言えば副交感神経の動きが優
位になり、失われたエネルギーを回復して、人体のホメオスターシス(平衝維持状態)
を取り戻す方向への営みが活性化して来るということで、これを「自律状態」と言いま
す。
本当に望ましいセルフ・コントロールとは、心と身体の望ましいバランスが取れた状
態です。これをもたらすようにすれば治る。「お医者さんが患者を治すのではなくて、
患者さんの中に本来備わっている治癒力が活性化してきたときに治る」といわれます
ね。治療とは、自律状態を促すことといえましょう。
ここで「それは身体には言えるかもしれないが、心の問題は少し違うのではないか」
という質問がなされます。しかし、長い間私どもが指導を受けたルーテ先生(自律訓
練法を開発した脳生理学者)が「いや、心も同じですよ。心の中にも生来的に自己正
常化の能力がある」といわれました。多くの人びとは、この自己正常化の能力を使わ
ないで終わってしまうというのです。
人が治っていくということは、自然治癒力(ホメオスターシス)が回復することであり、
自己正常化の能力が活性化していくことといえましょう。
自然治癒力は、身体の面では、リラックスしているときにいちばん活発に働くといわ
れます。だから自律訓練法を併用して、体の方からも入っていくわけですね。体が治
っていくために、恐らくいちばん必要なことといえば、休息ではないでしょうか。病気や
傷も基本的には、休息によって治っていきます。
すると、心も休息を与えるときに治っていくはずです。心の休息とは何でしょうか?
まず、「安心感」を持てることではないでしょうか。これは心理療法のポイントだと思い
ます。これから外れてしまったら、どんないいことをやっても効力を失ってしまうと思い
ます。
例えば登校拒否のお母さんに、「お母さんが過保護でうるさいから子どもがこうなっ
たのです。お母さんが変わらなければお子さんは治りませんよ。どうしてそういうこと
をやるんですか、口にガムテープでも貼って言うことを止めなさい」と言ったとします。
これは、理論的には正しいかもしれません。しかし、こう言っても殆ど実際には効果が
ありません。なぜでしょうか。お母さんは「また叱られた、私は駄目な母親だわ」という
気持ちになって、罪悪感に陥る。学校の先生のところに相談に行くたびに、必ず批判
されて、罪悪感を味わう。人は罪悪感にかられると、余計に自分を責める結果になる
ものです。これでは本当の援助にならないと思うのです。そこで「何を言っても大丈
夫」「何を話しても責められない」「ここに強力な理解者がいる」という安心感を与える
ことが大切です。安心感がもてると、次に自分の歪んだ考えや感情を見つめることが
できるものです。
だから本を読ませて、正しいことを説明しても、患者さんは以外と治らないわけです。
なぜでしょうか。安心した関係の中で治療者を信頼できて初めて、異なる視点が浸透
するからです。お子さんの場合もそうです。子どもに対して安心した環境を作ってあげ
るとき、こっちでちょっと説得したりアドバイスしたりして、ゆさぶることが、効を奏する
のです。
子どもが先生の前に行くたびに緊張している、親が育て方が悪かったからと叱られる
んじゃないかとビクビクしている状態では、自分の姿を見つめ、考えようという力は沸
いてこないのではないでしょうか。
・自分を第三者の目で見ることが治癒の近道
ロジャースの直弟子のジェンドリン先生は、精神分析、行動療法、自律訓練法など、
いろいろな種類の心理療法で治ったという患者さんを何千人も調べて、「何が効きま
したか。何であなたは治ったと思いますか。どういうからくりで治ったと思いますか。」
という調査をしました。治った患者さんの体験から系統的に、心理療法の治療機序の
研究をしてくれたのです。
下記の表をご覧下さい。
心理療法の治療機序についての研究(ジェンドリンら)
1)患者の話の内容と心理療法の成功率との相互関係はない。
2)患者の「話し方」(PROCESS)が成功に関係する。
○外界の出来事を人ごとのように話しているか。
○心に深く感じながら、その感じを自己観察しながら話しているか。
3)心理療法の成功は、内外のものごとについての「体験過程」の深度による。
○外界の出来事に対する個人的反応→感情と個人的な体験についての描写→
柔軟な(間をおいた)問題提起→自分でつかめる範囲の感情や体験の統合をはかる
→全ての側面が確信的に統合されている。
患者の話の内容と、心理療法の成効率とは関係がないということを現わしています。
つまり、過去のことを話したから治ったとか、あることを話さないからこの人は治らない
のだということはないのです。患者の話しの内容と、心理療法の成効率との間には、
相互の関係はない。しかし、患者の話し方が治療の成功に関連するというのです。よ
くしゃべるんだけれども、出来事などを人ごとのように話し、心に深く感じるようには話
さないケースは成功しない。いつどこで誰が何をした。誰がどうだった。あの人は役に
立たない、などといろいろ話すんだけれども、そうした体験をあるがままに見つめるこ
とをしない。治療が成功するとき、患者は心に深く感じながら、その感じを自己観察し
ながら話すと治るというのです。
自分の心の内面を客観視するところまで行けたとき治る。「私は知らないうちにずい
ぶん人を傷つけるようなことを言っているんですね」「私は姑が憎いなんて一度も思っ
たことがないんだけれど、どうも姑のお料理を冷蔵庫の中に忘れたり、途中でお皿を
落として割ったりするところを見ると、やはり私は姑が嫌いなんですかね」など、今ま
でになく自分の行動を外から観察する。子どもが可愛い可愛いなんて言いながら、ど
うも火傷や切傷をさせることが多い。「本当に子どもが可愛かったら火傷などさせるは
ずがないのに、私は子どもを怪我させる傾向がある。やはり私には子育てをいやがっ
ている面があるんですね」。自分のやっていることを、第三者の目でみることができた
ときに治るのです。逆に言えば、自分を第三者の目で見るように援助すれば治るとい
うことになります。
私は長い間大学病院で仕事をしてきました。お医者さんの中には、「自分の子ども
が病気になったら全然駄目だ」とおっしゃって、他のお医者さんに頼む方が多いので
す。自分の子どもは診られない、とくに自分の跡継ぎなんていうと、診るのが怖い、な
どと言われるのです。よその子どもには「お母さん大丈夫ですよ、心配しないで」と落
ち着いて言える。しかし自分の子どもになるとそれが言えなくなる。わが子だと心理的
に巻き込まれて距離がとれなくなってしまうのだそうです。
距離を取る(自分を客観視する)には、いろいろな方法があります。ジェンドリン先生
は自分の問題を椅子の上において、少し離れたところから見る練習を開拓されました。
これは今日「フォーカシング」として知られております。問題の背景にある全体的な感
情を体の真ん中にずっと味わっていくのです。そして、それを客観視し、言葉と体験的
感覚を一致させていく。その体験をあるがままに見つめるとき、本来の自己が動きだ
すのです。グループ療法も、「観察する自我」を活性化します。私どもはグループメン
バーを村人といいます。いろいろな人が村人として意見を述べてくれますから1対1の
場合より、自分を見つめやすくなります。「どう思う?」と聞くと、グループの半分以上の
人が「やはりあなたの子育てはそこがおかしいですわ」なんて反対することがあります。
個人精神療法では3年かかることを1回のグループ・セッションで気づくかもしれない。
グループの中には客観視を促す力が潜んでいます。
家族療法では、話し合いの場面をビデオに取って、もう1回それを見直すことが行わ
れています。親子のやりとりをビデオに取って、もう1回見る。親は「やはり私はしゃべ
りすぎてうるさいわね」とわかる。これも客観視の方法ですね。どうぞいろいろお考え
下さい。自分の内、外のものごとについて、距離を持って、第三者の目でみる。このよ
うな体験過程を深めていく人が治っていくんです。
いままで気づかなかった感情に気づく。いままで触れなかった問題に直面するよう
になったときに、人は治るのです。子供が可愛いと思ったけれども、子供にいろいろな
症状が起きている、私はこの子に過保護のようだけれども、本当はこんな子さえいな
かったらいいのに、この子さえいなけりゃ私は離婚できるのに、という気持ちがあるの
ではないか、などと自分の問題に深く気づくことが大切です。
親が「私は本当はこの子がいないほうがいい、この子が邪魔だ」という気持ちに気づ
いたとき、とてもつらいことだけど、背景に潜んでいた別の気持ち:「でもこの子が可愛
そうだ、何の因果か知らないけれど私のもとに生まれたがゆえに嫌われるなんて可
愛そう」という本当の意味の愛情が前景にでて来る。こうしたトータルな自分の心理に
気づくとき、新しい考え方、感じ方、行動が取れるようになるのです。
いままで背景に潜んでいたために触れなかった感情に触れることができる人が、治
るのです。「客観視」と「これまで気づかなかった感情に気づく」ことの2つが大事です。
「私は甘えん坊だなぁ」「意外に怒りん坊だなぁ」「人一倍心配症なのね」など。とくに登
校拒否の子供の親は、人の何倍も心配症なのです。私のような心配症の親のもとで
育ったから子どもが安定するわけはない、ということに気づいたときに子どもに変化が
起こってくるわけです。
●●●/TA ネットワーク 機関紙第 5 号 1997 年夏号 より抜粋/ ●●●