現代 の 匠 た ち 01 技術を武器に 生きる人々がいる。 自分を信じ、仲間 たちを信じて、 長く、地道な 道 のりの 果 てにある頂点を目指し、 今日も挑 み 続 けている現代 の 匠。 その 静かな 声を聞きに 行く。 大 空に感動を描く ブ ルーの 伝 承と挑 戦 航空自衛隊第 4 航空団第 11 飛行隊 [ブルーインパルス] 川口克己 3 等空佐 青い 衝 撃=ブルーインパ ルスは 、 航 空自衛 隊が 世 界に誇るアクロバット専 門チーム。 Te x t : A k i r a Yo k o t a 選りすぐりの パイロットたちが 見 せる妙 技 は 、 見る者に 息をのませ 、 感 動を呼 び 起こす。 P h o t o g r a p h : Y u k i o Y o s h i n a r i (人物) その 技 術 の 源 は 、 意 外なことにまるで職 人 のような伝 承と、 好 奇 心 から始まる挑 戦だった。 E i s u k e K u r o s a w a(飛行) された、 まさに精鋭部隊。首都圏の基地での航空ショーには、15万人の観 トップ クラ ス の 腕 を 持 つ 男 た ち が 大 空 を ダ イナミック に 、華 麗 に 舞 う 客を動員し、 その全員がブルーを目当てに来る、 という人気者なのである。 男の子なら誰でも一度は、将来の夢にパイロットをあげたことがあるだろ う。 ブルー5番機の操縦桿を握る川口克己3等空佐もそうだった。千葉県 今から42年前の1964年10月10日。真っ青に晴れ渡った東京の上 空に、5機のジェット機が巨大な五輪のマークを描いた。東京オリンピック 富津市で、東京湾対岸の羽田空港に離着陸する飛行機を眺めて育ち、 「将来はパイロット」 と決めていた。民間航空機のパイロットを目指して地 の開幕を告げるニュースとして、世界に配信されたその飛行チームの名 元の国立大学を受験し、見事合格したという。 ところが、 は、 ブルーインパルス。当時は浜松、1982年1月からは宮城県の松島基 「高校卒業でファイター (戦闘機) パイロットになる道もあることを知り、 ど 地に所属する彼らは、航空自衛隊唯一のアクロバット飛行専門部隊であ うせなら早くなりたい、 と大学進学を蹴って入隊したんです」 り、正式名称を第4航空団第11飛行隊という。 一見、細身で優しげな川口3佐だが、 どうやら内に秘めた情熱と潔さは 隊内でも親愛をこめて「ブルー」 と呼ばれる彼らは各地で開催される 人一倍強そうだ。その証拠に、入隊からは最短でも6年、途中脱落者も少 航空ショーやイベントで、見事な演技を披露してきた。最近では、98年 なくないという厳しいパイロットの養成課程を終了しF−15戦闘機のパイ の長野オリンピック開会式や、02年サッカーワールドカップの初戦が行 ロットになった彼は、飛行訓練でつねにトップの成績をあげていたという。 われた、埼玉スタジアムの上空をフライバイした雄姿が記憶に新しい。 決められた航路を決められた通りに飛ぶ旅客機と違い、 ファイターパイ 6機で編成されるブルーは、1〜4番機が息の合った編隊での芸術的 ロットには、 いかに機を手足のように自在に操り、刻々と変化する状況に な美しい演技を見せ、残る5番機、6番機がソロで機の最大性能を生かし 適切に対処するか、 という技術が求められる。 たダイナミックでスリリングな演技で、観客を魅了する。 「飛行中は前方だけでなくバックミラーも見ますし、 さまざまな計器や周囲 そんな彼らは、4万5000人あまりを擁する航空自衛隊員の中でも選りす の僚機、地上の目標点なども首を動かして見ています。そうやって自分の ぐりの、 たった10人あまりのパイロットとそれを支える地上要員35名で構成 占位すべき位置や高度、速度を認識するのです。瞬きをする間も許されな FIND Vol.24 No.1 2006 T-4の最大性能を発揮する5番機の代表的な展示飛行課目。 「ローアングル・キューバン・テイクオフ」 離 陸 後 、素 早く脚を収 納し、滑 走 路 上 を地 上すれすれの 低 高 度で飛 行 。時 速 400kmものスピードに達しスリリングな滑 空を見せる。滑走路のエンド近くで、急上 昇し、美しいループを描いて反転、失速限 界ギリギリの速度まで落ちた不安定な機 体をコントロールし、ロール( 回 転 ) を2 回 行って離陸ポイントの方向へ抜けて行く。 「バーティカル・キューピッド」 5番機、6番機が垂直上昇を行いながら、高度約6,500フィート付近から左右 に分離し、 スモークで大空にハートを描く。その後4番機が矢を射抜く。 い目の動きは、職人的な技だと思っています」 と語る川口3佐の口ぶりに て、筋力トレーニングや呼吸法などの訓練を積み、8Gまで耐えられる強靭 は、礼儀正しく、謙虚な中にもその技術への誇りと自負が垣間見える。 な肉体に鍛え上げられているから抗せるのだが、地上から見上げている観 そんな川口3佐にとっても、 「 航空自衛隊のパイロットになった以上、 や 客には絶対に分からない、究極の技術と体力が必要なのだ。 はりブルーは目標でした」 という。アクロバット専門チームとはいえ、 ここは 「F−15などでは、 クルマで言えばパワーステアリングのような操作力を補 あくまでも空自の組織のひとつ。メンバーはつねに同じではなく、通常の 助するシステムもあるし、 コンピュータが安定を保つように制御しています 人事と同様、異動によって顔ぶれは毎年のように入れ代わる。誰もが希 から、 ある程度までは腕の差を機体が埋めてくれます。 しかし練習機のT− 望する花形部署だが、 もちろん誰でも選ばれるわけではない。このチーム 4にはそんなものはありませんから、腕の差が機動にハッキリと出るんです」 に任命されるということは、 トップクラスの腕前を認められた証し。パイロッ じつはそれも、 ブルーインパルスの大切な任務のひとつという。 トにとっては最高の栄誉なのだ。だから希望が通り、念願のブルー入りを 「そうした補助装置の何もない、 シンプルなT−4で高度な飛行技術を見 命じられたときには「『よし! 腕を見せてやる』 と思ったのですが、配属され せることは、諸外国に対して航空自衛隊の飛行技術の高さを見せつけ て先輩の演技を見て 『これが自分にできるのか』 と自信がぐらつきました。 る、抑止力の意味合いもあるんです」 というのだ。 ここではそれほど高度な技術を求められるんです」 というのだ。 編隊飛行も同様だ。最高時速800Kmにもなるスピードの中、 まるで隣 りの肩が叩けそうな位置関係で一糸乱れぬ背面飛行を見せ、 目印も何も 一 見 地 味 な 演 技 に 秘 めら れ た 高 度 な 操 縦 テ ク ニック ない空中で連携しながら美しい星や桜の花を描いて見せるためには、恐ろ しいまでの集中力と針の穴を通すような操縦技術が必要だ。 ブルーのアクロバット飛行のレベルは、無造作に見えるほど簡単にやっ ブルーインパルスが使う機体は、国産ジェット練習機のT−4。全長 て見せる機動の隅々に、 まさに職人技のように散りばめられて、見る人が 13m、全幅9.9mとコンパクトで、最高速度はマッハ1.15。その丸みを帯 見れば分かる威圧感としても機能しているのである。 びた機体からドルフィンの愛称で呼ばれている。初代F-86セイバーの俊 伝 承 の 中 で 磨 き 上 げら れ た 技 術 が 世 界 に 誇 れ る演 技 を 完 成させ た 敏な動きと、2代目T-2のダイナミックさを併せ持つ3代目の機体である。 このT−4で、優秀なF−15のパイロットだった川口3佐をして「自分に できるだろうか」 と思わせる演技を見せる。 「本来、 この機体ではありえない機動(飛び方) をしているんです」 という では、 ブルーのメンバーはそうした高度な技術をどのようにして身につけ のである。 るのだろう。 もちろん、基本的なカリキュラムやマニュアルはある。が、 それ 「たとえばハーフ・スロー・ロールという機動は、 ゆっくりと機体を180度回 を読めばできる、 というものではないのは当然だ。なにしろ彼らは、科学技 転させて背面飛行します。派手な演技ではありませんし、 クルッと素早く 術の粋を集めた理論的な乗り物であるはずの航空機を、 その理論を越え 回った方が難しそうに思われるかもしれませんが、普通の技術では機体が 「チーム入りしてからひとり立ちできるまで1年ぐらいかけて、 自分が担当す 度も進路も一定を保ってゆっくり回転させるには、機体の操作がとても難 る機の先輩の指導を受けるのですが、本当にポイントになる技術は、習う しくなるんです。玄人うけの技ですね」 というより、 まさに職人の師弟関係のように、先輩の後 水平飛行中は主翼が支えている機体が、回転し ろに乗って盗むしかないんです」 ということになる。 て横向きになったとき、支えるのは後部の垂直尾翼 スロットルや舵をミリ単位のオーダーで操り、機体を自 しかない。その状態で進路も高度も変えずに、 さらに 身の一部にしていく勘どころは、言葉や文字ではけっし 裏返しまでゆっくりと回転するのが「ありえない動き」 て説明できない身体感覚。だから習ってもできない。盗 なのだ。 むしかないのである。 さらに、急上昇、宙返りといった激しい機動となる 「高度な技術を身につけるためには、 そうした身体感覚 と、 こうした高度な操縦は、最大7Gという想像を絶す を体得するセンスと、飛行理論を正しく理解する知性の る重力との闘いの中で行われる。体重60kgの人な 両方が必要なんです」 というのは、 おそらくどんな分野の ら、 自身が420kgの体重になったのと同じ負荷だ。 仕事でも同じだろう。新しいメカニズムや回路を生み出 下半身に耐Gスーツを装着するが、1G程度しか軽減 すエンジニアも、芸術的な料理を創作する料理人も、緊 されないという。普通の人なら4Gで頭に血流が行か なくなり、視界が暗くなる、 いわゆるグレーアウトと呼 ばれる状態に陥ってしまう。ファイターパイロットとし た領域で飛ばしているのだ。いきおい、 横を向いたとき、バランスを崩して高度が下がってしまうはずなんです。高 機体整備などを担当する地上要員もふくめてブルー インパルスのメンバーは、全員が強い絆で結ばれて いる。機体には整備担当者の名前も入り、 パイロッ トとともに大空での妙技をともに演じているのだ。 密な師弟関係の中で伝承された技術とセンスを、次の 世代がより高めていく。パイロットもまた、 その例に洩れ ないのだ。 FIND Vol.24 No.1 2006 「バーティカル・キューバン8」 ループの頂点でハーフ・ロール (半回転) して姿勢を変えながら、 そのまま上昇し360度のループを行う。ループが終わると、再度 ハーフ・ロールを行い、最初のループの残りを完成させる。残され た2つのループを現すスモークが「8」 をつくり出す。360度のき れいな円を描くループが5番機にしかできない妙技。上昇下降 の連続による激しいGの変化への対応、失速限界ギリギリの速 度における不安定な機のコントロール、 また加速して最低高度 地点に向うため確実な機体の操作と高度な操縦テクニックが 要求される。 現代 の 匠 た ち 01 川口3佐も平成16年の着任後、1年ほど先輩に技術を学び、今はひと り立ちして5番機の看板を背負っているが、 やがて後輩を迎えて教える立 場になり、持てる技術を伝えると、ふたたびF−15のパイロットとしてどこか の基地に戻ることになるという。 ブルーインパルスは、 「 創造への挑戦」 を合言葉に究極の飛行を追求 し、先人たちが作り上げてきた飛行課目のより高度なアレンジや、新しい 課目の創作にも挑んでいる。 「新しい演技は、 『こんなことはできないかな?』 という、好奇心から始まる んです」 と川口3佐。 「まず模型飛行機を手に、みんなで動きを研究し、文 献で機体にかかるGなども十分に検討して、 いけそうだ、 となったら実際に 訓練空域でやってみるわけです。 とはいっても、考えたことのほとんどは机 上の検討の段階でNG。実際にやってみた中でも演技として実現するの はせいぜい半分といったところですね」 このようにブルーの演技は、飽くなき挑戦から編み出された技術で構成 されている。 「ブルーは、T−4の機動力の高さを生かした、離散集合の面白さやスピー ディな演技を目指しています。前から横から、後ろからと、20秒に1回は見 せ場を作って、観客を楽しませるようにプログラムを組んでいるんです。航 空ショーなどでは、約35分で一 連の演技をしますが、観客から 見えないところでも気を抜く暇も ないんですよ」 という。 緻密でスピーディなブルーの 演技は、 日本ならではの個性的 な伝統芸ともいえる。それは自分 の技術を信じ、伝承と挑戦を繰 り返して磨き抜く中で完成され たのだ。 これからも、各地の航空ショー やイベントで、 ブルーの卓越した 曲技は観客の喝采を浴び続け ることだろう。それを演じているの はほかでもない、 「 世界一のパイ ロットになりたいですね」 と白い歯を見せる、機上の匠たちだ。 ブルーインパルス公式ホームページ http://www.jda.go.jp/jasdf/blue/blue.htm 参考文献 『別冊 航空情報 BLUE IMPULSE YEAR BOOK 2001/2002』酣橙社 『GUIDEBOOK2005 10th Anniversary Blue Impulse』川重岐阜サービス (株) 「コーク・スクリュー」 5番機が背面飛行となり、 その周りを6番機が3回半螺旋回転する。 FIND Vol.24 No.1 2006
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