つくばエクスプレス 浅草駅

空調 衛生 電気
FLASH
②
つくばエクスプレス 浅草駅
Asakusa Station for Tsukuba Express
大 野 貴 志
TAKASHI OHNO
(三建設備工業㈱ 技術本部技術企画部 課長代理)
はじめに
ITの街「アキバ」と研究学園都市「ツクバ」
を結ぶ「つくばエクスプレス」は,2005年8月24
日に開業した。注目を集めている大規模新線であ
り,「輸送に係わる措置」を含んだ改正省エネル
ギー法の施行も近いため,弊社が空調設備を担当
した浅草駅を中心に,つくばエクスプレス(以下
TX)線全体と,駅の建築設備と省エネルギーに
ついても記載した。
図−1 TX線の浅草駅と既存の3つの浅草駅(東武線以
外は地下駅)
1.建物概要
名 称 つくばエクスプレス線 浅草駅
所 在 地
東京都台東区浅草2丁目
建物構造
鉄筋コンクリート造
建物規模
地下4階,延べ面積約14,200m2
施 主 鉄道建設公団(現:独立行政法人
鉄道建設・運輸施設整備支援機構)
運 営 首都圏新都市鉄道㈱
設 計 ジェイアール東日本コンサルタンツ㈱
施 工
〔建築・衛生〕佐藤・奥村・日本国土
写真−1 浅草駅ホームとホームの壁画
壁画は4テーマで総延長126m
特定建設工事共同企業体
〔空 調〕三建設備工業・新日本空調
特定建設工事共同企業体
〔電 気〕関電工
〔き電・通信〕日本電設工業
2.空調設備概要
熱 源
駅務関係諸室…パッケージ+外調機
(全熱交換器)
3.駅周辺の環境
浅草は多くの史跡や老舗があり,江戸∼昭和の
風情を残す街として知られ,特に「(浅草公園)
六区」と呼ばれる国際通り側は,娯楽の中心だっ
た。しかし,図−1のように既存の浅草駅は東武
駅系統 …………ターボ冷凍機(422kW×2台)
線・メトロ線・都営線とも隅田川沿いに集中して
電気室ほか……………………………空冷チラー
いるため,往復2km弱の国際通り周辺へは足が
空 調
ホーム,コンコース,電気室…単一ダクト方式
遠のきがちであった。
TX線の浅草駅(写真−1)は,その国際通り
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写真−4 換気ファン
写真−2 改札口正面のステンドグラス
自動改札は車いす対応で一番右側が広い
写真−5 換気ダクト(秋葉原側ホーム先端)
写真−3 浅草の賑わいを描いたコンコース
の電力供給施設や空調機械室などの主要な設備が
ある(図−2参照)
。
の地下に造られた期待の新駅で,同じ「浅草」と
地下駅はもともと外部の熱影響が少なく,TX
いう駅名だが既存の3駅とは800mほど離れている。 線は発熱の少ないハイテク車両(後述の10.を参
4.
「輝く浅草」
照)であるため,422kWのターボ冷凍機2台で,
多数の人や電車が通るホームやコンコースの冷房
浅草駅で特筆すべき点は,コンコースから,改
をまかなっている。また,冷房用機械室やダクト
札,階段,ホームにいたるまで,駅のすべてに
スペースは計画時から冷房を前提に考慮されてお
「輝く浅草」をテーマにした作品があふれている
り,既存の地下駅を改修して冷房化する場合より,
ことである。それらの一部を写真−2,写真−3
機器スペースやダクトルート確保に制約が少ない。
に示す。
逆に,地下駅で問題になるのは,搬入口が少な
TX線では駅内のデザインについて,駅ごとに
いために,緻密な搬入計画が必要な点と,冷却
自治体や周辺住民の意見を採り入れており,浅草
塔・換気塔の設置が困難な点である。特に都心で
以外の駅でも個性的な外観の地上駅やステンドグ
は冷却塔の設置場所を見つけることは難しく,浅
ラス設置などの工夫がある。しかし,浅草駅ほど
草駅も隣接した民間ビル屋上に冷却塔を設置して
強烈な印象を与える駅は他にない。
いる。また,新しい線ほどトンネルが深いため,
このデザイン決定までには多くの議論が交わさ
初期に開業した路線のように歩道に換気口を多数
れたそうだが,駅の構内を歩くだけでも楽しく,
作ることはできない。そのため,換気に用いるフ
観光復活にかける地元の熱意や情熱が伝わる駅に
ァンやダクトは大きく(写真−4,写真−5),
なっている。
1800φ×205,500m3/hの軸流ファンを給気用・排
5.空調設備
浅草駅は地下2階から地下3階の間に,電車へ
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建築設備士・2006・2
気用各2台ずつ用いて駅とトンネル部分の換気を
行っている。浅草駅では,軸流ファンの騒音を,
高性能のサイレンサーで消音し,火災時には換気
図−2 浅草駅空調配管系統図
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写真−6 蓄光式表示(床面)
特殊な高輝度の蛍光塗料で電源不要
設備が排煙設備として機能する。
6.防災設備
浅草駅の設備工事が始まった直後の,2003年2
月に韓国大邱(テグ)市で200名近い死者を出し
写真−7 点字付き2段式手すりと段差の視認性を高めた
階段
た地下鉄火災事故が発生した。これを機に,2004
年の10月に東京都火災予防条例の改正,12月には
国土交通省による地下鉄道の火災対策基準の改正が
行われ,地下駅に関する法令が大きく変更になった。
TX線では施行前に発表された情報にもとづい
て防災設備の見直しを行い,排煙設備の仕様変更
や,床面の蓄光式避難表示(写真−6)などを,
都条令に先行して実施している。
7.ユニバーサルデザイン
2000年に施行された交通バリアフリー法1)では,
乗降客5千人以上の駅について,2010年までにエ
レベーター,エスカレーターなどの移動円滑化設
備の導入が求められている。他の路線でも,エレ
ベーター,エスカレーターの設置が進められてい
るが2005年3月末の設置率はエレベーターで約
60%,エスカレーターで約70%である2)。
TX線ではユニバーサルデザインの思想が車
両・駅舎ともに採り入れられ,エレベーター等は
写真−8 多目的トイレ内部
ベビーベッドは折り畳み式
8.つくばエクスプレスとその沿線
もちろん,オストメイト機能付きトイレなども全
一挙に開業した58.3km(図−3)の路線は阪
駅に設置されている。当然のことながら,浅草駅
神電鉄や相模鉄道の全線より長く,その建設費を
にも障害者・健常者ともに使いやすく,わかりや
償還しながら健全な経営を行うためには,沿線の
すくするための大小の工夫が随所にある。その一
住民増加が不可欠だが,鉄道などのインフラが整
部を写真−7∼写真−9で紹介する。
備されないと住民は増えない。そのためTX線
(計画・建設時は常磐新線)は宅鉄法3)にもとづ
いて,鉄道整備と沿線開発を一体化して行った初
1)高齢者,身体障害者等の公共交通機関を利用した移動
の円滑化の促進に関する法律
2)国土交通省鉄道局技術企画課:鉄軌道駅のエレベータ
ー・エスカレーター整備状況(平成17年9月30日プレス
資料)
,国土交通省(2005)
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建築設備士・2006・2
の事例で,現在も住宅や商業施設の建設が活発で
3)大都市地域における宅地開発及び鉄道整備の一体的推
進に関する特別措置法
図−3 つくばエクスプレスと他の鉄道路線
常磐線も取手以北は交流,関東鉄道は非電化
写真−9 トイレのピクトサイン(図記号)と点字・音声
付き案内板
写真−11 橋梁にも消音バラストと防音壁が設置されて
いる(利根川橋梁)
写真−10 高架部分を走る車両(守谷駅)高架・橋梁が
60%,地下26%で地上は少ない
9.
「つくば新幹線」
ある。開業1ヵ月目の1日平均の乗客が12万3千
軌道関係は,線路の幅が狭いことを除いて新幹
人,開業ブームも落ち着いてきた3ヵ月目には15
線とほぼ同等で,完全立体交差のため踏切はなく,
万3千人に増え,開業初年の目標を達成している。 ATC(Automatic Train Control:自動列車制御
また,東京や大阪などの大都市の路線はJR・
装置)装備で信号は運転席に表示されるため,線
私鉄とも直流で電化しているが,直流電化は石岡
路横には信号もない。ロングレール化,枕木の下
市にある気象庁地磁気観測所に影響を与える。そ
の防振パッド,高い防音壁,消音バラスト(消音
のため,守谷以北の交流電化と後述のPWM変換
用の砕石)などの騒音・振動対策のため,高速運
装置の採用により,地磁気観測への影響を最小限
転ながら車内・車外とも騒音・振動は小さい。ま
にしている。JR以外で交直の切り替えを行って
た,それらの対策は鉄橋でも高架でもほぼ同じな
いるのはTX線だけで,地上・車上設備の電気的
ので(写真−11),鉄橋通過時も音はほとんど変
な特色である。
化しない。余談だが,弊社の研究所は守谷駅で乗
り換えて一駅の場所にあるが,守谷駅手前の長い
利根川橋梁も目覚ましの代わりにはならず,開業
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図−4 回生ブレーキ
後約1ヵ月間に2回乗り越した社員もいる。
高速化の一方で,省力化としてワンマン運転が
行われ,ドア開閉や車内放送も乗務員が一人で担
当するが,ATO(Automatic Train Operation:
自動列車運転装置)により,「発車」のボタンを
押すだけで,次の駅の所定位置に止まる。可動式
ホーム柵やホーム監視カメラなど各種の装置も乗
務員の負担を軽減している。
10.ハイテク車両と建築設備の関係
車両の高性能化は,建築設備にも影響を与える。
自動車に摩擦によるブレーキとエンジンブレーキ
があるように,鉄道の場合も鉄製の制輪子を鉄の
車輪に押しつける摩擦式のブレーキと車輪の回転
力でモータを回して発電する電気式のブレーキが
写真−12 浅草駅のPWM変換装置(PWM用の変圧器部分)
ある。図−4のように,発電した電力(回生電力)
は他の電車の加速に利用できるため省エネルギー
方,摩擦式のブレーキは騒音や粉塵を発し,車輪
だが,ローカル線や始発・終電などで電力を消費
等の損耗も大きく問題点が多い。
してくれる電車がいない場合,ブレーキが効かな
しかし,今般の大電力用半導体技術の進歩によ
くなるという大きな欠点がある。しかし,従来は
り,PWM(Pulse Wave Modulation:パルス幅
急激に変化する大電流を他の用途に使用して消費
変調)電力変換装置(写真−12)を用いた回生
することは技術的に困難で,摩擦式のブレーキを
電力の利用が容易になり,TX線では路線内で回
併用したり,回生電力を電車の床下にある巨大な
生電力を有効に活用している。そのため,抵抗器
電気ヒーター「抵抗器」で発熱させたりして消費
や摩擦式のブレーキへの依存が減り,ホームの熱
せざるを得なかった 。電車の横でホーム下から
負荷や騒音・粉塵の減少で建築設備にも影響を与
吹き上げる熱風を感じた経験のある方も多いと思
えている。
4)
う。抵抗器の発熱はトンネルの温度を上げ ,駅
5)
や列車の冷房負荷になっていた。また,抵抗器は
11.未来における鉄道と建築設備のかかわり
重くて大きいので列車走行時の抵抗にもなる。一
高齢者は体力が衰え乗り物を必要とするが,自
4)他の回生電力の活用法としては,電動フライホイール
により運動エネルギーとして吸収・蓄積・再利用すると
いう方法が,京浜急行電鉄で実用化されている。
5)旧型の電車では発車∼加速時にも抵抗器を使用して速
度制御を行うため(抵抗制御方式),発車∼加速時にも
多量に発熱していた。近年のインバータ制御方式の電車
では,発車∼加速時の発熱は少ない。
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建築設備士・2006・2
表−1 旅客輸送に係る判断基準(抜粋)
(執筆時はパブリックコメント段階)
旅客の輸送に係るエネルギーの使用の合理化に関する
旅客輸送事業者の判断の基準
図−5 旅客輸送機関別のCO2排出量の違い
分でマイカーを運転するのは危ない。しかし,高
齢化社会では数少ない働き手である子や孫に送迎
4 その他エネルギーの使用の合理化に資する事項
¸鉄道
①∼③略
④ 駅施設等において,次の取組みを実施すること。
(一) 次の措置等,省エネタイプの機器の導入を図ること。
・エレベーター,エスカレーター等のバリアフリー設備,空調機
器,照明機器等で省エネタイプの機器の導入を図ること。
・変電所において高効率変圧器の導入を図ること。
・上下線一括き電方式等を採用して電力ロスを最小限にすること。
(二) 駅施設の空調,照明を適正な水準に維持すること。
(三)電力回生インバータを導入して列車運行で生じた余剰電力
を駅施設で有効活用すること。
(四)駅の屋根を利用した太陽光発電設備の導入など既存エネル
ギーの有効活用を図ること。
(五)変電所において列車の運行本数に応じた効率的な電力供給
を行うこと。
などは頼むことは難しく,公共交通機関の重要性
が増す。また若い世代の減少は,女性や海外から
の労働力への期待につながる。経済力維持には国
外からの観光客の誘致も必要で,女性や外国人の
乗客の割合が増加していくと考えられる。
また,鉄道が1人を1km運ぶために排出する
二酸化炭素量は,乗合バスの1/4,飛行機の1/
6,自家用乗用車の1/9であるといわれている6)
(図−5)。
このように高齢化・地球温暖化が進むと予測さ
れている未来において,鉄道は推奨されるべき公
写真−13 高速の区分があるエスカレーター(秋葉原駅)
共交通手段であるが,鉄道に旅客を誘導するには
社会的・環境的な倫理観に訴えるだけではなく,
の合理化に関する判断基準」が定められ(表−1),
駅や列車の魅力を高める必要がある。すでにユニ
駅を含めた交通施設の建築設備にも省エネルギー
バーサルデザインや女性専用車両の導入,案内等
が強く求められている。
の外国語対応などが進められているが,今後も鉄
これら,未来の交通施設に必要な,魅力的要素
道とその建築設備には,障害者,高齢者,女性,
や省エネルギー要素にかかわる建築設備のうち,
日本語が読めない旅客(外国人・幼児)への配慮
TX線内で実現されているものをいくつかを取り
が求められる。
上げてみた。
一方,昔の駅の建築設備はトイレと照明ぐらい
TX線では人感知機能をもつエスカレーターに,
しかなかったが,現在は地下駅では冷房が当たり
無人時に停止するタイプと,無人時にインバータ
前になり,法的にもエレベーター設置等が義務づ
で超低速運転する始動電流低減タイプの2種類が
けられ,建築設備の増加にともない消費するエネ
導入されている。設置場所の利用頻度に合わせて
ルギーも増えている。そのため,2006年4月に施
適切なタイプが選定され,単に省エネルギー機器
行される改正省エネルギー法(エネルギーの使用
を導入するだけではなく,その使い方の面でも工
の合理化に関する法律)では,輸送事業者(旅
夫がある。
客・貨物)と荷主の両方に,「エネルギーの使用
また,地下深い場所を通るためエスカレーター
の距離が長いTX線の秋葉原駅では,エスカレー
6)国土交通省政策調整官:21世紀初頭における総合的な
交通政策の基本的方向について(2000年10月19日運輸政
策審議会答申第20号)
,pp44,国土交通省(2000)
ターに高速・普通の区分があり,急ぐ人と乗降に
時間がかかる人の両方の要求を満たしている(写
真−13)。
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写真−14 「男性用」ドレッシングコーナー
洗面所は別に設置されている
女性への配慮として,TX線にはトイレの一角
に洗面器とは別に鏡と台を設けた「ドレッシング
コーナー」がある。特に浅草駅では写真−14の
写真−15 駅構内の無線LAN可能の表示
おわりに
冒頭で述べたように,TX線浅草駅から隅田川
ように,一角ではなく広い場所が用意されている。
沿いの既存の浅草3駅へは徒歩15分ほどを要し,
パウダールームなど,この種の空間は商業施設で
乗り換えを急ぐ場合には不向きである。しかし,
は多いが,駅ではまだ数が少ない。実はこの写真
六区界隈や浅草寺周辺で食事や買物をしながら気
は女性用とほぼ同一仕様の「男性用」で,男性用
分転換するには,この乗り換えはむしろ都合が良
は非常に珍しい。また,ベビーベッドも男性側だ
い。また,調理器具や食器の専門店街として知ら
けで2台あり,男性の育児参加という形で女性へ
れる「かっぱ橋道具街」も近い。
の配慮を表現した例といえるかも知れない。
TX線浅草駅は新線への興味のほか,イベント
また,列車内,駅構内ともに無線LANが使用
開催などの地元の努力もあり,土日の利用者が多
可能(写真−15)というのも魅力的な要素の一
いと聞いている。このことは新駅周辺だけでなく
つである。他路線でも都心部の駅で利用可能区域
浅草全体が観光地として往時のにぎわいをとりも
が増加しているが,パソコンを起動・操作する時
どす兆しである。
間を考えると,都心部より乗車時間や待ち時間が
読者諸氏が「つくばエクスプレスの初乗りも兼
長い郊外や地方都市の方が必要性が高いと考えら
ねて,久しぶりに浅草に寄ってみようか」と思っ
れ,導入が望まれる。
ていただければ,筆者としても大変ありがたい。
最後に,記事作成にご協力いただいた首都圏新
都市鉄道株式会社の中村輝男氏,渡邉答氏に厚く
御礼を申し上げる。
(平成17年12月8日 原稿受理)
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