■ 技術トピックス “携帯電話切り忘れ防護装置(携帯電話抑止装置) ”が 病院内で運用開始 通信社会における病院の信頼性の確保が求められている今必要な武器 河 本 浩 樹 HIROKI KAWAMOTO (㈱マクロスジャパン 常務取締役) はじめに れた背景には,静謐な空間での着信音や通話時の 声が起因で実害の恐れがあるための対策として具 昨今,病院内で携帯電話が利用できるようにな 現化されたものである。しかし,3年ほど前から ることを望まれている方々が増えてきているが, 病院内での設置運用が求められるようになり,安 安全・安心が確保された環境が整備されているこ 全性と有効性について公的機関や民間の専門別研 とが絶対条件であるのは言うまでもない。 究会(日本ME学会 医療電磁環境研究会)など 昨年あたりから話題となっている院内での携帯 で検証され,実際の病院内での実験運用も行われ 電話利用解禁の問題がある。これは実際には,院 たりして,ようやく昨年の10月に正式に病院内で 内の一部のエリアに携帯電話コーナーを設けるが, の設置運用の許認可が下り,今年3月に国内初と ICU,CCU,検査室等の精密医療機器のある部屋 なる実績として東京女子医科大学附属病院,東京 への入室時は「携帯電話の電源を切る」といった, 慈恵会医科大学附属病院,医療法人 鳳生会 成田 マナーやモラル,ルールに依存した形式的なもの 病院の3病院に導入されたので,ここに紹介する である。すなわち,従来から周知徹底してきた医 ことにした。 療機器への影響に対する不安感は排除されていな 1.1 病院内での活用 いのが実情である。つまり安全安心の確保が責務 先に,“電源の切り忘れ”に対する安全対策が である医療機関としては,携帯電話の使用が解禁 具現化されていないことが,携帯電話の使用解禁 されることによる“電源の切り忘れ”に対する安 実現の足かせとなっていると述べたが,その解決 全対策が具現化されていないため,解禁実現の足 策の1つが,特定の空間に限定して携帯電話を かせとなっているのではと思われる。したがって, 「圏外」にする機能を持った抑止装置の活用であ 実際にサービスの向上を意図として解禁するにも る。つまり,ターゲットとなるエリアにおいて携 医療現場での実務を担う看護師の方々,または精 帯電話を強制的に使用不可にすることにより「つ 密医療機器を装着している患者およびご家族の いうっかり」による携帯電話の“電源の切り忘れ” 方々が抱えている不安材料を払拭するには至って という懸念材料を排除することができ,安心安全 いないのである。つまり具体的な解決策があるこ の確保ができるのである。では,実際にはどのよ とにより,解禁が実現可能となるということが考 うな機能が要求されるのであろうか。 えられる。そこで,携帯電話抑止装置を活用した 1.2 解禁実現のための事例をここで紹介する。 ¸ 1.携帯電話抑止装置活用による対策 平成10年11月30日に総務省(旧郵政省)が実験 局として認可した携帯電話機能抑止装置(抑止装 置)は,現在では全国のコンサートホールや劇場 等約140ヵ所において運用されている。許認可さ 携帯電話切り忘れ防護装置とは? 当該装置を導入する目的 ・携帯電話から発する電磁波の影響による誤動 作から医療機器を保護。 ・心臓ペースメーカー等,医療機器装着者の保護。 ・医療機関内での携帯電話利用によるトラブル の解消。 ・医療機関の責務として,対外的に医療過誤の 2006・8・建築設備士 59 する基地局電波の受信電力と,抑止電波の受信電 力の相対的な差が重要になる。つまり,基地局に 近いエリアでは抑止電波の送信電力も相対的に大 きくする必要があり,逆に反対のケースも考えら れる。現実的には10mWの抑止電波の電力で抑止 図−1 携帯電話の抑止原理 できるケースは多々あるが,基地局が至近距離に 立地している場合は,この限りではない。 ¼ 努力体制を具体的に示すことができる。 抑止電波の特徴について 従来の装置は,複数の周波数間をホッピングし ・マナーの悪い携帯電話利用者への注意の喚起 て賄う方法を使用していたが,電磁波による電子 など,わずらわしい問題として顕在している 機器への干渉レベルが懸念されたため,当該装置 こともあるため,看護師等の負担を軽くする。 は基本的に連続波に改良した製品である。指向性 ¹ 携帯電話の抑止原理 は使用するアンテナの形式,設置場所環境に依存 携帯電話が受信する基地局電波と同一周波数の するが,当該装置に関しては,無指向性である。 干渉波を携帯電話の存在する近傍で発射し,その 有効エリアは基地局到来波の信号強度,抑止電波 携帯電話に対して意図的に干渉を与え,限られた からの干渉電力の程度,あるいは携帯電話の妨害 空間においてその復調をできなくするものである。 排除能力などの受信性能などで決まる。これらは したがって携帯電話は圏外となり,着信ならびに 経験的な傾向があるが,一概にエリアを特定する 発信もできなくなるのである。 のは困難で,最終的にはポン付け的な設置では不 携帯電話の着信(つまり受信)を抑止し,これ 十分で,現場合わせが必要になる。 により結果的に送信機能も停止に至らしめるとい ½ う方法である。携帯電話は送信ならびに受信機能 前述のとおり,抑止効果が成立するための条件 を内蔵する,いわゆる無線機であって,通信事業 は,基地局電波の受信電力,抑止電波の受信電力 者が送信する基地局信号を正しく受信できないと の相対的な比がポイントとなる。これには互いの 周知のとおり「圏外」になる(図−1) 。 距離や途中の遮蔽物による減衰も関係してくる。 圏外になる条件としては受信電力が期待水準以 下のレベルであったり,あるいは基地局電波の信 号レベルが期待水準以上であっても,第3者の装 有効範囲について したがって,実際には現場の立地条件に照らし合 わせた設置と調整が重要になる。 1.3 携帯電話切り忘れ防護装置の機能面と 安全面について 置(つまり抑止装置)から発射された抑止電波を 同じ周波数上で同時に受信することで,携帯電話 ¸ の内部復調回路に意図的に干渉を発生させ,その 携帯電話の最大出力について表−1に概要を表す。 結果,携帯電話の機能を抑止させるものである。 º 使用周波数について 抑止電波の周波数は少なくとも携帯電話で使用 している周波数帯全域あるいは一部と同一周波数 である必要がある。 割り当てられる周波数は携帯通信事業者によっ 携帯電話切り忘れ防護装置の機能面 当該装置(写真−1)の最大出力は10mWであ り,全ての携帯電話を抑止する電波を標準で装備 し,院内PHS監視システムPHSには影響を与えな い。また,新規事業者への対応は準備済みである。 仕 様 定格電源:AC100V(±15%) て異なるので,それぞれの周波数に対応した抑止 消費電力:20VA(0.2A) 電波を用意し,抑止電波の形式は広帯域通信方式 周波数 :800MHz 1.5GHz 1.9GHz 2.1GHz に対してはFM変調波を用いたり,狭帯域通信方 動作温度:0℃∼40℃(結露・凍結なきこと) 式に対しては周波数走査型を用いている。 サイズ :H 300 » 使用周波数の強度について 有効かつ完全に抑止しきるには10mWといった 絶対的な送信電力よりもむしろ,携帯電話が受信 60 建築設備士・2006・8 W 350 D 80 重量 :2.5kg 材質 :スチロール系樹脂(難燃性・自己 消火性) 表−1 携帯電話の最大出力 携帯電話事業者 NTT DoCoMo 通信方式 PDC W-CDMA AubyKDDI CDMA2000 1X(EV-DO) Vodafone W-CDMA GSM(グローバルスタンダード) TUKA PDC Willcom(PHS) HDR 使用周波数 800MHz/1.5GHz 2.1GHz 800MHz 1.5GHz 2.1GHz 1.5GHz 1.9GHz 出力 800mW 250mW 200mW 800mW 250mW 800mW 80mW 表−2 携帯電話の医療機器への影響 ドプラ血流計 医用テレメーター 超音波画像診断装置 パスオキシメータ ヘッドサイドモニタ シリンジポンプ 輸液ポンプ *2 IABP 透析装置 補助人工心臓 人工呼吸器 体外型心臓ペースメーカ 人工心肺装置 ドプラ胎児診断装置 電子血圧計 心電計 分娩監視装置 超音波内視鏡 血液分析装置 免疫測定装置 電子加湿器 低圧持続用吸引器 血漿交換装置 超音波手術器 根管長測定器 除細動器 総務省委託(電波産業会)平成14年研究調査報告書より 写真−1 携帯電話切り忘れ防護装置 写真−2 装置 OFF時 ON時の比較 ¹ 携帯電話の電磁波に対する効果 ③ 200mWでは44%,800mWでは最低約52% の医療機器に多くの影響が出る。 当該装置をONにすると,OFF時に通信可能で あった携帯電話が通信不能となることが写真−2 詳細は下記の各省URLにてご参照下さい。 によりわかる。 総務省(電波に医療機器等への影響に関する調 º 査報告書) 携帯電話の医療機器への影響 バースト出力が200mWの携帯電話により影響 http://www.soumu.go.jp/s-news/2002/pdf/ が確認された医療機器の一部を表−2にまとめた。 020702_3_4.pdf 厚生労働省(医薬品・医療用具等安全性情報 <調査結果> ① 延べ727機種調査実施,現在使用されてい る医療機器のほんの一部であり,年間数千台 の新医療用具が認証されており,注意が必要。 ② 医療機器の経年劣化によりイミュニティ の低下が考えられ影響度が増す。 *1 No.179号) http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/07/h072 5-1.html » 携帯電話切り忘れ防護装置の安全面 ① 公的機関であるJQA(財団法人 日本品質 2006・8・建築設備士 61 ※常駐の委託業者でも可 ⑧ 携帯電話の利用ができない旨をPOP等で 周知すること ½ 図−2 運用までの手順 携帯電話切り忘れ防護装置の有効範囲 ① 携帯電話の抑止範囲は携帯電話基地局の距 離により異なる。 ② 基地局が遠い場合は,有効範囲は大きくな り,近い場合は小さくなる。 保証機構)にて心臓ペースメーカへの影響が ないことを検証。(※社団法人 日本心臓ペー ③ 直径で最大約25m範囲(平均15m∼10m)。 スメーカ協議会の協力) ④ 各携帯電話事業者ごとの電界強度を参考に 当該装置の取付場所を出力調整して,外部へ ② 東京慈恵医大 総合医科学センター 医用 の影響をさせない。 エンジニアリング研究室にて新旧57機種の医 療機器に対して実証試験を実施し,影響がな ¾ いことを検証。 ① ICUやCCU等の窓が多い環境施設では,完 ※ 医療電磁環境研究会 愛媛大会にて三井 記念病院 加納 隆氏により発表。 ③ 小平記念 東京日立病院にて総務省立会い による1ヵ月のフィールド試験運用を実施し, 有用性を検証。 ¼ 設置条件と運用までの手順(図−2) ① 当該装置の設置場所は医療機器のある閉空 間(部屋) ② 設置運用する部屋での現地調査(電波環境, 電測テスト) ③ 固定設置すること(突っ張り棒,マグネッ トによる固定方法でもよい。) ④ 院内の無線システム(院内PHS,テレメー ター等)に影響を与えないこと ⑤ 医療機器への影響のないことを運用前に検 証すること ⑥ 無線局免許取得 ⑦ 無線従事者(第3級陸上特殊無線技師以上 の有資格者1名以上)が必要 電磁シールド材との比較と相乗効果 全抑止は困難である。 ② コストが高く効果にバラツキがある。(環 境の変化に容易に追従対応ができない。 ) ③ オペ室の場合でも完全にシールドができな い場合がある。 ④ 一度完全シールドにすることにより,半永 久的に通信ができない環境となり,万が一の 災害時などには不便な環境になってしまう。 ⑤ 必要とする無線システムの電波も遮断され てしまう恐れがある。 ⑥ 完全シールドする場合は,6面を施行する 必要があり,工期が長くなる。 ⑦ 電磁シールド材と当該装置との併用による 施行はさらにエリア限定を極める上では相乗 効果がある。 2.導入事例 携帯電話切り忘れ防護装置を導入している前述 の病院を次に挙げる(写真−3∼写真−5)。 *1 イミュニティ(Immunity:免疫) :電磁的妨害を免れる。 医療機器のイミュニティレベルについてはJISが平成16年7月末に制定され,厚労省の医療機器承認条件になっている。 しかしその内容は周波数100KHz-1MHz,イミュニティレベルは一般医療機器3V/m,生命維持管理機器10V/mである。 したがって,携帯電話やPHSの周波数帯を完全にはカバーしておらず,また近距離ではこのイミュニティレベルを超 える恐れがあると考えられるため,規格を満足する医療機器でも電磁波障害が発生しないとは言い難い状況となっている。 このEMC規格はIEC規格に基づいたもので,数年後には帯域が2.5MHzにJISもなるであろうといわれているが,現状 では不確定である。このような意味からも当該装置が必要と考える。 *2 IABP: (In aorta balloon pumping:大動脈内バルーンパンピング) 心臓の仕事量の軽減と冠状動脈血流量を増加させる働きをする装置。 62 建築設備士・2006・8 写真−3 東京女子医科大学病院の場合(脳神経外科ICU) 写真−4 東京慈恵医科大学附属病院の場合(ICU) 写真−5 医療法人鳳生会 成田病院の場合(救急外来) まとめ ことはいうまでもない。 だからこそ安全面を確保する責務のある医療機 今後,また新たな携帯電話問題が浮上してくる 関こそ,万が一を想定した医療過誤回避策の努力 ことと推察するが,病院においても「いつでも, をしているという具体的な方策として,“携帯電 どこでも」といった携帯電話等による通信コミュ 話切り忘れ防護装置”を導入しておくことが強く ニケーションが可能になり,入院患者の焦燥感を 求められてくることと確信する。 癒せるような通信社会の高度化が求められてくる (平成18年4月21日 原稿受理) 2006・8・建築設備士 63
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