印刷工場における旋回流誘引型置換換気方式と 混合空調方式の温熱

■ 事例研究
印刷工場における旋回流誘引型置換換気方式と
混合空調方式の温熱・空気環境比較
Performance Comparison with Swirling Induction Type Displacement and Mixing System at a Print Factory
木村
健太郎
KENTARO KIMURA
(高砂熱学工業㈱ 総合研究所 主任)
三
橋
太
FUTOSHI MIHASHI
(高砂熱学工業㈱ 技術本部)
守 屋 寛 之
HIROYUKI MORIYA
(高砂熱学工業㈱ 総合研究所)
和
泉
透
TORU IZUMI
(高砂熱学工業㈱ 関東支店)
う酢酸エチルの目標濃度に関しては,日本産業衛
はじめに
生学会の酢酸エチル許容濃度は200ppmであった
生産拠点である工場は,発熱負荷や汚染物質の
が,大多数の被験者が刺激臭を許容できる最大濃
発生負荷が大きく,いかにして初期コストや消費
度は100ppmとされていることから,作業域平均
エネルギーを抑えながら,温熱快適性や清浄な作
濃度100ppm以下を目標とした。
業空間を確保するかが課題である。
2.2
旋回流誘引型置換換気方式の採用
本稿では,暑熱環境と臭気濃度の改善を目的と
当印刷工場では,臭気発生源近傍での局所排気
して,混合空調方式から旋回流誘引型置換換気方
とルーフファンを用いた換気により工場内の臭気
式に改修した事例において,同一負荷,同じ吹出
濃度低減が行われていた。また,輪転機の乾燥機
し条件で改修前後の作業環境を実測比較した。さ
経路では,周囲へのVOC排出削減のために脱臭
らに,作業域温度と臭気濃度を改修目標値以下に
炉を介して大気開放していた。暑熱対策と臭気濃
保つために必要な空調消費エネルギーを改修前後
度改善を両立させるには,換気風量を増やすこと
で比較した結果を報告する。
が有効であるが,排気風量が膨大となっており,
1.環境比較の対象室
所 在 地
外気処理と搬送動力が必要となった。そこで,新
鮮空気を密度差で居住域に搬送し,熱や汚染空気
埼玉県
用 途 グラビア印刷加工
対 象 室
工場を若干の負圧に保つためには,膨大な風量の
1,006m2(天井高9m)
を天井方向に押し上げる置換換気方式に着目した。
置換換気方式は,室内空気をあまりかき乱さな
施 工 高砂熱学工業㈱
いように床レベルから室温より若干低い温度の空
検証期間
気を低速(推奨0.2m/s以下)にて供給し,天井
平成17年4月∼平成17年8月
レベルから高温空気を排気するシステムである。
2.空調設備計画
混合空調方式と比較すると,居住域での高い換気
2.1 現状把握と目標値設定
効率と省エネルギー性の高いシステムである。一
改修設計を行うにあたり,事前に工場の熱収支
方,居住域に低速給気を行うための広い吹出し総
と濃度収支から室内顕熱負荷量および主な汚染物
面積を確保する必要性があり,①設置面積の確保
質である酢酸エチルの放散量を算出した。工場全
が困難であること,②足下の空気は活発に流動す
体の室内顕熱負荷は,雲天時の日中平均で約200
るが,居住域の空気の流動が小さいために,汚染
W/m と大きく,床から5mまでの空間で顕熱負
空気を効率よく希釈できないこと,などの技術課
荷の約70%が集中していた。また,酢酸エチルの
題があった。
2
平均放散量は,4m /h程度であり,床から5m
そこで,コンパクトな吹出し口で置換換気空調
までの空間において全放散量の80%以上が放散し
の構築が可能な旋回流誘引型置換換気方式を導入
ていた。
した。構造を図−1に示す。吹出し口内部に旋回
3
暑熱環境の改善にあたり,改修後の作業域目標
成分を与えるガイドベーンを設け,吹出し気流に
温度は,夏季28℃以下とした。また,刺激臭を伴
複数の旋回流を組合せて与えることで誘引量の増
2007・6・建築設備士 33
図−2 旋回流誘引型と半円筒型の垂直温度・風速分布比較
(吹出し口より6m離れた地点)
図−1 旋回流誘引型吹出し口
加(みかけの給気風量の増加)が図られており,
従来比約半分の設置面積となっている。弊社実験
図−3 実測比較する給排気システム(改修前後)
施設で行った両システムの比較資料を図−2に示
す。旋回流誘引型は,従来型置換換気方式(半円
筒形)に対し,3倍程度の速い吹出し速度で給気
を行っても速度の減衰距離が短くなる結果となっ
た。また,給気の搬送高さが高いため,居住域の
温度差緩和,かつ換気効率の向上が図れるシステ
ムとなっている。
2.3
改修前後の空調換気システム
図−3に改修前後の空調換気システムを示す。
改修前は,高さ4mに設けられたパンカールーバ
およびスポット用ノズルから外調空気を供給する
混合空調方式であった。改修ではこれらの吹出し
口を撤去し,ダクトを立ち下げて7台の旋回流誘
引型吹出し口(写真−1)と接続した。排気は,
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建築設備士・2007・6
写真−1 実測空間
図−4 工場内の温湿度・濃度測定点
改修前後ともルーフファンおよび輪転機の下方に
ある比重の大きな有機溶剤用の局所排気装置から
行った。また,輪転機の中段には,主な発熱源で
ある印刷乾燥機が設けられており,乾燥機の余剰
排気量は,乾燥炉の燃焼運転時に4回換気相当と
大きいため,改修前と同様に高さ4mにある有圧
扇から外気を供給するシステムとした。
3.実測概要
3.1
測定点および臭気濃度の測定方法
図−4に工場内の測定点を示す。温湿度の測定
にはデータロガー付温度センサ(T&D製,
図−5 臭気モニタ出力とガスクロ分析濃度の関係
RTR−53)およびT型熱電対を用い,汚染質濃
度の測定にはデータロガー付臭気モニター(新コ
スモス電機製,XP−329Ⅲ)を用いて1分間隔の
ァン運転台数と室内外差圧の関係から得た。送風
データを記録した。
機運転風量の測定に際しては,熱線風速計での正
使用した臭気モニターは,臭気の強さに応じた
確な風量測定が困難なため,人体に毒性が無い微
値しか出力されないため,実際の汚染質濃度を求
量のトレーサガス(SF6)を送風機吸込み側ダク
めるために換算係数を特定する必要があった。そ
トに一定流量で放出し,送風機で混合された下流
こで,臭気モニター近傍の空気をガスクロカラム
側濃度を測定するトレーサガス法を用いた。表−
(TENAX−TA)に複数点でサンプリングし,ガ
1に実測時のエアバランスを示す。工場内は負圧
スクロマトグラフ質量分析から得られた濃度を用
であり,2回/h換気相当の外気が工場内に流入
いて臭気モニター出力値を汚染質濃度に換算した。 することがわかった。
図−5に臭気モニター出力とガスクロ分析によ
る濃度の関係を示す。この近似式を用いることに
より,臭気モニターの出力値から比較的正確に酢
酸エチル濃度の換算が可能となった。
3.2
流入外気量の測定
4.改修前後の温熱環境と酢酸エチル濃度の
比較
4.1 温度分布の比較
給気温度・給気風量・外気温度がほぼ同じ条件
流入外気量の測定は,ルーフファンの運転台数
において,改修前後の温度分布を1時間平均値に
を変えた場合の工場内外差圧を測定し,ルーフフ
て比較した。表−2に冷房比較時の平均外気温度
2007・6・建築設備士 35
表−1 実測時のエアバランス
系統
外調機給気量
[m3/h]
ルーフファン排気量
3
[m /h]
局所排気量
3
[m /h]
乾燥機余剰排気量
3
[m /h]
漏気を含めた
3
流入外気量[m /h]
工場内外差圧
[Pa]
(括弧内は各系統の換気回数)
混合空調方式
旋回流誘引型置換換気
(改修前)
(改修後)
39,700
37,600
(4.4回/h)
(4.2回/h)
9,700(1.1回/h)
15,500(1.7回/h)
35,000(3.9回/h)
20,500
(2.3回/h)
22,600
(2.5回/h)
−15
−21
表−2 冷房比較時の平均外気温度と平均給気温度
外気温湿度
外調機
給気温湿度
混合空調方式
(改修前)
31.2℃
17.9g/kg(DA)
20.4℃
12.8g/kg(DA)
(1時間平均値)
旋回流誘引型置換換気
(改修後)
30.9℃
16.0g/kg(DA)
19.8℃
11.8g/kg(DA)
図−7 絶対湿度分布の比較
旋回流誘引型置換換気方式の場合には平均25.7℃
となり,約4℃降下した。
4.2
流入外気の影響
外気が室内へ及ぼす影響を調べるために,絶対
湿度の空間分布を測定し,負圧によって流入する
高温多湿の外気がどのように拡散するかを確認し
た。
図−7に絶対湿度分布の比較結果を示す。改修
前の混合空調方式では,絶対湿度が空間全体で比
較的一様となっており,流入した外気が空間全体
に拡散していた。
一方,改修後では,作業域の絶対湿度が測定箇
所すべての点において,給気の絶対湿度に近い値
となり,作業域上部の絶対湿度が相対的に高い値
図−6 温度分布の比較
となった。これは,作業域に進入する流入外気は,
作業域温度よりも高いために浮力で上昇し,作業
と平均給気温度を,図−6に工場内の温度分布を
域に拡散されなかったと考えられる。すなわち旋
示す。両システムとも,平面温度偏差は小さく,
回流誘引型置換換気方式の場合には,作業域温度
平均値±1℃の範囲にあった。また,内部発熱や
よりも高い温度の流入外気は,作業域の空調負荷
貫流負荷が両システムとも同等なため,上部空間
にはなりにくく,反対に温度の高い流入外気は,
の温度に大きな差は見られないが,混合空調方式
作業域で発生した汚染物質の希釈には寄与しなか
では,吹出し高さ4m以下において比較的一様な
ったと考えられる。
温度となり混合していた。それに対し,改修後に
4.3
は作業域は低温に保たれ,顕著な温度成層を形成
図−8に酢酸エチル濃度の比較結果を示す。混
していた。なお,作業域垂直温度勾配は,快適範
合空調方式の場合においては,流入外気を含めて
囲内の2℃/m以下であった。床上1mの作業域
6.7回/h換気分,改修後の1.6倍の外気が作業域に
平均温度は,混合空調方式の平均29.2℃に対し,
供給されたが,床上1mの酢酸エチル濃度は
36
建築設備士・2007・6
酢酸エチル濃度分布の比較
写真−2 輪転機周囲空気の煙の流動
卓越し,熱プルームに伴って酢酸エチルが上部空
図−8 酢酸エチル濃度の比較
間に上昇したことにより,作業域への臭気拡散が
減少したと考えられる。
さらに,改修後の局所排気装置廻りの気流速度
は0.2m/s以下と緩やかであったため,気流速度
が早い混合空調方式よりも局所排気装置の捕集効
率が向上したことも,臭気濃度が減少した要因の
1つと考えられる。
5.空調消費エネルギーの比較
混合空調方式の外調機風量と熱源冷熱量を増加
図−9 改修後の輪転機表面温度
し,改修目標値である夏季28℃以下,酢酸エチル
平均濃度100ppm以下を満足させる場合の空調消
費エネルギーを試算し,実測時の旋回流誘引型置
100ppmを上回り,平均104ppmとなった。比重
換換気方式との比較を行った。混合空調方式の試
の大きな酢酸エチルは,低い部分での濃度が相対
算では,吸収式の冷熱量および吸収式から冷水供
的に高くなる傾向を示した。
給される外調機の送風量を増加させた。汚染質の
一方,改修後においては,すべての測定点で目
居住域放散量や居住域顕熱負荷は実測時と変わら
標値の100ppmを下回った。作業域平均濃度は
ないとし,外調機風量 Q SAと給気温度T SAを(1)
46ppmとなり,汚染質濃度を約60%減少できた。
式および(2)式から算出した。外気条件は,実
流入外気が作業域汚染質の希釈に寄与しないこと
測時と同じ31.2℃,17.9g/kg(DA)とした。搬
を考慮すれば,3倍以上の換気効率であった。
送エネルギーは,送風量・送水量の3乗に比例し
改修前より作業域濃度を減少できた要因を調べ
るために,各表面温度や気流測定を行った。図−
9に改修後の実測時に撮影した輪転機の熱画像を
示す。作業域の輪転機表面温度は床上1mで28℃
程度,周囲空気よりも2℃程度高い値であった。
て増加するものとした。
Q SA= CMIX ・
Q MIX +Q IN )
−Q IN
CD (
…(1)
Q MIX・
( TMIX −TSMIX )
+Q IN・
( TMIX −TIN )
Q
SA
D
T
SA
Q
IN
T
= ・
( − )
+ ・
( TD −TIN )
…(2)
また,スモークテスタの煙の流動により,輪転機
周囲空気が浮力で上昇することを確認した(写
QSA :計算外調機風量[m3/h]
真−2)。改修後の温度成層場では,自然対流が
QMIX :実測時の外調機風量[m3/h]
2007・6・建築設備士 37
TMIX :実測時の居住域温度[K]
TIN
:流入外気温度[K]
図−10に,単位面積あたりの空調消費エネル
ギーの比較結果を示す。混合空調方式で目標値を
満たすためには,外調機の給気温度を1.3℃降下
させ,かつ風量の6%増加が必要となった。この
場合の空調エネルギーは,作業域温度が目標値よ
り2℃低くかつ汚染質濃度が半減する旋回流誘引
型置換換気方式の55%増し必要である結果となっ
た。
おわりに
発熱負荷と導入外気量が大きな印刷工場では,
図−10 混合空調方式で改修目標値を満足した場合の単位
面積あたりの空調消費エネルギーの比較
旋回流誘引型置換換気方式は混合空調方式の35%
以上少ないエネルギーで作業域温度と汚染質濃度
の目標値を十分に満足することを実証した。
QIN :実測時の外気流入量[m /h]
3
CD
:汚染質濃度目標値[ppm]
さらに旋回流誘引型置換換気方式の場合には,
高温多湿の流入外気が浮力で上昇し,作業域に拡
CMIX :実測時の汚染質濃度[ppm]
散しにくい。流入外気によって汚染質は希釈され
TD
:居住域温度目標値[K]
ないが,混合空調方式と比較して比重の大きな汚
TSA
:計算外調機給気温度[K]
染質でも居住域濃度を半減できたことが示された。
TSMIX :実測時の外調機給気温度[K]
◇ ◇ ◇
(平成19年3月26日 原稿受理)
◇ ◇ ◇
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›建築設備技術者協会 [FAX]03―5408―0074
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建築設備士・2007・6