ドバイの建設ラッシュと地域熱供給

■ 海外視察トピックス
ドバイの建設ラッシュと地域熱供給
田 中 康 平
KOHEI TANAKA
(建築設備家懇談会,㈱総和設備事務所)
はじめに
UAE(アラブ首長国連邦)は,産油国であり
て高く,夏の平均気温は30∼40℃だが,最高気温
が50℃以上に達することもあり,湿度も総じて高
く,80%になる。
日本が最大の輸出国であるものの,一般的な民間
冬の平均気温は20∼30℃で,夜間には10℃前後
レベルでは馴染みの薄い地域でしたが,近年,連
まで下がることもある。雨は冬期に稀に降る程度
邦を形成する首長国のうち,ドバイ首長国を中心
であり,また冬期は北風が強く,砂嵐が発生しや
として熱心な都市開発が進められ,日本の建設業
すい。
界においても注目を集めつつある地域です。
空調条件の特徴として,日中については年間を
今回,建築設備家懇談会の「ドバイにおける世
通じて最高気温が20℃を超えることから,年間冷
界最新建設プロジェクト視察」に参加する機会を
房需要があり,冬期の夜間の気温は10℃前後まで
得ましたので,そこで得た経験や知識について報
落ち込むものの暖房を行う習慣はないようだ。
告することとします(図−1)
。
1.気候条件と熱需要の特徴
ドバイ沿岸(ペルシャ湾)の気候は,亜熱帯性
図−2にドバイの気象条件と最高最低気温の月
別平均グラフを示すが,参考として緯度的に近い
日本の那覇の最高最低気温も併記する。
砂漠のイメージから常に暑いと思われがちだが,
乾燥気候に分類され,夏期(4∼10月)と冬期
グラフからもわかるように,昼夜の寒暖の差が激
(11月から3月)に大別され,気温は一年を通じ
しく,平均最低気温(おそらく夜間)は日本の那
覇とそう大きくは違わない。
2.建設ラッシュの状況
なぜ今ドバイで建設ラッシュがおきているのか
図−1 UAEの位置と地図
(出典:フリー百科事典 ウィキペディア)
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建築設備士・2007・5
図−2 ドバイの気象条件と最高最低気温の月別平均グラフ
(出典:エミレーツ航空HPと気象庁電子閲覧室)
写真−3 Palm jumeirahの全景
写真−1 ドバイ市内の建設風景
(世界のトンボクレーンの3割がここに集合しているらしい)
写真−4 Palm jumeirahの別荘建設風景
写真−2 ドバイ市内の建設風景
世界の8不思議を目指すと銘打った人工島は,
椰子の木と月をモチーフにした3つ(Palm
というと,昨今の原油高も理由の1つだが,実は
jumeirah,Palm jebel Ali,Palm Deira)と,世
UAEの7つの首長国で原油を最も産出するのは
界地図もモチーフにした1つ(The World)で構
首都のあるアブダビ首長国で,今後数百年分は産
成されているが,Palm jumeirahが来年には完成
出可能であろう埋蔵量が確認されているのだが,
する見込みで,島の葉っぱ形状部分の戸建て別荘
一方ドバイは,産出量もアブダビの10分の1程度, は既に完売とのことである(写真−3,写真−4)。
埋蔵量も20年分位しか確認されていない。
そんな中で,1990年代後半にドバイ首長が,石
油を産出するうちに,観光・リゾート事業に乗り
出して,ドバイをIT事業や金融事業における中
東の中心都市にして,石油に代わる産業を創り出
購入者は不動産会社がメインだが,その販売費
用でPalm jumeirah造成の費用は賄われ,次の人
工島築造に投資されている。
3.インフラの状況
そうとビジョンを打ち出して,世界的に有名な人
急激に増加する都市施設を支えるインフラ事情
工島築造に始まり様々な開発を推進している次第
はどうなっているかというと,基本的に電力・上
である(写真−1,写真−2)。
下水道は整備が進み,電力供給は安定しており,
また,ニューヨークでの9.11テロ事件を契機に, 上水も飲料用として使用可能な程度のものである。
イスラム資金の流れがアメリカに監視されている
都市マスタープランの計画より,現実の方が早
ことが露呈したため,従来アメリカを中心とした
く進んでしまうという,日本とは真逆の状況があ
市場の中で運用されていたイスラムの石油マネー
るようだが,都市の増加に合わせ拡張を行ってい
の,監視されない自由な資金流用先としての位置
るので,比較的安定しているといえそうだ。
付けも大きい。
そんな中で観光・リゾート事業については,第
一段階の成果は揚がりつつあるようである。
上水は海水淡水化施設および井戸から供給され
るが,そのほとんどは海水淡水化施設により賄わ
れているのが実情である。
2007・5・建築設備士 33
写真−5 ドバイ市郊外の発電所
(距離にして20km位か?海沿いに延々と連続して建つ)
海水淡水化方式としては「膜式」および「蒸発
写真−6 Palm jumeirahの露天掘りでの海底トンネル施
工状況
ものはやはり電力といえそうである。
式」に大別されるが,「蒸発式」であれば,熱を
したがって,熱源の特徴としては,冬期の砂嵐
使っての大量の真水製造に適しているので,最近
の影響と水が貴重な土地柄からか(電力料金と水
では発電所と海水淡水化施設を併設し,発電によ
道料金だけで比較してみるとそれほど日本と事情
る排熱を利用して大量に真水の製造を行っている
は変わらないので,水冷式でも良いのではと思う
(写真−5)。いわゆる発電と海水淡水化でコージ
が),年間冷房用の空冷式電動チラーが多く用い
ェネレーションが成立していることになる。(日
られている。
本では熱の使い道がないため,冷却水としてほと
ホテル屋上からの景観をみる限りにおいては,
んど全量を海に捨ててしまうので,発電所近くの
蓄熱システムの一般普及までには至っていない。
海の魚は育ちが良いらしいが…)
(そもそも日本のように原子力発電所はなく,全
一方,ガス供給は,近隣国のカタールにおいて
て火力発電所なので蓄熱料金や夜間料金を設定す
超大型の天然ガスプラントを建設中で,そのカタ
る意味自体がなく,導入の動機がそもそも少ない
ールからパイプラインを結ぶ将来計画はあるよう
のが理由かと思われる)
だが現在のところほとんど整備されていない。
各インフラ料金はというと,電力FR6.0円
またホテルなどの給湯需要に対しては電気ヒー
ターにより賄っている。
/kWh,上水が200円/m3と,日本の1/2から1/
(電気ヒーターでは,もちろんないので,そのう
3程度のようだが,燃料としての油はガソリンが
ち日本の家庭で流行の,エコキュートの大きいの
80円/Lぐらいと,日本の燃料代に占める税金の
など持っていくと売れるかもしれない)
割合を考えると,かえって日本より高いようであ
る。
原油を産出するものの,精製技術はそれ程高く
ないため,燃料としての油は実際には高価になる
ためかと思われる。
4.空調用熱源の特徴
5.環境政策の状況
建設ラッシュの裏では,環境対策も相当の力を
入れて実施している。
特にインフラの大元となるペルシャ湾は,過酷
な気候条件にかかわらず,多くの固有種を含んだ
500種以上の魚類など豊富な海生生物が確認され
熱需要の特性としては,気候条件から年間冷房
ているが(意外にもジュゴンが7,000頭位いてオ
があるために,年間を通じて多くの冷熱需要が存
ーストラリアに次いで重要な生息地とのことであ
在するものの,温熱需要については暖房設備その
る),石油関連産業による油汚染,タンカーのバ
ものを設置しないことから,ホテルなどの給湯需
ラスト水による生態系の破壊,生活汚水による汚
要に限定される。
染などの海洋汚染は,深刻な状況と捉えられてい
また,インフラの特徴としては,電力・ガス・
油のうち,最も整備が進んでおり使い勝手の良い
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建築設備士・2007・5
る。
ペルシャ湾と外洋を結ぶホルムズ海峡は非常に
写真−7 計画のイメージ
写真−8 建設中のブルジドバイタワー
(まだ半分の80階だという)
狭く,ペルシャ湾はいわゆる地理学的にいうとこ
ろの地中海(陸地に囲まれ外の海域と深層水のや
りとりがほとんどない海)であり,また蒸発量が
する(写真−7,写真−8)。
多く,流入河川による淡水の補給はシャット・ア
ル・アラブ川のみであるため濃縮型で塩分濃度も
建 築 主:ドバイ首長国 エマール不動産㈱
外洋と比べて高く,非常に閉鎖性の強い海である
規 模:地下2階,地上160階 高さにして約
ことから,一度汚染すると復元し難い性質をそも
そも持っている海であるといえる。
そんな中で,当湾周辺諸国は1978年に,クウェ
800m
延床面積:423,000m2
用 途:ホテル,オフィス,住宅
ート条約と行動計画が締結され,油汚染・産業廃
冷水熱負荷としては日本の都心部とあまり変わ
棄物・下水および海洋資源に対する諸活動に取り
らないようである。建物が800mもあり,受入用
組むこととなっていたが,当湾域で続く戦争など
熱交換器を介して圧力上は縁を切っている。(地
を理由に,各国による海洋環境保護上の行動や対
冷プラントが見られなかったのはちょっと残念で
策が実施されているとは言い難いのが現状である。 ある)
UAEにおける人工島築造は,周辺海域を掘り
起こして島としているため,相当の環境破壊に繋
7.地域熱供給の導入状況
がっているはずだが,その一方で,サンゴや漁礁
UAEは7人の首長を中心とした絶対君主制の
を復元するための人工の岩礁作りにも莫大な費用
国なので,日本のような比較的民主主義が定着し
を投じており,またサンゴ礁で形成され,ウミガ
た国との間で会社制度を比較するのは難しいのだ
メの産卵場ともなっているQarnein Islandを,当
が,電気事業や上下水道事業は国営で,地域冷房
湾で初めての保護海域に指定するなど,積極的な
も例に漏れず,日本でいう半官半民の開発業者が
環境政策を打ち出しており,大規模な開発と同時
事業者となって行っている。
に並行して行っている。
また,省エネルギー関連の規制や基準の導入も
逐次行っていることから,湾岸諸国の中では環境
政策への関心は高い国であるといえる。
6.世界一高い需要家
日本の地域冷暖房とは違い,公益事業としての
位置付けが確立されているものと思われる。
しかも地域冷房施設については,マスタープラ
ン作りの時点で導入を前提として計画されている
ので,地域冷房事業は開発事業の一端と考えられ
ているのであろう。すでに数地区が操業開始に向
今回の視察の中で,空調熱源などを見る機会は
け建設中のようである。(ブルジドバイタワーに
なかったのだが,運よく世界一高い建物を目指し
供給する地冷施設は2年後には供給開始するそう
て建設中のブルジドバイタワーが地域冷暖房を受
である)
け入れていたので,建物そのものの詳細の紹介は
ドバイにおいて地域冷房が受け入れられた土壌
他に譲るとして,地冷需要家としての概要を紹介
としては,以下のようなものが挙げられるのでは
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ないかと考える。
① 既成物の制約がまったく無い。
(何もない砂漠を開発するので最初に計画さ
えすれば大口径の導管布設も可能)
② 全ての開発業者の頂点は首長。
(地権者,デベロッパー,ゼネコン,サブコ
ンといった複雑な利害関係はそもそも無いか,
結局のところ最終的には,全て首長に集約さ
れてしまう)
写真−9 ハッタの岩山
③ 建築物のデザイン上のニーズが非常に高い。 (どんなに小さな水辺も砂漠の民にとっては貴重な癒し空間)
(リゾート地としての位置付けもあり,建物
ひとつひとつはかなり奇抜なデザインで目を
引く。街並みとして見るとかなり統一性がま
ったく無いので日本人向けではないような気
がするが…)
④ 開発と同時進行。
のだが。
次に搬送動力の低減と地域導管の縮小を図るた
めに,水にかわる新しい熱媒の導入……。
あまりここで誌面をさくと,来年早々にもドバ
(開発を同時進行で行い,一遍に負荷が立ち
イのレイバーハウス周辺をうろつくことになるの
上がる計画なので,熱源集約化のメリットは,
で,この辺で止めておく。
イニシャルもランニングも最大限に享受)
そういった事情からか,地域熱供給施設の建設
9.ドバイの行く末
日本のバブルとは違い,元手の出所は石油マネ
も開発事業の進展に伴って着々と進められている。 ーなので今後4,5年位はこの建設ラッシュは継
8.熱源設備での省エネルギー対策
ドバイにおける熱源設備の面での省エネルギー
対策を考えると,最初に思いついたのは海水利用
続されるではないかとのことだが,いずれにして
も今後2年で相当の延床のオフィスやら住宅やら
が竣工していく中で,一体誰がそれを使ってくれ
るのか,老婆心ながらやや心配になる。
なのだが,実はペルシャ湾の海水は,先に述べた
作ってしまってからの維持費は,実は建設費な
ように濃縮型地中海であることから,海水温は年
どよりは大きいので,作ったのに人が入らず廃墟
間平均30℃程度と非常に高く,空調用熱源の冷却
に…なんてことにならなければ幸いである。
水としては全く適さない。
次に考えたのは,昼夜の外気温差と蓄熱システ
ムを利用して効果的に冷水製造してどうであるか
ということだ。
10.余 談
周りは砂漠ばかりなので,コンクリートの骨材
には事欠かないだろうと思っていたら,砂漠の砂
年間平均的に昼夜で10℃位の外気温差があるの
は細かすぎて骨材としては全く使い物にならない
で昼間暑い時に冷水製造を行うよりは,夜間涼し
という。実際どうしているのかというと,ドバイ
い時に冷水製造することで,冷凍機のCOPは上
から東へ100km行ったオマーンとの国境付近の岩
がるので,この辺をうまく利用すれば,蓄熱損失
山で川砂を採掘しているということである(写
を上回るくらいの省エネルギーは図れる。
真−9)。
インフラの料金から算盤を弾くとコストメリッ
トはほとんど出ないので,コストの回収は難しい
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建築設備士・2007・5
(平成19年2月23日 原稿受理)