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学校での動物の飼育が子どもたちの命の教育の機

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解答作成のヒント
記事を読む
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この記事では、学校での動物の飼育が子どもたちの命の教育の機会になると
して、その意義が見直され始めていると指摘しています。まずは、記事の内容を
整理しておきましょう。
〈学校での動物の飼育が見直されている〉
○子どもたちは、動物とのふれあいを通じて、命の大切さを実感する。
⇔
・命の大切さを知るには、日々の飼育経験が大切。
・動物の誕生や死を経験することで、命のかけがえなさを知る。
○「動物の飼育によって、乱暴な子が落ち着いた、社会性を身につけた、クラス
が温かな雰囲気になった」などの現場の声が寄せられた。
現状
・動物の飼育状況は減少しており、動物の飼育率は小学校、幼稚園、保育所、こ
ども園の50.4%。
論点を導き出す
最初に小論文の答案を作成する上で必要なことを確認しておきましょう。小
論文は、課題文で押さえたポイントをただ繰り返すだけでは、よい評価を得るこ
とはできません。必要なのは、課題文のポイントを押さえつつ、そこに自分独自
の視点を盛り込んでいくことです。そのためには、課題文を出発点として、内容
を掘り下げるための論点を導き出していく必要があります。では、今回はどのポ
イントに注目するのがよいのでしょうか。
今回のテーマは「命の教育を目的として、学校での動物の飼育が見直され始め
ている」ことです。しかし、命の教育は、動物の飼育以外にも学校での道徳の時
間や家庭での教育のなかで常に行われています。そのなかで、とくに動物の飼育
が命の教育に有効だという理由はどこにあるのでしょうか。今回は、ここをポイ
ントに論を掘り下げていくことにしましょう。
1
動物の飼育の意義は
それでは、命の教育として、なぜ動物を飼育することが意義を持つと言えるの
かを探っていきます。ただし、このように取り組みの利点を考える場合、その利
点ばかりを説明しても、それがどういう点ですぐれているのかを具体的に示す
ことはできません。したがって、取り組み(A)の利点を考える場合には、別の
取り組み(B)などと比較することによって、取り組み(A)の利点を浮き彫り
にしていくという方法を取るとよいでしょう。
そこで、今回は取り組み(B)として、動物の飼育以外に学校の道徳の授業で
行われている活動について考えてみました。たとえば、道徳の授業で、教科書に
掲載されている物語や教室で見た映像の内容について討論を行ったり、感想文
を書いたりといった経験をした人も多いでしょう。こうした活動も、命の教育の
一環と考えられます。
では、動物の飼育は、物語や映像を介した道徳教育よりも、どこがすぐれてい
ると言えるのでしょうか。おそらく、そこには「命の大切さ」をより直接的に、
自分の身に引きつけて感じとることができるという利点がありそうです。
たとえば、物語や映像を介した学びには、ある一定の限界があると考えられま
す。道徳の授業に限らず、私たちはテレビの映像や本のなかの物語を通して、生
命の誕生やその死に触れることがあります。しかし、そこでの経験の大部分は一
時的なものであり、その後の自分の人生に大きな影響を与えるということはあ
まり考えられません。なぜなら、その出来事と自分自身との間には直接的な関係
が存在せず、あくまでもそれらは間接的な経験にすぎないからです。
そもそも人間にとって、自分の身近な人や生き物の死を悼むことはきわめて
自然な感情です。しかし、自分にとって縁遠い相手になればなるほど、そうした
感情を持つことは難しくなります。たとえば、ニュースでは、誰かの死亡記事や
おくやみの記事が毎日のように報道されています。しかし、私たちはその一つ一
つの死を心から悼むということはできません。遠い国に住む、顔も見たことのな
い相手ではなおさら、その命の重さについて深く考えることはないはずです。そ
ういう人たちの生死は、日常の些事に紛れて、いつの間にか消え去ってしまう。
そういうものではないでしょうか。このように考えてくると、自分と関係の薄い
出来事から、
「命の大切さ」を深く感じとることはきわめて困難だと言えそうで
す。
2
また「命の大切さ」というテーマを、実感をもってとらえるためには、具体的
なものを通してそれを考えるという工夫が必要になります。子どもはまず自分
の身の回りにある具体的な物事やそれらの関係を理解し、その上で徐々に抽象
的な思考を身につけていきます。それは大人でも同様で、いきなり抽象的な物事
に取り組むよりも、具体的な物事をひとつひとつ理解し、その上に抽象的な考え
を組み立てていくほうが、人間の思考の道筋として自然です。したがって、
「命
の大切さ」という、ある意味では抽象的なテーマを実感として感じとるためには、
具体的な命あるものと接することを通して、その命の意味やその喪失の痛みを
経験することが大切だと考えられます。
このように道徳教育と動物の飼育を比較していくと、動物の飼育の場合には、
目の前にいる動物の温かみに直接触れることができるため、机上の理解よりも
「命の大切さ」をより強く実感することができると言えます。愛着を持つ動物が
怪我をしたり、病気になったときには、
「自分の愛する動物が死んでしまうかも
しれない」ということに恐怖を抱き、その喪失の予感や痛みを感じとることがで
きるはずです。
さらに、記事にあるように、動物の飼育によって「乱暴な子が落ち着いた、社
会性を身につけた」といったような、人間性を豊かにする効果も期待できます。
自分よりも小さくて弱い動物を大切に守り育てる経験を通じて、同じように命
を持つ周囲の人々に対する思いやりの心を育むことができるでしょう。そうし
た気持ちや態度を子どもたちが身につけることができれば、現代社会で起きて
いるいじめや暴力を未然に防ぐことにもつながるはずです。
まとめ
ここまで、動物の飼育が、命の教育にもたらす意義について考えてきました。
解答例は、これまでの考察をまとめたものです。
まず、第1段落では記事の要点をまとめた上で、解答の方向性を明らかにする
ための問題提起を行いました。続いて、第2~3段落では、学校の教室内で行わ
れている道徳教育について取り上げ、そこには不十分な点があるのではないか
と指摘しています。第4段落では、第2~3段落の内容と対比する形で、動物の
飼育が命の教育としてどのような意義を持っているのかを考察し、最終段落で
まとめを行いました。
3
今回は、動物を飼育することが命の教育にもたらす意義について考えていき
ましたが、動物の飼育には、もちろん利点ばかりがあるわけではありません。
たとえば、命の教育という人間の都合のためだけに動物を飼育することが、倫
理的に許されるのか、という疑問を考えることもできます。動物を飼育するこ
と自体を、動物虐待だとする考えもあるからです。しかし、そうだとすると、
動物を対象にしたあらゆる人間の活動が非難を浴びることになってしまいま
す。極端な例を挙げれば、動物を食物として摂取することもそこに含まれてし
まうでしょう。むろん動物を故意に、そして不必要に傷つけるようなことは許
されることではありません。そのことを十分に理解した上で、命の教育は行わ
れるべきだと言えます。
命を学ぶことは、社会で生きるために欠かせない大事な「仕事」の一つです。
「命とは何か」、どうすれば「命の大切さ」を子どもたちに伝えることができる
のかを、小論文のテーマとしてだけではなく、今後の自分の人生に関わる本質的
な課題として考えを深めていってもらいたいと思います。
(田中
4
友美)
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