- 1 - 2033.憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくてはならない-。流血

2033.憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくてはならない-。流血の現場から遠く離れた…
東京新聞「筆洗」2013.7.14.
(傍線:吉田祐起引用)
憎しみの連鎖はどこかで断ち切らなくてはならない-。流血の現場から遠く離れた場所でそん
な理想論を唱えるのは簡単だ。テロリストに銃撃され、再襲撃も予告されている十六歳の女性
は、憎しみを封じて生きようと決意するために、どれだけ勇気を振り絞ったのか
▼「私は過激派を憎んではいない。過激派の子どもたちを含むすべての子どもに教育の機会を
与えてほしいと伝えるためにやってきた」。パキスタンのマララ・ユスフザイさんの国連での演説
に胸を揺さぶられた
▼下校中のバスに乗り込んだ男に頭を撃たれたのは昨年十月。教育を受ける権利を訴えて、
女性の社会進出を否定するイスラム過激派に狙われた。搬送先の英国の病院で砕けた頭蓋骨
の修復手術などを受け奇跡的に回復した
▼「テロリストは私と友人を銃弾で黙らせようとしたが、私たちは止められない。私の志や希望、
夢はなにも変わらない」「一人の子どもが、一人の先生が、一冊の本が、一本のペンが世界を
変えることができる」
▼頭に巻いていたのは、二〇〇七年に暗殺されたパキスタンのブット元首相が使っていたピン
クのショール。確信に満ちた声だった
▼「勇気のあるところに希望あり」とは古代ローマの歴史家タキトゥスの言葉だ。世界の希望の
星となった勇気ある女性は、今年のノーベル平和賞の有力候補に挙がっているという。
ヨシダコメント:
前々号「No.2031:1冊の本があれば」の続編です。マララさんが頭に巻いていたのは、二〇
〇七年に暗殺されたパキスタンのブット元首相が使っていたピンクのショール。今年のノーベル
平和賞の有力候補に挙がっていることは本稿で知りました。
本コラムでは文中に出てくる古代ローマの歴史家タキトゥスと彼の言葉に焦点を向けました。名
言の一つ「人間は地位が高くなるほど、足もとが滑りやすくなる」は現代において然り、です。
「人間は不幸に堪えられえるも、幸福には腐らさる」、「人間は不幸に堪えられえるも、幸福には
腐らさる」、「悪しき平和は戦争よりも悪い」、「ある事に腹をたてるというのは、それが事実だと
認めたしるしである」等々・・・文字通り明言です・・・。
タキトゥス(Cornelius Tacitus:55年頃 - 120年頃)の横顔と彼が残した名言
世界の強盗(ローマ人)はすべてを荒して陸地を去り、もう海を探している。
敵が金持ちのばあい、ローマ人は貪欲であり、敵が貧しいばあい、ローマ人は野心的となる。
全人類で彼らだけが、自分の富と世界の貧窮を、同じ熱情で欲している。
略奪し、殺戮し、強盗することを彼らは支配という偽りの名で呼び、人住まぬ荒野を作ると、そこ
を彼らは平和と名づける。
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人間は地位が高くなるほど、足もとが滑りやすくなる。
勇気あるところに、希望あり。
他人を軽蔑することならば喜んで聞く人間多し。
往昔は犯罪によりて苦しみ、今日は法律によりて苦しむ。
愚者のてきはほめそやす者なり。
裏切り者は、彼らが利得を与える人たちによってさえも憎まれる。
最もはげしい憎しみは親戚の間におけるものである。
繁栄は人間の心にとりて、不運以上に厳しき試練なり。
人間は不幸に堪えられえるも、幸福には腐らさる。
名声への野望は、賢者によりても断念する最後のものなり。
将軍の適性は判断と慎重なり。
民衆というものはいつも政変を待ち望みながら、しかもそれを恐れているのだ。
国が腐敗すればするほど法律が増える。
悪しき平和は戦争よりも悪い。
一般にわれわれは、人の怒りを買おうとしてよりも、人に恩を売ろうとして、いっそう多くの罪を
犯すのである。
他人の恩義は、そのお返しが出来ると思っているうちは嬉しいが、到底その力もないとなると、
感謝より憎悪で報いたくなるものである。
名声は鼻であしらえ。そうすれば、評判が上がる。
咎められて立腹するのは、相手の言い分をもっともだと認めることになる。
ある事をこちらが気にもとめなければ、それでその事は力を失う。
ある事に腹をたてるというのは、それが事実だと認めたしるしである。
後世は、各人に対して、その人相応の敬意を払ってくれる。
No.1(1-300) No.2(301-400) No.3(401-500)
No.4(501-700)
No.8(1101-1300) No.9(1301-1500) No.10(1501-1700)
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No.5(701-900)
No.7(996-1100)
No.11(1701-1900) No.12(1901-2000)