科学的な見方や考え方を深める指導の工夫

〈学力調査活用班
理科〉
科学的な見方や考え方を深める指導の工夫
∼直接目でとらえにくい事象を視覚化する教材の工夫を通して∼
研究員
Ⅰ
1
佐藤
啓悟
授業改善の課題
課題
生徒の科学的な見方や考え方を深めるために、見えない事象を視覚化してとらえやすくする教
材を開発したり、その教材を操作しながら複数の生徒同士で話し合わせたりすることで、事象の
規則性や時間と空間の概念をとらえやすくする。
2
参考にする「授業改善のポイント」
平成24年度高崎市学力調査報告書
「気象要素を立体的にイメージできる工夫をしましょう。」
3
P.59
活用例(2)
課題設定の理由
生徒は様々な事象の意味するところや規則性について、観察や実験を通して、ある程度理解すること
はできる。しかし、そこでとらえたものを一つの理論としてまとめ、表現することが苦手である。そのために
当初は話合い活動などの機会を増やし、これを改善しようと考えた。ところが、事象の理解そのものが十
分にできないと、話合い活動の機会を多く設けても活発な討論は行われず、効果が不十分であることが
分かった。そこで、より事象をとらえやすくし、目に見えず頭の中だけではイメージしにくい事象を視覚化
して学べる教材を開発する。そして、その教材を操作しながら話し合わせる場を設けることで、事象そのも
のや事象の規則性、時間と空間の概念などをとらえやすくなり、科学的なものの見方や考え方を深めら
れると考えた。
Ⅱ
1
授業仮説
授業仮説
前線を伴う低気圧が移動していくときの天気の変化について、立体的なモデルを操作しながら
グループで話し合ったり、発表し合ったりすれば、天気の変化と気象要素を関連付けて予想する
ことができるだろう。
2
具体的な手だての工夫
(1)手だて①
低気圧の位置によって観測地点の気象要素が異なり、それは、低気圧の移動によって変化して
いくことを理解させるため、立体モデルを地図上で3時間ごとの地点に移動させながら、高崎市
の気象要素(風向、風の強さ[強・弱]、気温[寒・暖]、天気、気圧[hPa])を読み取らせる。立
体モデルは、
「改善のポイント」のものをベースに、等圧線の形を実際の低気圧に近いものとし、
前線の通過によって風向や風力、気圧が急激に変化することを読み取りやすくすると共に、低気
圧の移動も1日ごとではなく3時間ごとにすることで変化のしかたを予想しやすくする。
(2)手だて②
前線をともなった低気圧が移動すると天気がどのように変化するか考えを深めるため、読み取った気
象要素をもとに、6時間後までの連続的な天気の変化を分かりやすく表す天気予報風に、ホワイトボード
ペーパーに書き出しながら班で話し合わせる。
Ⅲ
実践の概要
1
単元名
2
単元の目標
前線の通過と天気の変化
(気象のしくみと天気の変化)
身近な気象の観察や観測を通して天気の変化の規則性に気付かせるとともに、気象現象につい
3
時
てそれが起こるしくみと規則性についての認識を深める
指導計画
ねらい
主な学習活動
1 ○天気図の等圧線から各地点の気 ○気圧配置を等圧線を用いて分かりやすく表現する。
圧を読み取ることができる。
○天気図から各地点の気圧を読み取る。
○気圧の分布を等圧線を使って表 ○等圧線の記入の規則について知る。
すことができる。
○気圧の観測地点を等圧線で結ぶ。
2 ○等圧線に対する風の向きを理解 ○転向力の実験ビデオを見て風が等圧線に対して直角に吹か
し、任意の地点の風向を読み取る
ことができる。
ないことを知る。
○等圧線の書かれた地図から各地の風向や大まかな風の強さ
を読み取る。
3 ○前線のしくみについて気団という ○気団のできる理由や各地の気団の性質について知る。
考え方を使って説明できる。
○温暖前線モデルと寒冷前線モデルの実験ビデオを視聴し、
前線のでき方について知る。
4 ○高気圧と低気圧のでき方を前線と ○高気圧と低気圧のでき方について知る。
関連付けて考えることができる。
○気圧と風の関係について考え、広い視野で空気の循環につ
いてとらえる。
5 ○4種類の前線付近の天気につい ○示された4種類の前線の断面図から、それぞれの前線の特
て、正しく理解できる。
徴やその周辺の気象現象についてまとめる。
6 ○気象要素を数日間観測したグラ ○様々な気象要素を数日間観測したグラフから、低気圧や前
フから低気圧や前線がどの様に
線が通過した日時を割り出し、どのように通過したかを班で
通過したかを考えることができる。
検討する。
7 ○天気図から各地の天気、気圧、風 ○配布された過去の天気図からいくつかの地点の天気、気
向等を読み取ることができる。
圧、風向を読み取る。
8 ○前線を伴った低気圧の移動によ ○前線を伴った低気圧が存在する天気図から、低気圧の移動
る天気の変化を予想できる。
により、今後の天気や気象の変化を予想する。<本時>
9 ○実際の天気図から天気や気象の ○前時の考察を個人で完成する。
変化を予想できる。
○考察を参考にしながら新たな天気図と衛星画像から、簡単な
天気予報をし、実際の天気や観測データと比較する。
4
授業の記録(全9時間予定、本時はその8時間目)
過 発問等の手だて
分 手だてに対する実際の生徒の反応
導 ○今日の課題を伝える。
入
課題
前線をともなった低気圧が移動すると高崎市の天気はどう変化するか予想する。
○課題解決のための立体モデルの使い方を伝える。
個人用ワークシート
・高崎市がプロットされた日本地図の上に立体モデルを置 9
き、これを3時間ごとの地点に移動させながら気象要素を
読み取ることで、6時間後までの天気の変化を予想する。
・奇数班と偶数班で予想する時間帯を分ける。
奇数班:6時(現在)→9時(3時間後)→12時(6時間後)
偶数班:12時(現在)→15時(3時間後)→18時(6時間後)
・配付した記入シート(下図)の使い方について伝える。
展 [手だて①]
開 ◎低気圧の位置によって観測地点の気象要素が異なり、変
化していくことを理解させるため、イメージ化しやすい立体
モデルを地図上で3時間ごとの地点に移動させながら、高
崎市の気象要素(風向、風の強さ[強・弱]、気温[寒・暖]、
15 ○天気などがとても読み取りやすい。
○どんな雲が出ているかとかとてもイ
メージしやすい。
○暖気の中で風も南からだからけっ
こう暖かいんじゃないかな。
天気、気圧[hPa])を読み取らせ、高崎市の天気を予想さ
○積乱雲の真下だから強い雨だ。
せる。
○温暖前線が近づいているけど巻層
雲が出ているから少なくとも雨は降
っていない。でも晴れ?
くもり?
○温暖前線と寒冷前線の間の天気っ
てよくわからないね。
○低気圧の中心がA点で、高崎
市が温暖前線の前にあり、巻
層雲が出ている場合、どのよう
○あの写真だとけっこう雲が多いね。
○あの程度の雲量なら晴れでいいん
じゃないかな。
な天 気 に なるか 気 付 くこ と が
できなかった生 徒に対し、理
科室に掲示しておいた雲の写
真を利用させ、雲の量や空の様子に気付かせた。
○低気圧の中心がC点で、温暖前線と寒冷前線の間に高崎
市がある場合、どのような天気になるか気付くことができな
○温暖前線と寒冷前線の間にある場
所はどこも雲が多いよ。
かった生徒に対し、前時の学習で使用したワークシートに
○少なくとも雨は降っていないはず。
ある衛星写真を利用し、出ている雲に着目させる手だてを
○晴れ間のあるくもりとか、雲の多い
追加で実施した。
晴れだったよね。
[反応に対する評価]
○生徒の話合いの内容とワークシートへの記入内容から学
習状況を評価した。
・気象要素の読み取りについての理解の程度は以前と比
べて高かった。
・考えの広がりや深まりの程度は、これまでの「晴れ」や、
「くもり」というだけの読み取りに対し、「雲が多い晴れ」
や、「南からの暖かい風が吹く雲の多い天気」「晴れ
ているがしだいに天気が悪くなる」と、大幅に広がった。
[手だて②]
◎前線を伴った低気圧が移動すると天気がどのように変化
16 ○晴れから雨に変わってからくもる。
↓(話し合っていくうちに)
するか考えを深めるため、読み取った気象要素をもとに、
○今は晴れていますが、しだいに雲
6時間後までの連続的な天気の変化を分かりやすく表す
が多くなり雨が降り出します。温暖
「天気予報風の文章」について、ホワイトボードペーパー
前線が通過すると昼頃には雨は止
に書き出しながら班で話し合わせた。(右上写真)
み、くもりになるでしょう。
○読み取った気象要素を天気予報風の文章にする上で表
現をしやすくなるようにするため、天気予報でよく使われる
言い回しの例を示しておき、利用させた。
[反応に対する評価]
○生徒の話合いの内容と発表用ホワイトボードへの記入内
○寒冷前線が通過するから強い雨が
降って気温が下がる。
↓(話し合っていくうちに)
○寒冷前線が通過するので、強いに
わか雨に注意してください。その後
容から学習状況を評価した。
天気は回復しますが、寒気に包ま
・低気圧や前線を移動させながら気象要素を読み取ること
れ、北からの風が強まるので肌寒く
が天気を予想することであるという理解がとても深まった。
・考えの広がりや深まりの程度は、これまでの断片的な気
象要素の読み取りから、気象要素が時間とともに連続的
に変化していくものであるという時間と空間の概念を深め
なるでしょう。
ることができた。
・読み取った気象要素をどのように文でつなげていけば良
いかなかなかまとまらず、時間内に完成させられない班
が3つ出た。(次回の授業で再検討させた。)
○時間内に文章を完成させられな
か った 班に 参考 に させたり、完
成した班に対し自分たちの考え
を確かめたり、修正したりしてより
考えを深めるために、他の班の
発表を聞かせた。
〈2班の発表内容〉
○現在高崎の天気は温暖前線が通り過ぎたので南から暖かい空
気が流れ込んでいます。午後には寒冷前線が通り過ぎ、積乱
雲が上空に発達し、激しい雨が降るでしょう。夕方には北寄りの
風が強まり、くもりとなるでしょう。肌寒い天気となるでしょう。
8 ○発表の中の「積乱雲が上空に発
達」 というところがすごく良い。
終 ○低気圧や前線の移動は天気の変化にとても大きな影響を 2
末
Ⅳ
1
与えることが確認できたことを伝えた。
実践のまとめ
成果
(1)手だて①について
○
前線を伴う低気圧を立体モデル化して操作させたことで、気象要素の読み取りを複数の生徒が
様々な視点で行えた。そのことにより、これまでは単に雨とか晴れとしかとらえられていなかったもの
が、どんな雲がどの程度出ているのかや、風がどんな方向からどの程度の強さで吹いているのか、
また、暖気や寒気による気温の状況など、さまざまな気象要素を関連付けて天気を読み取ることが
できた。
○
立体モデルを移動させながら気象要素を観察することで、指定された3時間ごとの地点だけでな
く、その過程において雲の高さや厚みが連続的に変化していくことや、具体的に何時頃前線が通過
するのかなどまで読み取ることができ、考えを深めることができた。
(2)手だて②について
○
読み取った気象要素をもとに、6時間後までの連続的な天気の変化を分かりやすく表す天気予報
風の文章について、ホワイトボードペーパーに書き出しながら班で話し合わせた。そのことにより、気
象要素の読み取りは3時間ごとの断片的なものだったが、具体的に何時頃に雨が降り出すかなど、
その間のことも考えながら連続化されたイメージとして天気の変化をとらえることができていた。
○
低気圧が時間的に位置を変える、その時々の気象要素を予想して読み取ることが、天気を予想
することになるということが理解され、天気の変化における時間と空間の概念をとらえることができた。
2
課題
(1)手だて①について
○
立体モデルを班に1つ用意して意見を出し合わせながら活動させたが、それ以前の段階として個
人個人で課題を追究させ、自分なりの考えや予想をしっかりもった状態でグループ活動にすると、
意見交換がより活発に行われ、科学的なものの見方や考え方をより深めることができたのではない
かと考えられる。そのためにも個人で操作する立体モデルを簡略化したものなども考案すると良い
のではないか。
(2)手だて②について
○
班での話合いが中心であったため、最終的に、個人用ワークシートに考察として天気の予想を書
く際、班で作成したホワイトボードペーパーの文章を丸写しする生徒も少なからずいた。班での話合
い活動に入る前に、自分なりの予想を立てる場面を設けた上で、班で話し合い、発表用の天気予報
風の文章を考えさせる。それを受けて、さらに個人の文章を修正するといった手順をとると、話合い
活動も、もっと盛んになると共に、一人一人の科学的なものの見方や考え方をより深めることができ
たのではないか。
Ⅴ
研修を終えて
研修を始めた当初、生徒の表現力を一番の課題ととらえていた。それは生徒が実験や観察でその事象を
ある程度理解できるのだが、それを一つの理論として表現できないことが多いと感じていたからだ。このことか
ら、班での話合い活動を多く取り入れることを手だてとして考えた。ただ、話合い活動は取り入れていたにも関
わらず、話合い自体が滞ったり、生徒が出した結論が、ねらいとかけ離れた内容になっていたことがしばしば
あった。
しかし、研修を進めていく過程で、話合い活動を活発にして表現力を養うために、次の二点が必要であるこ
とが分かってきた。まず第一に、話合いの対象となっている事象が、生徒個々の頭の中にしっかりとイメージさ
れ、理解されていること。第二にその観察や実験のねらいに沿った結論を、生徒一人一人がもっていることで
ある。本研修では主に前者を中心に取り組んだが、これにより生徒の理解が進むので、一人一人でそれなり
の結論を導くことができる。生徒自身の頭の中にある程度の結論が形成されてくると、生徒はそれを他の人に
話したくなる。結果として話合い活動は盛り上がる。そうなればもっと自分の考えを理解してほしいと思い、生
徒はもっと高度な表現を身につけたいと思うようになる。その結果、表現力は自然と高まり、考えもさらに深まる
ので、話合いがさらに盛んになるという好循環が生まれるのではないかと思う。
これらのことから、今後の自己研修として、班での話合いの前の自己課題解決の部分を充実させることに重
点を置き、この好循環を構築していき、表現力を高めていきたいと考えている。
Ⅵ
参考文献
文部科学省
『中学校学習指導要領解説
高崎市教育委員会
理科編』
『平成24年度高崎市学力調査報告書
授業改善のポイント』