−インフルエンザ−(上) 日本海員掖済会門司病院 内 科 部 長 三 角 博 康 インフルエンザとは インフルエンザは、インフルエンザウイルスの感染によって起こる急性の呼吸器感 染症です。感染すると、数日で突然の発熱、頭痛、全身各部、特に関節の痛み、全身 怠感や脱力感を主な症状として発症し、咳やのどの痛み、鼻水、鼻づまりなどの呼 吸器症状が出現するようになります。症状としては、いわゆる、“かぜ”に似ていま すが、“かぜ”とは分けて考えるべき疾患です。インフルエンザは、“かぜ”とは違 い症状も重い上に感染力が強く、いったん流行が始まると、短期間で爆発的な流行を 引き起こすのが特徴です。学校では学級閉鎖、高齢者では死亡される方が増えるなど 社会に対する影響も甚大です。 インフルエンザの歴史 インフルエンザの語源は、16世紀に遡るようです。流行が周期的に現われてくる と こ ろか ら 、 16 世紀 の イ タリ ア の占 星 家た ち は 、こ の 現象が 星や 寒 気 の影 響 (influence)によって起こるものと考え、これがインフルエンザ(influenza)の語 源であると言われています。 インフルエンザの流行は、歴史的にも古く、過去 2 世紀の間に少なくとも 10 回以 上の世界的大流行が記録されています。代表的なところでは、1918 年のスペインかぜ、 1957 年のアジアかぜ、1968 年の香港かぜ、1977 年のソ連かぜなどが有名です。スペ インかぜの頃は、まだインフルエンザの病原体が何であるかは把握されていませんで した。1890 年のインフルエンザ大流行の際に分離されたヘモフィリス・インフルエン ザ菌という細菌がその病原体であると当初は考えられていましたが、スペインかぜ大 流行の時に否定的見解が強くなりました。1931 年にブタから、そして 1933 年にヒト からインフルエンザウイルスが分離され、ここからインフルエンザウイルスの研究が 飛躍的に進歩を遂げるようになりました。その後の研究でスペインかぜの本体は、ヘ モフィリス・インフルエンザ菌ではなく、インフルエンザウイルスと結論づけられま した。アジアかぜ、香港かぜ、ソ連かぜのいずれもインフルエンザウイルスによるも のでした。21 世紀の現在、インフルエンザ流行の原因ウイルスは、香港かぜやソ連か ぜを引き起こしたものが主流となっています。 インフルエンザウイルス インフルエンザウイルスは、直径が 1 万分の1ミリメートルの球形をしたエンベロ ープという脂質からなる膜をもち、内部に遺伝情報となる 8 本に分節したリボ核酸 (RNA)をもつ RNA ウイルスで、細菌よりもはるかに小さく、感染する粒子です(ウ イルス粒子ビリオン)。 インフルエンザウイルスには、A,B,C の 3 型がありますが、A と B は、基本的に 1 は類似した構造で、内部の核タンパクの違いで種別されています。C 型は、表面構造 が A,B とは異なります。ここでは、A 型を中心に説明します。 ウイルス表面には、赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)という2種類の糖蛋 白がスパイク状に突出していて、感染成立に大きな役割を担っています。インフルエ ンザウイルスがわれわれの体内に入ってくると、まず HA が呼吸器官の細胞に付着、 細胞内に侵入します。そこでウイルスの増殖が起こってくると、感染が成立したこと になります。増殖したウイルスは、新たに寄生する細胞をめざして感染細胞から遊出 します。その遊出に関与するのが NA という酵素です。 A 型インフルエンザウイルスは、15 種類の HA と9種類の NA が知られています。亜 型というものです。亜型の組み合わせは、H1N1、H2N2、H3N2 などと表現します。H1N1 は A ソ連型、H3N2 は A 香港型です。A 型インフルエンザでは、数年から数十年ごとに 世界的な大流行が見られますが、これは、突然別の亜型ウイルスが出現して、従来の 亜型ウイルスに取って代わることによって起こると考えられています。例えば、H1 N2、H3N1 が出現したとすれば、新たな亜型ウイルスの出現ということになります。こ の現象は、不連続抗原変異といわれ、2 種類のウイルス(H1N1、H3N2)をブタに感 染させた実験で証明されています。様々な組み合わせを持つインフルエンザウイルス がヒト以外にも、ブタやトリなどその他の宿主に広く分布しており、動物由来の亜型 ウイルスがヒトの世界に侵入、人獣共通感染症となっています。 1918 年に出現したウイルス(H1N1)によりスペインかぜの大流行がもたらされ、 H1N1 型ウイルスの流行が 39 年間続きました。1957 年には、新亜型(H2N2 )ウイル スが出現してアジアかぜの大流行が起こり、そのウイルスの流行が 11 年間繰り返さ れました。その後 1968 年に香港型(H3N2)が現れて香港かぜの大流行を起こし、つ いで 1977 年にソ連かぜで H1N1が再出現してきました。現在は、A 型である H1N1 と H3N2 および B 型の 3 種のインフルエンザウイルスが世界中で流行しています。 一方、同一の亜型内でも、ウイルス遺伝子である RNA 内で起こる突然変異の蓄積に よって HA と NA の抗原性が少しずつ変化しているようです。これは、連続抗原変異と よばれている現象です。その結果、われわれが過去にインフルエンザウイルスに感染 した際に獲得した免疫機構から逃れるような抗原変異株ウイルスが生き残って、流行 を広げるようになります。インフルエンザウイルスでは、この様な連続抗原変異が頻 繁に起こり、毎年のように流行を繰り返していると推察されています。 疫学 インフルエンザは、地域によって差はあるものの、毎年世界各地で流行が認められ ています。温帯地域より緯度の高い国々では、流行が冬季にみられ、北半球では 1∼2 月頃、南半球では 7∼8 月頃が流行のピークとなっています。 わが国のインフルエンザの発生は、毎年 11 月下旬から 12 月上旬頃に始まり、翌年 の 1∼2月に患者数がピークを迎え、その後は減少していくという傾向を示しますが、 夏季に患者が発生し、インフルエンザウイルスが分離されることもあります。流行の 程度とピークの時期は、その年によって異なっています。大きな流行となる年もあれ ば、小さな流行ですむ年もあります。流行の主流となっているウイルスは、A/H1N1 (ソ 連型)、A/H3N2 (香港型)および B 型です。 インフルエンザ流行の大きい年には、インフルエンザ死亡数および肺炎死亡数が顕 2 著に増加し、各種慢性基礎疾患を死因とする死亡も増加、結果的に全体の死亡数が増 加することが明らかになっています。超過死亡といわれる現象です。ことに高齢者が この影響を受けやすいのは、周知の事実です。高齢者の全人口に対する割合が急増し ている我が国においても、超過死亡は、1998/99 シーズンには 3 万人以上が確認され、 その 8 割以上は、65 歳以上の高齢者によってもたらされました。さらに高齢者施設 での集団感染も、社会問題となったのは記憶に新しいところです。 3 −インフルエンザ−(下) 日本海員掖済会門司病院 内 科 部 長 三 角 博 康 診断 インフルエンザの流行期には、医師は、受診された患者さんを診察し、臨床症状と して 1)突然の発症、2) 38 ℃を超える発熱、 3)上気道炎症状、4) 全身 怠感等の全身症状を満たせば、インフルエンザと診断します。 これまでは、臨床症状からの診断がほとんどでしたが、最近は、20∼30 分以内に迅 速簡便に病原診断が可能なインフルエンザ抗原検出キットが開発、実用化されました。 外来あるいはベッドサイドなどの実際の診療の場で威力を発揮しています。これは、 患者の鼻腔拭い液を採取して、ウイルス抗原を高感度に検出する方法です。抗インフ ルエンザ剤の使用の可否を判断する際には、有用な方法であり、実用性が高くなって います。ただし、検体中のウイルスの数が少ないと陰性にでる場合があります。実際 にはインフルエンザウイルスに感染していながら、検査は陰性のことがあります。 治療 インフルエンザに対する治療は、安静による保存療法とパーキンソン病の治療に使 用されるアマンタジンという薬剤が中心でしたが、2 年前から新たな抗インフルエン ザ薬が登場してきました。この薬は、インフルエンザウイルスの項で説明したノイラ ミニダーゼという酵素の働きを阻害する作用を持ちます。これによって感染細胞から のウイルスの遊出が抑制され、ウイルスの増殖が阻止されます。ウイルスが増殖しな ければ、症状の悪化を防止できます。この薬には、吸入と内服の両方がありますが、 内服の頻度が増しているようです。内服薬は、2002/2003 のシーズン中には品切れに なる状態でした。 この抗インフルエンザ薬は、A 型にも B 型にも有効で、耐性も比較的できにくく、 副作用もほとんどないとされており、発病後 2 日以内に服用すれば症状を軽くし、罹 病期間の短縮も期待できます。新たな抗インフルエンザ薬の登場は、われわれにとっ て福音といえます。 ただ、インフルエンザの特効薬を服用しているからといって、無理をしてはいけま せん。無理をすれば、気管支炎、肺炎などの二次合併症を引き起こしかねません。加 えて治癒までの期間が長びくことになります。薬を服用していても、まず安静が必要 です。安静の効果は、多くの健康成人ではインフルエンザに罹患しても、4、5 日安静 療養することで治癒するという事実が物語っています。安静にまさる治療はありませ ん。このことは、是非覚えておいてほしものです。 予防 予防には、やはりワクチンが第一義と言えます。インフルエンザワクチンは、ウイ ルスの感染やインフルエンザの発症そのものを完全には防御出来ませんが、重症化や 4 合併症の発生を予防する効果は、十分に証明されています。積極的にワクチン接種を 利用すべきでしょう。現在わが国で用いられているインフルエンザワクチンは、ウイ ルスをエーテルで処理して、免疫に必要なウイルス表面の赤血球凝集素(HA)を回収、 これを主成分とした不活化 HA ワクチンです。この現行ワクチンの安全性は、極めて 高いと評価されています。 予防接種を受ける時期としては、インフルエンザシーズン前の 11 月中旬∼12 月上 旬が適切です。また、1 回接種で、効果は十分発揮されるようです。高齢者、慢性の 呼吸器疾患や循環器疾患を持つ患者、免疫機能低下患者には、インフルエンザワクチ ンを接種して、インフルエンザによる健康被害を予防することが推奨されています。 ワクチンは、流行ウイルスを予測して製造されています。世界各地および日本国内 のインフルエンザウイルスの分離状況、流行状況、WHO によるワクチン推奨株などを 総合的に検討して、毎年2∼3月頃にワクチン用のインフルエンザ株が決定されます。 現在は A 型の H3N2 と H1N1 および B 型の 3 種のインフルエンザウイルスが毎年世 界中で流行しているので、原則としてインフルエンザワクチンは、この 3 種類の混合 ワクチンとなっています。2003/2004 シーズン(今シーズン)には、A/H3N2 として A/Panama/2007/99、A/H1N1 として A/New Caledonia/20/99 、B 型として B/山東/7/97 の各株が選択されています。 新型インフルエンザ出現の可能性は 現在流行している A 型インフルエンザウイルスは、A ソ連型と A 香港型の2種類で すが、これらのウイルスが出現してから前者が 26 年、 後者が 35 年を経過しています。 過去のインフルエンザウイルスの歴史をみると、10 から 40 年周期で新たなウイルス が出現しています。そろそろ新しいウイルスが出現するかもしれないと考えても、不思 議ではありません。 新型ウイルス出現には、ヒトとトリそしてブタが関与しているといわれています。 これら 3 者が密接に接触している環境では、変異による新たなインフルエンザウイル ス出現の可能性があります。そのような環境は、地球上の至るところで存在します。 新たなウイルスが出現すれば、これまでのインフルエンザの歴史から世界的な大流 行となることは必至です。インフルエンザは、人類にとって最大級の疫病です。これ からもヒトとウイルスとの熾烈な戦いが続くであろうことは、想像に難くありません。 5
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