そろそろ夏休みに入ります。 海が、山が、高原が、私たちを呼んでいま す

「平和の鐘」2009 年 7 月号(1)
編集・発行 カトリック幟町教会(宣教企画部 広報係)
主任司祭 後藤正史神父
協力司祭 アルベルト神父
〒730-0016 広島市中区幟町 4 番 42 号
TEL (082)221-0621 FAX (082)221-8486
2009 年 7 月号 №409
http://www.nobori-cho-catholic.com
アルベルト神父
そろそろ夏休みに入ります。
彼らは目に見えるよいものを通して、
海が、山が、高原が、私たちを呼んでいま
存在そのものである方を知ることができず、
す。
作品を前にしても作者を知るに至らなかっ
夏休みはただ、ごろごろしている時期だ
た。
けではなくて自然を味わう時だとも思いま
かえって火や風や素早く動く空気、
す。人の心は休みながら自然を仰ぎ見て、
星空や激しく流れる水、
自分を認識することができるからです。
天において光り輝くものなどを、
人は景色に対して驚きを感じることがあ
宇宙の支配者、神々と見なした。
ります。海の広大さ、山の壮観さ、花の輝
その美しさに魅せられて、それらを神々と
き、空の青、夜の静かさ、夕焼けの魅力、
認めたなら、
小川が澄んでいることなどを見て「きれい、
それらを支配する主がどれほど優れている
ね」と言います。
かを知るべきだった。
人はこの現実の中で美しさと秩序がある
美の創始者がそれらを造られたからである。
ということに気づくわけです。そして自然
もし宇宙の力と動きに心を打たれたなら、
のその秩序、調和、美しさに驚かされます。
天地を造られた方がどれほど力強い方であ
自然の秩序と美しさは人間が造るものでは
るか、それらを通して知るべきだったのだ。
ありません。
造られたものの偉大さと美しさから推し量
「他のもの」から、すなわち「神」が造
られます。すべての被創造は自分の創造主
の存在を示しています。
聖書を書いた著者たちが言われた
ように、
「天は神の栄光を物語り、大空は
御手の業を示す」。(詩編 19,2)
そして次のように続けて
います。
「神を知らない人々は
皆、生来むなしい。
り、それらを造った方を認めるはずなのだ
から。」
(知恵の書 13,1~5)
「平和の鐘」2009 年 7 月号(2)
「平和」を思う
私たちにとって大切な平和旬間等、平和について特に祈
念する日を前に、私たちの家族の平和の思いを紹介させ
ていただきます。
SK
間もなく被爆64周年が来ます。
平和の使徒推進本部
Sr.山本紀久代
『すると、そこへ12年間も患って出血
当時、14歳の私は、長崎で被爆したこ
が続いている女が近寄って来て、後ろから
との記憶は、この世の地獄で「原爆が二度
イエスの服の房に触れた。
「この方の服に触
と落とされないように行動することが残さ
れさえすれば治してもらえる」と思ったか
れた者の使命」と心に刻み込みました。
らである。』(マタイ9・20-21)
10年前、インドへ被爆証言に行った時、
無差別殺人、母による子殺し、
「正義」の
現地の新聞記者から次のような質問があり
ための爆弾テロ、そして年間 3 万人を越え
ました。
「将来、原爆は無くなると思います
る自死者…。今世界は不信と絶望に満ち溢
か?」。 私は「人間の力だけで無くなる事
れているかのようです。このような社会に
は無いと思います。神様の助けが必要だと
あって、毎朝私を、あなたを目覚めさせ、
思います」と答えました。
ただ一人で思うだけでは事態は変
わりません。先ず自分自身が何
平和の使徒として起き上がらせ
る力はいったいどこから来るの
でしょうか。
らかの行動を起こすため、今ま
先日の福音には12年間も出
でよりも一歩、又は半歩でも前
血症を患ってきた婦人が出て
に進むことが必要だと思います。
きました。自分の病を自覚し、
先日の北朝鮮の核疑惑騒動では日本国
12年間治癒を願いつつその道を
内の一部には「やられる前に先制攻撃すべ
探し求めてきた一人の女性。彼女が、心か
し」と云った過激な発言をする人も居まし
らの叫びと願いを持ってイエスの服の房に
た。
触れた時、病をぬぐい去る力がイエスの中
このような時代の流れの中で、
「平和の使
から溢れ出ました。治癒に限ったことでは
徒となろう」とする私達は「九条の会」や
ありませんが、私たちが何かを望み、探し
平和の為の勉強会に参加するなどして、平
求める時、イエスのエネルギーに触れる出
和への意識を向上させて備えることが必要
会いが用意される。心からそう信じて生き
ではないでしょうか。
る時、私たちの感性は敏感に、私たちの日
常の中を通りかかられるイエスを捕らえる
「平和の鐘」2009 年 7 月号(3)
のではないでしょうか。
今は平和と感じられないし、世界も、自
が必ず与えられることでしょう。求めよ、
さらば与えられん。平和を創りだす者とな
分自身も、平和からは程遠い状態にあるか
る、和解をもたらす者となる恵みを願って、
もしれない。そんな状況の中であってなお
それを妨げている「私の出血症」の癒しを
強く「私の心の中に蒔かれた平和の種を育
願い求めていく。それは、どこにいても、
てたい」と願い続ける時、現実の生活の中
誰にでもできる、一つの平和の使徒として
でそのために必要な助けが、支えが、導き
の道かもしれません。
運営委員長
幹事長
このたび運営委員の皆さまからの推
薦を受けて、前委員長の後任として運
営委員長を務めさせていただくこと
になりました。昨年度の幹事長に引き
続きさらなる大役を務めることにな
り、皆さまのご期待に沿えるかどうか
わかりませんが、後藤神父様をはじめ
各神父、シスター方の御指導をあおぎ
ながら、平和の使徒として「平和、き
ょうどう、養成」に尽くしたいと思い
ます。
皆様のご協力よろしくお願いいたし
ます。
このたび幹事長を仰せつかりまし
た。幹事会は、運営委員会への議案の
作成等を行う非常に重要な組織です。
はなはだ微力ですが、共同体のために
与えられた使命と役割を果たしてい
きたいと思います。よろしくご指導・
ご協力をお願いします。
編集後記
「平和って」
毎年8月の平和旬間の前後、当誌では
“平和”について特集を組んでいる。信徒の方々に投
稿の依頼をする。と、多くの方が(特に男性?)「私
ごときが滅相もない。ご勘弁を」と謙虚に断られてし
まう。ここ広島は被爆の地。私たち広島在住者にとっ
て「平和」というテーマはとても重い。
「被爆を語り
継ぐこと」
「核の無い世界を目指すこと」は私達の責
務。・・・とは言え「平和を構築」すべきは私達の実
生活の身近な処にも沢山あるのではないだろうか?
世界平和の元には、個々の小さな喜怒哀楽もあるのだ
から、尻込みせず様々な攻め口で「平和」を語って頂
きたいと願っています。 (の)
お詫び:6 月号編集後記の写真説明中「頭ケ崎教会」とあ
りましたが「頭ケ島教会」の誤りでした。