調査事例2

3 年越しの杜撰な調査結果を断念させる
7 年遡及、役員報酬全額否認、認定賞与等々を覆して
―更正処分直前に関与
税額 89 百万円が1割以下に!―
税理士法人
本川綜合事務所 (東京)
調査と対応の概要
東京都心で輸出業を営む A 株式会社に対する B 税務署の法人税 調査が、3 年越
しで行われていた。調査担当 者は法人課税部門の統括官。A 社には税理士関与がな
く、高名な弁護士が関与していたが、税務署は弁護士の 調査立会いを拒否して膠着
状態だったところで、当事務所に相談があった。経過と対応を聴いたところ、専門
的対応が必要と判 断されたので、当事務所が 委任を受けて調査に立会うこととした
ものである。
3 年越しというのは統括官が調査に行き詰まり、勝手に抱え込んでいた事案では
ないかと当初は予想したが、最初の立会いでこれは裏切られた。重要事案審議会は
半年前に終えていたこと、7 年遡及、青色取消し、重加算税賦課を内容とする更正
処分が準備されていることが分かった。税額は総額で 89 百万円に及ぶものだった。
その場で、その処分内容を聴きだし、そのすべてに反論を加えた。その後の税務署
折衝で、要是正額を大幅に減額させることとなったが、その杜撰な調査内容が 審理
専門官や重審を通ってしまっ た理由を尋ねた ところ、「私の報告がいけなかったの
ですね」と統括官は答えている。
何が問題とされたのか
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有価証券売却益の除外
【税務当局の見解】
18 年 7 月期までの各事業年度において、売却益の申告が無いのは、偽り不正(隠
ぺい又は仮装)に当たるので、 7 年遡及する。19 年 3 月期に 68, 957,326 円の売
却益の申告があるが、その額は何の数字か不明である。
1
【問題点】
①7 年遡及、 ②19. 3 期の売却益申告の意味、③「隠ぺい又は仮装」の事実、④売
却益の計算
【判断と税務署対応】
1 19. 3 期の申告売却益は、それまでの過去の売却益の累計であり、その時点で
初めて収益を認識して申告したものである。 15.7~19. 3 の間の売却益の合計は
64,440, 084 円であり、14. 3 期以前の売却益をも合わせて計上したものであるこ
とは明らかである。したがって、売却益が除外されていたのではなく、計上時期
に問題があるとしても(いわゆる「期ズレ」の問題)、間違いなく申告はされて
いるのであって、 19. 3 期の数字を単純な計算誤りとみて「隠ぺい又は仮装」に
当たるとするのは乱暴な議論である。
2 平成 12 年 7 月 3 日付の長官通達「法人税の過少申告加算税及び無申告加算税
の取扱いについて」が、「臨場のための日時の連絡を行った段階で修正申告書が
提出された場合には、原則として『更正があるべきことを予知してされたもの』
に該当しない」(第 1 の 2)としているところ、本件は、税務署調査担当官の最
初の臨場が 2008 年 8 月 7 日であり、有価証券売却益の申告がされたのは 2007
(平成 19)年 3 月期 であることからすれば、重加算税はもとより、過少申告加
算税の賦課もできないのであり、したがって 7 年遡及もできないことになる。な
ぜなら、理論上は、「偽り不正」は「隠ぺい又は仮装」よりも広い概念とされる
ものの、実務上は「偽り不正」=「隠ぺい又は仮装」として扱われるからである。
このことは青色申告の取消し処分にも影響する。
3 我々の見直し結果 では、15. 7 期~21. 3 期の間の申告額と調査額の差額は逆に、
32,619, 533 円の過大申告となるのであって、これを申告漏れ(除外?)と 言い、
7 年遡及課税と言うのは、ほとんど為にする行為であり、担当者が単に成績を上
げるために納税者に負担を強要しようとするものということになろう。極めて恣
意的で形式的な法適用であり 、これを処分により強行しようとすることは 到底許
されない。仮に、7 年遡及できるとしても、7 年前の 16.7 期の売却益は 8, 577,205
円であり、 6 年前の 17. 7 期は▲12, 412, 4 5 1 円の損 失で あるこ と を考慮 すれば 、
7 年遡及する意味はなく、結局のところ、「偽り不正」にあたるとして 7 年遡及
しその他の費用も否認して「増差税額」を確保せんとする不純な動機が垣間見え
る。
4 なお、更正処分の期間制限が 5 年から 7 年に延長されたのは、昭和 56 年第 96
回通常国会においてであるが、その際大蔵委員会において付帯決議が付されて い
る。「調査に当たっては、原則として高額、悪質な納税者に限り、いたずらに調
査対象、範囲を拡大するなど、中小企業者等の無用の混乱を生ずることのないよ
う特段の配慮をすること」(昭和 56. 5. 15 参議院大蔵委員会付帯決議)が全会一
致で決議され、これに対し当時の渡辺美智雄大蔵大臣が「ただいま御決議いただ
きました事項につきましては、政府といたしましても御趣旨に沿って誠意を持っ
て対処したいと存じます。」と発言しているのであり、この付帯決議の趣旨に沿
2
った誠意ある対応こそが財務省職員、国税職員に義務付けられていることを想起
すべきである。
5 最終的には、この調査対象全期間における有価証券売却益は、プラスマイナス
で 1,700 万円の過大申告であり、所得金額から減額すること。したがって「偽り・
不正」の事実は存在せず、過年度遡及は最大 で 5 年となった。
2 海外にいる役員の給与 の全額否認?
【税務当局の見解】
A 社社長の娘 C(NY 在住)および娘婿 D(ロンドン在住)の役員給与について、
「両者とも法人の業務に従事していない 」から、その 支払額全額を「架空役員報酬」
として否認し、所得に加算する。その判断の根拠は、「 C、D とも 日本と現地での
業務内容を示す証拠がない」ことと、「支出した報酬は代表者の支配管理下にある」
という 2 点である。結果、その 支払報酬全額を過大報酬として否認し、代表取締役
社長に対する認定賞与として課税する。
【問題点】
①登記された役員の給与全額を否認できるか、②経営 従事の実態、③認定賞与課
税の是非
【判断と税務署対応】
1 C について、この調査対象の期間は、登記された 役員であって、みなし役員で
はないので、「法人の経営に従事するもの」(法法 2 十五、法令 7)の縛 りはな
い。したがって、過大役員給与(不相当に高額な役員給与)で ない限り、否認で
きない。実際の支払額も月額 400,000 円乃至は 600, 000 円であり、これは役員
としての責任報酬である。仮にその額が適正かを判断するとしても、形式基準で
は定款および株主総会決議によって支給額または限度額が定められており、その
範囲内の支給であることから、その限度超過額はない。残るは実質的基準による
「適正額」を超えるかであるが、それは事実認定の問題である。①役員の職務内
容、③法人の収益、③使用人への給与支給状況、④類似法人の役員給与の支給状
況、⑤その他に照らして判断することになるが、結果、適正額を超 える金額があ
るときに初めてその部分が過大役員給与として損金不算入になるにすぎない。い
ずれにしても 役員 給与 ゼロで 全額を 過大 報酬 とする ことは でき ず、 不当で ある。
2 なお、今般の調査では、株主総会および取締役会等の議事録は確認していない。
3 D については、20. 10.21 臨時株主総会で非常勤監査役に選任されたものであ
り、C 同様その役員給与全額を否認することはできない。
4 取締役会で選任され登記されている役員の報酬の否認を、仮に是認するとして
も、これを全額代表取締役の認定賞与として課税できるか。支払われた役員 給与
は、定期同額給与であるから、これはあくまで報酬であって、賞与として課税す
ることはできず、損金性が否定され所得加算される だけである。したがって、源
泉課税もありえない。また、代表取締役に対する認定賞与課税というのは、報酬
としての支出額が「代表者の支配管理下にある」ということを前提にしているの
3
であるが、では、その「支配管理下にある」預貯金残高は法人に受け入れる措置
を取っているのか、預金利子は益金加算しているのか。それができないで、処分
だけできるとするには処理に一貫性がない。「増差」を上げることだけに関心が
向けられており、極めて恣意的で一方的な決め付けで判断が左右されていて、到
底認められない。
5 最終的には、 役員給与を否認できないこと、処分もできないことを認め、また
認定賞与課税についても「言われる通りだと、損金性の否認だけになります」と
課税できないこと を認めた。
3
従業員の給与手当も全額否認!
【税務当局の見解】
NY 在住のもう一人の娘 E、そして D および F(D の妻で実娘) の 3 名の給与手
当について、「法人の業務に従事していない」として、 16. 7 期以降その支払額全
額を否認し、すべてを代表取締役 社長に対する認定 賞与として課税する。その判断
根拠は、「 3 名の日本と現地での業務内容を示す証拠がない」ことと、「支出した
報酬は代表者の支配管理下にある」という 2 点である。
【問題点】
①業務従事実態、 ② 認定賞与課税の是非
【判断と税務署対応】
1 結局のところ、事実認定の問題であり、雇用契約の存在と、従事実績、企業貢
献などの証拠を示すことになる。ただし、D の妻への給与については、調査着手
後の 21. 3 期申告において、過去の支払い分の累計額 3,780, 000 円全額を一括し
て「自己否認」しているのであるが、これをどう評価するか(調査による指摘で
事実上の修正をしたわけであり、それを承知で更正処分しようとしている)。
2 D について、16. 7 ~19. 3 期まで従業員として給与支払いがあり(月額 400, 000
円、累計 15, 600,000 円)、その全額を否認するとしているが、 20.10. 21 に役
員就任していることをどう評価するか。また、D は、役員の親族(の配偶者)で
あり「特殊関係使用人」(法令 72)である。「不相当に高額」でない限り、損
金に算入できる。
3 また、遡及年数を 5 年とすると、役員報酬とこの給与手当否認対象のうち、15.7
期~17. 7 期の合計 28, 120, 000 円については否認できない。
4 E ら 3 名の給与については、その支出額が「代表者の支配管理下にある」こと
を理由に、代表取締役への認定賞与として課 税を行 うとす るが 、役 員給与 同様、
会社への預貯金残高の受け入れはどう考えているのか。その預貯金に対する利子
の益金算入は計算されていないではないのか。つまり、それら支払額が代表者の
支配管理下にあると言いきれないことを証明している。
5 調査の過程では、 F のほか、外国人 G への支払費用 等の否認も C 社社長も容
認し、その後の申告で「自己否認」して申告してい る。つまり、調査における問
題点の指摘は実質的には「治癒」されている のであり、これらもどう評価するか
4
(場合によっては、当該各事業年度にお ける税務処理のミスとして自発的に修正
申告する方法もある(見合いの減額更正の請求は請求権喪失により不能であるの
で、職権による減額処分を求めることになる))。
6 最終的には、役員給与同様、 給与を否認できないこと、処分もできないことを
認め、また認定賞与課税についても「言われる通りだと、損金性の否認だけにな
ります」と課税できないことを認めた。
4
退職金の一部を過大として否認
【税務当局の見解】
D に対する退職金 18, 000, 000 円は、「法人の事業に従事していない」し「退職
の事実もない」うえ、「退職金も同人に支払われていない」として、これを「架空
退職金」として全額を否認し、所得に加算する。また、 親族ではない役員 H への
退職金 18, 000, 000 円については、同人が代表取締役に就いている関係会社 I㈱へ
の「出向先法人が出向元法人に対して負担する退職給与で合理的基準に基づかない
で負担したもの」として、同社への寄付金として損金不算入額 17, 991, 667 円を所
得に加算する( I 社には見合いの収益発生で、益金加算 )。
【問題点】
①H の役員辞任と退職の事実、②D の事業従事実態、③退職金の適正額の算定
【判断と税務署対応】
1 H は長年の役員であり、 19. 1 に共同代表取締でもあった 社長の実兄 J ととも
に取締役を辞任している。19. 2.13 の株主総会で両者への退職金支払いが承認さ
れており(合わせて決算期の変更が議決された)、 19. 3 期で退職金が支払われ
て何ら問題はない。H が退職後 I 社の代表取締役に就いたことが、なぜ同社への
退職給与負担として寄付金課税となるのか( J の退職金は、全く問題にされてい
ない)。
2 D については、雇用関係が確認でき(勤続 9 年)、退職の事実があれば退職金
の支払いの損金計上に何ら問題はない。問題となるのはその支払額が適正なもの
かという点だけである。D に対する退職金は、19. 3 期の支払いであるが、19. 3
まで従業員であった事実が覆されない限り、その支払額が適正であるかが問題に
なるだけである。適正額を上回る部分があれば、その部分の損金性が否認され て
所得加算されるが、代表者への認定賞与課税はありえない。給与同様、預貯金残
高等の会社への受け入れ処理がなされているか。できなければ、当 然に認定賞与
で課税できない。
3 最終的に、勤務年数等からみて退職金が過大であることは認めざるを得ないこ
とから、実務において一般に行われている「 功績倍 率法」 によ り行 うこと とし、
D については、従業員であるが特殊関係人であり、役員相当と判断し、最終給与
をベースに 400,000 円×10 年×1.5=6,000,000 円 とし、役員の I につい
ては 250,000 円×7 年×3(功績倍率)×1.3 (特別功労加算)= 6,825,000
円 が妥当として交渉し、合意に達した。損金性の否認であるのでその否認額は、
5
19.3 期で、23,175,000 円であるが、上記有価証券売却損 1,700 万円を差し引
き、増差所得額は、6,175,000 円である。
5
自己否認している娘 F に対する顧問報酬もまた否認と
【税務当局の見解】
19. 3 期の F に対する顧問料について、「勤務実態が無い」こと、「代表者の親
族間の『資金援助』は、法人が負担すべきものではない」のでこれを否認し、損金
不算入の上代表者への認定賞与として課税する。
【判断と税務署対応】
F への顧問料については、調査着手後の 21. 3 期において、その全額 1, 239,300
円を「自己否認」していることをどう評価するか。
【結論】
「その後申告されているので、 是正は必要ありません」と税務署は主張撤回 。
6
費用の否認と認定賞与課税?
【税務当局の見解】
C 及び D に対する役員給与の全額否認に対応する現地 での支払費用の否認であ
る。社長への認定賞与となる。
【問題点】
①事実認定、②事業承継を前提とした経営方針
【判断と税務署対応】
1 全額否認ができないなら、あとは費用性についての事実認定の問題。過年度遡
及が 5 年なら、総額 30, 088, 713 の うち 13 , 07 8, 1 0 8 円 が否認 対象 から外 れる。
C の研修費総額 8,529,847 円は MBA 取得に関する学費等( 18. 3 期より 3 期分)
であり、役員であることに加え、会社経営上の必要、事業承継戦略と関係があり、
実際に鈴木綾子は 21. 5. 8 株主総会で代表取締役に就任している。研修費用につ
いての所得税と法人税の取扱いの差異を理解する必要がある。
2 また、所得税基本通達 9- 15 によれば、「使用者が自己の業務遂行上の必要に
基づき、役員又は使用人にその役員又は使用人としての職務に直接必要な技術若
しくは知識を習得させ、又は免許若しくは資格を取得させるための研修会、講習
会等の出席費用又は大学等における聴講費用に充てるものとして支給する金品
については、 これらの費用として適正なものに限り、課税しなくて差し支えな
い。」とされており、実際、大企業を含め海外の大学で MBA 取得をさせている
し、中央官庁においても同様にその費用を企業等が負担しても個人に課税されて
いない。
3 最終的に、税務署はこれを認め、費用の否認及び 認定賞与 課税はできないこと
となった。
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居住者か非居住者か
【問題点】
C、D 、E および F への給与源泉課税が、居住者として行われているが、実際に
は NY オフィスとロンドンオフィスに勤務しており 、非居住者であれば 20%源泉
課税になる。
【判断と税務署対応】
議論の末、 C らは、海外に居住しているかの判断であるが、各人とも住民票は国
内においてあり、保険料負担、住民税納付の事実もあるが、それぞれが 1 年以上出
国の意思をもって出国した以上、非居住者にな らざるをえない 。また、海外に居住
する日本法人の役員は、日米租税条約ではその報酬 はすべ て国 内源 泉所得 とされ 、
日本に課税権がある。したがって 20%課税もやむを得ない(差額 5, 430,757 円)
地方税当局と交渉し、過去 5 年間の住民税 1,611 ,700 円還付を別途請求する。
また、C の海外での費用支出のうち旅費交通費については、役員報酬が認められ
る以上否認できない。ただし、支出内容が不明なものについては、費用性は認めつ
つ(否認なし) C への経済的利益として源泉 課税さ れるの は容 認す ること とした 。
感想
この事案は最終的には、法人税本税 増差額 は、1,852,500 円となりました。こ
のようなかなりラフな課税処理が行われている (行 われよ うと して いる) ことは 、
税務署 OB としても驚きです。この事案以外にも、協同組合から役員報酬(給与所
得)と社会保険労務士報酬(事業所得)がある場合で、同じ所から二つの報酬支払
いはおかしいとして、「会社法により」 (?)すべてを給与所得として修正申告を徴し
た事例(本人は局長、長官にも請願書を出し説明を求めているが新潟県内の当該税
務署は対応しない)、皮膚科医の保険診療報酬以外の雑収入(物品販売)の費用(仕
入)を社会保険診療報酬に係る所得計算の特例(経費率の計算)による経費とダブ
るという理由で修正を慫慂し た神奈川県の事例なども起きてい ます 。
税法のイロハに属するような問題を誤魔化し、操り、納税者の無知に付け込んで、
権力を嵩にきて修 正を迫る構図が見えて きます。これは、税務職員の質の低下なん
でしょうか、管理職も含めて!
しかし、うっかりすると税理士さえもが 「調査官が言うなら嘘はないだろう」と対
応していることも想像されます。税理士 には、日々の研鑚と批判精神が求められる
ように思います。 ( 新 人 税 理 士 の 感 想 で す ― ― 岡 田 記 )
追記:弁護士も通知弁護士として登録し立ち会いました。実務は当事務所で
行いましたが、弁護士費用はすごい!!納得できないほど差がある!
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