2 第 1 編 「自動車運転過失致死傷罪」~事故態様ごとの注意義務~ 第1章 交差点における 車両対車両の事故 第1節 信号機により交通整理の行われている交差点を直進する際の事故 第1款 判 例 対向右折車両との事故 1 <東京高判平 13・10・24 > 普通乗用自動車を運転し,制限速度を約 30 キロメートル超える 速度で青信号に従って交差点を直進する際,対向右折車両と衝突し た事案 【積極】 (東高時報52・1 ~ 12・79,高裁速報集平13・154) 事実・判断 原判決は,「被告人は業務として普通乗用自動車を運転し,時速約100キロメートル で信号機により交通整理の行われている交差点を直進するに当たり,同所は最高速度 が60キロメートル毎時と法定されており,かつ,対向右折通行帯を進行してきた被害 者運転の普通乗用自動車を右前方約90メートルの地点に認めたのであるから,同最高 速度以下の速度に減速した上,同車の動静を十分注視して進路の安全を確認すべき業 務上の注意義務があるのに,これを怠り,同車が減速したものと感じたことから,時 速約90キロメートルに減速したのみで進行した過失により,折から対向右折してきた 被害車両左前部に自車前部を衝突させて,被害者を死亡させた」旨を認定判示し,本 件における注意義務の 1 つとして,直進車の運転者として法定の最高速度にまで減速 すべき注意義務を課している。なるほど,右折車に対する関係で直進車に優先通行権 第 1 章 交差点における車両対車両の事故 3 を認めた道路交通法37条の趣旨は,いかなる場合においても直進車が右折車に優先す るという趣旨とは解されないが,安全かつ円滑な道路交通を維持するという道路交通 法の目的に照らせば,直進車が法定,指定の最高速度を超えて走行しているからといっ て,直ちに優先通行権がなくなるともいいがたい。すなわち,右折車においては,当 時の道路状況等に照らし直進車が通常予想し得る程度の速度で走行していることを前 提に直進車の進行を妨げることなく右折できるかどうかを判断して直進車に対処して いる関係にあるから,直進車としては,優先通行権を主張するため,すなわち,右折 車が右折をしてこないものと信頼して直進するためには,右折車が直進車の速度につ いて通常予想し得る程度の速度で走行すれば足りると考えられる。したがって,この 予想し得る程度の速度を超過して進行してきた直進車が優先通行権を主張して交差点 を直進するためには,少なくとも,上記予想し得る程度の速度,言い換えれば優先通 行権を主張し得る程度の速度に減速すれば足りるのであって, これを原判決のように, 直進車に直ちに法定の最高速度にまで減速すべき注意義務を負わせるのは相当ではな い(原判決はその量刑理由においても,「交差点における直進車優先の原則はあくま でも直進車が最高速度を遵守して進行していることを前提としたもの」とも説示して いる)。したがって,原判決の注意義務の認定には誤りがあるというべきである。 ところで,本件においては,被告人走行の道路は,非市街地を走る片側 2 車線の国 道バイパス(歩車道の区別があり,中央分離帯もある)で幅員が約18.8メートルあり, 最高速度が法定速度に制限されているほか,駐車禁止,はみ出し禁止規制があること, 本件事故現場は,幅員約7.0メートルの町道と交差する信号機により交通整理の行わ れている交差点であること,現場交差点角にはコンビニエンスストアがあり,夜間と はいえ被告人走行道路は交通量が多く,本件時においても被告人車両と同一方向を走 行していた車両が複数台あったが,これらの車は,ほぼ制限速度で走行していたこと, 被告人は,時速約100キロメートルで本件道路を走行し,本件交差点の手前約300メー トルの地点で第一車線から第二車線に出て時速約60キロメートルで走行する先行車の 追い越しを開始してこれを終え,引き続き第二車線を走行中,本件衝突地点の約78.2 メートルの地点で対面信号機が青色であるのを認めるとともに,約90メートル前方の 本件交差点付近の対向車線上に本件右折車を認め,さらに,約28メートル進行した地 点で前方約58メートル先の交差点出口の横断歩道上を若干減速していた右折車を認め て停止してくれるものと思い,時速約90キロメートルに若干減速しただけで直進しよ うとしたため,停止すると思った右折車が右折を継続してきたのに対応できず,これ に衝突するに至ったものであることなどが認められ, このような状況を前提にすると, 本件では,右折車において法定最高速度を30ないし40キロメートル毎時も超過して直 進してくる車両があることまで予想して対処すべきものとはいいがたく,直進車を運 4 第 1 編 「自動車運転過失致死傷罪」~事故態様ごとの注意義務~ 転していた被告人は,右折車に対し優先通行権を主張することはできないというべき である。 このような場合,本件事故を回避するため,被告人には,少なくとも優先通行権を 主張し得る程度(本件においては,時速約80キロメートル前後と認められる)にまで 減速すべき注意義務があるというべきであり,これを怠った点に被告人の過失が認め られる。 判 例 2 <東京地判昭 46・2・27 > 自動車を運転し,制限速度を約 20 キロメートル超える速度で青 信号に従って交差点を直進する際,対向右折車両と衝突した事案 【消極】 (判時628・102,判タ260・281) 事実・判断 被告人が時速約70キロメートルの高速度で本件交差点に進入しようとしたことは事 実であるが,被害車両の運転者は被告人運転車両が横断歩道から約14メートル位の地 点に迫っているのを認めながら先に右折できるものと判断したこと,そして被害車両 が右折しようとする道路はかなり鈍角に交差していたため被害車両はゆるいカーブで 被告人の進路前面を横切ることになるのであるから,このような場合,道路交通法第 37条第 1 項の直進車優先の原則に則って被害車両の運転者としては,被告人運転車両 の位置や速度について適確な判断をして衝突の危険がないことを確認したのちに右折 すべきであったし,一方,被告人としては,被害車両が自車に進路を譲ってくれるこ とを期待して直進することが許されていたということができるのである。そこで,問 題は,時速70キロメートルという高速で運転したことにより被告人運転車両が,前記 原則による優先権をもつ直進車に当らないことになるかどうか,換言すれば,被害車 両の右折の判断を誤らせるものであったかどうかに帰するのであるが,本件事故現場 の道路状況や時刻,それに,当時対面信号が青色を表示していたことからみると,制 限速度を20キロメートル程度超過した時速約70キロメートルで進行する車両は必ずし も稀有ではなく,被害車両の運転者としてはこの程度の高速車のありうることは一応 考慮しつつ右折の判断をすべきであって,したがって被告人としては本件交差点では 右折車は直進車である自車に進路を譲ってくれるものと信じて運転すれば足りたもの というべきである。 第 1 章 交差点における車両対車両の事故 5 そうすると,被告人が高速運転をしたことは,道路交通法違反にはあたるとしても 本件事故の原因をなしているものとはいい難く,したがって業務上の過失を構成しな いものといわなければならない。 判 例 3 <大阪地判昭 47・1・12 > 普通貨物自動車を運転し,制限速度を約 25 キロメートル超える 速度で青信号に従って交差点を直進する際,対向右折車両と衝突し た事案 【消極】 (判タ274・251) 事実 本件公訴事実は「被告人は自動車運転の業務に従事しているものであるところ,普 通貨物自動車を運転し南から北に向かい時速約75キロメートルで進行し八尾市○○番 地先の交通整理の行われている交差点手前にさしかかったが,このような場合自動車 運転者としては対面信号の表示を確認してこれに従うべきは勿論,同所はゆるやかな 上り勾配の道路であり前記交差点はその頂上付近であったから交差点に進入する他車 の動静に注意するため適宜減速して進行し事故の発生を未然に防止すべき業務上の注 意義務があるのにこれを怠り,対面信号が黄色を表示しているのを気付かず漫然前記 同一速度のまま進行した過失により,前記交差点を北から西に右折しようとしている A子(当時21歳)運転の普通貨物自動車を約24.3メートルに接近してはじめて発見し, 急制動したが間に合わず,同車右前部に自車右前部を衝突させ,その衝撃により同人 に頭蓋骨々折等の傷害を負わせ,これにより同日午後病院において同人を死亡するに 致らしめ,同車に同乗していたB(当時51歳)に加療約 1 ヶ月間を要する全身打撲 症等の傷害を負わせたものである」というのである。 〈中略〉 ところで,本件訴因によると,被告人の過失とされているところは,⑴当時被告人 の進行した対面信号は黄色を表示していたのに,これに気付かず交差点に進入した。 ⑵被告人の進行した道路は上り勾配となっており,本件交差点はその頂上付近であっ たから,交差点に進入する他車の動静に注意するため適宜減速して進行すべきである のに,漫然時速約75キロメートルで進行した,との 2 点である。 そこで,まず信号の点について検討を加える。〈中略〉 従って被告人には,黄信号を見落した過失はないといわなければならず,被告人車 両が交差点に進入する際の対面信号は青色であったと認める。
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