薬物療法と理学療法リスクマネージメント -臨床実習に必要とされる知識

薬物療法と理学療法リスクマネージメント
−臨床実習に必要とされる知識を探る−
南 場 芳 文1) 奥 宮 明 子1)
小 林 俊 博1) 友 枝 美 樹1)
武 政 誠 一1) 宮 本 重 範1)
要旨
【目的】薬理学など、専門的な薬物療法についての必須講座を持たない本学の学生に対する臨床
実習前や有資格後の薬物療法を通じた理学療法のリスクマネージメントに関する教育の方向性
と具体的な指導の内容を充実させることを目的とした。【対象と方法】2014年度の臨床実習後の
協力希望をした学生の学内発表用レジュメから薬剤名(商品名)、診断名、既往名の情報収集
を行い、薬物療法から予測できる理学療法におけるリスクマネージメントを分析、考察する。
【結果】集められた薬剤名は114種類(のべ150薬剤)、そのうち最も多かったものはNSAIDs(非
ステロイド系消炎鎮痛薬)、次いで降圧薬、胃腸薬などが続いた。報告を受けた臨床実習の全て
のケースで薬物療法が行われていた。【考察】理学療法を受ける患者の多くは身体ホメオスタシ
スを維持するために薬物療法が施されている。従って担当する症例には多様の薬物療法が施され
ていることが明らかとなった。運動療法時を中心としたリスクマネージメントとして投薬状況を
把握し、薬剤の身体に対する影響と緊急時の対策を予め理解しておく必要がある。このことを踏
まえ理学療法士、その学生への指導・教育をますます充実させていく必要があると考える。
【Key words】薬物療法 リスクマネージメント リハビリテーション
Ⅰ.はじめに
理学療法士の活躍が期待される分野は、急性期や回復期をもつ医療施設に加え、高齢者人口の
増加に伴う介護保険下での活動の拡大や社会ニーズの多様性と増大により、地域や在宅といった
医療現場以外において単独で理学療法士がリハビリテーションに従事することである1)。
これらのリハビリテーションの対象は高齢の患者(利用者)となり幾つかの診断名、既往症や
合併症が多く、そのため複数の投薬治療を受けていることが多い。よって理学療法の施行は薬物
療法を受けている場合がほとんどであると言っても過言ではない。その上、リハビリテーション
の対象者は、機能に障害持ち活動性も高くないケースも多い。このような対象者に対するリスク
マネージメントを行うに当たり、薬物療法の影響を考慮した理学療法の教育は必須である。
学内の教育では、それぞれの講義の中で行っている専門的な理学療法に関連した薬物療法との
相互作用やリスクについての内容を指導しているが、臨床実習前の学生に対しては、さらに実践
1)神戸国際大学 リハビリテーション学部 理学療法学科
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『神戸国際大学紀要』第87号
的な知識となるよる指導の質を高めていく必要があると考える。
そこで臨床実習で経験した薬剤名をデータベース化し、臨床で必要とされる薬剤の知識を分析
し、今後の大学での理学療法士教育の向上にいかしていく。
Ⅱ.対象と方法
2014年度の臨床実習後の南場ゼミナール(のべ14名)と協力希望をした学生(のべ21名)の学
内発表用レジュメから診断名、既往、薬剤名(商品名、一般的な製剤名)の三点を抜粋し情報収
集を行った。そこで得た薬剤名から予測される理学療法施行時のリスクマネージメントを考察
し、臨床実習前や理学療法士を目指す学生に必要な知識としての教育の内容に反映させていく。
Ⅲ.倫理
本研究は神戸国際大学倫理委員会の承認(許可番号G2014-0025)を得ている。
Ⅳ.結果
のべ35名の学生が2014年度の臨床実習中に経験した35症例の発表レジュメから収集された薬剤
名は114種類(150薬品名)の薬剤であった(表1)。臨床実習中に経験した薬剤名は学生に1名
(1症例)付き平均で約4.3種類の薬剤であった。
その薬剤の内訳は頻出順に鎮痛薬・鎮痛目的13(NSAIDs 9、ステロイド2、末梢神経性疼痛
緩和薬1、非麻薬オピオイド系1)、降圧薬13、胃腸薬12、睡眠薬9、糖尿病治療薬7、抗血栓
薬7、抗菌薬(抗生物質)5、抗不安薬4、下剤4、脳梗塞治療薬3、抗パーキンソン病治療薬
3、筋弛緩薬3、抗アレルギー薬3、ビタミン剤3、抗リウマチ薬2、高脂血症薬2、貧血薬
2、骨粗鬆症薬2、喘息・気管支拡張薬2、泌尿器用薬2、漢方2、抗不整脈1、抗精神薬1、
抗てんかん薬1、鎮咳・去痰薬1、頻尿薬1、泌尿(頻尿)薬1、搔痒治療薬1、鎮暈薬1、痛
風治療薬1、催胆薬1、白内障薬1であった。
Ⅴ.考察
理学療法の4大治療は、ROM(range of motion、関節可動域)の維持改善、筋出力(筋力低
下や麻痺)の改善、動作指導、疼痛の軽減である2)。よって理学療法を受けている患者の多くは
疼痛を訴え、物理療法や徒手療法による疼痛緩和の治療を受けている。すなわち理学療法を処方
された患者には、同時に鎮痛薬を投与されているケースが多いことを示している。結果からも、
鎮痛薬の使用頻度が最も多いことが分かった。
近年の動向は、変形性関節症にはアセトアミノフェン(AAP)や、NSAIDsの外用薬が第一選
択肢として用いられている。変形性関節症の保存療法には理学療法が欠かせない。よって初期か
ら中期(術前)の変形性関節症患者への理学療法施行時には、患者は理学療法による筋力増強や
身体動作訓練、環境改善指導にあわせてこのような投薬を受けている。また、重度な変形性関節
症のために人工関節全置換術などを受けた場合も一定の期間は疼痛が増強し、鎮痛薬の投与を余
儀なくされる。このように鎮痛薬と理学療法は保存療法、手術後療法に関して特に関連が強く、
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薬物療法と理学療法リスクマネージメント−臨床実習に必要とされる知識を探る−(南場)
表1 薬剤名 一覧表
アニメール
レバミピド
脳梗塞治療薬
カロナール
ラックビー
セルタッチバップ
アモバン
セロクラール
セレコックス
サイレース
アキリデン錠
ゾビクロン 抗パーキンソン治療薬
ボルタレン
鎮痛薬
サオミン
ミカメタンクリーム
トリアゾラム
ロキソニン
プロチゾラム
ロキソマリン 睡眠・抗不安薬
マイスリー
リリカ
レンドルミン
ロヒプノール
セレスタミン
ジアゼパム
ロコイド軟膏
デパス
プレドニゾロン
メイラックス
アダラート
アマリール
アムロジピン
エクア
オルメテック
キネダック
テルネリン
筋弛緩薬
降圧薬
DM治療薬
ディオバン
ジャヌビア
ニフェジピン
ベイズン
ノルバスク
メトグルコ
フロセミド
アリクストラ皮下注
ブロプレス
シロスタゾール
ペルジピン
ミカムロ
バイアスピリン
抗血栓薬
メインテート
プラビックス
プレタール
アレジオン
抗アレルギー薬
アシノン
ワーファリン
オメプラゾール
クラビット
ガスリック
フロモックス
サイトテック
抗菌薬
セフジニル
エピナスチン
ビタミン剤
抗リウマチ薬
高脂血症薬
骨粗鬆症薬
造血薬
抗精神薬
腎疾患用
抗不整脈
血管拡張薬
気管支喘息治療薬
去痰・鎮咳薬
テプレノン
点滴 セファゾリン
ミノペン
頻尿薬
ネキシウム
ソルダナ
眩暈・嘔気薬
ファモチジン
プルゼニド
ファモチジン
ムコスタ
催胆薬
マグミット錠
白内障治療薬
マグラックス
搔痒治療薬
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メチコバール(VB12)
ユベラ(VE)
ナウゼリン
下剤
アレロックOD
メチクール(VB12)
リクシアナ 痛風・高尿酸治療薬
ラシックス
胃腸薬
グリメピリド
ミオナール
メキタック
エチゾラム
カルビスケン
シンメトレル
ビ・シフロール
ルネスタ
トラムセット
シンメトレル
リウマトレックス
リマチル
プラバスタニチンNa
リピトール
エディロール
ボナロン
フェロミア
フェロチーム
リスペリドン
ニューレプチル
ウラリット
キックリン
フェブリク錠
ワソラン
リマプロスト
アルファデスク
ホクナリンテープ
ムコブリン
ベシケア
メリスロン
ウルソ
カリーユニ
レミッチカプセル
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十分な知識を持っておくべきである。
最頻出のNSAIDsの中でもプロキオン系NSAIDsであるロキソニンが最も多かった。ロキソニ
ン(ロキソプロフェン)の特徴は、体内に吸収されてから活性化されるプロドラッグであるた
め、元来NSAIDsの最大の副作用とされるシクロオキシゲナーゼ(COX-1)抑制による胃壁保護
のプロスタグランジン(PG)産生も抑制してしまう結果で起こる胃腸障害の作用を軽減する。
そのため現在最も多く使用されているNSAIDsの一つである。この他のNSAIDsとしてボルタレ
ンがあるが胃腸障害が比較的強いことから、吸収に胃壁を通過させない座薬での頓服的な使用法
があり、鎮痛解熱を目的としている。また、さらに副作用を低減したCOX-2選択的阻害薬である
セレコックスやモービックなども実習担当の症例に使用されていることを確認した。
また、トラムセットなどがコントロール不良の慢性疼痛の一部にオピオイド配合剤として用い
られ、末梢神経性疼痛などには神経障害性疼痛緩和薬としてリリカなどが用いられているが、副
作用として強い眠気、めまいなど転倒のリスクを高める場合があり、患者への問診、観察、転倒
予防への配慮、症状の医師、看護師への連絡や報告(カルテ記載)が必要となる。
貼付薬であるセルタッチなどの外用薬は、ホットパックなどの温熱療法中の熱集中によるやけ
どの予防に配慮したり、逆に塗布剤などは温熱療法後の使用を促したりすることが有効となる場
合があるので、医師との情報交換を行い、指示をもらいリスクを見極めながら実施することも不
可能ではない。
今回の結果からはステロイド剤は主に塗布薬(抗炎症)のみとして使用されていたが、同じス
テロイド剤でもセレスタミンなど経口ステロイドが使用されている場合は、薬自体の副作用を確
認することも必要であるが、理学療法では、その処方の適応となる疾患は自己免疫疾患や呼吸循
環器、腎・泌尿器、代謝、内分泌など多岐にわたり難治性の疾患を後期間持つ患者が多く、疾患
ごとのさまざまな評価とアプローチが必要になる場合が多い3)4)5)。
臨床実習例からのデータのサンプリングであったため、重症疾患は少なかったと予測される
が、就職後には担当症例となる可能性は十分にあり在学中に知識として持つことが薦められる。
次いで多かったのは降圧薬であった。高血圧に対する薬物治療を受けている患者は、投薬治
療前の収縮期血圧(以下、Systolic blood pressure、SBP)が140mmHg以上、拡張期血圧(以
下、Diastolic blood pressure、DBP)が90mmHg以上であり高血圧症と診断された患者である。
既往に糖尿病や脳梗塞後や心筋梗塞後、蛋白尿を伴う慢性腎疾患をもつ患者の場合には、降圧
目標値はSBPが130mmHg、DBPが80mmHg未満として治療を受けている3)6)。クリニック施設
などでは前述の血圧基準に該当した者に対し、さらに携帯型自動血圧測定(ambulatory blood
pressure monitoring、ABPM)を実施し、昼間血圧の平均値が135/85mmHg以上を高血圧と
定義した家庭血圧測定法(home blood pressure monitoring、HBPM)によるNICE(National
Institute for Health and Care Excellence)英国の血圧のガイドラインに従ったより厳密な診断
と血圧の管理が行われることが多い7)。
このように降圧剤の投薬が行われている患者を担当した場合、カルテ情報などから既往症、合
併症の確認とその病態の重症度について正確に把握する必要がある。特に理学療法は、安静状態
であった高齢者、いわば廃用性体力弱者に対して運動を提供していく場合が少なくない。そのよ
うな患者で降圧剤を処方された症例には安静時血圧と運動中血圧、運動後血圧を適宜測定、記録
し処方医や看護師に報告する必要がある。臨床実習の場合は臨床指導者に報告する必要がある。
さまざま存在する降圧薬の中には5種類の第一選択薬がある。その5つとはCa拮抗薬、アン
ジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、利尿薬、β
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薬物療法と理学療法リスクマネージメント−臨床実習に必要とされる知識を探る−(南場)
遮断薬である今回の結果から、すべての降圧剤が第一選択薬であった3)6)。
最も処方数の多かったアムロジピンなどのCa拮抗薬は冠動脈を含む末梢血管の平滑筋を弛緩
させ、血管抵抗を減じる機序をもつ。副作用は身体の火照り感や動悸を訴えるものある。夏季中
は自然に血管平滑筋が弛緩することがあり、過剰な血圧低下を防ぐため一時的な投与中止がおこ
なわれていることもあるので、処方内容の変更には注意し、一般的に投薬内容の変更があった場
合は、運動中の血圧変化などについてあらためて報告する。
次いで多かったのはオルメテックなどのARB薬であった。ARBの場合、副作用が少ないこと
が大きな特徴ではあるが、廃用だったケース、体力弱者に対する運動を施行という理学療法の側
面から考えると運動中の血圧測定や観察、問診などは欠かせない。
β遮断薬、メインテートなどのいわゆるβブロッカーといわれる降圧剤も頻出であった。アド
レナリンとβ受容器が結合することにより交感神経の興奮が促進され心臓の収縮機能を高める
が、その結合を遮断することにより心臓の興奮を抑制し、心拍出量の減少と心拍数の低下をおこ
すことにより、血圧を低下させる機序をもつ。よって運動中の注意点は、運動負荷を高めていっ
ても心拍数が薬物により抑制されて上昇し難い可能性があることを念頭に運動療法に携わる必要
がある3)5)。運動中の身体の酸素や栄養分の補給の需要に対して、薬効によりそれらの供給が抑
制されている場合があるかも知れないことを予測、考慮し、適宜の問診、観察や経皮的酸素飽和
度(SpO2)の測定を行う必要がある。
一般的に、理学療法士や作業療法士が運動強度を測定するために問診法と心拍数をもとに算出
するKarvonen式{(最高心拍数-安静時心拍数)×k+安静時心拍数}を用いる時には、投薬内
容により運動強度の判定にはより慎重にならなければならない。心不全の患者にもβ遮断薬は投
与されることがある場合は、この係数kを0.3〜0.5とし運動を低強度にする8)。
利尿作用を機序とした降圧剤であるラシックスを使用している場合は、脱水傾向による影響を
考えておく。脱水は運動中の心拍数の易上昇性から、梗塞の再発を促すなどの重篤なものまでさ
まざまあり、カルテなどを日々確認し、看護師とその日の患者の状態について情報交換をしてお
く必要がある9)。
また、同時に2種類以上の降圧剤を処方されている場合は、SBP160〜179mmHgまたは、
DBP100〜109mmHg以上を示すⅡ度以上の高血圧であり、より慎重な運動療法とその経過を確
認すべきである(表2)。降圧剤を使用している場合、当然、高血圧治療を受けているケースで
あり、非薬物による身体機能改善も併せて行っていることが多い。例えば、減量、減塩、コレス
テロール摂取の抑制、節酒、禁煙などである。薬剤に関するリスクマネージメントの他、このよ
表2 成人における血圧値の分類(高血圧治療ガイドライン2014)
分 類
至適血圧
正常血圧
正常高値血圧
Ⅰ度 高血圧
Ⅱ度 高血圧
Ⅲ度 高血圧
(孤立性)収縮期高血圧
収縮期血圧 拡張期血圧
<120 かつ <80
<130 かつ <85
130 または 85-89
140-159 または 90-99
160-179 または 100-109
≧180 または ≧110
≧140 かつ <90
mmHg
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うな患者の取り組みにも参加、援助しなければならない10)。
今回、回収したデータには無かったが、薬効の持続時間を長時間とさせたい場合に用いるアジ
ルバ(ARB)など比較的新規の薬剤についても、処方医や薬剤師から積極的に情報収集し学生
に解説や周知を行うべきである3)11)。
消化器系に作用する胃腸機能調整薬としてオメプラゾールなど消化器に対する薬剤はプロトン
ポンプ阻害薬(PPI)やガスターなどのH2受容体拮抗薬、いわゆるH2ブロッカーはさまざま用い
られているが、多くの場合、鎮痛に用いられている非ステロイド抗炎症薬(NSAIDs)の副作用
である胃腸障害発現の抑制に用いられている。理学療法による除痛や疼痛緩和を速やかに行い、
NSAIDsの使用頻度を下げていくことが肝心である。その他、ナウゼリンなどがあるが、これは
神経性疼痛緩和薬であるリリカの初期投与の際の副作用を軽減する目的で使用されている場合も
ある。
睡眠薬も臨床実習中の担当ケースにて比較的多く使用されていることが分かった。多くの睡眠
薬と同様にベンゾジアゼピン系の抗不安薬と合わせると高い使用頻度となる。睡眠の促しによる
不眠の解消、不安の改善が目的となる。理学療法士は、そのように不眠や不安など非常に高いス
トレスを受けている中でリハビリテーションを行っている患者に対し、精神的なフォローや気遣
いを意識的に行うべきである。また睡眠薬、抗不安薬や抗精神薬には鎮痛補助薬として緩和ケア
などにも導入されている3)12)。
糖尿病(以下、DM)の治療目標のひとつは糖尿病性の腎症、網膜症、神経障害などの合併症
や動脈硬化の予防である。血糖コントロールの目標値はHbA1cが6.0%未満、合併症の予防のた
めには7.0%未満とすることである。この目標を満たしQOLを向上させるため、理学療法士によ
る運動療法による筋力増強(筋量の増大)、耐糖能の向上があり、栄養士による食事の指導(食
事療法)を相互的に影響しあい生活様式の改善、減量が重要となる。しかし、DM治療はこの
他、薬物療法が加わり、最も効果的な治療法となる。よって理学療法士が担当するDM教育入院
中などの患者の多くは、少なからず薬物療法を行っている可能性はある。
DM治療の薬物療法は2種類に大別される。インスリン治療と経口血糖降下薬やインクレチン
関連薬、合併症治療薬を用いた経口糖尿病治療薬がある。今回の薬剤はすべてⅡ型糖尿病で経口
治療薬であった。
経口薬の場合、種類によってはリハビリテーションの訓練中に低血糖発作を起しやすいもの
や、低血糖時の対応に注意がいるものがある。例えば、アマリールなどのスルホニル尿素類
(SU剤)と言われるが、効果の機序は膵臓にあるランゲルハンス島を刺激し、インスリンの分泌
を促進することによって血糖を降下させる。一方、不規則な食事、体調不良などにより薬効が強
くなり、他の経口糖尿病薬より低血糖をおこしやすい特徴がある。食後へのリハビリテーション
施行時間帯の設定や食事摂取の有無、薬の飲み忘れ、体調の確認が訓練前の問診が必須である。
同様に、ベイズンなどのαグルコシターゼ阻害薬(αGI)の場合は、低血糖発生時に糖分を
与えなくてはならないが、単糖類での糖分補給を必要とする。単糖類以外だと糖吸収に時間がか
かり、患者に危険を及ぼしてしまう。このような危険性は訪問リハビリテーションなどにおい
て、理学療法士が単独で訪問した際、低血糖発作に遭遇した場合は、ブドウ糖(単糖類)等の準
備があれば問題は無いが、一般的な方法で飴をなめさせるなどの方法では、改善に至らないこと
がある。この時、市販のファンタ、オロナミンC、リボビタンなどの清涼飲料水に単糖類が多く
含まれるため、緊急回避的な使用方法がある。DM患者への訪問の際にはブドウ糖の携行は必須
である。糖尿病治療薬を扱う薬剤部(課)にはブドウ糖の貯め置きが必ずあるので合同会議(カ
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ンファレンス)などを通じて薬剤師と連携するとよい。
ジャヌビアなどのインクレチン関連薬(DPP-4阻害薬)は比較的低血糖をおこしにくいとされ
ているが、低血糖をおこさないわけではない。
メトグルコなどのビグアナイド(BG)類は、インスリンの分泌促進作用は無く、肝臓からの
糖放出の抑制、末梢での糖取り込みの促進、消化管からの糖吸収抑制による血糖を降下させる働
きを持つので、低血糖の予防を行いつつ運動療法を進める必要がある。
キネダックなどのアルドーズ還元酵素阻害薬は、糖尿病性末梢神経障害の初期症状に対して用
いられることがあり、理学療法士による神経症状の詳細な評価を行い、継続した運動療法の提供
と教育を通じて神経症状の進行の防止に一層努めなければならない。
また、抗血栓薬も降圧剤や睡眠薬と同様に担当症例の中で多く使用されていることが明らかと
なった8)13)14)15)。
バイアスピリンやワーファリンのような抗血栓薬や抗凝固薬の投薬患者のリスクには、転倒や
皮膚損傷などによる外傷性出血や過剰投与時の高血圧患者に対する出血の予防が第一に挙げられ
る。また、投薬処方が脳梗塞後遺症などに対するものか、心房細動などで心房内血栓予防なのか
を把握しておくとよい。発作が生じた時、より適切な対応の目安となるからである。
近年、認可されたリクシアナは合成Xa阻害薬(Xa、細胞が傷ついたときに発生する血液凝固
因子の1つ)で、唯一の経口の静脈血栓予防薬であり前述同様に出血傾向への予防対策に限ら
ず、この薬剤は人工股・膝関節全置換術や人工骨頭置換術の手術自体の際に特化して処方される
ことから。理学療法士は深部静脈血栓症(DVT)の予防と肺血栓塞栓症(PTE)が発生した際
の対応の手順を優先して確認すべきである。本来、リクシアナはDVT予防薬である3)。
自己免疫疾患である関節リウマチ(以下、RA)の患者に対しての抗リウマチ薬は、リマチル
のように免疫抑制作用は明らかでないが、RAによる免疫異常を是正する免疫調整薬、マトレッ
クスなどは作用機序の明らかな免疫抑制薬、さらに今回の結果には無かったがレミケードなどの
標的分子が明確な生物学的製剤に3群に分類される。いずれにせよ、免疫作用に何らかの、もし
くは重大な影響を与えていることは確実であり、理学療法の施行の際には、発熱、咳、のどの痛
みや腫れ、下痢などの全身性の感染症候について観察と問診を行ってから、その日のリハビリ
テーションプログラムが行えるかどうか検討しなくてはならない。異常を疑った際には、ただち
に医師、看護師に伝えなければならない。同時にRAという病態の特徴から訓練施行の時間帯を
午前中などは回避しなくてはならない。RAの鎮痛に関して、以前はNSAIDsが主力的な役割も
担ったが、現在は補助的なものへ変化している3)。
抗パーキンソン薬としてアキリデン、シンメトリル、ビ・シフロールがあげられた。これら
の薬剤は副交感神経遮断(抗コリン)薬、ドパミン遊離促進薬、ドパミン受容体刺激薬である。
パーキンソン病治療ガイドライン2011により治療のアルゴリズムが示されているが、認知症や精
神疾患が無い患者には、ドパミン補充療法は最終的な薬物療法となっている。よって、今回、学
生が経験したパーキンソン病の患者は、認知・精神疾患がない重症度の比較的高くないドパミン
補充療法に至る前の患者を担当したと考えられる。
また、パーキンソン病の薬物療法において、薬効があって身体機能が回復している時間帯
を「on」、そうでない時を「off」と表現し、ドパミン補充療法が長期間使用されている症例には
wearing off現象といわれるl-dopaの薬効時間が短縮し、服用後数時間でその効果が消退すること
を自覚するような現象で、一日のうちに何度も繰り返すことに陥る状態のことをさし、薬効が
見られるまでに時間がかかってしまうdelayed on現象、on現象が見られないno-on現象、l-dopa
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『神戸国際大学紀要』第87号
の血中濃度、服薬のタイミングに関係なくon-offを起こしてしまうon-off現象などが必発になっ
てくる。理学療法士は、このような現象がl-dopaによって起こっていることを理解する必要があ
る15)。
パーキンソン病の四大徴候である振戦、固縮、無動、姿勢反射障害はもともと転倒のリスクは
非常に高く、さらに前述の日内変動現象による徴候の再出現や、すくみ足などや薬効と身体機能
改善のタイムラグによって思わぬ転倒などを引き起こす高い可能性があることを認識しなければ
ならない。ドパミン補充療法を開始した症例については、開始時から定期的な評価を行い長期の
データを収集や機能変化をおっておくことも必要不可欠で有効なリスクマネージメントになる。
その他、抗菌薬(抗生物質)が用いられている患者は何らかの感染症を持つ場合や、造血剤が
使用してある場合には貧血があり、心拍数は易上昇性であり持久性にも乏しいことを念頭におき
訓練をプログラム、実施しなければならない。抗アレルギー薬の使用患者はさまざまな発作をも
つが、理学療法の施行に直接の影響にかかわらず患者の苦痛に対する傾聴の姿勢は良いラポール
と効果的な結果をもたらす。下剤などを使用している場合には、訓練中に排便を訴えることは当
たり前のことであり、時には排便を促すような体操の導入や訓練時間帯などに工夫をするとよい
3)
。
最後に近年の薬物療法はいくつかの薬効が配合された配合薬の処方が増えてきている。自身も
非麻薬系で強い鎮痛作用をもつオピオイドと解熱鎮痛薬の成分のアセトアミノフェンを配合し
たトラムセットや、ARBとCa拮抗剤とを配合したユニシアなどを臨床で経験するようになった。
また、今回も最頻出であったシクロオキシゲナーゼ(COX-1)阻害薬であるNSAIDsも研究開発
が進み、胃腸障害の副作用が無く強い鎮痛作用を示すABEX-3TFの出現により副作用に関する
内容が大きく変わろうとしている17)。このような薬物療法の流れを周知し、学内教育にて対応し
ていくことも重要だと考える。
また、投薬内容を把握するにあたり注意しなければならないことは、入院患者の場合でも、そ
の病院(外来通院中からの入院)での処方薬はカルテに記載はあるが、他院で処方された、いわ
ゆる持参薬についてはお薬手帳や看護師や本人に確認する必要がある。ただし、お薬手帳も複数
持っている患者もおり、目の前で薬袋を開けて見せてもらうのも確実で良い方法である18)。
専門的な理学療法や訪問リハビリテーションにかかわり、単独で身体に障がいがある方に治療
にあたる理学療法士は、患者が運動療法を行うことが可能なホメオスタシスは、薬物療法による
ところが大きく、安全な身体機能の強化の基盤となっていることを常に念頭においておく必要が
ある。
学生の臨床実習であっても対象患者は複数の薬剤による薬物療法を受けている上で運動療法を
実施されていることが明らかとなった。対象患者の多くは高齢であることが予想され、さまざま
な疾患、既往、合併症をもっている場合が多い。実習を献身的に受けて下さる方々(患者、その
家族、実習施設)に対し、最低限の薬物療法の知識を持ち、安全の確保に努めなければならな
い。したがって学生を指導する立場にあるわれわれは、さらに分かりやすく、実践的なリスクマ
ネージメント教育の1つとして薬物療法とリハビリテーションのかかわりの研究を進めなければ
ならないと考える。
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薬物療法と理学療法リスクマネージメント−臨床実習に必要とされる知識を探る−(南場)
謝辞
この研究を進めるに当たり、ご多忙中にもかかわらず快く相談と指導を下さった誠仁会大久保
病院整形外科部長 田中日出樹先生、松江赤十字病院薬剤部 河角康先生、太陽薬局西川津薬局 小
笠原司朗先生、雲南市立病院薬剤科 高木賢一先生に心からの御礼を申し上げます。
参考文献
1)‌嶋田智明 編:セラピストのための概説リハビリテーション.文光堂.2013,pp.186-194.
2)‌山嵜 勉 編集:整形外科理学療法の理論と技術.メジカルビュー社.1997,pp.2-9.
3)‌浦 部昌夫:今日の治療薬 解説と便覧 2014.南江堂.2014,pp.31-90.pp.242-255.pp.263293.pp.294-304.pp.329-360.pp.361-375.pp.376-381.pp.431-447.pp.455.pp.458.pp.510520.pp.548-589.pp.605-624.pp.646-650.pp.665-690.pp.695-707.pp.708-717.pp.718-735.
pp.793-795.pp.804-842.pp.843-861.pp.864-872.pp.892-897.pp.898-913.pp.914-927.
pp.937-945.pp.978-986.pp.992-995.
4)‌越前宏俊:図説 薬理学 第2版.医学書院.2011,pp.8-13
5)‌上 月正博:リハビリテーションスタッフに求められる薬・栄養・運動の知識.南江堂.
2003,pp.2-9,pp44-47.
6)‌日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会:高血圧治療ガイドライン2014.日本高
血圧学会.2014,pp.24-30,pp.31-35,pp37-42.
7)‌
〈参考URL〉National
Institute for Health and Care Excellence(NICE)ホームページ
「Hypertension, Diagnosis and assessment of hypertension」 <http://www.nice.org.uk/>
(アクセス日:2014/9/24)
8)‌聖マリアンナ医科大学リハビリテーション部:理学療法リスク管理マニュアル.三輪書店
2011,pp.100-106.pp.149.
9)‌折井孝男:臨床で役立つ薬の知識.学研.2010,pp.148-155.
10)‌安 藤仁:非薬物療法についての疑問.増刊レジデントノート 慢性疾患への薬の使い方.
vol.14,no.8,羊土社,2012,pp.19-22.
11)‌
〈参考URL〉武田薬品工業ホームページ<http://www.takeda.co.jp/>(アクセス日:
2014/9/24)
12)‌宮野佐年:リハビリテーシンョにおける薬物療法ガイド.医歯薬出版.1998,pp.20-37.
13)‌
〈 参 考URL〉 日 本 糖 尿 病 学 会 ホ ー ム ペ ー ジ <http://www.jds.or.jp/>( ア ク セ ス 日:
2014/9/24)
14)‌亀 田メディカルセンター:リハビリテーションリスク管理.メジカルビュー社.2013,
pp.149-151
15)‌細田多穂:内部障害理学療法学テキスト.南江堂.2012,pp.295-304.
16)‌日 本神経学会:パーキンソン病治療ガイドライン2011.医学書院.2011,pp.5.pp.66.
pp.102-109.
17)‌深井良祐、鄭暁霞、本島和典 他:シクロオキシゲナーゼ(COX-1)阻害薬の開発意義とそ
の創出.薬学雑誌.vol.131.no.3,2011,347-351.
18)‌日本リハビリテーション医学会診療ガイドライン委員会:リハビリテーション医療における
安全管理・推進のためのガイドライン.2011,pp.42-46.
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