2010 年 5 月 6 日 専門演習Ⅰ(小川ゼミ) 法学部 法律学科 3 回生 08-1-001-0XXX T.T 2.本人の意識不明の間に受理された婚姻届の効力 (最高裁昭和 45 年 4 月 21 日第三小法廷判決) 1. はじめに 今回の範囲の 3 つの判例に目を通して、私にとって 1 番シンプルで頭に入りやすかっ たのがこの「本人の意識不明の間に受理された婚姻届の効力」の判例だった。加えて臨 終婚というテーマや、百選の内容に読みこんでいるうち興味を持ち始め、気が付いたら 調べにかかっていたという動機とはいえない動機で調べたのが本件であった。 2. 事件の概要 (1) A男とY女は交際していたが同棲はしていなかった。 (2) 昭和 42 年 3 月 7 日、Aは肝硬変による食道動脈瘤の破裂により大量に吐血。処置の 施しようがないため、手術を中止してなりゆきを見守ることとなった。 (3) 病院の中で、AはYおよびAの兄であるBに対して正式に婚姻届をなすことの同意を 求め、Aの願いによりBが婚姻届用紙にAの名前を代書して実印を押した。 (4) 婚姻届は 15 日の区役所の受付開始時刻である午前 9 時早々に提出された。 (5) Aは同日の朝午前 10 時 30 分に死亡した。 (6) Aの母Xは婚姻届はAの意思に基づくものではなく、YとBが共謀して仮装したもの であるということ、また婚姻届提出時に瀕死の状態のAには婚姻意思はなかったこと を主張して婚姻届の無効確認訴訟を提訴した。 3. 婚姻の要件と無効原因 (1) 婚姻の要件 ① 実質的要件 ・婚姻の意思が存在していること(民法 742 条1号・憲法 24 条 1 項) ・婚姻の障害となる事情が存在しないこと(民法 731~737 条) ② 形式的要件 ・戸籍法が定める婚姻届を役所に提出すること(民法 739 条 1 項) (2) 婚姻の無効原因 1 ・当事者間に婚姻する意思がないこと(民法 742 条1号) ・婚姻の届出をしないこと(民法 742 条 2 号) 4. 論点 ・婚姻届提出時にAの婚姻意思はあったのか ・届出の時に婚姻意思が存在することが必要であるか (1) 婚姻意思の内容 ① 実質的意思説:社会通念上夫婦と認められる関係を形成する意思を必要とする。 ② 形式的意思説:届出をすることで法律上の夫婦関係を作る意思で足りる。 ③ 法律的定型説:民法の定めた定型に向けられた効果意思と解する。 ④ 法的意思説:婚姻のような形成的身分行為については婚姻生活実施への意思を必要 とするが、解消的身分行為では届出意思で足りる。 判例・通説は「夫婦共同生活を送ること」という実質的意思説を採用し、単に「結婚 届を出す意思」 (形式的意思説)では足りないとしている。仮装身分行為は認められては いない。 では本件に当てはめてみていくと・・・・ 内縁関係を継続してきたり、性関係を継続してきた 1 組の男女が一方の死を目前にし て、婚姻届を提出する場合がある。いわゆる臨終婚と呼ばれるもので、本件は臨終婚の 典型例にあたる。判例・通説の実質的意思説から検討すると次の 3 点の問題点が考えら れる。 ① 届出以後の将来の共同生活関係の継続が全く期待できないということ。 一見夫婦共同生活を送る気がないと解釈されそうなものだが、それでも婚姻の意思が あるといえるのか。だが死期が近いから婚姻ができないということもないだろう。 ② AとYは交際はしていたが、同棲はしていない。つまり事実上の夫婦共同生活がな いのだが、それでも夫婦共同生活を送る意思があるといえるのか。 事実上の夫婦共同生活があれば確かに婚姻意思を認定する有力な事情になるが、婚姻 の意味は共同生活に尽きるわけではないし、両者の(ある程度の)交際がなければ婚姻が 認められないというわけでもないと思われる。 2 ③ 婚姻届はYとBの共謀であるという可能性。 Xが主張したことだがこれも考えられなくはない。しかしAは急病によって死亡した のであって、Yが遺産目当て・年金目当てとは言い難い。また民法 887 条および 889 条 の相続という観点からはYはともかく、AとYが婚姻することでBが利益を得るという ことはない。 以上 3 点の問題が考えられたが、本件の判旨では①・③には触れず、②については「将 来婚姻することを目的に性的交渉を続けてきた」ことを念頭において、結論的には婚姻 の意思を認めている。 (2) 婚姻意思の存在時期 ① 届出成立要件説:婚姻はその届出の受理によって成立する。 → 届出作成時はもちろん、届出受理時にも婚姻の意思を必要とする。 ② 届出効力要件説:婚姻は婚姻の合意によって成立する。 → 婚姻の合意形成時、つまり届出作成時に婚姻意思があれば足りるとする。 判例・通説は届出成立要件説。届出効力要件説はこのケースのような臨終婚の場合、 届出受理時の婚姻の意思の問題にしなくていいが、届出前の翻意をどう保護するのかと いった解決困難な多くの問題を抱えている。 それではまた本件に当てはめて考えてみると・・・・ 届出効力要件説ならば届出作成時に婚姻の意思が存在すれば、その後に意思能力を喪 失した場合には民法 97 条の類推を認めるべきとする。だが判例・通説の届出成立要件説 では届出受理時の婚姻の意思存在も必要となる。では本件の昏睡状態にある者の意思は 存在するのだろうか。 本件とほぼ同様の事例として最高裁判所昭和 44 年 4 月 3 日判決がある。 その判旨から、 当事者が翻意したものと認められないかぎり婚姻の意思を持ち続けているものと推定し、 意識を失っていたとしても、なお同様に解するのが相当とする婚姻意思持続推定論とい う考えがある。だが死期が迫って昏睡状態に陥り、そのまま死亡した場合にまで意思が あったと推定するのは不自然という批判もある。 しかし本件の判旨では婚姻の意思の存否を明確にせず、届出受理以前に翻意するなど 婚姻の意思を失う特段の事情がないかぎり、届出受理時の婚姻意思の存在が積極的に確 認されなくとも届出は有効であるとする。 3 ※死亡後の届出 少し事例が変わるが、当事者の一方が死亡した後に提出された婚姻届の効力はどうな るのだろうか。これに関しては次の 2 件の判例がある。 ① 大審院昭和 16 年 5 月 20 日判決 → 婚姻無効 ② 大審院昭和 16 年 7 月 30 日判決 → 届出人死亡の時に遡り有効に成立 異なる判決となっているが届出成立要件説を採用するか、届出効力要件説を採用する か。戸籍法 47 条との関係や本件の事例の判決などを踏まえると、再検討の余地のある結 論であるともいえるかもしれない。 5. 本件の判旨 「将来婚姻することを目的に性的交渉を続けてきたものが、婚姻意思を有し、かつ、そ の意思に基づいて婚姻の届書を作成したときは、かりに届出の受理された当時意識を失 っていたとしても、その受理前に翻意したなど特段の事情のない限り、右届書の受理に より婚姻は有効に成立するものと解すべきであり、本件婚姻届書の作成および届出の経 緯に関して原審の確定した諸般の事情のもとにおいては、本件婚姻の届出を有効とした 原審の判断は相当である。 」 6. 最後に 私としては概ね判例の立場に賛同である。婚姻は何より当事者の意思が大事であるの だから、当事者が真に婚姻を望むのなら婚姻を成立させるべきではないかと考えるから である。しかし婚姻意思の存在時期については若干煙に巻かれた感がしなくもなかった。 婚姻の意思の内容については事実上の夫婦共同生活(同棲)がないのに婚姻を有効として もいいのかという批判は多いが、判例百選(第 6 版)の解説の内容が大いに気に入ったの で以下に挙げておく。 「社会的に正式の夫婦つまり法律上の夫婦になっておきたいとの真摯な願いは、死期が 迫っている中であるだけに一層真実と見るべきであり、事実的身分関係がある場合とな い場合とで区別することなく保護されるべきものだからである・・・・たとえ婚姻生活 は短期に消滅することが強く予想されるにしても、およそ残された人生の長短は相対的 なものであり、むしろ真摯な婚姻意思を直視することこそ、価値観の多様な今日の社会 に生きる人間の現実に即した実体的意思の把握であろうと考える」 4 参考文献 水野紀子・大村敦志・窪田充見編『家族法判例百選[第 7 版]』(有斐閣・2008 年) 久貴忠彦・米倉明・水野紀子編『家族法判例百選[第 6 版]』(有斐閣・2002 年) 栁澤秀吉・緒方直人編著『親族法・相続法』(嵯峨野書院・2006 年) 棚村政行『結婚の法律学』(有斐閣・2006 年) 右近健男『婚姻無効の判例総合解説』(信山社・2005 年) 5
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