Vol.31 No.1 January 2015

ファームテクジャパン 第31巻第1号 平成27年1月1日発行(毎月1回1日発行)
Vol.31 No.1 January 2015
製剤技術とGMPの最先端技術情報誌
(Vol.31 No.1)
座談会
1 CONTENTS
2015
█ 今後10年を見据えた製剤技術とは?
(出席者)大石俊家氏,白鳥悟嗣氏,夏山 晋氏,福田誠人氏,
(司会)山本浩充氏
7
15
█ 日本PDA製薬学会 第21回年会−クオリティーカルチャーとは
22
█ 安定性試験研究会 第21回例会を開催
24
█ シグマ アルドリッチ−シームレスな“抗体−薬物コンジュゲーションサービス”を開始∼Baxter社と協働∼ 25
ファームテクジャパンセミナー実践PIC/S GMP
REPORT
█ 新しい品質保証の考え方を現場から学ぶ
Study of GMP
█PQR
(製品品質の照査)
について
(第2回)
/角井一郎
█社会に貢献する無菌医薬品の製造・品質管理の在り方(第2回)/角田匡謙,古賀裕香里
█【図解で学ぶPIC/S GMP
(製剤)
/第19回】品質管理−4/榊原敏之
█PIC/SとCSV
(3)
/荻原健一
第1回インターフェックス大阪
in-PHARMA 大阪,再生医療 産業化 展,メディカル ジャパン2015 大阪
ARTICLES
█海外メガ企業に学ぶ研究開発戦略
(第2回)
CMC戦略/残華淳彦
█日本薬局方収載に向けて 糖鎖試験法の解説/原園 景,石井明子,川崎ナナ
█報告 ロバート・サミュエル・ランガー教授の京都賞受賞と受賞記念行事/橋田 充
█微生物試験法Q&A−現場の困った! に答える誌上セミナー(第15回)/佐々木次雄
█次世代乾燥技術と創薬への応用
(最終回)
/大竹聡敏,伊豆津健一,津本浩平
█【医薬品包装設計へのユーザビリティ工学からのアプローチ(第7回)】PTPシートの外観類似性評価方法の検討/大倉典子
█糖鎖構造とバイオ医薬品
(後編)
/朝井洋明,坂本 泉
█欧米におけるOPEXの潮流と日本における必要性 第1回/太田信之,石川忠幸,鈴木正隆
█注射剤の剤形選択−開発ステージ戦略/トニー・ピジョン
█【医療機器ソフトウェア−ソフトウェアライフサイクルプロセス(第3回)】序文の解説/宇喜多義敬
█製剤研究者が注目する一押しトピック
█医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団ニュース(No.87)/津田重城,最上紀美子
27
35
41
47
65
53
81
93
97
103
115
119
123
129
135
139
143
製剤と粒子設計
特集 医薬品の効率的な製剤設計および品質管理のための測定技術−振動分光法
149
❶測定技術の解説「テラヘルツ分光法」/寺田勝英
❷ラマン分光法による医薬品の製造工程設計および品質管理/寺下敬次郎
157
❸近赤外吸収スペクトル測定法の製剤分野への利用/土肥優史,他
163
❹ラマン分光法:Kaiser WorkStation ,TruScan RM❺TAS7500/7400シリーズによる医薬品解析
170
❻製剤研究に貢献する,革新的ラマンイメージングシステムDXRxi❼オンライン錠剤含量測定機 TANDEM 3
システム❽ラマン分光法:Invia Raman spectroscopy microscope❾テラヘルツ分光システムTRシリーズ
フーリエ変換型近赤外分析計NIRFlex N-500による錠剤の分析例 XDS・近赤外分析計
製剤技術
█【製剤と粒子設計】どのようにしてOSDrC®技術は生まれたのか?/尾関有一,猪飼文治,安藤正樹
█【製剤と粒子設計】粒子加工技術分科会 平成26年度 第2回見学・講演会印象記/大塚製薬工場 釧路工場/岡部耕平
█【製剤と粒子設計】第31回製剤と粒子設計シンポジウム印象記/伊井直人
183
191
193
●行政ニュース
178
自己iPS細胞由来網膜色素上
皮細胞に関する評価指標
●News Topics
197
●New PRODUCTS
202
◆次号予告
236
■World News Topics 203
ガイダンス関連,GMP関
連,製剤技術関連,原薬関
連,警告書関連
◇編集顧問
大矢晴彦 横浜国立大学名誉教授
仲井由宣 千葉大学名誉教授
◇編集委員
川嶋嘉明 愛 知 学 院 大 学 特 任 教
園部
授・岐阜薬科大学名誉
教授
尚 公立大学法人宮城大学
理事
永井恒司 (財)永井記念薬学国
際交流財団理事長
長江晴男 NPO-QAセンター
代表副理事
Vol.31 No.1
(2015) 5
PQR
(製品品質の照査)について
第2回
Update on PQR, PartⅡ
独立行政法人医薬品医療機器総合機構
角井一郎
ICHIRO TSUNOI
Pharmaceuticals and Medical Devices Agency(PMDA)
はじめに
前回においては,我が国のGMP規制におけるPQRの
位置づけ,運用動向等について,PIC/S GMPガイド及
び欧米のGMP規制における規定と比較しながら概説す
るとともに,厚生労働科学研究の成果などを紹介した。
今回は,
「製品品質の照査の報告書の記載例」
(以下,
「記
1)
載例」という。
)
から解説をはじめたい。
1.
「製品品質の照査の報告書の記載例」
について
「記載例」の内容について順をおって簡単に触れたい。
・製品名
・製造販売承認又はGQP取決め又は輸出届の参照先
・製品標準書
・対象製品ロット,ロットサイズ
・対象製造所
・主要関連装置
・関連ユーティリティー
・バリデーション実績
・照査対象期間
・照査実績
・参照手順書等
・照査年月日
・照査実施責任者の職名及び氏名並びに署名
・評価者の職名(品質保証部長)及び氏名並びに署名
・承認者の職名(製造管理者)及び氏名並びに署名
図1 「製品品質の照査の報告書の記載例」報告書冒頭記載事項
まず「記載例」の冒頭で,PQR報告書の表紙に掲げられ
る表に記載されている事項を列挙したものが図1である。
が,それぞれが署名する意味合いをしっかり認識するこ
「製品名」
,
「製造販売承認等の参照先」
,
「製品標準書」
とが大切である。実施責任者は,記載の完全性と正確性
の次に「対象製品ロット,ロットサイズ」とある。ここ
に責任を負うべきであろうし,承認者は,他の製品,製
での記載は工夫を要するものであると思われる。例えば,
造所としてのGMP全体といった大所高所の観点から,
照査対象期間中に,①製造されたロット,②そのうち出
対象やアプローチが妥当なものであるかどうかについて
荷可否決定のための試験検査を終了したロット,③その
も責任を負うべきであろうと思われる。①から⑫の項目
うち出荷可とされたロット,といったように分けておく
ごとに,担当部署の代表者に,担当部分の記載の正確性
必要があるかもしれない。また,出荷試験マチのほか,
について確認した旨の署名を求めているようなケースも
苦情処理の水平展開等によりホールドとなっている各
あるかもしれない。
ロットについては,簡単に記述整理しておくとよいかも
「記載例」の解説に,
「冒頭で過去の照査結果(それに
しれない。
ついてのマネジメントレビュー結果を含む。
)を検証し,
照査実施責任者,評価者及び承認者の職名及び氏名を
その結果を以下の照査において考慮することが望ましい。
」
記載する箇所がある。淡々と記載するにとどまっている
と あ る。PIC/S GMPガ イ ド に お い て も「taking into
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(2015) 2₇
PQR(製品品質の照査)について 第2回
account previous reviews」との規定がある。実際の照
査においては,調査,対応,有効性評価等が未了である
ためクローズできずに次回照査に持ち越すような案件が
少なからず出てくると考えられ,そうしたものが漏れな
くカバーされていることを,冒頭で整理・確認しておく
ことは非常に大事なことだと思われる。また,PQRの
結果は,自己点検等とあわせてマネジメントレビューに
インプットされることが期待されるが,マネジメントレ
ビューのアウトプットを,それを受けた照査の冒頭で整
理・確認しておくことも重要である。PQRとマネジメ
重要度A又はBの原料及び資材の受入れ時における試験検査の結
果について照査を行った。重要度A又はBの原料及び資材は,原
薬「スミレ」10ロット,添加剤「結晶セルロース」2ロット,
「低
置換度ヒドロキシプロピルセルロース」2ロット,
「ヒプロメロー
ス」2ロット,「ステアリン酸マグネシウム」2ロット,PTP包
装資材「ポリプロピレンフィルム」4ロット,
「アルミニウム箔」
4ロット,瓶詰め包装資材「ポリエチレン瓶」3ロット,「ポリ
プロピレンキャップ」3ロット,「ラベル」4管理単位及び「添
付文書」4管理単位であった。いずれの受入試験検査において
も不適合となったものはなく,適合率に係る傾向は前回照査対
象期間に引き続き管理状態であると判定する。以上より,現時
点において,当該製品の原料及び資材に係る現行の規格及び供
給者は妥当であると判定する。
図2 「記載例」における「①原料・資材」照査の記載(抜粋)
ントレビュー,ひいては医薬品品質システムとの関係に
対象にこの「原料・資材」を加えようとした際には様々
ついては後述する。
な 議 論 が あ り, 結 果 と し て「especially from new
PQR報告書の冒頭記載事項は,
「記載例」に示されて
sources」というフレーズが加えられたといわれている。
いるものに限定される必要はない。例えば,照査の結果,
「記載例」の表にも「新規供給者」というカラムが設け
必要とされた再バリデーション,CAPAその他の改善に
られているところである。
ついて,関連のリスク評価結果と合わせまとめておくこ
GMP事例集(2013年版)GMP5-16に「原料及び資材は
とも一考かと思われる。
どこまでが対象となるのか。
」という問がある。通例,
また,グループ化を行った場合には,PQR報告書の
製剤の場合には出荷される製品に含まれる原料及び資材
冒頭において,その戦略及び科学的正当化について言及
が対象となる,原薬の場合には重要な原料及び資材が対
しておく必要があると思われる。なお,グループ化に関
象となる,PQRの対象となる項目については手順書に
しては,GMP事例集(2013年版)2)のGMP5-13に「どの
記載することが望ましい,という回答が記載されている。
ような場合に認められるのか」という問があり,
「科学
供給者評価に関しては,個別製品のPQRの直接の対
的な根拠がある場合にはできる。
」という回答が示され
象とはせずに,別途取りまとめているケースもあるかも
ている。そして製品とは関係なくグループ化して照査す
しれない。無理にそれらの内容をPQR報告書に二度書
ることが可能な項目として,
「変更」
,
「安定性モニタリ
きする必要はないが,容易に参照できるように引用記載
ング」
,
「返品・品質情報・回収」
,
「従前PQR対応」
,
「装
することが必要かと思われる。
置・ユーティリティー適格性」が挙げられている。なお,
FDAのCDERは,異なる製品についてはプロセスが類
②工程管理・規格試験
似であるという理由でグループ化してはならない
「記載例」における「②工程管理・規格試験」につい
(Different products may not be grouped by“similar
ての照査の主要部分の記載は図3のとおり。記載例の本
processes”or any other similar approach, because the
文中に,process capability,すなわち「工程能力の評価」
necessary differences in the process and/or
に関する記載がある。工程能力指数は,何(承認規格か
specifications which make each product unique may
社内規格か)を参照して算出されたものであるかについ
result in different manufacturing outcomes.)との解説
て明示する必要があると思われる。また,仮に盲目的に
を示している。
工程能力評価だけに頼ってしまったとすると,一連のデー
それでは,
「記載例」における「12項目」それぞれの
タがもつ重要な示唆,予兆等を見逃すおそれもあること
内容について概説したい。
に留意が必要かと思われる。
3)
「記載例」は触れていないが,過去の照査結果を踏ま
①原料・資材
えたトレンディング,再バリデーションの必要性等につ
「記載例」における「①原料・資材」についての照査
いて言及するようなケースもあり得ると思われる。
の主要部分の記載は図2のとおりである。PIC/S GMP
また,PIC/S GMPガイドでは明示的に照査対象とは
ガイドの規定の元となったEU-GMPにおいて,PQRの
されていないが,リスクに応じて「重要な工程パラメー
2₈
Vol.31 No.1(2015)
第
図解で学ぶPIC/S GMP(製剤)
回
₁₉
PIC/S GMPガイドをベースにして
品質管理-4
Quality Control-4
ジーエムピーコンサルティング有限会社
榊原敏之
TOSHIYUKI SAKAKIBARA
GMP Consulting, Inc.
19.1 QC査察の受入れ
<一般論>査察受入れ
筆者案
1)GMP査察を受け入れる体制を確立しておく
今 回 はQCのPIC/S GMP査 察 を 取 り 上 げ る。PIC/S
GMPが導入されてGMP査察はどのように変化するのだ
ろうか。PIC/Sには,
「医薬品QCの査察」という査察官
用補助文書(PIC/S Aide︲Memoire)がある。QC査察時
の査察項目,査察ポイント,質問例が一覧表にされてい
る。このガイドを参考にしてPIC/S GMP査察の内容を
紹介しよう。査察に対する感覚は各社各様であると思う。
本稿を参考にして,PIC/SのQC査察の受入体制を確立
していただければ幸いである。
査察受入れの一般論(筆者案)を最初に紹介する(図解
19.1)
。査察時には査察官が来社するが,査察官とは査
察を実施するプロである。その道の教育を受け,経験も
積んでいるため,受入側も構える必要がある。査察は受
入体制を整え,受入責任者を中心にして受け入れる。
受入体制とは,受入組織,手順書,回答者選任,訓練
である。査察の目的および規模によって,受入れ時の人
数を柔軟に変えればよい。できるかぎり少人数で受入れ,
必要に応じて現場の応援を求めることを勧める。
この査察受入体制は監査受入れにも適用すればよい。
①受入組織・・・責任者,QAと製造とQCの代表で組織
②受入手順書を準備する
③質問への回答者を選任する
④受入訓練を実施する
2)査察の受入体制を監査受け入れにも適用する
・・・査察と監査は目的が異なるのだが
 規制当局によるGMP査察・・・法令違反の有無
 企業によるGMP監査
<初回>GMP法令遵守の可能性確認
<継続>契約内容の遵守の確認
3)査察をあたりまえに受け入れよう
 特別なものにしない
 直前の大がかりな準備で対応できるものではない
 海外からの査察や監査には「特別な準備」も必要
4)まっとうな取り組みをする
 各部署の本丸が査察の重点になるように計画する
 ささいな指摘を受けないように準備をする
5)査察受入時の注意事項
①回答者を育てる
②使用する「説明書」を準備しておく・・・徐々に備えればよい
③文書(SOP等)に記載されていないことを話さない(答えない)
④実行していないことを話さない
⑤実行できそうもないことを約束しない ⇐ 指摘に対して
図解19.1
GMP査察(Inspection)とは,厚生労働省,都道府県の薬
務課,米国FDA等の規制当局が行う調査であり,医薬
ために企業が供給業者に対して行うことが多い。ただし,
品製造作業が法令を遵守して行われていることを確認す
初回監査時にはまだ約束事がないので,GMP法令遵守
ることである。もし違反があれば指摘し,是正を求める。
の可能性確認が目的になる。継続監査では,約束事すな
一方,GMP監査(Audit)は聴聞および/または検査の意
わち契約事項が遵守されていることを確認するのが目的
味であり,
「約束どおりに行われていることを確認する」
になる。査察と監査は目的が異なるが,同じ体制で受け
Vol.31 No.1
(2015) 41
海外メガ企業に学ぶ研究開発戦略
第2回 CMC戦略
Research and Development strategies at Mega Pharma
武田薬品工業株式会社
残華淳彦
ATSUHIKO ZANKA
Takeda Pharmaceutical Company Limited
含 ん で い る 可 能 性 も 否 定 で き な い。 こ れ ら の 課 題 が
はじめに
Phase 2臨床試験をはじめとするピボタルな臨床試験段
階で明らかになり,再び青いリンゴを収穫してきても,
前号では,確実な製品創出に最も重要な要素は「選択
他社が類似の技術で同類の候補品を開発している状況下
と集中」
,
「他社品との差別化を可能にする自社独自技術」
ではすでに時遅し,である。
であることを述べた。数多くの疾患領域で患者に有効な
このような背景から,2000年以降,各製薬企業では特
医薬品が開発されている環境下では,他社品と明確な差
にPhase 1臨床試験までの開発のスピードアップと,こ
別化ポイントを有する,特徴ある医薬品でなければ新薬
の段階での化合物の素養,特に薬物動態,ヒトへの有効
として社会に受け入れられることは困難であり,たとえ
性確認,できれば安全性の確実な見極めが重要な課題と
上市できた場合でもそれまでに要した研究開発費の回収
なっている。筆者は「なぜ,海外のメガ企業では,前臨
は困難である。対象疾患が限られている現状では,数多
床試験結果が得られた時点からPhase 1臨床試験開始ま
くの製薬企業が類似の新薬開発を目指していることも事
での期間がかように短いのか?」との疑問が常にあった。
実であり,かつ人材の移動が頻繁に発生し,技術情報の
もし,前臨床試験に基づくヒト予測をより早く,より安
共有化が極めてスムースに進む研究環境下では,純粋な
価にPhase 1臨床試験にて確認できれば,これは研究開
自社独自技術,経験を長期に維持することは難しく,結
発効率の大幅な向上となり,最終的にはより良い製品を,
局はその技術を用いて,いかに早く開発に値する候補品
より早く患者に届けることとなる。
を見出すかが大きな鍵となっている。
この疑問を解くべく,2003年9月,欧州メガ企業を訪
ヒト臨床試験結果の予測技術は大きく発展したが,新
問し,本部長,研究所長の方々にインタビューを行い,
たな作用機序を有する新薬候補品については,臨床試験
その足で英国に渡り,MHRAを訪問して得られた情報を
で期待を裏切る結果となることも少なくはない。この最
基にPhase 1臨床試験について協議した。また,同時に
も大きな原因は,最新の前臨床研究技術を用いても臨床
他の欧州メガ企業担当者にお会いし,研究開発戦略につ
試験結果を前もって完全に読みきることは困難であるこ
いてご指導いただいた。その後,2005年に米国メガ企業
とに尽きるが,同時に医薬品開発の世界では特に2000年
の研究所長に同様の内容でインタビューする機会を得た。
以降は,赤く熟してよい香りのする,かつ手が届くリン
本稿は,この3社から提供いただいた情報の中で,
ゴはすべて取りつくしており,残っているのは木のてっ
CMC戦略に関する部分をまとめたものである。2003~
ぺんにある,未熟な青いリンゴのみであることもあげら
2005年当時の話であり,いくぶん古い情報ではあるが,
れる。製薬企業は,in vitro評価という技術で木に登り,
研究開発の生産性向上,その中でもとりわけ,
「真に開
これをもぎ取り,手の中で大事に熟させるものの,しょ
発に値するものをより早く,より確実に見出す」という
せんは将来を予想した収穫物にすぎず,この段階ではヒ
のは製薬企業の永遠の課題であり,いただいた情報は色
トでの有効性には確信が持てない。また,未熟果である
褪せていないと信じる。なお,各社の担当者からは,
「提
がゆえ,そのときは小さな傷にすぎないが,その後の臨
供した情報が,最終的に患者のためになるのであれば,
床開発段階で被験者,患者の安全性という大きな問題を
そのために日本の製薬企業の新薬創出への参考になれば
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日本薬局方収載に向けて 糖鎖試験法の解説
A Comment on Japanese Pharmacopoeia glycan analysis of glycoproteins
国立医薬品食品衛生研究所 生物薬品部
原園 景,石井明子,川崎ナナ
AKIRA HARAZONO, AKIKO ISHII, NANA KAWASAKI
Division of Biological Chemistry and Biologicals, National Institute of Health Sciences
高く,不均一性を示す。糖鎖の役割について多くの研究
はじめに
がなされ,生物活性や抗原性などバイオ医薬品の有効性
および安全性に影響を及ぼし得ることが明らかにされて
1985年にインスリンが開発されて以降,多くのバイオ
きた1, 2)。バイオ医薬品の糖鎖プロファイルは,細胞株,
医薬品が開発され,製造・販売されている。糖鎖修飾は
培養条件の違いなどさまざまな要因により変動する3, 4)。
普遍的な翻訳後修飾であり,インスリン,インスリンア
そこで,特性解析にて徹底的に糖鎖修飾の分析を行い,
ナログ,成長ホルモン,一部のG-CSF,ヒト血清アル
有効性安全性評価の結果と合わせたリスク評価に基づき,
ブミンおよび血液凝固第�因子
(申請中)
等を除くと,バ
適切な品質確保のための方策を設定する5~7)。この方策
イオ医薬品のほとんどは糖タンパク質である
(図1)
。糖
には,原材料の管理,工程パラメータの管理,工程内管
タンパク質に結合している糖鎖の構造は複雑で多様性が
理試験,原薬あるいは製剤の規格及び試験方法が含まれ
1985
ホルモン
サイトカイン
1990
インスリン
ソマトロピン
インターフェロン ベータ
1995
セルモロイキン メカセルミン
テセロイキン
カルペリチド
インターフェロン アルファ(NAMALWA)
グルカゴン
インターフェロン アルファ-2b
インターフェロン アルファ(BALL-1)
インターフェロン ベータ
インターフェロン ガンマ-1a
エポエチン アルファ
エポエチン ベータ
フィルグラスチム
レノグラスチム
酵素類
2000
インスリン グルリジン
インスリン アスパルト
インスリン デグルデク
インスリン デテミル
ペグビソマント
テリパラチド
インターフェロン ベータ-1b
リラグルチド
インターフェロン アルファコン-1
メトレレプチン
ペグインターフェロン アルファ-2a
ペグインターフェロンアルファ-2b
インスリン グラルギン
インターフェロン ベータ-1a
トラフェルミン
ナルトグラスチム
アルテプラーゼ
パミテプラーゼ
ラロニダーゼ
オクトコグ アルファ
ルリオクトコグ アルファ
エプタコグ アルファ
ムロモナブ-CD3
ダルベポエチン アルファ
フォリトロピン ベータ
ホリトロピン アルファ
アガルシダーゼ ベータ
モンテプラーゼ
イミグルセラーゼ
抗体類
(承認年)
2010
2005
インスリン リスプロ
リツキシマブ
トラスツズマブ
パリビズマブ
インフリキシマブ
バシリキシマブ
ペグフィルグラスチム
エポエチン ベータ ペゴル
ラスブリカーゼ
ノナコグ アルファ
アガルシダーゼ アルファ
イデュルスルファーゼ
ベラグルセラーゼ アルファ
ドルナーゼ アルファ
アルグルコシダーゼ アルファ
ツロクトコグ アルファ
エフトレノナコグ アルファ
ガルスルファーゼ
トロンボモジュリン アルファ
トシリズマブ
ゲムツズマブ オゾガマイシン
ウステキヌマブ
ゴリムマブ
カナキヌマブ
ベバシズマブ
イブリツモマブ チウキセタン
アダリムマブ
セツキシマブ
デノスマブ
モガムリズマブ
オマリズマブ
セルトリズマブ ペゴル
ラニビズマブ
エクリズマブ
パニツムマブ
オファツムマブ
ペルツズマブ
トラスツズマブ エムタンシン
ブレンツキシマブ ベドチン
ナタリズマブ
エタネルセプト
その他
ニボルマブ
アレムツズマブ
アバタセプト
ロミプロスチム
アフリベルセプト
⼈⾎清アルブミン
図1 日本で承認されたバイオ医薬品の一覧
ワクチンおよび後続品は除く(糖タンパク質を赤で示す)。
Vol.31 No.1
(2015) 81
PPD
製 剤 技 術
製剤と粒子設計
特集 医薬品の効率的な製剤設計および品質管理のための測定技術-振動分光法
₁
測定技術の解説「テラヘルツ分光法」
Introduction to analytical technology : Terahertz spectroscopy
東邦大学 薬学部
寺田勝英
KATSUHIDE TERADA
Toho University
多くの試料が透明である。すなわち,0.5~3THzの周
はじめに
波数領域は透過性が高くスペクトルの取得が可能である。
テラヘルツ分光法では透過性の高さを利用し,固形製剤
テラヘルツ分光法は,0.1~10THzの周波数領域(テラ
を透過法でラスタースキャン(入射波に垂直な面内で試
ヘルツ領域)を測定範囲とする。この領域は,近年まで
料を二次元的に移動させて測定する手法)することで,
操作可能な単一もしくは可変周波数を持つ光源がなく,
二次元の分光イメージの測定が可能である。また,固形
さらに低温冷却型の高感度検出器が必要であったことか
製剤を反射法で測定した場合,透過性が高いため,テラ
ら,これまで産業界においてほとんど利用されることは
ヘルツ波の入射面である製剤表面に加えて入射面とは反
なかった。1990年代初頭に100フェムト秒(1fs=10 s)以
対側の製剤表面からの反射波も検知することができる。
下の光パルスを発振する固体のレーザーが市販されるよ
テラヘルツ分光法の医薬品への応用を考えるとスペク
うになり,パルス状のテラヘルツ波の発生と検出が可能
トルの利用とイメージングの利用に大きく分けられる。
になったことで,テラヘルツ時間領域分光法
(Terahertz
本稿では,われわれの研究をもとにテラヘルツ分光技術
time-domain spectroscopy)が確立され,さまざまな研
を原薬や製剤に応用した例を紹介する。
-15
究分野にテラヘルツ分光法の応用が可能となった。テラ
ヘルツ時間領域分光法は,測定試料を透過した後に生じ
るパルス状のテラヘルツ波の時間波形を測定し,それを
1.製剤に含まれる主薬の結晶多形
および疑似結晶多形の定量分析
フーリエ変換することによって周波数ごとの振幅と位相
結晶多形の定性および定量分析に汎用される分析技術
情報を得る新しい分光法である。また,試料内での多重
は粉末X線回折法である。近年,NIR法やラマン分光法
反射は時間波形において時間軸上で分離表示されるため,
など,製剤を非破壊で分析可能な分光学的手法が,同じ
試料内におけるテラヘルツ波の伝播の履歴もとらえるこ
目的で適用されるようになった。とりわけテラヘルツ分
とができるという特徴がある。
光法は,主薬の結晶化度および結晶多形の新しい分析技
テラヘルツ分光法の周波数(0.1~10THz)領域では,
術として期待されており,いくつかの化合物を使った分
分子内振動や分子間フォノン振動,すなわち結晶の分子
析結果が報告されている。テラヘルツ分光法は分子同士
間振動をとらえるため,有機結晶の結晶多形に対して非
の結合状態
(すなわち結晶形)
に起因するエネルギーの検
常に敏感である。したがって,固形製剤中の主薬が結晶
出に優れるため結晶多形の分析に適している。例えばト
多形を持つ場合には,結晶形の同定に適用可能である。
ルブタミド,カルバマゼピンなどの結晶多形の2次微分
分光法では,試料固有のスペクトル
(指紋スペクトル)
を
スペクトルでは明確に結晶多形を識別できる。また,非
測定することで,試料の定性および定量分析が可能であ
晶質は吸収を持たないので結晶化度の違いを区別するこ
る。ほとんどの指紋スペクトルは0.5THz以上の周波数
ともできる。粉末X線回折や熱分析では区別しにくかっ
領域に存在し,また3THz以下の周波数領域においては
た結晶多形の識別が,テラヘルツ分光法を用いると容易
*本欄は,製剤と粒子設計部会の企画・編集によるものである。
Vol.31 No.1
(2015) 14₉
PPD
製 剤 技 術
製剤と粒子設計
特集 医薬品の効率的な製剤設計および品質管理のための測定技術-振動分光法 1
測定技術の解説「テラヘルツ分光法」
ルとしてアットラインあるいはインライン測定に応用で
2.8
7
2.4
6
Absorbance
2
5
1.2
3
0.8
0.9
1.0
ることで,製剤の表層部分ではなく錠剤内部も含む定量
分析が可能となる。Fig.2には,テラヘルツ反射法によ
100%
90%
80%
75%
50%
25%
0%
1.6
4
きる可能性がある。さらに,テラヘルツ反射法を適用す
Mixing ratio of
theophylline
anhydrous form
1.1
2
る分析方法の装置を示した。時間波形において,X軸は
検出器が反射波を検出した時間,Y軸は反射波の強度を
表す。図中に示したピークaは製剤底面部からの反射波,
1
0
ピークbは製剤の上面部からの反射波を表す。ピークb
0.0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
1.4
は製剤内部を通過した反射波であり,製剤の表層部分だ
1.6
Frequency(THz)
けではなく内部の情報も含んでいる。透過するテラヘル
Fig.1 Terahertz spectra of theophylline tablets
ツ波を検出し反射波の強度を向上させることを目的とし
に区別できたとの報告もある1)。モデル医薬品としてテ
て,テラヘルツ分光装置の鏡面としてアルミニウム板を
オフィリンを含む錠剤中のテオフィリン無水物を定量し
製剤の上面部に設置した。図中eで表されるピークは製
た例を示す。0.98THzにテオフィリン無水物の吸収ピー
剤の上面部からの反射波を表し,fおよびgは多重反射波
クが認められるが,添加剤として用いた結晶セルロース,
を表す。この時間波形においてピークeの強度が最大で
ステアリン酸マグネシウムはこの領域に吸収は認められ
あったため,テラヘルツスペクトルの取得にはピークe
ない。さらにテオフィリン1水和物もこの領域に吸収を
の時間範囲のみを利用することにした。モデル医薬品と
持たない。そこで,テオフィリン無水物と水和物の混合
して用いたサリチル酸ナトリウムのスペクトルはFig.3
比を変化させてスペクトルを測定するとFig.1のように
のようになり,良好な精度で定量できることが確認され
なる。この0.98THz付近の周波数領域を多変量解析する
と,高い精度で無水物の定量分析が可能である2)。
2.2
8
2.テラヘルツ反射法を応用した
製剤中の主薬の迅速定量分析
1.7
7
Absorbance
医薬品製造において,含量均一性試験を含め製剤中の
主薬の定量分析は,製剤の品質を保証するのに重要であ
る。近年,工程におけるデータ収集ならびに得られたデー
6
1.2
5
0.7
4
0.2
3
2
タをもとに工程を管理するシステムとしてPAT
(Process
130%
115%
100%
85%
75%
1
Analytical Technology)が注目されている。通常は高速
0
液体クロマトグラフィー法が主薬の定量分析法として汎
-1
用されているが,製造工程中において非破壊的に製剤を
分析する代替法の検討が進められている。テラヘルツ分
0
a
Amplitude
(V)
c
b
tablet
0.6
without plate
e
0.4
d
0.2
f
b
sample stage
detector
g
0
plate
with plate
-0.2
-0.4
a
incident beam
0
10
20
30
40
Time
(psec)
50
60
d
e f
g
detector
Fig.2 Time-dimain spectra of mannitol tablet with and without an aluminum plate
150
Vol.31 No.1(2015)
0.5
1
Frequency(THz)
1.5
Fig.3 Terahertz spectra of sodium salicylate tablets
光法は製造工程での分析に有用な技術であり,PATツー
0.8
0.25 0.35 0.45 0.55
2