日本産フリージアに発生する条斑壊疽症状について ‐病原ウイルスの探索‐

法政大学大学院理工学・工学研究科紀要
Vol.55(2014 年 3 月)
法政大学
日本産フリージアに発生する条斑壊疽症状について
‐病原ウイルスの探索‐
OCCURRENCE OF CHLOROTIC NECROTIC STREAK SYMPTOM OF FREESIA IN JAPAN
‐SEARCHING FOR CAUSAL VIRUS‐
前野絵里子
Eriko MAENO
指導教員
西尾健
法政大学大学院工学研究科生命機能学専攻植物医科学領域修士課程
Chlorotic necrotic streak(CNS)symptom was found on leaves of freesia in the fields of Hachijo island ,
Tokyo Prefecture and Anan city,Tokushima Prefecture,Japan.This symptom is very similar with the
necrotic symptom of freesia reported from several European countries, including the Netherlands.
Bean yellow mosaic virus(BYMV),Freesia mosaic virus(FreMV),Freesia sneak virus(FreSV)
were isolated from freesia .The epidemiological data show that the CNS symptom was caused by mixed
infection of those 2 or 3 viruses.
Key Words : freesia,chlorotic necrotic streak,virus,mixed infection
1.緒言
フリージアの葉に見られる壊疽症状は、約 40 年以上前
から欧州を中心に世界各地で発見されている(Vaira et
al.,2006)。我が国でも、主要産地である東京都八丈町を
はじめ、徳島県阿南市でも絣状の退緑または条斑壊疽
(Chlorotic necrotic streak:CNS 症状)などの症状を示す病
害が問題となっている。病原ウイルスとして、Bean yellow
mosaic virus(BYMV)、Freesia mosaic virus (FreMV)、
Freesia sneak virus(FreSV)などが考えられているが、未
だに原因は明らかではない(Vaira et al.,2006)。そこで、
日本国内で栽培されているフリージアに感染しているウ
イルスを分離・同定し、CNS 症状との相関関係を明らか
にすることを目的とした。
2.材料及び方法
2011 年から 2013 年にかけて、何らかの病徴が見られる
株を中心に採集した東京都八丈町産フリージア 30 品種
309 検体(S,Y,O,T,K,R 圃場)、徳島県阿南市産フリージ
ア 8 品種(うち 3 品種は不明)91 検体(A,B,C,D,E,F,G,H,I
圃場)、鹿児島県産および東京都産市販フリージア 55 検
体(品種混合)を供試して、ウイルス感染の有無を調べ
た。ウイルスの分離・同定は、各種検定植物への汁液接
種、
ELISA 法および RT-PCR 法
(BYMV,FreMV,FreSV)
、
ウエスタンブロット法、電子顕微鏡観察(ネガティブ染
図 1.CNS 症状が見られる東京都八丈町産フリージア
品種:アレキサンダー
3.結果及び考察
(1)ウイルスの同定と特徴
1)BYMV
BYMV は、ELISA および RT-PCR(BYMV 特異プライ
色法)、物理学的性質試験(耐熱性、耐保存性、耐希釈
マー:BCPF・BCPD)(Kumar et al.,2009)により検出・
性)、ウイルスの部分純化などの方法を用いた。
同定された。汁液接種では 2 属 5 種の植物に病徴が見ら
れ、Chenopodium quinoa および C. amaranticolor には退緑
なお、本ウイルスは、他の 3 種ウイルスとは異なり、
斑点が見られた。電顕観察では約 760nm のひも状粒子が
2011 年に東京都八丈町 O 圃場産の品種:ポルトサルート
観察された。
から検出されたのが唯一の例であり CNS 症状との関連性
2)FreMV
は低いと考えられる。
FreMV は、ELISA および RT-PCR(FreMV 特異プライ
A
マー:FMV-F・FMV-R)により検出・同定された。本ウイ
ルスは今回国内で初めて感染が確認された。C. quinoa へ
の汁液接種では病徴は見られなかったが、RT-PCR で接種
B
葉からウイルスが検出された。電顕観察では約 810nm の
ひも状粒子が観察された。
3)FreSV
FreSV は、ELISA および RT-PCR(Ophiovirus 属特異プ
ライマー:OP1・OP2)(Vaira et al.,2003)にて検出・同定
C
された。本ウイルスは今回国内で初めて感染が確認され
図 2.フリージアの茎に見られる壊疽症状(A)
た。新しく設計したプライマーでは 958bp の増幅産物が
認められ、FreSV と 99%の相同性を示した。ウエスタン
C. quinoa に見られる壊疽斑点症状(B)
ブロット法では約 48kDa の Ophiovirus 属ウイルス特異タ
H1F3 純化試料中に認められたウイルス様粒子(C)
ンパク質が検出された。酢酸ウラニル染色した電顕観察
※Bar は 100nm
では Ophiovirus と思われるウイルス様粒子が見られた。
4)H1F3
(2)CNS 症状と感染ウイルスの関係
上記の 3 種ウイルスの他に、茎に壊疽症状が見られる
FreMV および FreSV は、これまで戻し接種が成功した
東京都八丈町産フリージア 品種:ポルトサルート
(図 2A)
との報告がなく、接種試験による病徴の再現は困難と考
を C. quinoa に汁液接種したところ、
壊疽斑点が見られ
(図
えられ、各ウイルス感染株と症状との関連性を疫学的に
2B)、この分離株を H1F3 と名付けた。
調査した。
-1
本ウイルスの耐熱性は 45~50℃、耐希釈性は 10 ~10
圃場別の主な症状とウイルスの感染状況を表 1 に示し
-2
、耐保存性は室温(22℃)で 3~24 時間、4℃で 48 時
た。主な症状を CNS 症状、その他の症状、無症状の 3 種
間以上であった。感染 C.quinoa より TritonX-100、ベント
類に分けた。その他の症状とは、モザイク、黄化、奇形
ナイトを用いて部分純化した試料をモリブデン酸アンモ
など CNS 以外の症状全てのことである。東京都八丈町、
ニウム染色した電顕観察では、長さ約 160×幅約 70nm の
徳島県阿南市ともに、主な症状が同じで、かつ感染ウイ
桿菌状のウイルス様粒子(図 2C)が認められた。
ルスの傾向が似ている圃場ごとに、データをまとめた。
表 1.圃場別の主な症状とウイルス感染状況
ELISA検定による感染株数(感染率:%)
産地
東京都
八丈町
徳島県
阿南市
市販
圃場
調査
株数
単独感染
主な症状と
その株数
複合感染
BYMV
FreMV
FreSV
BYMV
FreMV
BYMV
FreSV
FreMV
FreSV
BYMV
FreMV
FreSV
0/116
(0)
0/116
(0)
1/116
(0.9)
S,Y
116
CNS 症状
87(75%)
3/116
(3)
18/116
(16)
0/116
(0)
94/116
(81)
O
136
無症状
102(75%)
92/136
(68)
24/136
(18)
9/136
(7)
7/136
(5)
A-H*
79
CNS 症状
65(82%)
1/79
(1)
26/79
(33)
0/79
(0)
5/79
(6)
2/79
(3)
35/79
(44)
8/79
(10)
I
12
その他の症状**
8 (67%)
0/12
(0)
0/12
(0)
12/12
(100)
0/12
(0)
0/12
(0)
0/12
(0)
0/12
(0)
55
無症状
52(95%)
0/55
(0)
34/55
(62)
0/55
(0)
18/55
(33)
0/55
(0)
0/55
(0)
0/55
(0)
*A,B,C,D,E,F,G,H 圃場
**CNS 以外の症状(モザイク、黄化、奇形など)
1/136
1/136
(0.7) (0.7)
0/136
(0)
東京都八丈町 S,Y 圃場および徳島県阿南市 A,B,C,
D,E,F,G,H 圃場は、ともに CNS 症状株が多いが、
感染ウイルスの傾向が異なる。S,Y 圃場は 81%が BYMV
ルス濃度が微小変化(ex.約 1%)した際に、CNS 症状が
激症化する可能性が高いという結果が得られた。
以上のように、定性的調査および定量的調査における
と FreMV の複合感染で、16%が FreMV 単独感染である。
分析では、CNS 症状は 3 種ウイルス相互間の複合感染に
一方、A-H 圃場は 44%が FreMV と FreSV の複合感染で、
よって引き起こされる可能性が高いことが示唆された。
33%が FreMV の単独感染である。また、東京都 O 圃場と
(3)防除対策
市販は、ともに無症状株が多いが、感染ウイルスの傾向
フリージアに感染するウイルスとして、本研究で明ら
が異なる。O 圃場は、68%が BYMV 単独感染で、18%が
かとなった 3 種ウイルスおよび未同定の H1F3 に加えて、
FreMV 単独感染である。一方で、市販は 62%が FreMV 単
ヨーロッパでは Varicosavirus が広く感染していると言わ
独感染で、33%が BYMV と FreMV の複合感染である。こ
れている(Vaira et al.,2006)。本研究で取り組んだ CNS
のように、3 種ウイルスと CNS 症状の関連性は明らかで
症状の原因を明らかにするためには、単離したウイルス
はない。
の戻し接種による原病徴の再現が必要であるが、戻し接
また、フリージア 455 検体の ELISA 検定の結果と、感
種は容易ではない。そこで、本研究の成果を踏まえて当
染ウイルス別の各症状の割合をグラフに示した。(図 3)
面の防除対策を提言すると、次の通りである。①ウイル
このグラフから分かるように、3 種ウイルスが単独感染し
スフリー球根を使用すること。肉眼観察だけでなく、
ている場合より、2 種または 3 種ウイルスが複合感染して
ELISA などによりウイルス感染の少ないロットを使用す
いる場合の方が、CNS 症状を示す割合が大きい。特に、
べきである。②BYMV および FreMV は Potyvirus 属と考
FreMV と FreSV の 2 種ウイルス複合感染の場合と、BYMV
えられていることから、アブラムシ伝染する可能性が高
も加えた 3 種ウイルスの複合感染の場合は、100%の株が
く、栽培中のアブラムシ防除の徹底が必要である。③
CNS 症状を示している。
FreSV は、土壌中に棲息する Olpidium 属菌により伝搬さ
れると考えられていることから、発生圃場では土壌消毒
を推奨する。
100%
謝辞
本研究を行うにあたり御指導頂いた法政大学応用植物
医科学研究室の西尾健教授に謹んで感謝し、御礼申し上
症
状
の
割
合
げます。本研究を行うにあたって、フリージアを御提供
50%
賜り、御助言してくださった竹内純先生(現 東京都農林
無
その他
総合研究センター)、建本聡先生(徳島県阿南農業支援
センター)、フリージア生産者の方々、チューリップを
御提供賜りました桃井千巳先生(富山県園芸研究所)に
CNS
0%
9
97 114
23
155
5
41
11
深く御礼申し上げます。また、御指導、御助言賜りまし
た川合昭先生、延原愛先生、長尾郁弥先生、遠藤三千雄
先生、黒川哲治先生、永吉秀光先生に深く御礼申し上げ
ます。
引用文献
※グラフ内の数値は株数
図 3.ELISA 検定結果と各症状の割合
1)Kumar.Y,Hallan.V and Zaidi.A.A(2009)Identification and
characterization of bean yellow mosaic virus infecting freesia.
J.Plant Biochemistry & Biotechnology.18:253-255
2)Vaira.A.M,Accotto.G.P,Costantini.A and Milne.R.G
また、本研究で供試したフリージア全 455 検体の病徴
(2003)The partial sequence of RNA 1 of the ophiovirus
の有無と ELISA による 3 種ウイルスの検出データを多項
ranunculus white mottle virus indicates its relationship to
ロジット分析にて統計学的に検討した。その結果、単独
rhabdoviruses and provides candidate primers for an
感染より複合感染している場合の方が、CNS 症状発現率
ophiovirus-specific RT-PCR test.Arch Virol.148:1037‐1050
が高くなるという結果が得られた。さらに、全 455 検体
3)Vaira.A.M,Lisa.V,Costantini.A,Masenga.V,Rapetti.S
の病徴の程度(0:無、1:軽、2:中、3:重)と ELISA
and Milne.R.G(2006)Ophiovirus infecting ornamentals and a
による 3 種ウイルスの吸光度すなわちウイルス濃度のデ
probable new species associated with a severe disease in
ータを順序ロジット分析にて統計学的に検討した。その
freesia.Acta Hort.722:191-199
結果、単独感染より複合感染している場合の方が、ウイ