古書のささやき - JASTJ からのお知らせ

40
No.
2006.9
古書のささやき
大 江 秀 房
20年近く馴染んだ書斎を引き払うため、思い切
って蔵書を処分することにした。ところが、思い
出深い本に出くわすと、ついつい手垢のよごれを
懐かしみつつ、ぱらぱらめくりが始まる。そんな
中でふと一冊に目がとまった。
ジョン・デスモンド・バナール(1901∼1971)
の名著『歴史としての科学』である。バナールは
イギリスの結晶解析学の権威で、その多岐にわた
る驚異的な知識から“大賢人”と呼ばれた。ケン
ブリッジ大学で鉱物学や結晶学の基礎を叩き込
み、22歳にしてロンドンの王立研究所に職を得て
いる。幸運にも、そこでX線結晶解析学の第一人
者W.H.ブラッグ(1915年に息子のW.L.ブラッグ
とともにノーベル物理学賞)と出会い、4年後に
講師としてケンブリッジ大学に戻り、その後物理
学教授として独創性に富む研究と後進の育成に努
めた。36歳のとき、P.S.ブラケット(1948年ノー
ベル物理学賞)の後釜としてロンドン大学バーク
ベック・カレッジの物理学教授の座に就き、先端
的な「生体分子研究所」を設立した。
バナールについては、思想的背景を別にしても、
特筆すべきことがいくつかある。一つは、当時不
可能とされていたタンパク質のような生体分子の
構造をX線で解析したことである。もう一つは、
彼の弟子や共同研究者の多くが一流の業績をあげ
ていることだ。例えば、
「DNAの二重らせん構造」
の解明に決定的寄与をしながら、ノーベル賞の恩
恵にあずからなかった女性科学者ロザリンド・フ
ランクリン。南アフリカからバークベックにやっ
てきたアーロン・クルーグ(1982年に電子分光法
の開発と核酸・タンパク質複合体の立体構造の研
究でノーベル化学賞)。ケンブリッジ大学で4年
ほど共同研究した女性科学者ドロシー・ホジキン
(1964年X線回折法による生体分子の構造決定で
ノーベル化学賞)。バナールを慕って、はるばる
ウィーンからやってきたM.ペルツ(1962年ヘモ
グロビンの研究でノーベル化学賞)など。
さらにもう一つは、著書『科学の社会的機能』
から明らかなように、科学を政治・経済といった
大きな社会的枠組みの中でとらえる洞察力であ
る。そこには、「科学を人類の平和と幸福のため
に!」という強い思い入れがあり、専門の学問は
もちろん、それとは別に深い哲学的問題にまで踏
み込んでいる。まだ環境問題がない時代のことで、
その中心は原子力であった。バナールは1951年に
サイエンス・フォア・ピースという組織を立ち上
げ、B.ラッセルを初代会長とするCND(Campaign
for Nuclear Disarmament)の先駆けとなった。ラ
ッセル−アインシュタイン宣言やパグウォッシュ
会議にも少なからず影響を与えた。
彼はまた、過度の専門分化を乗り越え、「科学
の統合化」をめざしていた。その真意は、「科学
の細分化が進めば進むほど科学を横断的に概観す
る目が必要だ」ということで、科学ジャーナリス
トもまた、そのような人材を育成する一翼を担う
べきであろう。
(フリーライター)
巻頭言 古書のささやき ...........................................1
会員だより 1 ミュンヘンで(ESOFとWFSJ)............5
例会報告 1 日本科学未来館設立満5年を迎えて ......2
会員だより 2 米国サイエンス・ライティング留学記③ .......6
例会報告 2 温室効果ガスは温暖化の真犯人か? .....3
第2 回科学ジャーナリスト賞候補募集 / 第5期科学ジャーナリスト塾開講 ...7
例会報告 3 理系白書顛末.........................................4
事務局だより・会員のBOOKSほか ...........................8
1
例会報告 1
日本科学未来館設立満 5 年を迎えて
毛利衛・日本科学未来館館長
6月10日の例会(見学会)は、日本科学未来館
(以下、未来館)の会議室で、館長の毛利衛氏か
ら「日本科学未来館設立満5年を迎えて」という
テーマで語っていただいた。1989年に毛利氏と一
緒に「初めてのスペースシャトル打ち上げを見た」
という未来館広報室長の桝田睦彦氏、引野肇会員
を聞き手にして、和やかなムードで始まった。
未来館で見てもらうのは、「物より人」
▲語り合う、毛利さん(中央)
、桝田さん(右)、引野さん(左)
未来館館長就任のきっかけは、「子供のときか
ら持ち続けた宇宙飛行士になる夢がかなって、今
度は、自分が何か貢献する番だと思っていた矢先
ここ3、4年は、アジアの科学館ブーム
に話があり、お引き受けした」と語る毛利氏。引
き受けた当初から「科学技術を日本の文化として
アジアでは、いま科学館の建設ラッシュだとい
とらえる」というコンセプトを打ち出し、人材育
う。とくに中国は、各省にひとつ大きな科学館を
成の重要さを主張したという。この考え方は、今
設立する方針を打ち出しており、北京や広州では、
年3月に閣議決定された第3期科学技術基本計画
巨大な科学館を建設中だ。
にも打ち出されている。
未来館では、いわゆる「展示物」だけではなく、
しかし、すでに建設済みの上海や韓国の科学館
の展示には、未来館を真似たところがあるそうだ。
サイエンスカフェ、ホームページなどすべての事
そんなこともあって、科学館を建設するインドの
業を含めて「展示物」としてとらえており、国民
ベンチャー企業へは、弁護士を通じて訴訟を起こ
との双方向のコミュニケーションができるような
しているそうである。
システムを目指しているという。したがって、見
ものは「物よりも人」である。
来年6月、未来館でASPAC(アジア太平洋
地域の科学館代表者の国際会議)が開催される。
アジア諸国と共存していく方法を模索中とのこと
スーパースターで子どもを科学にひきつけたい
未来館では、スーパーサイエンスハイスクール
である。
未来館にも財政改革の波
への支援を行ってきたとのこと。スーパーサイエ
ンスハイスクールとは、文部科学省が指定した科
「未来館の予算は、年間約30億円だが、売上は
学技術・理科、数学教育を重点的に行う高等学校
年2億円しかない。大赤字です。そこで、こうい
である。近年の理科離れの問題について、毛利氏
った施設は、廃止したらどうかという意見もある。
は「科学は、おもしろいものだと子どもたちに思
私どもはそうは思っていないので、生き残りのた
ってもらうことが重要」と語る。
めに付加価値をどれほど高めているかを認めても
スーパースターのひとりは、MEGASTARⅡ
らわなければなりません。今後は、民間のノウハ
(プラネタリウム)を製作した大平貴之氏。未来
ウも活用して、運営を改善していきたい。日本科
館は彼を戦略的にスーパースターに育てあげ、マ
学技術ジャーナリスト会議のみなさんとも、いっ
スコミなどに取り上げてもらうよう、積極的に努
しょに何かをやりたいですね」と抱負を語った。
力しているという。
2
(馬来 由理子)
例会報告 2
温室効果ガスは温暖化の真犯人か?
赤祖父俊一・国際北極圏研究センター所長
6月23日の例会は、赤祖父俊一・アラスカ大学国
者が好んで使うIP
際北極圏研究センター所長を迎え、武部俊一さんの
CC(気候変動に関
司会のもと北極圏の気候研究を通して見えてきた地
する政府間パネル)
球温暖化現象について語ってもらった。
の気候変動のデータ
近年、確かに地球の温暖化は進んでいて、100年
があるが、実は疑わ
前と比べて平均気温は約0.6℃上昇した。しかし、赤
しい点が多い。樹木
祖父さんは、人間が大量に排出した温室効果ガスが
の年輪から気温変動
その主原因という意見には疑問を呈している。自然
を推測したデータな
のリズムが原因である可能性も高いという。北極研
のだが、そこには小
究者が提起した温暖化の原因をめぐる見解に会場の
氷河期が反映されて
論議も大いにヒートした。
いない。2年ほど前
にある統計学者が解
科学的に認められた理論はない
析し直したら違う結
▲赤祖父俊一さん
果になった。どうい
地球が温暖化しているのは間違いのない事実だ。
う見方が正しいのか。それを見極めるほど学問は進
北極の海氷面積も縮小、その厚さも薄くなっている。
んではいない。それなのに、報道は地球の急速な温
アラスカやスイスのアルプスにある氷河も減少して
暖の原因は温室効果ガスにあると断定的に伝えてし
いる。しかし、この現象が二酸化炭素などの温室効
まう。
果ガスのせいかどうかはわからない。
もっとも、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガ
例えば、二酸化炭素が急増し始めたのは1940年ご
スが人間活動によって異常に増加しているのは事
ろからだが、平均気温は1920年ごろから1940年ごろ
実。そのことが、どのような影響をもたらすかわか
までは上昇、その後1970年ごろまでは下降した。専
らないが、異常に増えたものは減らしたほうがいい。
門家は、この平均気温の低下は自然変動であるとい
ただし、その減らす理由を地球温暖化現象に求める
う見方で一致している。1970年以降、気温は再び上
のは科学的に間違いだ。
昇しているが、その原因はだれも特定できていない
し、学会でコンセンサスを得た理論もない。
<質疑・応答>
――二酸化炭素が異常に増えているから減らそうと
断定的な報道はおかしい
いう論理では、訴える力が弱いと思うが?
「安易に温室効果ガスのせいにしてしまうと、逆に
気候変動の研究をするには、長いスパンの気温を
問題の本質がわからなくなる。例えば、大洪水の原
記録する必要がある。しかし、寒暖計の記録の多く
因が無謀な森林伐採にあったとしても、温室効果ガ
は1900年ごろからしかなく、別の観測データに頼ら
スのせいにしてしまうと、伐採した企業の責任が問
なくてはならない。過去の気候に関する記録や文献
いにくくなるでしょう」
を読み解いていくと、1300年ごろから1900年ごろま
――IPCCの報告は、間違っているのか?
では世界各地で冷害が続いていたことがわかる。
「あの報告は数百人の学者の意見を集約したものだ
「小氷河期」と呼ばれ、現在より平均気温が0.7℃∼
とされているが、実際は少数の学者が取りまとめ、
1.5℃ぐらい低かったと推測される。また、最近は炭
オーバーステイトメント(誇張)している。あの報
素の同位元素を使って過去の気温を正確に推定でき
告に不満をもらす学者は少なくない」
る方法が確立され、小氷河期に入る前の1200年ごろ
――因果関係が明確にならなくても、社会に対して
の気温は、現在と同じぐらいかそれ以上だったと考
警鐘を鳴らす役割が報道にはあると思うが?
えられている。
温室効果ガスと現在の気候変動の関連性について
は、100人の学者がいれば、100通りの考えがある。
温室効果ガスの削減を主張する政治家や一部の研究
「それはそうだと思う。ただ、私のような意見もし
っかり伝えてほしい。地球温暖化が非科学的に語ら
れやすい傾向は正すべきだ」
(宇津木聡史・科学ジャーナリスト塾 第4期生)
3
例会報告 3
理系白書顛末
元村有希子・毎日新聞科学環境部記者
7月28日の例会では、第1回科学ジャーナリス
れることもあり、連載
ト大賞受賞者である毎日新聞科学環境部記者の元
は当初から反響が大き
村有希子さんに、「理系白書顛末」と題して話を
かった。
してもらった。司会は柴田鉄治さんが担当した。
「理系人の顔が見え
軽妙で明るい口調の元村さん。評判のブログに
る」、「子供、生徒の進
ついて「社内の規制がなく、個人の意見を自由に
路指導に役立つ」とい
発信することがなぜ可能なのか」といった質問が
った賞賛する反応もあ
相次ぐなど、ブログへの高い関心が会場からも寄
れば、「いまさら文系、
せられた。
理系とわける時代では
ない」、「ネガティブな
素朴な感激を伝えたい
▲元村有希子さん
情報が多く、子供たち
がますます科学技術から離れてゆく」といった批
元村さんは大学で臨床心理学を学び、毎日新聞
判的な見方もあった。
入社後、2001年4月に科学環境部に異動してから
科学報道に携わるようになったそうだ。
紙面を飛び出した理系白書
科学環境部へ移った元村さんは、これからノー
ベル賞を受賞しそうな日本人研究者への取材に携
理系白書の活動は毎日新聞紙面を飛び出してい
わっていた。理科系の研究室を歩き回った元村さ
る。読者との対話を目的に、2003年に東京で理系
んにとって、研究者たちは「目をキラキラさせて
白書シンポジウムを開催。これまでに5回開かれ
夢を語る」人たちで、「まるで異国人のよう」に
ている。
映り、「研究者っておもしろい」という素朴な感
また「ウェブ理系白書」にくる読者からの反響
激をもったそうだ。しかしどんなに取材をしても、
にまとめて答えるため、理系白書ブログを2004年
彼らがノーベル賞をとらないことには新聞に記事
9月3日より開始した。当初は少なかったアクセス
として載らない。これは非常にもったいないと感
数も次第に増えていき、2006年7月28日には248万
じた元村さんは、日本の潜在能力を示すためにも
アクセス(一日平均約5000∼6000)を達成してい
研究者・技術者を紹介する企画を思いついた。
る。元村さんはブログでは取材の裏話や記者の日
そうはいっても、ただ研究者を紹介するだけで
常生活などを書き、あくまでも「本業の余技」と
は企画として単調であるし、似たような企画なら
して書いている。しかし、ブログの読者にこれが
他社がすでにやっていた。このままでは魅力ある
伝わらないこともあるそうだ。ブログの課題とし
企画として成立しないと考えて、「日本社会は全
て大きなものは、意見対立などによって感情的な
体的に文系優遇で理系が恵まれていないのはなぜ
やりとりになる「炎上」のリスクがあり、これに
か」というメッセージをこめることにした。この
対して管理者はあくまで冷静に対応すべき、と元
ようにして、理系白書の企画は出来上がっていっ
村さんは話している。
た。
理系白書では研究者を紹介するだけではなく、
質疑応答の時間には、「理系白書は文系の人に
も注目されたのか」、「理系白書が取り扱う理系人
生ニュースや調査による問題提起を行った。例え
の定義は何か」、「他の新聞社でのブログの活用状
ば、大学の文系学部出身者と理系学部出身者を比
況は」といった質問が寄せられ、元村さんは、理
較し、収入や昇進に差があること。各国に比べて
系白書ブログが始まった経緯や、ブログを管理す
日本の企業は理系出身の社長の割合が少ないこ
る苦労も交えて丁寧に説明をされていた。
と。こういった記事は政府の審議会で取り上げら
4
(松島淳一・科学ジャーナリスト塾 第4期生)
会員だより 1
ミュンヘンでESOF開かれる
WFSJの中東・アフリカ支援プログラムスタート
7月15日から19日まで、ミュンヘンでユーロサ
ーマも。世界科
イエンス・オープン・フォーラム(ESOF)とい
学ジャーナリス
う催しが開かれた。2004年8月にストックホルム
ト連盟のメンバ
で開かれたのに続く2回目。ヨーロッパが一つに
ーが中心となっ
なって、あらゆる科学の分野で最適な研究体制を
て企画した科学
組めるようにしようと、研究者が草の根的に作っ
ジャーナリスト
たのがESOFという組織だ。それが、1年おきに
向けのセッショ
欧州各地でフォーラムを開く。
ンもあった。
ミュンヘンでのキーワードは「対話」だった。
市内中心部で
社会との対話、異分野との対話、シニアと学生の
は、空き地に建てられたプレハブの中で、一般向
対話、サイエンティストとジャーナリストの対話。
けの展示や子どもも参加できる実験などが繰り広
あらゆる場面で対話の重要性が語られ、この催し
げられた(上の写真)。
を対話の場として活用することが勧められた。
参加者は、49カ国1452人。うち415人がジャー
会場は、ミュンヘンが誇るドイツ博物館。土曜
ナリストだった。ストックホルムでは約2000人の
夜のオープニングセレモニーは、実物の飛行機が
参加があり、少し小ぶりになった印象だが、「今
展示されているルフトハンザホールに椅子を並べ
回の方がコンパクトで、親しみやすい雰囲気」な
て開かれた(下の写真)。昨年、ノーベル物理学
どと評価する声が聞かれた。
賞を受けたマックスプランク研究所のテオドー
ESOFに先立ち、世界科学ジャーナリスト連盟
ル・ヘンシュ博士が「正確さへの情熱」と題し、
(WFSJ)は、中東・アフリカ地域の科学ジャーナ
レーザーを使って超精密な測定をするという自ら
リストのメンター育成コースを10日から14日まで
の研究をわかりやすく講演。その後は2階にあが
実施した。両地域から15人の科学ジャーナリスト
って、吹き抜けの展示場を見下ろしながらの立食
をミュンヘンに招き、経験豊かな当地の科学ジャ
パーティーになった。
ーナリストがコーディネーターとなって実地訓練
主なセッションは、展示棟ではなく、本部棟の
やテーマを決めた議論などをする。こうしてスキ
会議室で開かれた。研究の最先端の紹介のほか、
ルアップした参加者が、今度は自分がメンターと
若手のキャリア形成、女性科学者支援といったテ
なって自分たちの地域の科学ジャーナリストを育
てる、というプログラムだ。世界連盟が考え出し
た「自分たちで自分たちをトレーニングする
(Peer-to-Peer)」という枠組みが、カナダや英国
の基金団体に評価され、資金が援助されることに
なった。プログラム責任者のエジプトのナディア
さんによると、「当初は参加者側にプログラムに
対する不信感もみられたが、日を追うごとに信頼
関係が生まれ、雰囲気も向上した。全体として、
これからに期待が持てるスタートがきれた」とい
うことだった。
世界連盟は、ESOF期間中に理事会も開き、予
算を承認し、来年4月にメルボルンで開かれる第
5回世界会議の準備状況などの報告を受けた。
(高橋真理子)
5
会員だより 2
連載・米国サイエンス・ライティング留学記 ③
科学ジャーナリズムの学術的研究
今回は、留学中に学んだ「科学ジャーナリズム
ジャーナリズム」から始まり、1986年に発表され
のレトリック(Rhetoric)研究法」についてご紹
たファーネストック氏の論文をもとに盛んになっ
介する。レトリック研究とは、報道倫理などのメ
た。現在ではWritten Communication誌など、
ディア論的な議論ではなく、記事をあくまでも文
Writing Studyの主要学術誌でおなじみになってい
章分析の対象として研究するものである。科学ジ
るトピックである。
ャーナリズムを研究対象とする学問は社会学、教
育学、言語学、歴史学、哲学など数多くあるが、
アメリカではWriting Studyという分野の研究アプ
ローチである。
これまで話題になった科学ジャーナリストのレ
トリックをご紹介すると、科学ジャーナリストは
「科学を社会的、経済的進歩
にまじえて語る、エンター
テイメント性を重視、(当時
長い歴史をもつレトリック
の)冷戦など国家戦略に結
びつけがち」(1970年)、「科
修辞学とも言われるレトリック研究の歴史は長
学者の発言を誇張しやすい」
く、古代ギリシア時代にアリストテレスが切り開
(1986年)、「科学者を神秘的
いて古代ローマ時代にキケロが大成、その後も哲
にみせるか、あえて一般人
学と共に発展してきた。日本語でレトリックとい
化させて報道する」
(1996年)
うと、政治家の演説など詭弁の言葉遣いを指すこ
などと指摘。遺伝子組み換え食品の「フランケ
とが多い。しかしWriting Studyの研究では、レト
ン・フード」というあだ名についてもたくさんの
リックとは「書き手の執筆法そのもの」「文章を
論文が出ている他、幹細胞研究など具体的な報道
書く姿勢、特徴」を意味する。
についてのレトリック研究も盛んだ。
レトリックの授業風景(イ
ースタンミシガン大学のホ
ームページより)
実際の研究では、一連の文章に目を通しながら、
言葉の遣い方、文章の構成、引用文の効果、比喩
レトリックを考えながら書く
の妥当性などを分析していくのだ。
サイエンス・コミュニケーション
過去の研究結果を活かせば、癖から逃れながら
の分野での研究例としては、チャレ
文章を書くことができるし、また、これまで指摘
ンジャー号事故でのNASAのスタッ
されてきたよいレトリックは文章テクニックとし
フのやりとりのメモを集めて危機状
て取り入れることができるだろう。アリストテレ
態の文章レトリックを分析したもの、
スは、魅力的な文章を書く要素(レトリカル・ア
New York Times紙科学欄の文章レト
ピール)として、3つのレトリックを指摘した。
リックを研究したもの、ビジュア
書き手やインタビュー相手の人柄や信頼度が文章
ル・レトリックといって博物館など
に現れること(エトス)、読み手の感情に訴える
の展示やグラフィック・デザインを研究したも
(パトス)、論理的に訴える(ロゴス)である。さ
の、優れた科学論文のレトリックについて研究し
らに、読み手と共通する話題を用いて読み手との
たものなどがある。とくに科学論文のレトリック
距離を縮めるトポス、議論の中での自分の位置を
研究は科学哲学と共に発達し、歴史が長い。
明確に表すレトリカル・スタンスなどがある。無
▲レトリックの授業
の教科書
意識に使用してきたこれらのレトリックをもとに
科学ジャーナリストのレトリック
自分の文章を問い直せば、興味深いだろう。
科学ジャーナリズムの講義やレクチャーが増え
科学ジャーナリズムのレトリック研究は1970年
のアンダーソン氏による論文「レトリックと科学
6
てきている昨今、日本での学術的研究の発展にも
期待していきたい。
(舘野佐保)
科学ジャーナリスト賞/科学ジャーナリスト塾
第 2 回科学ジャーナリスト賞の候補作品の推薦を
優れた科学報道を表彰する「科学ジャーナリスト賞」
の他のしかるべき組織や研究機関に依頼します。自薦
が昨年、新設されましたが、第2回目の候補作品の推
も歓迎です。推薦用紙を用意し、それに推薦理由と資
薦をお願いします。授賞対象や選考方法などは、第1
料を添えて提出してもらう方式をとります。
回と同じです。授賞対象は、2006年4月から07年3月ま
表彰は、今回も正賞(記念レリーフ)だけになるか
で。新聞、テレビ、雑誌、出版などが中心になります
も知れません。副賞(賞金)を出してくれるところが
が、その他の分野でも特筆すべきものがあれば対象と
ないか当たっていますが決まっていません。
します。対象者はジャーナリストが中心になりますが、
表彰制度は回を重ねて定着していくものです。みな
優れた啓蒙書を書いた科学者なども授賞の対象者とな
さんのご協力を得て、この科学ジャーナリスト賞を立
ります。授賞は「大賞」が1件、ほかに「優秀賞」が
派に育てていきたいと考えています。ぜひご支援くだ
数件になるでしょう。選考委員会は、第1回と同じで、
さい。
(柴田鉄治)
別掲の10人が留任する予定。選考のスケジュールは別
別表1 選考委員(順不同)
表の通りです。
何人かのJASTJ会員に随時、委託しましたが、今回は第
外部委員 白川英樹(ノーベル賞受賞者)米沢富美子
(慶大名誉教授)北澤宏一(科学技術振興機
構理事)黒川清(日本学術会議前会長)村
上陽一郎(国際基督教大教授)
1次選考委員をあらかじめ定めておく方式にしたいと
JASTJ委員
第1回と変わるところは、3月から4月にかけてお
こなわれる第1次選考のやり方です。前回は事務局が
考えています。この第1次選考委員をやってくださる
人はいませんか。集まってきた候補作品の中から最終
の選考委員会にあげる候補を絞り込む役です。仕事は
約一ヶ月間。候補作品に真っ先に触れられるうえ、科
学ジャーナリストの優れた仕事を見逃さないという点
で結構やりがいのある作業と思います。
候補作品の推薦は、前回同様、JASTJ会員全員と、そ
小出五郎、武部俊一、牧野賢治、高木靭生、
柴田鉄治
別表2 選考日程表
2007年
2月末
3月末
3月∼4月
4月後半
5月後半
候補作品の応募締め切り
追加分締め切り
第1次選考
選考委員会
表彰式
第 5 期科学ジャーナリスト塾の開講
第5期科学ジャーナリスト塾は、日本プレスセンタ
中学・高校教諭も目立つ。志望動機は、『科学をわかり
ーで2006年9月22日(金)に開講する。科学ジャーナ
やすく伝えたい』
『事実を調べ、書くことを楽しみたい』
リストに関心を抱いている、多様なバックグラウンド
などで、活発な議論を期待できそうだ。
の塾生が集い、現職/OBの科学ジャーナリストの指導
のもと、グループ作品の完成に向けて取り組む。
今期から科学技術ジャーナリスト会議の事務局に会
計処理などをお願いする。また塾サポーターは、昨年
塾の学習体制として「講義と実習の二本立て」とす
度からの漆原次郎と藤田貢崇両会員に、新たに第4期
ること、またグループの実習では経験豊富なアドバイ
塾生であった馬来由理子会員も加わる。会員各氏のご
ザーの指導を受けられることなどは、これまでの方法
協力をお願いしたい。
(林勝彦、藤田貢崇)
を踏襲する。その一方で、塾は前年度までの
成果を踏まえ、指導体制や運営体制など常に 第5期・科学ジャーナリスト塾 日程表
「進化しつづけて」いる。今期の塾における新
たな試みは、(1)アドバイザーの負担軽減の
ため、グループを前年度の8班から5班にし、
1グループに2名のアドバイザー体制とする
(2)講義では、「科学ジャーナリスト賞2006」
受賞者に講師を依頼し、私的ジャーナリスト
論を聴く(3)これまでの受講者の意見を参
考に、今期は発表会での議論をより深めるこ
とができるよう発表会を2週に分ける。
7月中旬に50名の塾生募集を開始、月末に
は定員に達した。ジャーナリスト志望の学生、
企業や研究所の広報担当者などの他、今期は
日 時
① 9 月22日
②10月 6 日
③ 20日
④11月10日
⑤ 24日
⑥12月 8 日
テ ー マ
オリエンテーション、グループ演習①
受賞者①「狂牛病と食の安全性」
グループ演習②
受賞者②「理系白書とブログ」
グループ演習③
受賞者③「終わりなき葬列・
アスベストの被害者は今」
⑦ 22日 グループ演習④
⑧ 1 月19日 受賞者④「ベトナム・
枯葉剤汚染を追って」
⑨ 2 月 9 日 グループ演習⑤
⑩ 23日 ネットジャーナリストの可能性
⑪ 3 月 9 日 総まとめ、発表会・検討会①
⑫ 23日 総まとめ、発表会・検討会②、修了式
講 師
林勝彦
(塾長・NHKOB)
他
福岡伸一
(青山学院大)
JASTJ講師グループ
元村有希子
(毎日新聞)
JASTJ講師グループ
石高健次
(朝日放送)
JASTJ講師グループ
中村梧郎
(フリーカメラマン)
JASTJ講師グループ
神保哲生
(ジャーナリスト)
JASTJ講師グループ
JASTJ講師グループ
7
事務局だより
■事務局を移転しました
この夏、小泉首相の参拝で喧騒に包まれた靖国
神社。その近く九段下にあったJASTJ事務局の場所
が8月末に移りました。事務局の事務委託をお願
いしている㈱ジェイ・ピーアールの移転に伴うも
ので、新しい場所はより若い世代が行き来する表
参道。便利な所ですので、御用の折は遠慮なく事
務局をお訪ねください。親切な事務局員が対応し
ます。
<新住所>
〒107−0061 東京都港区北青山3−5−12
青山クリスタルビル7階 ㈱ジェイ・ピーアール内
日本科学技術ジャーナリスト会議事務局
<新電話番号(兼ファクス)>
至 渋谷方面→
青山通り
100m
交番
みずほ銀行
地下鉄 表参道駅
A3 出口(銀座線/
千代田線/半蔵門線)
青山クリスタルビル 7F 善光寺
㈱ジェイ・ピーアール内
JASTJ事務局
日高敏隆・総合地球環境学研究所編(講談社・1300円・
06年7月刊)
創立5年目を迎え、京都の上賀茂に新しい施設がオー
プンした地球研のスタッフ11人が分担執筆。会員の桃木
暁子さんは「BSEを環境問題として考えてみると」の
項目を担当した。温暖化、植林、農業、海、水資源、種
の絶滅、自然保護など、なじみのテーマが、やさしい語
り口で述べられている。
「大人が読んで、子どもに語って
ください」と日高さん。
(K)
「エコロジーの歴史」
著者は仏のノール・パ・ド・カレ教員養成大学院の科
学論・科学史助教授。エコロジー思想の源流から現代の
エコロジー理論まで、その科学としての展開を述べた本
格的な入門書。文体は読みやすい、ます調。巻末に丁寧
な訳注、人名注、参考文献が付いている。
(K)
「脱力系女子大教授」
興味津々。お茶の水女子大生や理系研究者たちの生態
をユーモアたっぷりにレポート。冗談のなかに本音と憤
懣もいっぱい。読売新聞科学面に連載したエッセイを加
筆まとめた。車内で読みながらくすくす笑ってしまう。
(S)
「ゆらぎからのメッセージ」
■会員証の配布
渋谷寿著(東北大学出版会・1600円・06年8月刊)
2006年度の会費納入のお願いをしていますが、
未納の方は納入よろしくお願いいたします。既に
お納めくださった方には、近く会員証をお届けい
たします。
編集
後記
「子どもたちに語る これからの地球」
白楽ロックビル著(丸善・1000円・06年7月刊)
表参道交差点
ビル建築中
BOOKS
会員の
パトリック・マターニュ著、門脇仁訳(緑風出版・3200
円・06年8月刊)
03-5414-1002
これまでの番号にかけると、当分、『移転先の番号
案内』がされます。メールアドレスはこれまで通
りの [email protected] です。
←至 外苑方面
新刊紹介
自然現象にもある“ゆらぎ”の研究が生体情報学とも
結び付いて発展している経緯をまとめ、今後、健康管理
をはじめ資源枯渇問題などの問題解決型の科学になる可
能性があると期待した書。
(S)
・ この夏、科学の話題をさらったのは「冥王星 惑星から降格」でしょう。報道合戦もにぎやか
でしたが、天文学者はメディアの過熱ぶりをどう見たか。タイムリーな9月例会の報告は、残念な
がら次号で。
・ 8月中旬、安達太良山と裏磐梯に旅をし、ついでに猪苗代町の野口英世の生家と記念館に立ち
寄りました。昔は田んぼに囲まれていたそうですが、3年前から周辺はすっかり観光地化、がっ
かりでした。1000円札の顔で町おこしなのでしょう。
・ 会員のみなさんの寄稿をお待ちします。
(K)
写真撮影者 (数字は掲載ページ)
馬来由理子
(2)
、片桐良一
(3,4)
、高橋真理子
(5)
、舘野佐保
(6)
編集・発行
日本科学技術ジャーナリスト会議
Japanese Association of Science
& Technology Journalists (JASTJ)
ホームページ
8
〒107-0061 東京都港区北青山3-5-12 青山クリスタルビル7F
(株)
ジェイ・ピーアール内 電話・FAX:03-5414-1002
会 長 小出五郎 [email protected]
事務局長 佐藤年緒 [email protected]
編 集 長 牧野賢治 [email protected]
http://www.jastj.jp