シリーズ●「身近な金属のミクロ組織を読む」 手足の美しさは爪の手入れから 住友金属工業㈱社友●工学博士 大谷 泰夫 手足の美しさを演出するためにも、健康状態を知る上 にも爪の手入れは欠かすことができません。色々な型 の爪切りの特徴を調べてみました。 ● はじめに 爪切り(ネイル・クリッパー)は、ニッパー型、ハサミ、レバー型に大別されます。ニッパ ー型はわき爪、巻き爪、硬い爪等を切るのに適しており、医療用に多く用いられるとのことで す。我が国では鉄線を切るための道具としての「喰い切り」1)を戦後改良して、刃先の曲線に工 夫をこらし今の形の物ができたそうです。ハサミは爪の曲線にそってきれいに切ることができ ますが、左右の利き手によって不揃いになりがちです。母親に切ってもらったのは懐かしい思 い出です。現在最もポピュラーな爪切りはレバー型でしょう。 写真1 ● 各種の爪切 各種の爪切り 写真1に調査をした各種の爪切りを示す。 (a)はレバー型で大小さまざまなものがある。刃はいずれも凹型の形状である。(b)はそのなか で特徴のあるものを示す。首振り型は切断部の首振りができるので、色々な個所を同じ姿勢で 爪を切ることができ、長いレバーは少しの力で切断できる機能がある。足の爪用は、厚くて硬 い足の爪を切るのに適したクリアランスが大きく、刃は斜めに直線状になっている。赤ちゃん 用はクリアランスが狭く、刃は僅かに凸状である。深爪をしないようにとの配慮であろう。(c) はニッパー型とハサミを示す。 ● 爪切りの材質と組織 表1に代表的な爪切りの化学成分を示す。写真2~写真5に顕微鏡組織を示す。 (1)ドイツ製ニッパー:刃と板巻ばねは高炭素鋼が用いられている。これらはいずれも写真4 に示す組織と同様で、焼入焼戻の熱処理が施された組織である。他の爪切りはいずれも刃先が 鋭角であるが、本品は鈍角である(写真2)。突切りでクリアランスがほとんどないので、刃 の損傷防止を考慮しての形状と推測される。又、硬度は他の製品よりやや低くHV430 程度で靱 性への配慮が伺える。表面はクロムめっきが施されている。重量感のあるやや大きめの造りは お国柄を反映しているように思える。 (2)国産品ニッパー:刃は高炭素13Crステンレス鋼で、柄には美麗な模様が精密鋳造 で施されている高価な製品である(写真3)。硬度はHV610 程度と高い。ばねは18-8 に近いス テンレス鋼、やすりは13Crフェライト系ステンレス鋼であった。 (3)ハサミ:高炭素鋼であり、調査した中では最も硬度が 大(HV650) であった。組織は写真4に示すのと同様の焼入 焼戻組織である。表面はクロムめっきが施されていた。 (4)中型レバー型:安価なレバー型の刃は高炭素鋼の焼入 焼戻材である(HV595)。レバーや爪の飛散防止のカバーは低 炭素鋼が用いられている(写真4)。 (5)首振りレバー型:刃は高炭素13Cr 鋼で炭化物を微細 に分散させた焼入焼戻が施されている。今回調査をした爪 写真2 ニッパー型爪切(ドイツ製) 切りの中では耐摩耗性も考慮した最も高度な処理がなされ (刃先の光学顕微鏡組織) ている(写真5)。レバーは軽量のアルミ合金、カバーは 17Crフェライト系ステンレス鋼、やすりは18-8 に近いステ ンレス鋼が用いられている。構造と材料選定に特徴のある高級品である。 型式 種類 ドイツ製 ニッパー型 国産品 はさみ型 はさみ 中型 レバー型 首振り型 分析位置 C Si Mn P S Cu Ni Cr 硬度 HV 刃 0.43 0.19 0.65 0.012 0.023 0.02 0.03 0.03 437 バネ 0.73 0.24 0.70 0.012 0.002 0.48 1.18 0.23 刃 0.47 0.73 0.71 0.027 0.008 0.07 0.34 12.01 バネ - 0.87 - - - - 7.67 19.63 ヤスリ 0.024 0.42 0.52 0.017 0.001 0.02 0.08 12.65 刃 0.49 0.22 0.76 0.015 0.005 0.07 0.03 0.03 650 刃 0.55 0.19 0.74 0.010 0.006 <0.01 0.02 0.13 595 レバー 0.097 0.01 0.31 0.013 0.011 0.03 0.02 <0.01 カバー 0.041 0.01 0.18 0.014 0.012 0.01 0.03 0.01 刃 0.58 0.60 0.41 0.021 0.003 0.04 0.12 13.19 レバー - 0.42 0.05 - - 0.03 0.01 - カバー 0.068 0.47 1.02 0.029 0.001 0.02 0.24 16.53 ヤスミ - 0.74 - - - - 7.25 20.18 表1 各種爪切りの化学成分および刃の硬さ 写真3 ニッパー爪切(国産品)の光学顕微鏡組織 610 606 Fe0.19 Al bal 写真4 写真5 ● レバー型(中型)爪切の光学顕微鏡組織 レバー型(首振り型)の光学顕微鏡組織 やすりの形状 爪を切った後は、かえりやだれを取り平滑にするために、 やすり仕上げが行われる。転造で造ったものと思われる 代表的な形状を写真6に示す。(a):低炭素鋼に斜めに溝 をつけたものである。(b):13Cr鋼に2方向に斜めに溝を つけたもので、(a)よりも溝巾や高さがやや小さく、バリ の少ない綺麗な形状である。 (c):(b)の粗仕上げの後、仕上げ用に使用されるための 微細な形状をしている。 (a: 低炭素鋼、b. c : 低炭素13Cr 鋼) 写真6 やすりの目立模様 ● 爪を切ってみました 切断には両刃の食い込み、せん断、破断が順次起こって切断が完了する。2) 爪の上下にはだ れ、かえりが生じる。この場合、破断面の滑らかさを決めるのは両刃のクリアランスである。 レバー型のクリアランスは約0.2㎜であった(写真7)。 写真7 レバー型の両刃間のクリアランス 写真8は成人男子の親指の爪を首振り型レバーの爪切 りで、写真9は小指の爪を小型レバーで切った断面の走 査型電子顕微鏡写真を示す。せん断部、破断部が明瞭に 写真8 親指爪の切断面の走査型 分かる。 電子顕微鏡組織(爪切:首振型) 破断の状況は、両刃のクリアランス、切断速度、材料 の特性、温度などで変わる。写真10は硬いセルロイドを切った破面で、上述の爪の破面とよく 似ている。爪の特性と似ているのであろう。 写真11は薄いクリアフアイルを切った破面で、ほとんどせん断で切れていることが分かる。 このように破断面の平滑さは爪にあったクリアランスを持った爪切りによるが、実際は粗と仕 上げのやすりで滑らかにすることが実用的である。 写真9 小指爪の切断面の走査型 電子顕微鏡組織(爪切:レバー型) 写真10 セルロイド切断面の 走査型電子顕微鏡組織(爪切:首振り型) 写真11 クリアファイル切断面の 走査型電子顕微鏡組織(爪切:レバー型) ● おわりに 爪の管理は美容の点ばかりでなく、健康状態を知る上にも、日常生活を快適にする上でも重 要な役割をしています。プロゴルファーは球筋の安定性や微妙なパッテイングの感覚を維持す るために、試合の日程に合わせて、爪を切る日を決めるそうです。 【参考文献】 1) http://www.jalux.com/ld/sp/sp_01_18_l01.html 2) プレス便覧:塑性加工研究会プレス便覧編集委員会編、(丸善)、1978
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