ガゼッタ第76号から第80号のまとめ(16)

メールマガジン「ガゼッタ」 まとめ(16)
第 76 号~第 80 号 (2014 年 9 月 25 日~11 月 5 日配信)
配信した「ガゼッタ」No.76-80 のまとめです。書式と一部表記を変更して図版を取り込み、pdf にしました。
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◆ガゼッタ第
ガゼッタ第 76 号◆
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ガゼッタ第 76 号をお届けします。
本号は、「日本ロッシーニ協会の定期演奏会について」、「新譜 DVD:《アルジェのイタリア女》」、「ロッシーニ
財団の新刊文献 2 点」
、
「外国語と外国人名のカタカナ表記の話(4)
」をお届けします。
なお、8~9 月の協会ホームページ更新は次のとおりです。
・「その他の論考」に「日本におけるロッシーニ受容の歴史──明治元年から昭和 43 年まで(1868~1968 年)」
、同
じページの「初版・初期楽譜(ロッシーニ以外の作品)」に「マスネ《マギ》初版楽譜」を掲載し、併せて掲載済
みの「ロッシーニのピアノ曲(2)作品目録とディスコグラフィ」を増補版と差し換えました(8 月 8 日アップ)。
・メルマガ「ガゼッタ」第 66 号から第 70 号までのまとめを掲載し、
「その他の論考」のロッシーニ図像学の項目
に「44 歳のロッシーニの肖像(パリ、1836 年)」と「47 歳頃のロッシーニの肖像」
、同じページの「初版・初期
楽譜(ロッシーニ以外の作品)」に「マスネ《グリゼリディス》初版・初期楽譜(マスネ自筆献辞付き)」を掲載しま
した(9 月 1 日アップ)。
・
「ロッシーニ作品解説」に掲載済みの《パルミラのアウレリアーノ》作品解説、
《アルミーダ》作品解説、
《結婚
手形》作品解説を、それぞれ最新情報を加えた増補改訂版と差し換えました(9 月 3 日アップ)。
日本ロッシーニ協会ホームページはこちら→ http://societarossiniana.jp/
▼日本ロッシーニ協会の定期演奏会について▼
日本ロッシーニ協会の定期演奏会について▼
報告が遅れましたが、日本ロッシーニ協会の定期演奏会を来年 3 月 29 日(日)、虎ノ門のJTホール(JT アート
ホールアフィニス)にて開催します。
◎日本ロッシーニ協会定期演奏会「ロッシーニ──パリの煌めきとエスプリ」
(仮題)
期日:2015 年 3 月 29 日(日)14 時開演
会場:JT ホール(JT アートホールアフィニス。東京メトロ銀座線、虎ノ門駅 3 番出口より徒歩 4 分)
出演:山口佳子(ソプラノ)、富岡明子(メッゾソプラノ)、中井亮一(テノール)、金井紀子(ピアノ)、水谷彰良(解
説)
パリのロッシーニにテーマを絞り、《ランスへの旅》よりフォルヴィル夫人のアリア、二つの二重唱、《オリー
伯爵》より三重唱、カンタータ《ジョヴァンナ・ダルコ》ほかを解説付きで演奏します。
チケットの発売日と価格は未定。10 月中にチラシを作成して正式発表させていただきます。
▼新譜 DVD:
DVD:《アルジェのイタリア女》▼
《アルジェのイタリア女》▼
◎Rossini: L’italiana in Algeri
ロッシーニ:歌劇《アルジェのイタリア女》
ダヴィデ・リヴェルモーレ(演出) ホセ・ラモン・エンシナール指揮ボローニャ市
立劇場管弦楽団&合唱団 アンナ・ゴリャチョーヴァ(Ms) シー・イージェ(T) ア
レックス・エスポージト(B-Br)マーリオ・カッシ(Br)ほか
収録:2013 年 8 月ペーザロ Opus Arte OA1141D(DVD)及び OABD7148D(BD)
昨年 8 月 ROF 上演映像で、先月発売されました。序曲の間にアニメーションを用
い、石油採掘で潤うアルジェでリンドーロが逮捕され、SOS を受けたイザベッラが
ローマ空港から救出に向かう設定です。リンドーロを007のジェイムズ・ボンド、
イザベッラをピンクパンサーに見立て、男声合唱がプレスリーの髪型で登場します。
カンフー・アクションを交え、ゴーゴー・ダンスで 60 年代風俗を表すかと思えば、
アリアを歌いながらムスタファがバイアグラを呑むなど、ハチャメチャなリヴェルモ
ーレ演出が笑えます。
筆者は現地で 3 回観劇し、
ゴリャチョーヴァの声量不足に不満をおぼえましたが収録ではその点の問題は無く、
リンドーロのイージェも若々しい歌声と演技で大健闘、ムスタファ役のエスポージトも絶品です。旅客機の残骸
1
が予定通りの落ち方をせず、ムスタファの股間から出るはずの煙が出ないなど収録日の失敗はそのままですが、
映像ではアニメと舞台上の出来事が違和感なく繋がり、実際の舞台以上に楽しめます。
▼ロッシーニ財団の新刊文献
ロッシーニ財団の新刊文献 2 点▼
ロッシーニ財団の文献は、例年どおり研究紀要とリブレット集成の新刊が出版されています。いずれもクレジッ
トに「2013 年 12 月」とありますが、実際の発行は 2014 年です。
◎Bollettino del centro rossiniano di studi.,Anno LIII
LIII 2013
2013.,Fondazione Rossini,Pesaro,2013
Rossini,Pesaro,2013.
ロッシーニ研究所紀要 2013 年度版。ペーザロ、ロッシーニ財団、2013 年。214 頁、価格 25 ユーロ。次の五つ
が掲載されています。
・In ricordo di Giorgio De Sabbata(pp.5-7.)
かつてペーザロ市長を務め、全集版や ROF の立ち上げにも尽力した政治家ジョ
ルジョ・デ・サッバータへのロッシーニ財団による追悼文です(昨年 7 月 27 日没)。
・Will Crutchfield.,G. B. Velluti e lo sviluppo della melodia romantica(pp.9-83.)
《パルミラのアウレリアーノ》アルサーチェの初演歌手でもあるカストラート、
ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴェッルーティの装飾法に関する論文。その装
飾法が初期ロマン派の旋律に与えた影響を、さまざまな譜例を通して実証して
います。
・Alice Tavilla.,《Trovare nuove forme》al tempo di Rossini. Per un’analisi della
prima produzione di Giovanni Pacini(pp.85-108.)
ロッシーニが定型化した複数のテンポによる楽曲構造を、初期のジョヴァン
ニ・パチーニが拡大したことを台本と楽譜から立証する論文。パチーニが 1819
年頃にそうした試みをしていたことが判ります。
・Reto Müller.,Bibliografia rossiniana 1991-1995.(pp.109-179.)
1991~1995 年に世界で出版されたロッシーニ関係文献と論文の目録で、5 年間のそれが 545 点リストアップさ
れています。日本語文献はスタンダール『ロッシーニ伝』
(山辺雅彦訳、みすず書房)、マリオ・ニコラーオ『ロッ
シーニ仮面の男』
(小畑恒夫訳、音楽之友社)、水谷彰良『ロッシーニと料理』
(透土社)が採用されています。
・Maurizio Modugno.,Discografia rossiniana.,Parte seconda. Le opere da Tancredi a Elisabetta, regina
d’Inghilterra.(pp.181-214.)
ロッシーニのディスコグラフィ第 2 部。
《タンクレーディ》から《イングランド女王エリザベッタ》まで 6 作の
ディスク・データと編者によるコメントを掲載。
◎Torvaldo e Dorliska(I Libretti di Rossini 19., a cura di Francesco Paolo Russo)
Russo),
Fondazione Rossini, Pesaro,2013
Pesaro,2013.
13.
『トルヴァルドとドルリスカ』
(「ロッシーニのリブレット」第 19 巻、フランチェスコ・
パオロ・ルッソ編)ペーザロ、ロッシーニ財団、2012 年。CL+562 頁、価格 50 ユ
ーロ。
シリーズ「ロッシーニのリブレット」の第 19 巻《トルヴァルドとドルリスカ》で
す。フランチェスコ・パオロ・ルッソによる浩瀚な序文に続いて、ロッシーニ《ト
ルヴァルドとドルリスカ》の原点に位置するクーヴレの小説、これを題材にした《ロ
ドイスカ》の題名を持つ劇とオペラ台本、チェーザレ・ステルビーニによる 3 種の
台本が複製され、この作品の台本研究に不可欠の文献となっています。
▼外国語と外国人名のカタカナ表記の話(
外国語と外国人名のカタカナ表記の話(4)▼
(4)対応がまちまちなVとWのカタカナへの置き換え
今に始まったことではなく、昔から混乱をきたしているのが、VとWのカタカナへの置き換えです。V+母音を
「バ、ビ、ブ、ベ、ボ」に置き換えると「バイオリン」「ビバルディ」「ベルディ」になり、「ヴァ、ヴィ、ヴュ、
ヴェ、ヴォ」に置き換えると「ヴァイオリン」「ヴィヴァルディ」「ヴェルディ」になるという問題で、筆者が子
供のころは「バイオリン」
「ビバルディ」
「ベルディ」が主流でした。
現在はサッカーの「ヴェルディ川崎」
(旧・読売ヴェルディ、現・東京ヴェルディ)や 2001 年設立「日本ヴェ
ルディ協会」など、
「ヴェルディ」の使用が当たり前になりましたので「ベルディ」と書く人はいないと思いきや、
新聞や TV ではなお現役です。ひと昔前と違うのは、
「ベルディ」よりも「ヴェルディ」が増えたこと。試みに無
料で見られる朝日新聞デジタルで「ベルディ オペラ」「ヴェルディ オペラ」をサイト内検索すると、前者が 31
件、後者が 86 件で、約7割が「ヴェルディ」でした。でも、最近の記事を読んでもどんな基準で「ヴェルディ」
と「ベルディ」の違いが生じるのか、いま一つ判りません。
NHK はある時点から「ヴェルディ」に変わりましたが、Giuseppe Verdi のみの特例らしく、Monteverdi は「モ
2
ンテベルディ」
、Venezia は「ベネチア」のままです。ちなみに前記朝日新聞デジタルで「ベネチア」を検索する
と 662 件、
「ヴェネツィア」は 151 件、
「ベニス」は 71 件で、
「ベネチア」がなお地名表記の基本と判ります(以
上、9 月 24 日検索)
。ですから「ヴェネツィアのヴェルディ」と書くと「ヴェネツィア」が「ベネチア」に修正
され、
「ヴェルディ」に関しては媒体ごとに「ベルディ」と「ヴェルディ」に分かれます。これは単なる事実の確
認であり、ここで良し悪しを論じるつもりはありません。
W+母音も同様で、Wagner は「ワーグナー」
「ヴァーグナー」
「ワグネル」
「ヴァーグネル」の仮名書きがあり、
昔は「ワグネル」や「ヴァーグネル」が多かったと思いますが、1980 年設立の「日本ワーグナー協会」があり、
新聞や NHK も含めて業界的には「ワーグナー」が主流です。
この連載はイタリア語とイタリア人名のカタカナ表記を中心に話を進めますので、ドイツ語や W+母音の問題
に深入りするつもりはありません。ちなみに私は「ヴァーグナー」を使用しますが、掲載誌の表記が「ワーグナ
ー」なら「ワーグナー」で入稿します(1 文字違いで行数に違いを生じるので)
。We も同様で、Weber に「ヴェ
ーバー」ではなく「ウェーバー」
、Webern に「ヴェーベルン」ではなく「ウェーベルン」を使う媒体には「ヴェ」
ではなく「ウェ」で入稿します。でも、Wesendonck が「ヴェーゼンドンク」とされるなど、腑に落ちない点も
多々あります……「ワーグナー作曲《ヴェーゼンドンク歌曲集》
」でいいのでしょうか……
(2014 年 9 月 25 日 水谷彰良)
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◆ガゼッタ第
ガゼッタ第 77 号◆
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ガゼッタ第 77 号をお届けします。
本号は、「ネットで観られるベルギーとフランスのロッシーニ上演」、「〈蝦夷鹿・ロッシーニ風〉を食す」、「外
国語と外国人名のカタカナ表記の話(5)
」をお届けします。
▼ネットで観られるベルギーとフランス
ネットで観られるベルギーとフランスのロッシーニ上演
ベルギーとフランスのロッシーニ上演▼
のロッシーニ上演▼
前回メルマガを配信した 9 月 25 日、ドイツ・ロッシーニ協会事務局長レート・ミュラーから「今夜リエージュ
のワロニー王立劇場で上演される《ラ・チェネレントラ》がネットでライヴ配信されるよ」と連絡がありました。
現地で夜 8 時なら日本は午前 3 時……と悩みましたが、パオロ・アッリヴァベーニ指揮、アンジェリーナ:マリ
アンナ・ピッツォラート、ドン・ラミーロ:ディミトリ・コルチャック、ドン・マニーフィコ:ブルーノ・デ・
シモーネによるライヴですから、頑張って午前 3 時少し前に起きて観ました。
管理人さんにお知らせしたら、
「2015 年 3 月 25 日までビデオ版が観られるので、協会フェイスブックに告知し
ました」と報告をいただきました。
リエージュ《ラ・チェネレントラ》のビデオ版はこちら →
http://culturebox.francetvinfo.fr/live/musique/opera/direct-la-cenerentola-de-rossini-a-lopera-royal-de-liege189675
その後管理人さんから、今年 2 月リヨン歌劇場《オリー伯爵》のビデオ版が来年 1 月 3 日まで観れますよ、と
教えられました。歌手はディミトリ・コルチャック、デジレ・ランカトーレ他、ユニークなモダン演出です。コ
マーシャルの後に始まりますので、ご覧ください。第 1 幕のコルチャックとランカトーレが変な扮装で笑えます。
リヨン歌劇場《オリー伯爵》のビデオ版はこちら →
http://culturebox.francetvinfo.fr/live/musique/opera/le-comte-ory-de-rossini-a-lopera-de-lyon-158977
▼〈蝦夷鹿・
蝦夷鹿・ロッシーニ風〉
ロッシーニ風〉を食す▼
を食す▼
ロッシーニ・ファンにとっては「ロッシーニ風」料理も愛好の対象です。先日コンサートでお会いした会員 M
さんから、
「以前メルマガで紹介されたニッポンハムの〈ロッシーニ風ハンバーグ〉がどこにも売っていない……
食べたいのに」と言われ、あらためてそう思いました。ニッポンハムの〈ロッシーニ風ハンバーグ〉は会員 T さ
んから現物をいただいて食しましたが、筆者もスーパーなどでは一
度も見たことがありません……ですから、
「ニッポンハムに問い合わ
せてください」とお答えするしかないのです。
このメルマガでは珍しい「ロッシーニ風」を出すレストランにも
言及しましたが、自分で電車に乗って食べに行くほどの情熱はあり
ません。ところが先日、知人 2 人と飲み会をすることになってレス
トランを探したら、我が家から歩いて行ける自由が丘「肉 Bistro
INOW & MORI」に「蝦夷鹿・ロッシーニ風」を見つけ、9 月 29 日
に飲み会をしました。
そこは世界の肉にこだわりのあるシェフがやっている小さなレス
トランで、肉好きの私たちは「カンガルーのたたき」
「蝦夷鹿・ロッ
3
シーニ風」「牛ハツのたたき」「トリッパのアヒージョ」など、片端から注文して食べまくりました(但し、メニュ
ーの「カンガルーのなめろう」は当日ありませんでした)。
個人的に気にいったレストランなので、関心のある方は是非お試しください。小さな店ですから必ず電話で事
前予約をしてくださいね(下記ホームページ参照)。なお通常メニューにはイタリア・ワインがありませんが、ワイ
ンリストをもらうとなかなか良いイタリア・ワインがあり、3 人でボトル 4 本も飲んでしまいました。
シェフの許可をいただいて撮影した「蝦夷鹿・ロッシーニ風」の写真はこちら(上記)。
レストラン「肉 Bistro INOW & MORI」のホームページはこちら→ http://r.gnavi.co.jp/njuhpjsz0000/
▼外国語と外国人名のカタカナ表記の話(
外国語と外国人名のカタカナ表記の話(5)▼
(5)日本語化された外国人名とその修正
「ギョエテとは俺のことかとゲーテいい」という言葉は、筆者の頭には学生の頃からインプットされていまし
た。この連載との絡みでふと思い出し、ネット検索すると、(財)東京ゲーテ財団のサイトにこれに関する文章が
載っていました。それによれば、ゲーテは過去日本に「ゴエテ」や「ギョーテ」など 45 種もの表記があったそう
です。
(財)東京ゲーテ財団の関連記事はこちら→ http://goethe.jp/Q_and_A/q_goethetowaorenokotoka.html
イタリア人名と同様、ドイツ語人名の仮名表記もさまざまです。例えば作曲家の Beethoven も、発音に沿って
転記すれば「ベートホーフェン」ですが、
「ベートーヴェン」で定着したので音楽書に敢えて「ベートホーフェン」
と書く人は少ないようです。
でも筆者は以前、ベートーヴェン本で一貫して「ベートホーフェン」と表記した書を読んだことがあります。
正確には読んだのではなく、最初の数頁で私の脳が違和感を抱いて読むのをやめてしまいました。そのまま書庫
に埋もれ、著者名も書名もここに書けませんが、私は、
「正しい発音の転記はベートホーフェンと示した上でベー
トーヴェン」と表記してくれたらちゃんと読めるのに……と残念に思った記憶があります。手元にないので確認
できませんが、そこまでこだわるなら、他の人名や地名も発音どおり転記しないと一貫性がなくなります。かと
いってそれをすれば「絶望的に読めない本」になってしまうでしょう。
「イタリア語の発音のカタカナへの正確な置き換えは不可能で、仮に可能でも
私は本連載第 1 回(第 71 号)に、
その表記が一般に受け容れるとはかぎらない」との前提を示しました。そして日本語化した表記が「ロッシーニ」
ならそれで良く、原音に近い「ロ゛ッスィーニ」「ロッスィーニ」「ロス(←小さいス)スィーニ」を使えばいたず
らに混乱を招くだけだと考えています。そもそも外国語をかじった日本人なら、外国人と話す際に「si」を「スィ」
とするでしょうから、ロッシーニ関連の文章を書くたびに「正しい発音の転記はロ゛ッスィーニまたはロッスィ
ーニまたはロス(←小さいス)スィーニである」なんて書こうとは思いません。
その一方、日本語化した表記にも改める必要のある名前もあります。テノールの Caruso もその一人で、日本で
は「カルーソー」で流布しましたが、正しくは「カルーゾ」なので自分の文章では「カルーゾ」と表記し、一般
向けの文章では初出に「カルーゾ(日本ではカルーソーで流布)」と書くことがあります。
同じような例に、大正期の日本でオペラ上演に貢献した「ローシー」がいて、音楽書にも普通に「ローシー一
座」などと書かれます。でも正しくは「ロージ(Rosi)」ですから、自分の文章では「ジョヴァンニ・ヴィットー
リオ・ロージ(Giovanni Vittorio Rosi,1867-?. 日本ではローシーもしくはローシと称される)」と書きました。
「カルーソー」と「ローシー」はどちらも大正期に定着し、その後も音楽ジャーナリズムで頻繁に使われ続け
ましたが、イタリア人名の仮名表記としては不適切で、かつその不適切が「ロッシーニ」の発音の転記法と異な
る原因で派生していることから私は修正が必要と考えたのです。
「それだってイタリア語を話す日本人はカルーゾやローズィと発音するわけで、ロッシーニと同じじゃない
か!」と言う人もいるでしょう。でも違います。
「カルーソー」と「ローシー」における最後の「ー」は本来の発
音と無縁に大正期に一般化した仮名表記なのです。ですからかつて日本でむやみに使われた語尾の「ー」も、今
日不適切なら修正した方がいいと私は思います。
でも、
「フランス人名の Marie をマリーとするのと同じでは?」との意見もあるでしょう。これについては別な
説明が必要になるので、いまは答えません。それだけではありません。意外に思われるでしょうが、そもそも「人
名は発音どおりに、その人物の国籍や言語に即して転記する必要があるのだろうか?」との疑問もあります。こ
れについては次回にお話ししましょう。
(2014 年 10 月 5 日 水谷彰良)
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◆ガゼッタ第
ガゼッタ第 78 号◆
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ガゼッタ第 78 号をお届けします。
本号は、
「11 月の国内のロッシーニ上演と演奏会」
、
「外国語と外国人名のカタカナ表記の話(6)
」をお届けしま
す。日本ロッシーニ協会の次回例会は、12 月 23 日(火・祝)に実施します。詳細は次号のメルマガにて告知させ
ていただきます。
なお、協会ホームページの「その他の論考」に、ロッシーニのパリ時代と早期引退の真相(藤原歌劇団公演プログ
ラムより)、同じページの「初版・初期楽譜(ロッシーニ以外の作品)」に、オベール《ポルティチの口のきけない娘》
4
初版楽譜、ヴォルフ=フェッラーリ《四人の頑固者》初版楽譜、ヴォルフ=フェッラーリ《結婚している恋人たち》
初版楽譜を掲載しました(10 月 10 日アップ)。
日本ロッシーニ協会ホームページの「その他の論考」はこちら→ http://societarossiniana.jp/others.html
▼11 月の国内の
月の国内のロッシーニ上演と演奏会
国内のロッシーニ上演と演奏会▼
ロッシーニ上演と演奏会▼
国内のロッシーニ作品の上演や演奏会は多くありませんが、11 月 19 日(水)に大田区民プラザ小ホールでピア
ノ伴奏による《セビリアの理髪師》
、11 月 23 日(日)に昭和音楽大学アートマネジメントコース企画の演奏会「食
通音楽家!!ロッシーニの晩餐会~音楽と料理の関係~」が昭和音楽大学南校舎 5F ユリホールで行われます。
◎歌劇「セビリアの理髪師」公演 11 月 19 日(水)18:30 開演、大田区民プラザ小ホール
以下、主催のシュトラウス企画ホームページ(下記)から基本情報を転載します。ピアノ伴奏の全幕上演で、指
揮の河合良一さんがチェンバロでレチタティーヴォ・セッコを伴奏するようです。
歌劇「セビリアの理髪師」公演
日時:11 月 19 日(水) 18:30 開演
場所:大田区民プラザ小ホール
指揮:河合良一
演出:桜田ゆみ
出演:李昇哲(フィガロ)、中川裕子(ロジーナ)、佐々木洋平(伯爵)、中川郁太郎(ドン・バルトロ)、小田桐貴樹
(ドン・バジリオ)、吉山博子(ベルタ)、本山天音(フィオレッロ、隊長)、ピアノ:船橋登美子
チラシと詳細は、主催:シュトラウス企画のホームページをご覧ください→ http://strausskikaku.blog.fc2.com/
◎「食通音楽家!!ロッシーニの晩餐会~音楽と料理の関係~」
昭和音楽大学アートマネジメントコースの企画による演奏会で、歌手 2 人(三浦克次、吉田郁恵)、ピアニスト 2
人(浅野菜生子、加戸あさ子)が出演し、小畑恒夫さんが解説を務め、食通にちなんでロッシーニのピアノ曲も演奏
されます。以下、昭和音楽大学のホームページ(下記)から基本情報を転載します。
「食通音楽家!! ロッシーニの晩餐会 ~音楽と料理の関係~」
昭和音楽大学音楽芸術運営学科アートマネジメントコース企画制作演習企画公演 Vol.2
日時:2014 年 11 月 23 日(日・祝) 開演 15:00 開場 14:30
会場:昭和音楽大学南校舎 5F ユリホール
(小田急[小田原線・江ノ島線・多摩線]新百合ヶ丘駅南口より徒歩 4 分)
出演:三浦克次(バス・バリトン)、吉田郁恵(メゾ・ソプラノ)、浅野菜生子(ピアノ)、加戸あさ子(ピアノ)、小
畑恒夫(解説)
曲目:《タンクレーディ》 より「この胸の高鳴りに(リゾットのアリア)」
、
《老いの過ち》 第 5 巻 幼い子供た
ちの為のアルバムより「ロマンティックな挽肉」
、
《セビリアの理髪師》 より「今の歌声は」
、
《ウィリア
ム・テル》 より「動いてはいけない」
、
《老いの過ち》 第 4 巻 4つのデザートより「干し無花果」
、
《ア
ルジェのイタリア女》 より「おお!あの顔 あの姿!」ほか
チラシと詳細は、昭和音楽大学のホームページをご覧ください →
http://www.tosei-showa-music.ac.jp/tagblocks/concertnews/news/concert/0000001237.html
▼外国語と外国人名のカタカナ表記の話
外国語と外国人名のカタカナ表記の話(6)▼
(6)人名を国籍や言語に即した発音で表記するのが正しいのか?
私は前回の末尾に、「人名は発音どおりに、その人物の国籍や言語に即して転記する必要があるのだろうか?」
と疑問を呈しました。なぜなら一般の常識に反して、私は必ずしも外国人名をその人物の国籍や言語に即して仮
名書きする必要はない、と考えているからです。ここではロッシーニの妻となる大プリマ・ドンナ、イザベッラ・
コルブラン(Isabella Colbran,1784-1845)から話を始めましょう。
ロッシーニの人生と深い結びつきをもつ歌手コルブランについて書く際に、私は一貫して前記のように「イザ
ベッラ・コルブラン」と表記します。でも同業者の中には、コルブランはスペイン人で本名は Isabel(イサベル)
だから、との理由で常に「イサベル・コルブラン」と書く人がいます。では、そんなことを百も承知の私がなぜ、
「イザベッラ(Isabella)」と書くのでしょうか……答えは簡単です。彼女はオペラ歌手としての活動をイタリアで
「Isabella Colbran」として行い、イタリア以外の国々でもその名前で出演しているからです。それゆえロッシー
ニのデズデーモナやエルミオーネの初演歌手をイザベッラ・コルブランと表記し、伝記的記述で必要と判断すれ
ば、彼女がスペイン生まれの歌手で生名がイサベルであると付記するわけです。別な言い方をすれば、オペラ歌
手としての芸名がイザベッラ・コルブランならそう書くべきで、そこに本名を用いると結果的に誤った情報を発
信することになるわけです。
5
そもそも作曲家、歌手、役者に関する記述において、本名や生名は二次的な意味しか持ちません。喜劇役者、
藤山寛美に関する文章に「藤山寛美」を使わず、本名「稲垣完治」で記述する必要がどこにあるのでしょう。
ロッシーニはジョアキーノ(Gioachino)でもジョアッキーノ(Gioacchino)
8 月 5 日配信の本連載(1)に書いたように、
でもなく、洗礼簿に書かれた v のあるジョヴァッキーノ(Givacchino)が本名です。それを根拠に「ジョヴァッキ
ーノ・ロッシーニ」を用いるのが正しいと主張する人は、寅さんの主演俳優を渥美清ではなく田所康雄(芸名:渥
美清)としてしか書けなくなります。
ちなみにヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの「アマデウス」も、本名ではありません。洗礼名(本名)
は「ヨアンネス・クリュゾストムス・ヴォルフガング・テオーフィルス・モザルト」ですが、それはきちんとし
た伝記の出生に関する部分に書かれていれば充分で、私たちがヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと書
くことの障害にはなりません。外国人の職業歌手も同様に、芸名を仮名書きすればいいのであって、生まれた国
がスペインだからイサベル・コルブランと書く人は物事を誤って理解しているとしか言えません。
困るのは、国際的に活躍する現代の著名な歌手の仮名表記です。Natalie Dessay もその一人。通例「ナタリー・
デセイ」と仮名書きされますが、フランス人だから国籍と言語に即した「ナタリー・ドゥセ」とすべき、と主張
する人も少なくありません。音楽業界ではマスコミも含めて英語圏での発音「デセイ」を採用し、
「ドゥセ」はこ
だわりのあるオペラ・ファンが本来のフランス語の発音に即して用います。
実は Natalie Dessay も本名ではなく、生名は Nathalie Dessaix ですが、フランス語の発音は同じです。です
から私は芸名(?)Natalie Dessay をどう仮名書きするか問われたら「ドゥセ」と答え、自分の文章にも「ドゥ
セ」を用います。でも音楽業界もマスコミも「デセイ」を使うので、依頼原稿の場合ははじめから「デセイ」と
書きます……「デセイの歌唱について 600 字で書け」との注文に、
「ドゥセ」で入稿するのも変な話ですから。で
も会話でも相手が「デセイ」と言えば私も「デセイ」、相手が「ドゥセ」と言えば私も「ドゥセ」と発音します。
では、現代の歌手で国籍も明確なドゥセが、なぜデセイの表記で音楽業界やマスコミに定着したのでしょう。
こうしたケースは通例、最初に発売された CD の表記、初来日の際に招聘元が使用した表記、放送媒体での最初
の表記、などが発端になります。特定のレーベルの専属歌手は日本の代理店がディスクを発売する際に仮名表記
を決めて宣伝し、初来日の場合も招聘元の表記がそのまま音楽雑誌やマスコミに踏襲され、クラシック・ファン
の観る NHK の番組の表記もまた全国的に周知されるからです。
「デセイ」の発端がどれなのか知りませんし、そ
れを突き止めてケチをつけようとも思いません。仮に大手メディアが最初に「ドゥセ」と表記していたら、その
まま流布・定着した可能性もあります。その意味で、最初に仮名書きする大手のメディアにはこれに関する重大
な責任があると言っても良いでしょう。
ではドゥセ本人は日本で「デセイ」と呼ばれて不快になるかと言えば、それは違います。なぜならメトロポリ
タン歌劇場で「デセイ」と呼ばれ、世界に配信されるライヴビューイングでもインタヴュアーから「デセイ」と
呼ばれているからです。それゆえ外国で「デセイ」と呼ばれることに違和感がなく、英語圏ではみずから「デセ
イ」と発音しているのではないかとさえ思います。なぜなら国際的に活躍するアーティストは外国で自分の名前
がどう発音されるか理解し、それを受け入れているに違いないからです。
コルブランの場合は国籍や本名よりも芸名の方がはるかに重要ですから「イザベッラ・コルブラン」で通すの
がベストで、
「イサベル・コルブラン」は伝記的記述における補足の域を出ません。これに対し、ドゥセとデセイ
に関しては別種の問題が絡んでおり、「Dessay をデセイと表記するのは間違い。フランス人だからドゥセ以外の
仮名表記はありえない!」との主張は一見正論のようでいて、現実には物事の一面だけしか見ていないと私は考
えます。なぜならそう主張する人は、当然のこととして「コルブランはスペイン人だからイサベル・コルブラン
以外の仮名表記はありえない」と主張しなければならなくなるからです。けれどもそうした単細胞的発想では、
私が「イザベッラ・コルブランとするのがベスト」とした論拠を覆すことはできないでしょう。 (つづく)
(2014 年 10 月 15 日 水谷彰良)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆ガゼッタ第
ガゼッタ第 79 号◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ガゼッタ第 79 号をお届けします。
本号は、
「例会:1984 年 ROF《ランスへの旅》鑑賞会のご案内」
、
「〈魅惑のパガニーニ〉~パガニーニ愛用の
名器レプリカによる演奏会」
、
「11 月にクラシカ・ジャパンで 2013 年 ROF《ギヨーム・テル》初放送!」
、
「ロッ
シーニ文献の新刊:F.ベニシュ『装飾、及びロッシーニのイタリア・オペラにおける変奏実践』」、「外国語と外国
人名のカタカナ表記の話(7)
」をお届けします。
▼例会: 1984 年 ROF《ランスへの旅》鑑賞会のご案内(
ROF《ランスへの旅》鑑賞会のご案内(12
《ランスへの旅》鑑賞会のご案内(12 月 23 日)▼
日)▼
次回例会は 12 月 23 日(火・祝)、クラウディオ・アッバード追悼&復活蘇演 30 周年記念として 1984 年 ROF
《ランスへの旅》鑑賞会を実施します。当日は講師を置かず、新たな作品解説のプリントを配布して簡単な前説
のみで鑑賞し、残りの時間を使って会員からリクエストのあった邦人初演(日本ロッシーニ協会、2000 年)の映像も
一部ご覧いただきます。
6
題目:クラウディオ・アッバード追悼&復活蘇演 30 周年記念、1984 年 ROF《ランスへの旅》鑑賞会
日時:2014 年 12 月 23 日(火・祝)午後1時 30 分開始~午後 5 時終了予定
会場:北沢タウンホール 3F ミーティングルーム(下北沢駅より徒歩 4 分)
地図:http://kitazawatownhall.jp/map.html 会員ならびにそのお連れの方は無料。その他の方は当日 1,000
円を頂戴します。
▼〈魅惑のパガニーニ〉
魅惑のパガニーニ〉~パガニーニ愛用の
パガニーニ愛用の名器レプリカによる演奏会
名器レプリカによる演奏会(
による演奏会(11 月 2 日)▼
日)▼
日本在住の弦楽器製作者アンドレアス・プロイスさんは、会員の加藤ご夫妻の娘婿さんに当たります。このた
びプロイスさんが製作したパガニーニ愛用の名器レプリカを用いてパガニーニ作品を演奏する演奏会が、11 月 2
日、虎ノ門の JT ホールで行われますのでご案内します。ロッシーニの親友パガニーニの作品を、パガニーニの名
器レプリカで聴くまたとない機会です!
◎魅惑のパガニーニ
期日:2014 年 11 月 2 日(日)13 時半開演
会場:虎ノ門JTアートホールアフィニス
出演:ヴァイオリン:レイ・イワズミ、ギター:鈴木大介
曲目:パガニーニ《ヴァイオリンとギターのための華麗なる変奏曲(カプリス 24 番)》
《ソナタ
ほか。
作品 2-4、3-6》
コンサート情報はこちら→
http://sort.eplus.jp/sys/T1U14P0010163P0108P002133995P0050001P006001P0030001
Youtube のコンサート情報と演奏のビデオはこちら→ https://www.youtube.com/watch?v=ZzIaHsDXmCk
▼11 月にクラシカ・ジャパンで 2013 年 ROF《ギヨーム・テル》初放送!
ROF《ギヨーム・テル》初放送!▼
《ギヨーム・テル》初放送!▼
これまで CS 等のロッシーニ放送の情報を書きませんでしたが、今号から毎月 25 日配信のメルマガに、翌月の
クラシカ・ジャパンや WOWOW その他の放送予定を掲載することにしました。
11 月にはクラシカ・ジャパンで、なんと昨年 ROF の《ギヨーム・テル》が日本語字幕付きで初放送されます。
併せて ROF《オリー伯爵》
《マティルデ・ディ・シャブラン》
《絹のはしご》も再放送されますから、ロッシーニ
月間みたいですね。
◎《ギヨーム・テル》2013 年 ROF(11 月 8、10~16、23 日放送)
◎《オリー伯爵》2008 年 ROF(11 月 4~8、10 日放送)
◎《マティルデ・ディ・シャブラン》2012 年 ROF(11 月 15、17~22、30 日放送)
◎《絹のはしご》2009 年 ROF(11 月 25~29 日放送)
クラシカ・ジャパンの放送詳細はこちら→
http://www.classica-jp.com/program/genre.php?list_year_month=201411&genre_id=2
なお、WOWOW では 11 月 11 日に 2010 年メトロポリタン歌劇場《アルミーダ》が再放送されます。
WOWOW の放送詳細はこちら→
http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/101564/index.php#content?target=scene020&m=01
▼ロッシーニ文献
ロッシーニ文献の
文献の新刊:F.
新刊:F.ベニシュ『装飾、及びロッシーニのイタリア・オペラにおける変奏実践』
F.ベニシュ『装飾、及びロッシーニのイタリア・オペラにおける変奏実践』▼
ベニシュ『装飾、及びロッシーニのイタリア・オペラにおける変奏実践』▼
◎Francis Benichou: Verzierungs- und Variationspraxis in den italienischen
Opern Rossinis.,Leipzig,Leipziger Universitätsverlag,2014.(382 頁。価格:25ーロ)
フランシス・ベニシュ『装飾、及びロッシーニのイタリア・オペラにおける変
奏実践』ライプツィヒ大学出版局、2014 年
ドイツ・ロッシーニ協会によるロッシーニ文献出版の第 9 弾として、ロッシー
ニ作品におけるヴァリアツィオーネ(装飾的変奏)に関する研究書が出版されまし
た。このテーマに関する貴重な文献といえますが、ドイツ語とあって日本の読者
は限られるでしょう。著者フランシス・ベニシュはトリエステのタルティーニ音
楽院のオーケストラと、「ヴィルトバートのロッシーニ」音楽祭のアンサンブル、
ヴィルトゥオージ・ロッシニアーニの指揮者を務めています。
ドイツ・ロッシーニ協会による紹介はこちら→
http://www.rossinigesellschaft.de/soc/publ/schriften.html#band9
▼外国語と外国人名のカタカナ表記の話(
外国語と外国人名のカタカナ表記の話(7)▼
7
(7)続:人名を国籍や言語に即した発音で表記するのが正しいのか?
Natalie Dessay はフランス人なので発音は「ドゥセ」ですが、日本では英語圏の発音「デセイ」が一般的な表
記となっています(前回参照)
。逆の例はテノールの Gregory Kunde で、
「グレゴリー・クンデ」で定着していま
すがアメリカ人なので、
「カンデ」が本来の発音です。なぜ「クンデ」で広まったのか判りませんが、Kunde の表
記からドイツ系と思われた可能性があります(先祖については知りませんが…)。もしくは最初にローマ字読みで「ク
ンデ」と紹介されたのかもしれません。
とはいえ彼も、日本で「クンデ」と称されることに違和感はないでしょう。なぜなら重要な活動拠点であるイタ
リアとドイツでも「クンデ」と呼ばれているからです。ドゥセがそうであるように、国際的に活躍する歌手は自
分の名前が外国語でどう発音されるかを理解しており、自分の国の言語どおりに発音せよとは言わないからです。
私もイタリアでは「水谷」ではなく、
「ミズターニ」と名乗ります。日本語の「みずたに」の発音では彼らに認
知されず、覚えてもらえないからです。フランス人に対しては「ミズュタニ」と名乗りますが、それは彼らが
Mizutani を「ミズュタニ」と発音するからです。そもそも私の名は「水谷」しかなくても、外国向けにローマ字
式のアルファベットで Mizutani と表記するので、これが各国語の読みや発音に転化します。フランス人に「ミズ
タニ」と読ませたければ Mizoutani とすればいいのですが、イタリア人には「ミゾウータニ」と読まれてしまい
ます。
要するに、私は外国で自分の名前を日本式に「みずたに」と発音したことがなく、外国人から「みずたに」と
呼ばれたことがなく、
「名前は一つ、国籍とその言語に即した発音をせよ!」なんて言わないわけです。
その一方、
「外国文化の正しい受容には、国籍とその言語に即した発音の転記が不可欠ではないか」との意見に
はある程度賛同します。でもそれを原理原則にできないことはこの連載で述べたとおりで、
「そもそもカタカナは
外国語の発音を正確に転記できるシステムではない」、「原音に一番近い仮名表記を採用すると、ロッシーニと書
けなくなる」という問題があるわけです。加えて「ライヴビューイングで全世界にデセイと発信・享受されてい
る事実」
、
「芸名の発音の国際的な二極化(英語圏と非英語圏)もしくは多極化」
、
「アルファベットをローマ字読みで
認知する日本の現実」といった問題を考え合わせると、
「Kunde」が「カンデ」となる可能性は少ないのではない
でしょうか。
なぜなら当初国籍とその言語に即して仮名書きされながら、その後異なる表記が普及したケースもあるからで
す。Rolando Villazón がその一人で、メキシコ人テノールの彼は 21 世紀に台頭し、音楽雑誌では早くから「ビリ
ャソン」と表記され、NHK-BS も「ビリャソン」で放送し(例、2005 年の《椿姫》)、ユニバーサルミュージックの
国内盤 CD も「ビリャソン」……私が解説を書いた 2008 年発売の CD も同様で、近年の新譜も「ビリャソン」で
発売……なので 100 パーセントこれが定着したかと思いきや、近年「ヴィラゾン」が増えています。これも英語
圏のみならず他の国々──フランス人とドイツ人は「ヴィラゾン」
、イタリア人は「ヴィッラゾン」と発音します
──と関係するのでしょう。祖国メキシコとスペイン語圏以外で「ヴィラゾン」もしくはそれと近く発音される
なら、「ビリャソン」は明らかに世界的に少数派で、私も外国人と話す際には「ヴィラゾン」と発音します(自分
の文章は基本的に「ビリャソン」ですが…)。
「人名は発音どおりに、その人物の国籍や言語に即して転記すべき」、「外国文化の正しい受容には、国籍とそ
の言語に即した発音の転記が不可欠」と主張する人は、もちろん「ドゥセ」「カンデ」
「ビリャソン」と表記&発
音すればいいのです。でもその人が日本を一歩出た途端に「デセイ」「クンデ」
「ヴィラゾン」と発音するなら、
正論や原則として意味をなさなくなります。
同じことは、オペラの邦題や役名の表記についても言えます。そこにもおかしな「正論」や「原則」を主張す
る人がいますが、それがどこまで「正論」や「原則」として通用するのか、いま一度考えてみましょう。
(つづく)
(2014 年 10 月 25 日 水谷彰良)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆ガゼッタ第
ガゼッタ第 80 号◆
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ガゼッタ第 80 号をお届けします。
本号は、
「日本ロッシーニ協会ホームページが生まれ変わります!(11 月 7 日始動)」
、
「マリア・カラスの《イタ
リアのトルコ人》と《セビーリャの理髪師》リマスター盤発売!」
、
「
《小ミサ・ソレムニス〉批判校訂版のミス」、
「外国語と外国人名のカタカナ表記の話(8)
」をお届けします。
12 月 23 日の例会案内はこちら→ http://societarossiniana.jp/meeting.html
▼日本ロッシーニ協会のホームページが生まれ変わります!(11 月 7 日始動)▼
日本ロッシーニ協会ホームページ(以下、HP)をリニューアルします、と言うと、「あれ、一昨年リニューアル
したばかりでは?」と思われる方も多いでしょう。確かに 2012 年 8 月までのそれをゼロに戻し、新たな管理人さ
んが一から構築したのが現行 HP です。コンテンツに関しては、管理人さんの提案で始めたメールマガジンも含
めて筆者がその責任を負うことになりました。
かくして運営と配信の実務に加えてフェイスブックとツイッターも担う管理人さんの尽力により、
閲覧者からお
8
褒めをいただくリニューアル HP が 2012 年 9 月に誕生しましたが、ある日突然完成品ができるはずもなく、筆者
は最初の 2 年を試行期間と考えていました。そして今回新たに HP の配置や構成の一新を、お願いしたわけです。
これは事実上の作り直しですから、管理人さんに大変な苦労をおかけしましたが、その甲斐あって内容目次を一
目で見渡せ、各コンテンツへのアクセスが容易になった新 HP が出来上がりました。この新 HP は現在のそれと
差し換える形で 11 月 7 日から始動しますので、感想やご意見をいただければ幸いです。工事中も含め、コンテン
ツは筆者がエンドレスで提供していきますので、協会ともどもご支援のほど、宜しくお願い申し上げます。
▼マリア・カラスの《イタリアのトルコ人》と
マリア・カラスの《イタリアのトルコ人》と《セビーリャの理髪師》リマスター盤発売!▼
《セビーリャの理髪師》リマスター盤発売!▼
先月、マリア・カラスのスタジオ録音のマスターテープにリマスターを施したディスクが系統的に発売されま
した。ロッシーニのオペラは《イタリアのトルコ人》と《セビーリャの理髪師》で、これがカラスの録音したロ
ッシーニ作品唯一の全曲盤となります。この 2 点については現在発売中の『モーストリー・クラシック vol.211』
(2014 年 12 月号)26-27 頁に紹介しましたので、ここでは簡単にふれるにとどめます。
◎《セビーリャの理髪師》1957 年 2 月録音(ステレオ)、2014 年リマスター
アルチェーオ・ガッリエーラ指揮フィルハーモニア管弦楽団&合唱団 ロジーナ:
マリア・カラス、フィガロ:ティート・ゴッビ、アルマヴィーヴァ伯爵:ルイージ・
アルヴァ、バルトロ:フリッツ・オレンドルフほか
Warner Classics 2564634089 (海外盤、CD2 枚組)
《セビーリャの理髪師》のカラス唯一の舞台出演は 1956 年ですが、ロジーナをカ
ルメン風に演じて酷評されました(ライヴ録音あり)。翌年の EMI スタジオ録音では実
演と異なる役作りで臨み、少女らしい声音と語り口、浅い発声の歌唱を随所に用いて
個性的なロジーナを造形しています。ステレオ録音とあってリマスターによる音の分
離もクリアで、従来盤をお持ちの方も一聴の価値があります。
◎《イタリアのトルコ人》1954 年 8-9 月録音(モノラル)、2014 年リマスター
ジャナンドレーア・ガヴァッツェーニ指揮ミラノ・スカラ座管弦楽団&同合唱団 フ
ィオリッラ:マリア・カラス、セリム:ニコーラ・ロッシ=レメーニ、ナルチーゾ:
ニコライ・ゲッダほか
Warner Classics 2564634088 (海外盤、CD2 枚組)
カラスは《イタリアのトルコ人》のフィオリッラを 1950 年ローマで初役し、55 年にもスカラ座で演じました
が、現存する音源は 1954 年の EMI スタジオ録音しかありません。残念なことに、この録音は指揮者ガヴァッツ
ェーニが大幅なカットを施したヴァージョンで行われ、第 2 幕は現行版の半分になり、ヒロインの大アリアもカ
ットされています。モノラル録音のためリマスター効果も乏しいとの印象です。
▼《小ミサ・ソレムニス〉批判校訂版のミス▼
《小ミサ・ソレムニス〉批判校訂版のミス▼
人間のすることにミスは付き物。筆者も自分の文章にミスや誤植を見つけるのもしばしばで、校正の視点で見
るからか、他者の文章にもたくさんのミスや誤植を発見してしまいます(笑)。ロッシーニ全集や批判校訂版も例
外ではなく、ミスや誤植のみならず、明らかな誤謬に気づいてしまいます。ここでは最新刊の《小ミサ・ソレム
ニス》全集版と、これに先立つベーレンライター批判校訂版を見ていて気づいたミスや問題を記しておきます。
◎ベーレンライター批判校訂版その他の管弦楽伴奏版の初演日「2
◎ベーレンライター批判校訂版その他の管弦楽伴奏版の初演日「2 月 24 日」は間違い!
実はこれ、かなり深刻な問題です。なぜなら 2010 年に出版されたベーレンライター批判校訂版《小ミサ・ソレ
ムニス》のみならず、グローヴ音楽・音楽家事典の初版と第 2 版、レシーニョの『ロッシーニ事典』その他、過
去の重要文献がすべて管弦楽伴奏版のパリ・イタリア劇場初演を 1869 年 2 月 24 日としてきたそれが、2013 年成
立のロッシーニ全集版で「2 月 28 日」とされているのです。実は初版楽譜には初演日が「28 日」と印刷されてい
るのに、ある段階からロッシーニ文献で「24 日」となり、それが連綿と踏襲されてきたようです。
ですから筆者も「28 日」は初版楽譜の誤植で「24 日」が正しいと信じていたのですが、8 月に購入した全集版
に「28 日」と明記されていて愕然としました。それだけではありません。この重大な変更に関して、全集版には
何の説明も注釈もないのです。けれども 28 日付の新聞で報じられた、前日(27 日)行われた総稽古の記事が引用
されており、28 日初演の事実は揺るぎないものと思われます。でもなぜ確かな根拠をもって「28 日が正しい」と
主張し、
「24 日」の誤謬が何に起因したのかを説明しないのでしょう……不思議な話です。
◎全集版におけるピエ=
◎全集版におけるピエ=ヴィル伯爵の没年は間違い
ヴィル伯爵の没年は間違い
これに対し、全集版《小ミサ・ソレムニス》にも意外な間違いがあります。ロッシーニのパトロン、アレクシ
ス・ピエ=ヴィル伯爵の没年が「1878 年」とあるのです(解説書 Testi introduttivi の p.19)。これに関して調べまし
たが、正しい没年は「1871 年」です。
「1878 年」はピエ=ヴィル伯爵夫人ルイーズの没年なので校訂者が取り違
9
えたのかも知れませんが、この作品の成立と深い関わりを持つ伯爵だけに、ちょっと恥ずかしいミスと言えます。
◎その他の留意点
全集版や批判校訂版における初版楽譜のタイトル頁転記はオリジナルの記載のままではなく、語頭の大文字小
文字を一般的なそれに置き換え、原文の斜体も通常の字体に戻しています。さらに原文におけるアクサンの欠落
も、断りなしに正しいアクサンが付されます。プレート番号も管弦楽伴奏版の初版は「B. et D. 11,532.」ですが、
全集版は単に「11532」としています。ですから全集版だけでは初版楽譜の記載の本来の在り方が判らず、細部は
現物もしくはその複製で確認しないといけません。細かなことですが、筆者は以前からそれが不満でした。
▼外国語と外国人名のカタカナ表記の話(
外国語と外国人名のカタカナ表記の話(8)▼
(8)オペラの題名における地名や都市名の仮名表記について
オペラの題名における地名や都市名の仮名表記に関しては、単純明快に当該都市や地名をその国の言語の発音
に沿って仮名表記すれば良い、との大前提が思い浮かびます。ドニゼッティのイタリア・オペラだからといって
題名の都市名をイタリア語読みして「Ugo, conte di Parigi」を「パリージのウーゴ伯爵」
、
「Gianni di Parigi」を
「パリージのジャンニ」にしたらわけが判らなくからです……言うまでもなく、イタリア語の Parigi はフランス
のパリ(Paris)を意味します。
そんなの当たり前じゃないか、という人もいるでしょう。でも現実にはロッシーニの代表作「Il barbiere di
Siviglia」は過去 20 年の上演で「セビリアの理髪師」「セビリャの理髪師」「セヴィリアの理髪師」「セヴィリ
ャの理髪師」「セヴィラの理髪師」の五つが使われています。これについては「ガゼッタ 第 11 号」に書いたの
で繰り返しませんが、筆者が推奨する「セビーリャの理髪師」はどの団体も用いず、音引きを抜いた「セビリャ」
が藤原歌劇団で使われるだけです。
ここで地名「Sevilla」のスペイン語に即した発音の転記を「セビーリャ」と言えば、直ちに「スペイン語の発
音はセビージャだ!」との反論があるでしょう。確かに現地発音は「セビージャ」で、「セビーリャ」ではあり
ません。にもかかわらず筆者が「セビーリャ」を推奨するのは、『西和中辞典』(小学館)その他で「lla」に「リ
ャ」を充てる表記が定着しているからです。スペイン語の単語には「lla」が多く、これを「ジャ」とすると「セ
ビージャ」以外にも変更が必要になります(音楽用語にも Seguidilla[セギディーリャ]や Tonadilla[トナディーリャ]
などがあります)。それもあって筆者は「セビージャの理髪師」ではなく「セビーリャの理髪師」としたわけです。
それゆえ「当該都市や地名をその国の言語の発音に沿って仮名表記すれば良い」との大前提で言えば、正解は「セ
ビージャの理髪師」か「セビーリャの理髪師」のどちらかで、前記邦題は全滅です! 藤原歌劇団は長年「セヴ
ィラの理髪師」を用いましたが、1993 年に「セヴィリヤの理髪師」を採用、2011 年に「セビリャの理髪師」と
しました。ですから変えようと思えば変えられるのです。なぜ日本中の上演がスペインの有名な地名をめちゃめ
ちゃに仮名書きして平気なのでしょう……筆者には不思議でなりません。新国立劇場が率先して「セビーリャの
理髪師」を採用すれば、物事が大きく変わると思うのですが……
他にも歴史的地名の問題があります。イタリア・オペラの「Inghilterra」は過去「イギリス」とされることが
多かったのですが、劇の時代背景などに即して「イングランド」とすべき事例も少なくありません。ロッシーニ
の「Elisabetta, regina d’Inghilterra」もその一つで、筆者もかつて「イギリスの~」と書きましたが、ある時点
で「イングランドの~」に改めました。ドニゼッティの「Rosmonda d'Inghilterra(イングランドのロズモンダ)」
も同様です。
他の歴史的国名にイタリア・オペラの「Borgogna」があり、ロッシーニの「Adelaide di Borgogna」とドニゼ
ッティの「Enrico di Borgogna」はかつて「ブルゴーニュの~」とされましたが、劇の舞台が 5~6 世紀の「ブル
グント王国」であれば、当時まだ存在しないフランスのブルゴーニュ地方との混同を避けなければいけません。
筆者が「ブルグントの~」と変えた理由もそこにあります。(つづく)
(2014 年 11 月 5 日 水谷彰良)
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