スポーツと心臓の健康 - 三井物産インシュアランス

三井物産インシュアランス お役立ちレポート/ 2013 年 08 号
寒い時季は要注意!
スポーツと心臓の健康
スポーツ&サイエンスライター 葛西 奈津子著
目 次
■はじめに .................................... 1
■心臓の健康と寒い時期のスポーツ ............... 1
■中高年は動脈硬化に注意....................... 2
■自律神経系のはたらきとスポーツ突然死 ......... 2
■運動をするときの注意点....................... 3
■寒いときのスポーツと体温..................... 4
■寒さ対策の運動とは........................... 6
■熱をつくる食事、血液と血管の健康を保つ食事 ... 6
無断転載・複写等を禁じます。
スポーツと心臓の健康
寒い時季は要注意!
スポーツと心臓の健康
スポーツ&サイエンスライター
葛西
奈津子
■ はじめに
ジョギングやサイクリングなどの人気が高まり、スポーツを日常的に楽しむ人
が増えています。ただし、寒い季節に運動を行う際には、夏とはちがう注意点が
あります。特に注意したい心臓への負担を中心にまとめました。
■ 心臓の健康と寒い時期のスポーツ
厚生労働省の調べによると、日本人の死因として過去 20 年にわたり、悪性新
生物(がん)に次ぐ第2位を心疾患が占めています。心疾患の中でも特に死亡率
が高いのは、心臓を取り巻く血管「冠動脈」の一部が詰まり、血流が完全に止ま
ってしまうことで起こる心筋梗塞です。
【死因順位別死亡数の年次推移】
死因
順位
昭和 55 年
(1980)
平成2年
(1990)
12 年
(2000)
22年
(2010)
24年
(2012)
死因
死亡数
死因
死亡数
死因
死亡数
死因
死亡数
死因
死亡数
第1位
脳血管
疾患
162 317
悪性
新生物
217 413
悪性
新生物
295 484
悪性
新生物
353 499
悪性
新生物
361 000
第2位
悪性
新生物
161 764
心疾患
165 478
心疾患
146 741
心疾患
189 360
心疾患
196 000
第3位
心疾患
123 505
脳血管
疾患
121 944
脳血管
疾患
132 529
脳血管
疾患
123 461
肺炎
123 000
注:平成 22 年までは確定数、平成 24 年は推計数である。
資料:
(厚生労働省「平成 24 年人口動態統計の年間推計」より)
日本では、1年間に数百人から 1000 人以上がスポーツ突然死(スポーツをし
たことによって発症し、発症から 24 時間以内に起こる予期せぬ内因性死亡)で
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スポーツと心臓の健康
亡くなっていると考えられています。年代別では 10 代が圧倒的に多いのですが、
これをのぞくと 50 代、60 代が多くなっています。発生頻度でいうと、スポーツ
をする中高年者においては数万人に1人程度、40 歳未満では数十万人に1人程
度です。
一般的に、心臓突然死が起こりやすいのは 12 月~1月の気温が低い冬季です
が、スポーツ中の心臓突然死だけに限ってみれば、9月~10 月に最も多くなっ
ています。これは、各地で運動会やマラソン大会が行われる機会が多く、「スポ
ーツの秋」と称して、日頃運動習慣のない人が急に運動を行う頻度が高いことに
もよります。また、体力に自信がある人であっても、心疾患に関しては要注意で
す。
■ 中高年は動脈硬化に注意
中高年のスポーツ突然死の8割以上は、心疾患が原因です。心疾患の多くは動
脈硬化が背景にあり、動脈硬化の恐ろしい点は、自覚症状なしに突然発症するこ
とが多いところです。
血液と血管の健康状態を損ない、動脈硬化の原因となる危険因子は、「肥満」、
「高血圧」、「高脂血症(ドロドロ血)」、「糖尿病」、「喫煙」などです。これらに
よって動脈硬化や血栓が起こり、冠動脈の血流が滞ると、心筋(心臓の筋肉)が
酸素不足に陥ります。血流の停滞が軽度であれば「狭心症」ですみますが、「心
筋梗塞」では冠動脈が完全に閉塞するため、発症から5~6時間以内に血流を再
開通させなければ、心筋が完全に壊死(えし)し、最悪の場合は死に至ります。
日頃から生活習慣病の予防を心がけることが大切です。
■ 自律神経系のはたらきとスポーツ突然死
動脈硬化と並ぶ心臓突然死の原因は、自律神経系の関与、特に交感神経の過度
の緊張による致死性不整脈の誘発です。自律神経は、体温や呼吸、心臓の機能な
どをコントロールするもので、心臓へ直接はたらきかけ、影響を及ぼします。
たとえば、人間には体内時計があり、夜間は副交感神経が優位にはたらき、覚
醒・起床後には交感神経優位の状態に移行します。交感神経のはたらきが活発に
なると、血圧が上昇し、冠動脈のけいれんも起こりやすくなります。夜間には体
内の水分量も減って血液の粘性が高まっているため、血液が凝固しやすい状態に
なっています。
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スポーツと心臓の健康
スポーツ突然死は、自律神経系活動の変動が大きい午前中(なかでも起床後2
時間以内)に多く、ストレスが強く交感神経活動が亢進するような状況(精神的
緊張が強くなる競争的な種目、ゴルフのパットなど)で起こりやすいとされてい
ます。
また、温かい部屋から寒い戸外へ出たとき、体温を維持するために交感神経の
活動が活発になります。人間は、気温によって体温が変化しない「恒温動物」で
す。体温を一定に保つためのしくみが体に備わっていて、それをコントロールす
るのが自律神経です。寒いときには体がぶるぶるふるえますね。これは、筋肉を
収縮させて熱を作り出しているもので、交感神経の活動で起こっているのです。
「ふるえ」のほかにも、皮膚から熱が逃げるのを防ぐために毛細血管を収縮させ
たり(そのために手や顔が青白くなる)、立毛筋を収縮させたり(その結果、鳥
肌が立つ)といった反応が交感神経によって起こります。
このようなときに、突然、運動をはじめるのは大変危険です。冬季、暖房のな
い浴室での心臓発作による事故が起こるのも同様で、自律神経の活動が大きく変
化することが引き金になります。
事故を防ぐには、十分なウォーミングアップと水分補給が重要です。ウォーミ
ングアップは、体をあたため、心臓をスポーツに備えた準備状態にするためのも
ので、体操や軽いジョギングなどを組み合わせて数分(気温の低いときは長めに)
行います。日頃から血圧の高い人や運動不足の人は念入りにしましょう。
そして、寒いときには、水分補給を怠りがちです。でも、運動をして汗をかけ
ば、体内の水分はその分必ず減るのです。秋から冬の間も給水を心がけてくださ
い。
また、朝の空腹時には、体内の脂肪細胞にある中性脂肪が分解され、血液中に
遊離脂肪酸が大量に流出して、これが不整脈発生の原因になるともいわれていま
す。ジュースや軽食をとってから運動をするようにしてください。
■ 運動をするときの注意点
マラソンレースでの事故が多いのは、スタート直後とゴール前後です。スター
ト直後や、ゴール直前にいわゆるラストスパートをするとき、あるいはゴールし
て急に足を止めたときには、心拍数や心拍出量(1分間あたりに心臓から送り出
される血液量)に大きな変化が起こります。このとき、自律神経系の活動バラン
スが大きく変動し、不整脈が発生しやすいのではないかと考えられています。
十分にウォーミングアップをしてからスタートし、マイペースで走ること、ま
たゴール後も軽くジョギングやウォーキングで徐々に心拍を落ち着かせるよう
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スポーツと心臓の健康
クールダウンすることで、防ぐことのできる事故が多数あるといえます。
中高年者のゴルフで死亡事故が多いのは、第一ショットやパットで強いストレ
スが加わり、交感神経の活動が高まるためといわれます。加えて、ショット、歩
行、パット、とそれぞれの動作の間に連続性が小さく、心拍数や心拍出量の調整
のために自律神経系の活動が頻繁に変動することも一因と考えられています。こ
ちらも、日頃から体調を整え、十分なウォーミングアップを行うことなどで、事
故を減らすことができるでしょう。
運動の前日は寝不足や飲酒を避け、当日は表1のようなセルフチェックを行っ
てください。
(表1)スポーツ前のセルフチェック
□熱がある
□体がだるい
□睡眠不足である
□食欲がない(朝食を抜いている)
□下痢気味である
□頭や胸が痛い
□過労気味である
□前回のスポーツの疲れが残っている
□二日酔いである
このような症状があるときは、運動を見合わせるか、または予定を変更して時
間や強度を軽減する、途中でもやめるといった決断も必要です。
安静時の心拍数や血圧は、自律神経のはたらきをよく表します。毎朝、起床後
の起き上がる前に心拍数と血圧を測定し、極端に値が高い日や低い日は、激しい
運動を避け、ゆっくりと気温や運動に体を慣らすようにするとよいでしょう。
期外収縮という不整脈は健康な人にも見られ、24 時間連続で心電図をとるホ
ルター心電図検査により、1日に年齢と同じ程度の回数までの発生であれば問題
ないとされます。ただし、自覚症状が強い場合や頻発する場合、心室性期外収縮
が連発する場合などには、運動が禁忌となることがあります。日常生活では、ア
ルコールのとり過ぎ、睡眠不足、ストレス、過労に気をつけましょう。
■ 寒いときのスポーツと体温
人間は恒温動物ですので、ある程度の寒さにさらされても、自律神経のはたら
きで体温を一定に保つことができます。
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スポーツと心臓の健康
しかし、極端に体温を奪われる状況では、体が対応しきれないことがあります。
スポーツと体温というと、夏の熱中症ばかりクローズアップされますが、寒さの
ために体温が低くなってしまう「低体温症」も重大な問題です。
日本では、2009 年の北海道大雪山系トムラウシでの大規模遭難などを機に、
「低体温症」の認知がようやく進みはじめました。標高が 100 メートル増すごと
に気温は平均 0.6℃下がります。標高 1000 メートルの山では、平野部より6℃
も気温が低いことになります。登山者の中には、平野部の気温と山の気温とはち
がうということを考慮しないで軽装で出かけてしまい、厳しい寒さにさらされて
命を落とす人がいるのです。
医学的には、気温が5℃以下になると、寒冷注意域とされます。体温が 34~
35℃まで下がると筋肉のけいれんや肉離れが起きやすくなります。34℃以下にな
ると脳の機能が低下しはじめ、28℃以下で心臓が停止します。
低体温が起こりやすいのは、気温が低く風のあるときです。風速が1メートル
増すと、気温が1℃下がるのに相当します。汗で皮膚がぬれていると気化熱で体
温は急速に奪われます。
睡眠不足や過労、栄養不良、貧血、空腹、飲酒も低体温の誘因となります。厳
寒でなくともじわじわ体力が奪われます。特に、皮下脂肪の少ない男性は体温を
奪われやすいので気をつけなければなりません。
表2のような兆候が生じたら、体温がこれ以上失われるのを防ぎ、直ちに体を
温めます。
冬のスポーツは、防寒用ウエアを着用し、普段よりウォーミングアップを念入
りにするのはもちろんのこと、汗をかいたら着替えられる準備をし、また、気温
や天候によってスポーツをする時間や内容などの予定を変更することが大切で
す。冷えやすい手足を保温することは、全身の保温にとっても有効です。保温性・
発熱性のある素材をつかった手袋や靴下、防水・透湿性のあるシューズなどがお
すすめです。
(表2)低体温症の兆候
軽度
↓
重度
絶え間ない身震い
不明瞭な話し方、意識がぼんやりする、眠気、不随意な筋肉の動き、
筋肉の硬直
意識喪失、瞳孔拡張、光に対する瞳孔の反応が遅い、手足の凍結
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スポーツと心臓の健康
■ 寒さ対策の運動とは
寒い季節には、だれでも普段より血圧が高くなります。高齢者、高血圧の人な
どは早朝ランニングのような朝一番の運動は避けてください。
冷たい空気を急に吸い込むと冷気で気管支が刺激されて咳が出やすくなりま
す。マスクなどをして冷たい空気を直接吸わない工夫をしましょう。同様の理由
で、喘息気味の人は特に気温の低い環境での運動は避けるほうがよいでしょう。
真冬は運動を始めるには最適の季節とはいえません。できれば、秋のうちから
少しずつ運動をしましょう。冬は基礎代謝が下がるうえ、行事が重なって太りや
すい時期だけに、運動の習慣ができていると効果的です。
冬におすすめの、風邪をひかない体質づくりに効果的な運動は、意外なことに
「水泳」です。冬用の装備も不要ですし、皮膚が水から寒冷刺激を受けるため、
習慣的にプールに入っていると、皮膚が寒さに対して敏速に反応する(皮膚血管
が収縮して放熱を避ける)ようになります。
また水泳やウォーターエクササイズなどをすると筋肉から熱が生まれ、今度は
余分な熱を放熱するための適応、つまり皮膚血管が拡張して皮膚から熱を逃がし
ます。
水中では、このように寒冷刺激と温熱刺激に対する適応が一度に鍛えられ、風
邪をひきにくくなるといわれます。
■ 熱をつくる食事、血液と血管の健康を保つ食事
寒さにうち勝って体温を保つためには、体内で熱を作り出す必要があります。
気温や水温が低いときには、暖かいとき以上にエネルギー源が必要ということで
す。
熱を生みやすい栄養素はタンパク質です。食事として摂ったカロリーの、実に
30 パーセントが熱になります。炭水化物(デンプン)は約6パーセント、脂肪
は約4パーセントです。また根菜は体を温めるといいます。寒い季節は、ぶり大
根、鍋物など、タンパク質と根菜をたっぷり摂れるメニューがおいしくなります
が、体にもよいのです。
気温が低いときには体を動かすためのエネルギー源として、糖質の利用率が増
加しますので、スポーツをする際には筋肉のグリコーゲンの消耗を防ぐことが大
切です。筋グリコーゲンが少なくなると、熱産生が低下して体温が下がります。
血糖値が下がり過ぎると、寒いときに本来起こるはずの「ふるえ」が抑制される
ために熱産生が効率よく行われず、疲労を招きやすくなります。
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スポーツと心臓の健康
また厚い皮下脂肪を蓄えるのは、断熱効果で体温を保とうとする自然の摂理で
すが、もちろん蓄え過ぎは血液と血管の健康にとっては逆効果です。
血液と血管の健康を保ち、心疾患を防ぐための2本柱は食事と運動です。
運動といっても、必ずしも特別なスポーツばかりでなく、日常生活や仕事の中
での身体活動全般も含みます。運動のためにまとまった時間がとりにくい人や、
運動を始めたばかりの人は、日常生活の中できびきびと体を動かすことを意識し
たり、歩く量を増やしたりすることを心がけましょう。
食生活の観点では、カロリー・糖分・脂質の過剰摂取を避け、バランスよく規
則正しく摂ることです。そして、血管内壁を傷つける活性酸素を消去するため、
抗酸化成分のある食品を食卓に積極的に取り入れてください。
ビタミンやミネラル(カルシウム、鉄、亜鉛、マグネシウムなど)、タンパク
質の不足が心臓の機能に悪影響を及ぼすことがあります。ふくらはぎなどがつり
やすい人は、ミネラルが不足しているかもしれません。
栄養・休養を十分にとりながらスポーツを楽しみましょう。
以上
PROFILE
葛西 奈津子(かさい なつこ)
K’s WORKS 代表 (http://www.ne.jp/asahi/ks/science/)
北海道札幌市生まれ。京都大学理学部卒業後、同大学院人間・環境学研究科を経てフリー
ライターとして活動開始。
「健康」、「スポーツ」、そして「カナダ」をテーマに、出版、イ
ンターネットなどさまざまな分野で活動中。北海道虻田郡ニセコ町在住。
<著書・共著>
『ウニの赤ちゃんにはとげがない』
(恒星出版株式会社、2002 年)
『改訂 21 世紀に何を食べるか』(共著、恒星出版株式会社、2003 年)
『子どもの脳を育てる栄養学』
(共著、京都大学学術出版会、2005 年)
『植物が地球をかえた!』
(化学同人、2007 年)
『脳力をアップする! 子どもの食育がよくわかる本』(メイツ出版、2007 年)
『進化し続ける植物たち』
(化学同人、2008 年)
『あなたの運動は大丈夫?―「スポーツ生理学」からのアプローチ』
(明治書院、2010 年)
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