TMI 中国最新法令情報 ―(2012 年 9 月号)

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TMI 中国最新法令情報
―(2012 年 9 月号)―
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皆様には、日頃より弊事務所へのご厚情を賜り誠にありがとうございます。
お客様の中国ビジネスのご参考までに、
「TMI中国最新法令情報」をお届けします。記事の
内容やテーマについてご要望やご質問がございましたら、ご遠慮なく弊事務所へご連絡下さ
い。なお、バックナンバーについては、弊事務所のウェブサイトに掲載させていただきます
ので、併せてご利用下さい。(http://www.tmi.gr.jp/office/china/index.html)
目次
一.中国最新法令
(1) 流通分野における商品品質モニタリング弁法
(2) 積出港における増値税輸出還付・免除に関する管理弁法
(3) 営業税の徴収から増値税の徴収への変更試点における文化事業建設費の徴収問題に
関する財政部・国家税務総局の通知
(4) 民事訴訟法(2012 年改正)
二.連載
中国企業法実務/第三弾:中国における紛争の予防と解決(第 1 回 債権の保全・
回収)
三.上海法務事情
日中間の政治的緊張下における、日本企業の実務対応について
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一.中国最新法令(2012 年 8 月中旬~9 月中旬公布分)
(1) 流通分野における商品品質モニタリング弁法 1
国家工商行政管理総局
2012 年 8 月 21 日公布
同日施行
① 背景
中国では、食品や家具を始めとする、人々が毎日接する商品の品質低下について、し
ばしば新聞やテレビで報道されており、国民の関心が集まっている。各政府機関は商品
の品質の取締りに力を入れているが、そのうち、工商行政管理局は、各商品について、
定期又は不定期に販売者から商品サンプルの提供を受け、品質を検査するという商品品
質モニタリング活動を行っている。この度、この商品品質モニタリング活動について、
新たな行政法規が国家工商行政管理総局により公布された。
② 主な内容
国家工商行政管理総局は 2004 年にも同じ題名の弁法(工商消字[2004]第 213 号)を
公布していたが、解説上の便宜のために、以下では 2004 年に公布された弁法を「旧弁
法」といい、今回新たに公布された弁法を「新弁法」という。両者を比較すると、主に
以下の点が異なっている。
(ア)
適用範囲
新弁法によると、食品、保健品、薬品、医療器械及び農産品等、他の法令によっ
て規制される商品の品質モニタリングについては、当該各法令の規定に従う。
(イ)
再検査
旧弁法では、検査により不合格の結果が出た場合、商品の販売者又は生産者は再
検査を申し込むことができるが、再検査を実施するか否かについては、工商行政管
理局の判断に委ねられており、再検査が行われない可能性もあった。これに対し、
新弁法では、販売者又は生産者の申込みがあれば、工商行政管理局は再検査を実施
しなければならないこととされた。
(ウ)
再検査の検査機関
旧弁法では、再検査を行うのは原則として元の検査機関であるが、新弁法による
と、再検査の検査機関は、商品の販売者・生産者と工商行政管理局とが共同で決定
し、又は工商行政管理局により指定する。これにより、商品の販売者・生産者は、
一定程度自らが信頼しうる機関において、商品の品質についての再検査を受けるこ
とが期待できるようになった。
1
《流通领域商品质量监测办法》(工商消字[2012]第 146 号)
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(2) 積出港における増値税輸出還付・免除に関する管理弁法 2
国家税務総局
2012 年 8 月 24 日公布
同月 1 日施行
① 背景
中国は、上海港(洋山港)を世界有数のハブ港に育成するという国家目標を掲げてい
るが、現状では、中国の輸出企業は、早めに増値税の還付を実現するために、韓国の釜
山港を経由した上で、貨物を最終の目的地に輸出するケースが少なくない。これは、貨
物を釜山港に発送した時点で、輸出と見なされ、増値税の還付が可能となるためと考え
られる。上海港のハブ港としての競争力を補強するために、今年 3 月に財政部・税関総
署・国家税務総局により「上海における積出港増値税輸出還付政策の施行に関する通知」
(「本通知」)、8 月 24 日に国家税務局により「積出港における増値税輸出還付・免除に
関する管理弁法」(「本弁法」)が公布され、これらの法令により上海港経由等一定の条
件を満たす貨物の輸出は、積出港からの発送をもって増値税の還付が可能となった。
② 主な内容
積出港における増値税輸出還付・免除について理解するために、本弁法と本通知の主
な内容を併せて解説する。
当面は、武漢港・青島港で積出して通関輸出し、上海浦海航運公司又は中外運湖
(ア)
北有限責任公司が水路で保税輸送し、上海洋山保税港区を経由して出国したコンテ
ナ貨物に限り、積出港での増値税還付が可能である。
積出港での増値税還付の適用を受けるためには、次の条件を満たさなければなら
(イ)
ない。(1)増値税輸出還付・免除認定を行った自営貨物を輸出する増値税納税者で
あること、(2)税関が B 類及びそれ以上の管理を実施する輸出企業であること、(3)
税務機関による輸出増値税還付注目情報における注目レベルが一級から三級でな
い輸出企業であること。
(ウ)
主な手続き:(1)輸出企業は、予め税務機関に対し、積出港における増値税輸出
還付に関する届出を行う。(2)積出港の税関は、輸出企業の申請により、条件を満
たした輸出貨物について、輸出貨物税関申告書(税金還付専用)を輸出企業に交付
する。
(3)輸出企業は、前記(2)の税金還付証明書及びその他の関連書類をもって、
税務機関で還付手続きを行う。
(3) 営業税の徴収から増値税の徴収への変更試点における文化事業建設費の徴収問題に
関する財政部・国家税務総局の通知 3
財政部、国家税務総局
2012 年 8 月 29 日公布
2012 年 1 月 1 日施行 4
① 背景
中国政府は、十二五(2011-2015)期間内に全国範囲で営業税から増値税に変更する
との目標を掲げており、昨年は上海市において、営業税から増値税への変更を試験的に
2
《启运港退(免)税管理办法》(国家税务总局公告 2012 年第 44 号)
《财政部、国家税务总局关于营业税改征增值税试点中文化事业建设费征收有关问题的通知》(财综[2012]68
号)
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税務関係の通達に時々みられることであるが、遡って施行となっている。
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実施し、今年から北京等の 8 省市で順次実施する予定である。但し、従来営業税と一緒
に徴収している文化事業建設費については、この税制改革に伴い、どのように収めるべ
きかが不明確であった。従って、財政部及び国家税務総局は、本通知を公布し、これか
らの文化事業建設費の徴収ルールを明らかにした。
② 主な内容
本通知によれば、
「文化事業建設費徴収管理暫定弁法」
(財税字[1997]95 号)に従って
文化事業建設費を収めるべき企業及び個人は、税制改革により営業税を納付せず、増値
税を納付するようになっても、引き続き文化建設費を納めるものとする。その場合、税
率は売上の 3%とし、増値税と同時に税務機関に納めるものとする。
(4) 民事訴訟法(2012 年改正) 5
全国人民代表大会常務委員会
2012 年 8 月 31 日公布
2013 年 1 月 1 日施行
① 背景
中国の民事訴訟法は、1991 年に制定されて以来、2007 年に再審及び執行をめぐって
改正されたが、その他の部分は、仲裁前の保全手続きの欠如等、実務上のニーズを満た
していない点が多いと考えられていた。なお、1991 年に制定された民事訴訟法では、
訴訟当事者が主導的に訴訟を進める「当事者主義」と裁判所が案件の真実を発見するこ
とを目的とする「職権主義」が混在しているため、法学者に強く批判されている。この
ような背景の下、今回の民事訴訟法改正では、公益訴訟制度、少額訴訟制度及び仲裁前
の保全手続きの新設等、訴訟をよりしやすくするための改善がなされている。また、当
事者の約定による簡易手続きの適用及び当事者の申請のみによる鑑定が可能となるこ
とを明文で規定することにより、少しずつではあるが、「当事者主義」へ進んでいると
見られている。
② 主な内容
今回、民事訴訟法は広範囲に渡って改正されているが、以下では、中国でのビジネス
展開に対する影響が大きい点に絞り、改正内容を説明する。説明上の便宜のために、現
在施行中の民事訴訟法を「改正前民訴法」といい、今回の法改正により来年 1 月 1 日か
ら施行する民事訴訟法を「改正後民訴法」という。
(ア)
保全手続き
中国民事訴訟法における保全手続きは、日本法上の仮差押え又は仮処分に相当す
る制度である。
(1) 改正前民訴法においては、保全手続きに関する記載は全て「財産保全手続き」
となっているため、保全手続きにおいて、銀行口座を凍結させる等、被告の財産
を仮差押えすることができるものの、権利侵害となる販売を停止させる等、被告
に作為・不作為を命じることができない。今回の改正により、
「財産保全手続き」
は全て「保全手続き」に修正され、被告による作為・不作為を命じる保全が可能
となった。これにより、知的財産権等の侵害が深刻である中国市場において、訴
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《中华人民共和国民事诉讼法》(主席令第 59 号)
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訟前でも模倣品の販売を停止させることが可能となるため、外国投資者にとって
有意義な法改正であると思われる。但し、中国の実務上、保全手続きを求める際、
殆どの場合、保全の対象と同価値の担保を裁判所が求めるため、必要性を考慮し
た上、適切な範囲内で保全を求めるのがよいと思われる。
(2) 改正前民訴法によれば、保全は訴訟前、訴訟中及び仲裁中に限っており、仲裁
前には、保全を求めることができない。今回の修正により、仲裁前にも保全が可
能となり(第 101 条)、これまでの仲裁手続きにおける大きな課題が一つ克服さ
れたと思われる。
(イ)
送達方法
今回の民事訴訟法の改正により、外国にいる当事者に対し、ファックス又は電子
メールで送達することが認められるようになった(第 267 条第 7 号)。本来であれ
ば、送達は国家主権の行使であり、外国の当事者への送達は送達に関する条約に定
められる方法か、外交ルートを利用して行うべきであるが、今回の改正により、フ
ァックス又は電子メールにて安易に送達できるようになったため、一部の学者に強
く批判されている。この改正により、中国に子会社又は駐在員事務所を持たない外
国企業であっても、ファックス又は電子メールでの送達により中国での訴訟に巻き
込まれるリスクが大きくなったと見られる。今後の具体的な運用はまだ不透明であ
るが、外国企業は引き続き注目する必要があると考える。
(ウ)
公益訴訟制度
改正後民訴法の第 55 条によれば、
「環境汚染、多数消費者への権利侵害等、社会
の公共利益に損害を与える行為に対し、関連機関及び社会団体は、裁判所に訴訟を
提起することができる」。この公益訴訟制度の新設は、今回の法改正の目玉として
メディアで大きく取り上げられていたが、実際にどのような制度になるか、不明確
な点が多いと思われる。
まず、どのような組織が第 55 条の「関連機関及び社会団体」に該当し、公益訴
訟の原告になりうるか、まだ大きな疑問が残っている。また、どのような訴訟を提
起できるかも不明確である。もっとも問題になるのは、損害賠償訴訟を提起できる
場合に、勝訴して得た金額をどのように取り扱えば良いかである。また、公益訴訟
の結果が訴訟当事者でない損害を被った住民・消費者に対して効果を有するか、不
明確な箇所が多い。条文一文の追加により、公益訴訟制度がすぐ確立するわけでは
なく、明確化のためには今後の司法解釈又は行政法規の制定を待たなければならな
い。
(エ)
鑑定手続き
改正前民訴法においては、専門的な事項について、裁判所は必要があると認めた
場合、鑑定機構 6に鑑定を依頼し、専門的意見を提出させることができると規定さ
6
この場合の鑑定機構は、法定鑑定機構又は裁判所より指定される鑑定機構となる(「改正前民訴法」第 72
条第 1 項)。
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れる一方、証拠に関する司法解釈 7 において、当事者の鑑定申請に裁判所が同意し
た場合も、鑑定機関 8に鑑定を依頼することができると定められている。今回の法
改正により、当事者の申請のみ(裁判所の同意が不要となる)により、鑑定機構 9
に鑑定を依頼することが可能になった。中国における外国投資者は、知的財産権、
資産評価、財務・税務等、専門性が高く、鑑定が必要となる紛争に巻き込まれる可
能性が比較的高いため、この点の改正は外国投資者にとって有意義であると考えら
れる。
また、この改正により「職権主義」から「当事者主義」へ一歩前進したといえ、
評価すべきであると考える。
(オ)
その他
(1) 開廷前の準備手続きの新設(第 133 条)
(2) 仲裁前の証拠保全手続きの新設(第 81 条)
(3) 証人費用の敗訴者負担(第 74 条)
(4) 第三者による判決等の取消手続きの新設(第 56 条第 3 項)
(彭涛、鍾雪垠・中国弁護士)
7
「民事訴訟証拠に関する最高人民法院の若干規定」(2002 年 4 月 1 日施行)
この場合の鑑定機構は、訴訟当事者の協議により確定され、又は裁判所により指定される鑑定機構となる
(「民事訴訟証拠に関する最高人民法院の若干規定」第 26 条)。
9
この場合の鑑定機構は、
「民事訴訟証拠に関する最高人民法院の若干規定」第 26 条と同様、訴訟当事者の
協議により確定され、又は裁判所により指定される鑑定機構となる(「改正後民訴法」第 76 条)。
8
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二.連載 中国企業法実務
第三弾:中国における紛争の予防と解決(第 1 回/全 5 回)
第1回
2012 年 9 月号
債権の保全・回収
第2回
2012 年 10 月号
裁判
第3回
2012 年 11 月号
仲裁
第4回
2012 年 12 月号
労働紛争
第5回
2013 年 1 月号
倒産
先月までの第二弾では、各種契約締結の実務についてご案内致しました。今月からは、5
回シリーズにて、中国における紛争の予防と解決について、実務上のポイントをご案内致し
ます。
第1回
債権の保全・回収
1.中国における債権回収の難しさ
中国に進出している日系企業が中国企業との取引において直面する困難な問題の 1 つと
して、債権の回収が挙げられる。
日系企業が中国において債権回収に苦労する理由としては、第 1 に、日本との商習慣の
違いが挙げられる。すなわち、中国の企業は、手元にできる限り資金を残したいという意
識が強く、期限が到来した債務であっても可能な限り支払いを先延ばししようと考える傾
向にある。したがって、債権者としては、逆に、債務者が期限どおりに支払うように強く
働きかける必要がある。
第 2 に、中国の債権回収に関係する法制度の問題が挙げられる。日本法とは異なる点が
あるため日系企業にとって不慣れである上、裁判所の地方保護主義や強制執行の実効性等
の問題もあり、法制度を利用した債権回収にも困難が付きまとう。
以下では、上記の中国における債権回収の難しさを踏まえつつ、中国における債権の保
全・回収のために留意すべき事項を解説する。
2.与信管理
一般に、債権回収を確実に行うために最も重要なのは、与信管理をしっかり行い、債務
者の債務不履行を事前に防止することであると言われるが、中国においては、前述のとお
り、実際に債務不履行が生じた後の債権回収が日本以上に難しいことから、特に与信管理
を徹底することが重要である。そこで、取引開始前に取引先の信用調査を行い、取引開始
の可否や与信枠を慎重に判断するとともに、取引開始後も、取引先の信用状況の変化につ
いて情報収集を継続するべきである。
信用調査の方法としては、まず、インターネット情報や取引先への訪問、関係者からの
情報収集等により可能な範囲で独自調査を行うことが考えられるが、特に、中国では、最
低限、取引先に、営業許可証の写し(社印押捺)を提出させて、そこに記載されている会
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社の正式名称、法定代表者名、経営範囲(そもそも当該取引をなしうる経営範囲を有する
かも確認できる)、登録資本金の額を確認すべきである。営業許可証の写しの提出は、中国
ではごく一般的に行われているので、それすら拒む場合には、信用がないと判断すべきで
ある。
さらにもう一歩進んだ調査を行いたい場合には、取引先の登録地の工商局にて、工商登
記資料を謄写するという方法がある。中国の弁護士であれば、職務請求として、工商登記
資料の内、一部の非公開内容を除いて、謄写が可能である。これにより、役員構成、定款
の内容のほか、年度検査の資料 10 も入手が可能である。民間の調査会社の中には、上記工
商登記資料をベースに、さらに聞き取り調査等を行い、社内組織構成や、財務状況等のサ
マリーと、信用度のランク付けを行うところもある。
3.契約締結時の留意事項
契約の締結に当たっては、後になって取引先から契約の不成立を主張されないよう、取
引先側の署名者の契約締結権限を確認すべきである。署名者が営業許可証に記載される法
定代表者ではない場合には、法定代表者による委任状(授権書)を確認する必要がある。
契約条項に関しては、後になって取引先に履行の遅延や拒絶の口実を与えないように、
目的物の数量、品質や代金の金額、履行期限、履行場所、履行方法等の条件を明確に記載
すべきである。また、取引先による期限内の履行を促すために、違約金の定めについても
明確かつ厳しく規定するのが望ましい 11。
紛争になった場合に備えて、準拠法及び紛争解決方法についても明記すべきである。中
国国内の訴訟は裁判所の地方保護主義により外資系企業に不利といわれている一方で、仲
裁は中立性や専門性の点で合理的な判断が期待できると考えられているため、外資系企業
としては、紛争解決方法を仲裁とすることを望むことが多い。
なお、契約書や関係書類は、後に債務が履行されず、紛争となった際に重要な証拠とな
るから、厳格な管理体制をとるべきである。特に、担当者が退職する際に書類が紛失する
ことがあるので、引継ぎの際に特に気を配るべきである。
4.担保の取得について
債権回収を容易にするためには、取引相手から担保を取得しておくことが望ましい。
担保については、既に本稿 2009 年 10 月号から 2010 年 2 月号までにおける特集「中国に
おける担保制度」において解説したので、詳細は当該解説を参照して頂くこととし、以下
では、担保を取得する際に特に留意すべき点を簡潔に述べることとする。
10
年度検査の資料には、本来財務諸表に関する内容が含まれているが、近時の実務上の取扱いにより、非
開示となっている。そのため、現在では、従前と異なり、民間の調査会社に調査を依頼しても、財務資料に
ついては、出てこない可能性があることに留意が必要である。
11
違約金については、契約金額の何%であるとか、遅延 1 日当たり幾らといった定め方が多用される。な
お、中国の契約法(第 114 条第 2 項)では、日本の民法(第 420 条第 1 項)と異なり、当事者が約定した違
約金の額を、裁判において増額又は減額の調整ができると、明文で規定されている。
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(1) 保証を受ける場合の留意点
①
保証人となることが禁止されている者
国家機関、公益法人(学校、病院等)、企業から授権を受けていない企業の分支機構(分
公司、代表処等)、部門(営業部等)は保証人となることができない 12。仮にこれらの機
関・法人等から保証を受けても効力はなく、保証責任を追及できないので、注意すべき
である。
②
一般保証と連帯保証
中国の保証には、日本と同様、一般保証と連帯保証の2種類がある。連帯保証の場合、
債権者は主たる債務者に対する強制執行を経ずに直接保証人に対して保証責任の履行を
請求できるが、一般保証の場合には、主たる債務者の財産への強制執行が実施され、な
お弁済ができない場合でなければ、保証人が弁済を拒絶することができるため 13、保証責
任の追及が実際上困難となる。したがって、債権者としては、連帯保証を選択すべきで
ある 14
②
保証期間
保証契約に保証期間が規定されていない場合、保証期間は履行期満了後 6 ヶ月間とさ
れ、連帯保証の場合、債権者が当該期間内に保証人に対して保証債務の履行を請求しな
いと保証人は免責される 15 。債権者としては、このような不利益を回避するために、保
証契約に適切な保証期間を明記すべきである 16。
(2) 抵当権の設定を受ける場合の留意点
①
抵当権の設定ができない資産
土地所有権、集団所有の土地使用権、公益を目的とする団体(学校、病院等)の施設
等は、抵当権を設定することができない 17。したがって、抵当権の設定を受けるにあた
っては、対象資産が抵当権を設定することが可能な資産か否かを確認する必要がある。
②
登記
抵当契約を締結しても、政府登記部門で登記しなければ、抵当権者は抵当権を取得で
きず(登記が効力要件) 18 、又は善意の第三者に対抗できない 19 。したがって、抵当契
約の締結、発効後、速やかに登記を行うべきである。
12
担保法第 8 条から第 10 条。
担保法第 17 条、第 18 条。
14
保証契約においてどちらの種類の保証であるかが不明確な場合には連帯保証とみなされる(担保法第 19
条)。
15
担保法第25条、第26条。
16
保証契約に保証期間を定めた場合はその期間に従うことになるが、①主たる債務の履行期より早期又は
同時期と定めた場合は、主たる債務の履行期満了後 6 か月間とされ、また、②主たる債務の元本と利息の完
済までと定めた場合は、主たる債務の履行期満了後 2 年間となる(「担保法」適用の若干の問題に関する解
釈第 32 条)。
17
物権法第 184 条。なお、土地は、国有又は集団所有であるので、抵当権を付けられないのは当然である。
18
建築物とその土地の付着物、建設用地使用権、荒地等の土地請負経営権、建設中の建築物の場合(物権
法第 187 条)。
19
生産設備、原材料、半製品、製品建造中の船舶・航空機、交通手段等の場合(物権法第 188 条)。
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(3) 同一債権に複数の担保権を設定する場合の留意点
同一債権について、債務者が設定した物的担保と第三者が設定した担保(人的担保又は
物的担保)がともに存在する場合の実行の優先順位については、債権者・債務者・第三者
間で約定した場合には、その約定に従うこととされているが、約定がない場合には、債務
者が設定した物的担保から先に実行しなければならないとされている 20。
したがって、第三者から担保価値の高い担保を取得している場合、当該第三者から取得
した担保を優先的に実行する旨を定めることなく、債務者から担保価値の低い物的担保の
設定を受けてしまうと、第三者から取得した担保を直ちに実行できず、かえって債権者の
不利益となる可能性がある。したがって、このような場合、債権者としては、債務者及び
第三者との間で、第三者から取得した担保を優先的に実行する旨の合意をするか、敢えて
債務者から担保価値の低い物的担保の設定を受けずに済ませた方がよい。
(4) 対外担保の制限
中国企業が国外企業へ提供する担保(対外担保)については、留置権及び手付金が認め
られていない。抵当権、質権、保証は対外担保として認められるが、外貨管理部門の審査
認可や登記等の手続が必要となるので、留意が必要となる 21。
5.債務不履行後の対応
(1) 法的手続によらない債権回収
ア
口答による督促
履行期になっても債務者が債務を履行しない場合の初動対応としては、電話や訪問に
より、債務者に任意の履行を促すと共に、債務不履行の理由(支払を拒絶しているのか、
支払う意思はあるものの支払能力に問題があるのか等)を見極めるのが一般的である。
イ
書面による督促
債務者が口答による督促に直ちに応じない場合には、時効中断のため、書面による督
促を行うべきである。中国における債権の時効が成立するまでの期間は、原則として、
権利の侵害を知り、又は知り得た日から 2 年間であり、日本よりも短期なので 22、注意
が必要である 23。
中国には内容証明郵便に相当する制度がないため、督促通知を債務者が受領したこと
を証拠化するためには工夫が必要である。実務上一般的には、配達記録が残る郵便局の
EMS(中国では国内でも EMS がある)を利用し、送付した通知の写しと、EMS の送付
状を保管することで、対応をしている。
20
物権法第 176 条。
詳細は本稿 2009 年 10 月号 3 頁をご参照。
22
民法通則第 135 条、第 137 条本文。但し、国際貨物売買契約及び技術輸出入契約に関する紛争について
は 4 年である(契約法第 129 条)等、権利の内容によっては期間が異なる。中国における時効制度の詳細は、
本稿 2009 年 8 月号及び同年 9 月号の特集「中国の時効・除斥期間制度」をご参照。
23
他方、日本においては、債務者に催告を行っても、6 ヶ月以内に裁判上の請求等の法的手続を取らなけれ
ば、時効の中断の効力を生じない(日本の民法第 153 条)のに対し、中国においては、催告さえ行えば、訴
訟を提起しなくても時効が中断する(民法通則第 140 条)。
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ウ
支払合意書の作成
債務者に支払能力がなく、延払いにより債権を回収せざるを得ないような場合には、
債務者と支払の方法及びスケジュールを協議する。この際、相殺や代物弁済、債権譲渡
等により債権回収することができないかも併せて検討すべきである。また、この時点で
無担保であれば、新たに担保を要求することも考えられる。
協議の結果については合意書を締結すべきであるが、合意書について公証人から公証
を受けて強制執行力付き公正証書とすれば、訴訟等の法的手続を経ずに強制執行するこ
とが可能となる。
(2) 法的手続による債権回収
債務者に任意の履行を促しても、債務者が支払を拒絶する場合には、法的手続により強
制的に権利を実現することになる。一般に利用される法的手続としては、訴訟と仲裁の 2
種類がある。訴訟又は仲裁判断で勝訴した場合には、裁判所に強制執行を申立て、債務者
の財産の競売により得られた金銭から弁済を受ける。これらの法的手続については、次号
及び次々号において解説する予定である。
[応用編―契約が守られないことと契約書作成の重要性は別]
中国では、契約代金の支払いが遅延するなど、契約が守られないことが多いとの印象か
ら、「契約社会」ではないとの誤解があり、日本人の間では、契約書作成を軽視する例が
散見される。
ところが、中国では、日本よりも、書面による合意を重視する傾向があり、日本であれ
ば、見積書と発注書だけで済むような取引でも、双方捺印による契約書を作成することが
多い。しかも、契約書の形式も、日本のような担当者レベルの署名や捺印でなく、法定代
表者の署名や社印の押捺が要求されるものが多い。
そして、争いになった場合には、書面による合意が、交渉上も、裁判上も、日本以上に
重視される。法的拘束力がない「意向書」ですら、強い事実上の拘束力があることは、本
稿 2012 年 4 月号の本欄で述べた通りである。
特に、日本企業(又は日系企業)と中国のローカル企業の契約の場合、双方の契約に関
する習慣や考え方が異なるため、より一層、契約書において、取引条件や、契約不履行時
の対応等を明確化しておくことが望まれる。
(今村俊太郎・弁護士)
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三.上海法務事情
日中間の政治的緊張下における、日本企業の実務対応について
尖閣諸島をめぐる政治的緊張と、「九一八」(1931 年 9 月 18 日の柳条湖事件、いわゆる
満州事変の記念日)の時期が重なり、中国全国各地で反日運動が激化し、工場や商店の襲
撃、また一部で日本人に対する暴行事件も起き、9 月は、日本人駐在員とその家族、そし
て、中国ビジネスを展開する各企業にとっては、不安の絶えない月となった。
中国をマーケットとして、中国人を顧客とする日本企業が増えている中で、報道される
ように、休業を余儀なくされたり、売上が大幅に減少したり、プロジェクトがストップし
たりという経済的な影響が出ているのは事実である。
ただ、過激な反日運動は、政治の動きに触発された、日本と関係の薄い人たちによる皮
相的な行動であり、日本を知る、又は日本人と普段から付き合いのある中国人の間では、
日本への理解、日本人との信頼関係は揺らいでいないことを、肌で感じている。
9 月 14 日の午前中、上海市商務委員会外国投資管理処の担当官にアポイントを取ってい
たが、突然キャンセルになった。ちょうどその日の朝、タクシー車中で流れていたラジオ
で、中国の海洋監視船が「釣魚島」海域に着いたこと、そして、北京の商務部が今回の領
土問題が経済活動に影響を生じる旨述べたとの報道に接していたため、嫌な予感がしてい
たが、キャンセルの理由を聞くと、「臨時会議があり、出席しなければならなかったため」
ということであった。臨時会議とは、まさに、対日関係についてのものであったという。
一週間後の 9 月 21 日に、再度同じ担当官にアポイントが取れた。上海市商務委員会は日
本総領事館のすぐ近くにあり、総領事館に通じる道路には、物々しいバリケードが築かれ
ていたが、商務委員会が入居するビルの 1 階受付(身分証明書を確認する)では、日本の
パスポートを見せてすんなり通してくれた上、アポイント先の担当官は、今年の 2 月に面
会したときよりも、ヒアリング事項に対してより肯定的な回答を出し、当該検討中のプロ
ジェクト(日本企業による大規模な投資案件)を積極的に支持する姿勢であった。
また、当該行政ヒアリングを行ったプロジェクトは、1 年以上前から、上海の某国有企
業との共同プロジェクトとして、そのスキーム検討から契約交渉に至るまで関与している。
契約条項についてはいくつもの意見対立があり、時に明け方にまで及ぶ激論を交わしたが、
9 月に入り、世の中が反日一色になっても、中国側は、政治的立場から日本側を批判する
とか、交渉の態度を硬化させるということは一切なく、真摯な議論を継続した。
その結果、9 月末には、ビジネス上の論点についてほとんどすべて合意に至り、双方の
トップ同士で会談を行い、中国側は、
「今後政策の変更、政治問題等、様々な困難があって
も当社は全力で本件プロジェクトをサポートするので、長期的な協力関係を築いて行きた
い」という決意表明をした。
なお、同国有企業では、海外出張には公用のパスポートを使い、プライベートの海外渡
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航でも会社への届出が必要であるが、同社幹部は、9 月下旬に予定通り北海道へ旅行に行
っており、また、契約調印のための日本訪問も予定通り行われる予定である。各種公式行
事のキャンセルや、国慶節の日本ツアーのキャンセルの報道がなされており、数字的には
そのような傾向は事実と思われるものの、実際に信頼関係を持って付き合いをしていると
ころは、国有企業であっても、立場を変えることがないと感じられる。
むしろ、本件プロジェクトについては、政治的環境の困難を乗り越えて推進するという、
「雨降って地固まる」という状況になっているともいえる。
「反日」という環境への対応として、「逃げる」、「隠す」(日本料理店が「日本」の文字
を隠したり、中国国旗を掲揚したり、日系のコンビニが「台湾資本である」との張り紙を
したり)というものが、報道上や、街角の様子としては目につくところではある。これも、
「日本と関係の薄い人たちによる皮相的な行動」への急場しのぎの対策としては、一定の
効果を有するものと思えるが、長期的、そして抜本的な対策としては、やはり、普段から
の信頼関係の醸成こそが重要であると思われる。
ちなみに、上海は、経済的に発展しており生活にゆとりのある人が多いほか、中国本土
の各省市の中で、日本留学経験者の数、日系企業の従業員数、日本語学習者数、日本旅行
経験者数がトップであると思われる。また、上海には、「海納百川」(海は百川を納める:
包容力があること)の気風があると言われ、様々な意見や先進的な意見を排斥しない傾向
がある。そのような背景もあってか、9 月に行われた反日デモも、他の地方都市と比べる
と秩序立っており、大きな物的被害は生じていない。
また、当事務所で取り扱っている日本企業のための上海での各種行政手続案件について
も、日本企業であるが故に不利益な扱いを受けたという状況はない。
今回の領土問題は、両国とも政治的には簡単に譲歩できない問題であり、早期の根本的
解決というのは難しいと思われるが、民間の経済活動という点では、逃げずに地道に事業
を行い、各ステークホルダーとの信頼関係を積み上げていくということで、政治的環境が
もたらす困難を乗り越えて行けるものと信じる。
(山根基宏・弁護士)
TMI 中国最新法令情報―2012 年 9 月号―
発
行:TMI 総合法律事務所
監
修:何連明・外国法事務弁護士
編集主幹:山根基宏・弁護士
発 行 日:2012 年 9 月 28 日
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