【相談 43】複数の先生からそれぞれ異なる治療方法を薦められました・・・ キーワード:半月板損傷、手術適応、インフォームド・コンセント、情報を与えられた上での承諾、説明と同意、補償、損害賠償、医 療水準 患者です。 加齢による半月板損傷で通院しています。通院している病院では、色々な病院と兼任されている先生が 多いので、今まで 3 回診察を受けましたが、3 回とも違う先生でした。そして、まったく違う説明を受け ました。A 先生からはできるだけ早い内の手術をすすめられ、B 先生からは手術をしても意味がないししな い方がよい、薬をのんでだましだましつきあっていくしかないと言われ、C 先生からは足底板を勧められ ました。三者三様の診断にどうしたらよいか決心がつかず困っています。 最近、治療方法や手術をするかしないかは自分で決めてくださいと言う病院が増えているように感じま す。インフォームド・コンセントとか聞いたことがありますが、その影響でしょうか。ごく簡単な説明の 直後に「どうしますか?」と聞かれても、答えようがありません。最善の方法を選んでくれるのが医師の 仕事ではないのでしょうか。仮に A 先生に従って、手術をした結果かえって悪化した場合、B 先生からは 「手術はしない方がいい」と言われていましたし、病院に何らかの補償をしてもらうことはできないとい うことでしょうか。その場合、A 先生個人に補償をしてもらうことはできますか。 【回答】 設問は、加齢による膝の半月板損傷について、(1)手術治療などの適応、(2)それに対する医療上の説 明、 (3)手術治療後の症状悪化への補償、の 3 つですが、ここでは簡明に述べます。 半月板は、膝関節において、衝撃の吸収、関節の円滑な運動や安定性に貢献しており、その損傷は膝関 節の腫脹、自発痛・運動時痛などの疼痛、可動域制限などを引き起こし、長期的には関節軟骨の損傷、変 性をきたして変形性関節症の併発・増悪をきたすことがあります。従って、当該傷病への最善の治療方法、 すなわち診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に適う有効性と安全性が是認される医療方 法(ご相談の A・B・C 提案のいずれの方法も該当する)から、この傷病に適応のある方法を適用(単独ま たは併用の選択・決定)して実施する必要があります。まず診察・検査により半月板の損傷の有無・種類・ 程度を知り、その所見を要件として治療基準(適応)に当てはめ最善の方法を選択・決定します。 手術治療では、縫合術、切除術があり、それらを行わない放置(断裂部周辺のラスピングが望ましいと されそれを含む。縫合例でもその併用につき同様)があります。手術の方針(適応基準)としては、横断 裂・水平断裂の場合、断裂が全幅の 1/3 以内の場合は放置し、断裂が 1/3 以上では、半月板の血管野を含 み変性がない場合は縫合し、変性があったり無血野の場合は切除します。縦断裂の場合は、断裂長が 1cm 以内または全層に至らぬものは放置し、1cm 以上では、血管野を含み体部の変性がないものは縫合し、著 明な変性や水平断裂を伴うものや無血野のものは切除します。円板状半月板では可動域制限や疼痛などを 伴うものや断裂を来したものは切除します 1)。 A 先生および B 先生がどのような診察・検査所見を把握して、どの適応基準(手術の方針)に当てはめ 1 Medical-Legal Network Newsletter Vol.44, 2014, Aug. Kyoto Comparative Law Center 判断・推奨されたかが判りませんので、私の推測意見を述べることは控えますが、患者本人の身体・健康 に関わる事項ですので、 「納得できないことは何度でも質問を」2)して、遠慮せず A 先生および B 先生に再 度お尋ねください。医師が行うべき説明には、その項目として「①病名と病気の現状、②これに対してと ろうとする治療の方法、③その治療方法の危険度(危険の有無と程度) 、④それ以外に選択肢として可能な 方法とその利害得失、⑤予後、すなわち、その患者の疾病についての将来予測」3)があり、これを踏襲する 判決例もありますので、これらの項目について医師に質問して、その回答について、大事なことはメモを とって確認されればよいと考えます。 なお、C 先生お勧めの足底板は、内側または外側の半月板損傷側あるいは変形性関節症の関節裂隙狭小 側の荷重の軽減を目的とする反対側厚の楔状足底挿板であれば、症状を軽減する可能性がありますので、 手術の存否に関わらずその作成・試用は有意と考えます。 手術治療後の症状悪化への補償についてですが、補償とは適法な診療行為に起因して生じた身体への侵 害による損害の填補を意味します。しかし、悪しき結果が発生しても、現行民法上は、診療契約は結果を 保証する請負契約ではなく、診療行為を給付する手段債務の契約と解されており、補償の特約がない限り 困難と考えます。医師の医療上の判断・行為において悪しき結果を予見・回避する注意義務への違反があ って、それにより生じた場合は、不法行為による損害賠償責任(民法第 709 条)の存否を検討し、医師に 不法行為責任が生じる場合は、病院には使用者責任(民法第 715 条)が生じて賠償に当たります。 注 1) 黒田良祐「半月板損傷に対する治療」岩本幸英監・黒坂昌弘編『整形外科 Knack &Pitfalls 膝関節外科の要点 と盲点』第 1 版第 4 刷、88-93 頁、文光堂、2012.12.13. 2) COML メッセージ No.14『新・医者にかかる 10 箇条』の⑧、COML No.261、2012.5.15. 3) 「説明と同意」についての報告、15 頁、日本医師会生命倫理懇談会、1990.1.9. (回答者:宇田憲司 宇田医院院長、整形外科医師) *会員用ウェブサイトの「知恵袋(相談コーナー)」には、もう少し詳しい説明を掲載しております。 2 Medical-Legal Network Newsletter Vol.44, 2014, Aug. Kyoto Comparative Law Center
© Copyright 2024 Paperzz