メキシコの経済安定化政策

<発表要旨>
メキシコの経済安定化政策
阪南大学石黒鵜
12つの経済安定化政策
1982年の債務危機を契機に、メキシコではインフレーションの抑制と国際収支
の均衡回復を目的にIMFの経済調整プログラムが実施された。このようなオー
ソドックス・タイプの経済安定化政策のもとで、国際収支の均衡は回復されたが
景気後退のもとでインフレーションが加速した。その結果、1987年にはインフレ
ーションの抑制を目的にヘテロドックス・タイプのショック療法へ大幅な政策転
換が行われた。
(1)オーソドックス・タイプの経済安定化政策:IMFの経済調整プログラム
の基本は総需要抑制政策である。これは財政赤字の削減を中心に行われ、対GD
P比のインフレ調整後の財政赤字は、1981年の10.0%から1984年には-0.3%の
黒字に転じた。総需要抑制政策による景気後退に対して対外需要を喚起するため
に、為替レートが切り下げられた。対ドル・ペソレートは、年平均1982年に
130.2%、1983年には112.2%切り下げられた。また、インフレーションの抑制
のために賃金の抑制が行われ、最低賃金のインフレ調整係数は1983年前期には
0.5以下に低下し、実質賃金率が大幅に低下した。さらに、輸入の自由化にとも
なう競争の促進がインフレーションを抑制することが期待され、輸入規制の緩和
や関税による輸入許可制の代替が促進された。
(2)へテロドックス・タイプの経済安定化政策:オーソドックス・タイプの経
済安定化政策は、深刻な景気後退のもとで国際収支の均衡回復には有効ではあっ
たが、インフレーションを加速させた。このようななかで、インフレーションの
抑制を目的に、為替レートや賃金、および公的価格などの主要な価格変数の凍結
と価格管理機櫛の導入を中心に、1987年12月に「経済連帯協定(PacIDdPSo-
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lidaridadEcondmica)」、および1988年12月に「経済の安定と成長のための協
定(Pactopara]aEslabiIidadyeICrecimienloEcondmico)」が締結
された。為替レートは、自由レートが1ドル=2.330ドルに、管理レートが1ド
ル=2.273ドルに固定され1988年の間維持された。その後1988年12月の「新協定」
のもとで、固定為替レート制からクローリング・ペッグ制に移行した。貨幣賃金
率は、すべての貨幣賃金率の即時15%の引き上げと、その後1988年1月に最低賃
金の20%引き上げ後、同年5月まで凍結された。
2経済安定化政策の効果
(1)経済成長:経済成長率は、1981年の8.8%から1983年には-4.2%に低下
し、都市の失業率も1083年には7.7%に達した。このような景気後退は、財政支
出の大幅な削減による公共・民間投資の減少と、為替レートの切下げによる民間
投資と消費の減少によるものである。経済成長率はその後、1984年には3.7%、
1985年に2.7%と回復したが、原油価格の下落や財政金融政策の引き締めととも
に、1986年には再び-3.7%を記録し、1987年には1.5%、1988年には1.1%と
低迷している。
(2)インフレーション:インフレ率は、1981年の28.7%から1982年には98.8%、
1983年に80.8%へと大幅に上昇した。このようなインフレ率の上昇は、為替レー
トの大幅な切下げをはじめ、公的価格、間接税、および貨幣賃金率などの調整に
よるものである。1983年央からインフレ率は低下しはじめたが、1987年には再び
159.2%まで上昇した。このようなインフレーションの加速は、1980年代後半以
降のインデクセーション機栂の確立とインフレ期待の形成にともなう、インフレ
・イナーシャによるものである。1987年12月以降はインフレ率は低下し、1989年
10月には前年同期比18.1%まで低下した。
(3)国際収支:貿易収支は1981年の46億ドルの赤字から1983年には144億ドル
の黒字に、経常収支も1982年の62億ドルの赤字から1983年に53億ドルの黒字に転
じた。このような対外不均衡の調整は、おもに財政支出の削減にもとづく、公共
投資や民間投資の減少による輸入の削減によって行われた。貿易収支の変動は、
メキシコ特有の経済柵造の脆弱性一資本財産業の未成熟と石油産業への依存一
に大きく依存している。また、マクロ・バランスからすれば、財政赤字の拡大を
ともなう公共投資は、それと補完的な民間投資とともに純輸入を増大させ、貿易
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収支や経常収支の悪化を引き起こす。インフレ調整後の対GDP比の財政赤字比
率と経常収支赤字比率には、強い相関関係がみられる。
3経済安定化政策の評価
(1)オーソドックス・タイプの安定化政策であるIMFの経済調整プログラム
は、輸入の削減によって国際収支の均衡回復には有効であったが、インフレーシ
ョンを加速し、深刻な景気後退をもたらした。インフレーション昂進の主要な要
因は、第1に、インフレ抑制の政策手段として、総需要抑制政策のみに依拠し、
第2に、為替レート切下げのインフレ効果について十分に考慮せず、第3に、為
替レートなどの主要な価格変数を期待インフレ率をもとに調整し、経済にインフ
レ期待を形成したこと、などである。深刻な景気後退の要因は、第1に、総需要
抑制政策をインフレ抑制の主要な政策手段とし、対GDP比の名目赤字比率を中
間目標としたことである。第2に、為替レート切下げの景気後退効果を過小評価
し、第3に、民間投資と公共投資との補完関係を軽視したこと、などがあげられ
る。またこのような経済調整プログラムのコストの多くは、実質賃金率の低下や
労働分配率の悪化および失業率の上昇など、おもに労働者によって負担された。
国際収支の均衡回復は、輸出の拡大によってではなく、輸入の大幅な削減によっ
てもたらされた。このような輸入の削減は、経済成長に必要な資本財や中間財の
供給不足をきたし、将来の経済成長を阻害する可能性がある。
(2)へテロドックス・タイプの安定化政策は、インフレ期待を取り除き、1980
年代後半以降のイナーシャ・インフレーションの抑制には有効であろう。ただし
今後、このような所得政策に対する信認を、いかに持続的に確保していくかとい
う問題が残る。
【参考文献】
拙稿「メキシコの経済安定化政策-1983~85年のIMF経済調整プログラムを
中心に-」、(西島章次編『ラテンアメリカのインフレーション」アジア経済
研究所、1990年)
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