名古屋大学理学部生命理学科集中講義 「霊長類の採食生態: 適応と進化」 第3回 狩猟肉食行動とヒトの食性の進化 京都大学霊長類研究所 半谷吾郎 • チンパンジーの狩猟肉食行動: ヒトとの比較 • 食物の分配 • 料理 ヒトの食性 • ヒトとそれ以外の霊長類の両方でよく見られ る食物: 果実、種子、葉、茎、昆虫などの動物、 キノコ • ヒトにはほとんど見られない食物: 樹皮、花 • ヒトはよく食べるが、ほかの霊長類はあまり 食べない食物: 肉(とくに哺乳類の肉)、イモ ウガンダ・キバレ森林のチンパンジー チンパンジーの狩猟の頻度 • タンザニア、マハレ山塊Mグルー プのチンパンジー (80頭、オトナオ ス9-10頭) : 1年当たり70頭の獲 物 • コートジボアール、タイのチンパン ジー(79頭、オトナオス9頭): 1年 当たり73頭の獲物 • タンザニア、ゴンベのチンパン ジー(50数頭、オトナオス14-17 頭): 1年当たり平均204頭(99402頭)の獲物 http://arbroath.blogspot.com/2009/04/bes t-way-to-chimps-heart-is-through-her.html チンパンジーが食べる肉の量 • マハレのMグループのチンパンジーで、1993 年に殺したアカコロブスは174頭 • 年齢構成を考慮すると、肉の量にしてMグ ループ全体で655kg、1個体1年当たり 7.7kg(一日あたり20g) • 肉食参加率を考慮すると、第1位のオスは1 日平均194g、ほかのオトナオス38g、オトナメ ス37g、コドモオス9g、コドモメス4g Uehara (1997) 保坂(2002) チンパンジーの獲物 狩猟率、成功率 • マハレ: 16種類の哺乳類 (Uehara, 1997) • 狩猟率(獲物と遭遇した場合に狩猟を行う頻 度): アカコロブス狩猟の場合、ゴンベでは 73%、タイでは7% • 成功率(狩猟を始めた場合に、それが成功す る頻度): マハレ45%、ゴンベ48%、タイ48% ジャコウネコの一種 ハネジネズミの一種 アフリカオニネズミの 一種 ヨシネズミの一種 リスの一種 アカオザル アカコロブス ブルーモンキー サバンナモンキー マングース ギャラゴ Uehara (1997) ブッシュハイラックス ブルーダイカー ブッシュピッグ イボイノシシ ブッシュバック 1 チンパンジーの獲物 チンパンジーとヒトの肉食の違い • アカコロブスが最も多い(マハレ:53-82%、ゴ ンベ:66%、タイ:78%) • ゴンベとマハレでは、ブルーダイカーとブッ シュバックがそれに次ぐ。タイではブルーダイ カーとブッシュバックはたくさんいるが、チンパ ンジーは食べない。 • チンパンジーの肉食は、平均1日に20gしか ないが、アフリカの狩猟採集民(カラハリ砂漠 のクン・サン、カメルーン熱帯雨林のアカピグ ミー)は300-400g食べるという推定がある。 現代の狩猟採集民の食物に占める動物食の割合 チンパンジーとヒトの肉食の違い ツンドラ: 90% 針葉樹林: 80% 温帯(山岳地帯): 60% 砂漠: 50% 亜熱帯雨林: 60% 熱帯草原: 50% 熱帯雨林: 60% 名古屋大学理学部生命理学科集中講義 「霊長類の採食生態: 適応と進化」 第3回 狩猟肉食行動とヒトの食性の進化 京都大学霊長類研究所 半谷吾郎 • チンパンジーの狩猟肉食行動: ヒトとの比較 • 食物の分配 • 料理 屋久島のニホンザル • チンパンジーの獲物は10数種に過ぎないが、 ヒトの狩猟採集民は数百種に及ぶことがある。 (食物とする動物はクン・サン78種、セントラル・ サン48種以上、ドロボ30種、ムブティ229種、 北部オーストラリア原住民120種、西部オー ストラリア原住民47種) • 獲物の大きさも、チンパンジーでは最大で 20kgのイノシシだが、ヒトでは、ゾウ、キリン、 クジラなどの、1t以上の大型動物も狩猟する。 食物としての肉と植物の違い • 植物は比較的簡単に手に入るのに対し、肉 は入手が困難で、予測困難である(獲物を探 すのも、殺すのも難しい) • 肉は一度にたくさん、食べ切れないほど手に 入る(体重100kgの有蹄類の肉のエネルギー は成人男性50-60日分の食物に相当する!)。 一方で、貯蔵が難しいが、植物はあとで食べ ることもできる • 植物は消化が難しいが、肉は消化が容易で 栄養価が高い 2 チンパンジーの食物分配 肉に頼る動物にとって必要なこと • 共同で狩りをし、しばしば積極的に協力する • 道具を使えれば、なお有効 • 捕らえた獲物は、一人で食べきれないので分 配してもよい • 自分ひとりだと安定して確保できないが、ほ かの個体の捕らえた獲物を分けてもらえれば、 比較的安定して確保できる >>>>>ヒトの社会性・知性の進化と関連!!?? • 優位個体が肉を獲得すると、自分が肉を保 持したまま、ほかの個体が肉を食べるのを許 すことがある • ひとつの肉に集まる個体数は、平均3.1頭(最 大で9頭) • 肉分配が継続する時間は平均1.5時間(最長 5時間) • 物乞い行動がしばしば起こる • 積極的に肉を他個体に分け与えることはない 保坂(2002) チンパンジーのメスは肉を分配してくれたオスと よく交尾し、オスは発情したメスによく分配する オスが過去にその メスに肉の分配を 行う オスがメスに肉を分配する頻度 そのオスとの交尾頻度 平均 4位 3位 2位 狩猟採集民ムブティの肉分配 • さまざまな方法で食物 分配を徹底し、物質的 な平等を実現 1位 5位 非発情のメス 発情メス 行わない http://www.bonoboincongo.com/2008/03/09/bush meat-4-tl2-in-the-middle/ Gomes and Boesch (2009) 狩猟採集民は社会的にも平等な社会である 狩猟採集民ムブティの肉分配(網猟の場合) • 肉の所有者はその網の所有者 • 一次分配(公式な分配): 他人がネットを使った 場合は後ろ足1本、獲物をキャンプまで運んだ 者には前足1本、殺すのを手伝ったものには 胸骨部の肉、最初にキャンプファイヤを炊いた ものには頭、、、を与える • 二次分配(非公式な分配): 獲物の所有者や一 分配を受けた者が、ほかのものに積極的に分 配する • 家族間で料理の分配も行われる • • 1. 2. 3. 4. 分配を徹底させて物質的な平等を達成しても、「威 信」という社会的な不平等が発生するかもしれない。 それが最終的に「不安定に供給される食物を分配 によって集団内で平等に行き渡らせる」という生存 戦略を脅かすかもしれない。 多くの狩猟採集社会では、社会的不平等が発生し ないようなメカニズムを持っている 獲物を取った者と獲物の所有者を分離する 自分で作れるものでも、頻繁に貸し借りする 適度に猟に出ることは奨励されるが、過度に猟に 出ることはマイナスの対象となる 獲物に対する過小評価が常に行われる 3 名古屋大学理学部生命理学科集中講義 「霊長類の採食生態: 適応と進化」 第3回 狩猟肉食行動とヒトの食性の進化 京都大学霊長類研究所 半谷吾郎 • チンパンジーの狩猟肉食行動: ヒトとの比較 • 食物の分配 • 料理 料理するヒト 鍋がなくても火があれば料理はできる! 料理 • 澱粉のゲル化(水を加えて加熱するとブドウ糖の水 素結合が弱まる): 料理したコムギの澱粉の消化率 は、95%、生では71% • 熱により蛋白質が変性し、消化酵素により分解され やすくなる: 料理した卵の消化率は91%、生卵では 51% • 植物の細胞壁を破壊し、栄養を吸収しやすくする • 結合組織を作るコラーゲンを変性させ、肉をやわら かくする • 食物の解毒化(多くのアルカロイド、タンニンは水に 溶けるか、熱で分解する) ヒトは生の食物では生きられない • 現代のドイツ人の”raw-foodist”の31%は慢性的な 栄養失調状態にあった • 女性の半分が無月経、残りの半数も月経不調 • 火を通していない10種の果実と10種の野菜だけで、 体重54kgの成人女性が一日に必要なエネルギーと たんぱく質を摂取するには1日5kgの食物を食べな ければならない!(火を通した場合は、1.92kg) • 体重41kgのチンパンジーが一日に食べる食物は 1.4kg、同じ体重の狩猟採集民サンでは0.7kg Wrangham and Conklin-Brittain (2003) ‘Cooking as a biological trait‘. Comparative Biochemistry and Physiology A- Molecular & Integrative Physiology 136: 35-46. トンガの石蒸し料理 http://blog.goo.ne.jp/raiun/e/1b5cb1bc6802706767faf5db38e0a07f ヒトは料理したものでなければ食べら れないように進化した? • 野生チンパンジーの食物123種類の中には、(ヒトの基 準で)非常に苦いもの3種、非常に渋いもの3種が含ま れていた (Nishida et al., 2000) 。>>解毒能力・苦味に 対する耐性の喪失?? • ほかの大型類人猿に比べて、消化器官全体が小さい (体重から期待される霊長類としての平均的な値の 60%)。とくに口・盲腸と結腸が小さい。 • 食物の通過時間が短い • 顎が華奢で大臼歯が小さい • 消化器官の縮小によって、消化に必要なエネルギーを 10%節約できる リチャード・ランガム(2010)火の賜物: ヒトは料理で進化した(依田卓巳訳) NTT出版 肉食の効果vs.料理の効果 • ヒトに特有の小さな消化器官は、一部は肉食への 適応かもしれないが、料理の効果は無視できない • ヒトの食物のかなりの部分を植物が占めるが、退縮 した消化器官では生の植物から効果的に栄養を摂 取できない • イヌやネコなどの典型的な肉食動物も消化器官は 小さいが、食物の胃での通過時間が4-6時間と、ヒト の1-2時間より長い • ヒトの咀嚼器官は典型的な肉食動物よりはるかに 華奢である Wrangham (2009) 4 ヒトの採食時間は霊長類の中で例外 的に短い 1: Australipithecus/Ardipithecus (500~200万年前) 2: Homo habilis (190万年前) 3: Homo rudolfensis (190万年前) 4: Homo erectus (180~20万年前) Organ et al. (2011) 5: Homo neanderthalensis (20~3万年前) ) ヒト: 4.7% (24の民族 の成人の 平均) 大臼歯の大きさ 対(数値 チンパン ジー: 38% ヒトの進化の過程で、大臼歯が縮小した 1 1 11 3 2 1 4 1 65 体重(対数値) 6: Homo sapiens (13万年前~現在) Organ et al. (2011) 5
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