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電気化学の基礎1
ビー・エー・エス株式会社
渡辺訓行
問い合わせ先:[email protected]
1.
はじめに
電極電位
溶液中の電位は分かり難い概念である。まず、眼にみえないところがくせものである。
電位の基準とか、電極界面の詳細とか、外部から電極電位を規制する、とか言っても、分かった様
で、本当に理解するのは難しい。しかし電気化学を理解するうえで重要なポイントでもある。
分子種は固有の redox potential (酸化還元電位)を有する。 酸化体と還元体の濃度比の対数
と酸化還元電位の間にはネルンスト式として知られる関係があることはご存知だと思います。
O + ne − ↔ R
の反応に対して
E = E0 +
C (0, t )
2.3RT
log O
nF
C R (0, t )
と表されるものです。
以下では溶液系を考えます。酸化体が多いほど系の電位(溶液の電位)は正(貴に)に高い。
この反応は電子の移行を伴う。電子は負の電荷を持つから正の電位に向かって行き易い。電子にとっ
て系が安定化するとは電位が正になることと同等である。 酸化とは分子種から電子を取る反応、還
元は逆に与える反応です。分子種の固有の酸化還元電位とは電子の取られ易さ、難さ、あるいは電
子の与え易さ、難さの反映である。分子種の HOMO(最高被占準位;Highest Occupied Molecular
Orbital)が低いほど(安定化している)電子を取り出し難いのだから酸化電位は正に高くなる。
LUMO(最低空準位;Lowest Unoccupied Molecular Orbital)が高いほど電子を与え難いのだから
還元電位は負(卑)方向に深くなる。 溶液系に電位を印加するのに電極を用いる。 電極は電子伝導
体である。電極の電位を制御するとは電極中の電子準位を制御することである。これらを模式的に
表すと図 1 のようになる。
電極
e
溶液
電位
LUMO
+
電子のエネ
ルギー準位
HOMO
O+e
電極
R
e
溶液
電位
e
LUMO
+
電子のエネ
ルギー準位
図1
HOMO
R
O+e
電極酸化還元反応の模式図
電極は電子の溜め(reservoir)あるいは流し(sink)ととらえられる。電極を負方向にもたらす
と電極中の電子のエネルギー準位は上がり、溜めとして働き、正方向にすると逆に、流しとして働
く。溶液中の分子種のエネルギー準位との相対関係により酸化または還元反応が起こる。
1
コバルトイオンは水和状態では 2 価の方が安定である。このことは2価/3 価の酸化還元電位が高
いことに(+1.84V)反映されている。ところが錯体を作ると一般に酸化還元電位はうんと下がる。
鉄の2価/3 価は水和状態では+0.77V の酸化還元電位を示すが錯体を作ると、例えばフェロシアン/
フェリシアンでは+0.36V、蓚酸錯体では-0.01V、8-ヒドロキシキノリン錯体では-0.15V,
フェ
ナンスロリン錯体では+1.20V という具合に大幅に変わる。 何故こんなに変化するのか興味深いこ
とではないでしょうか。
分子種の酸化還元電位は HOMO や LUMO を反映しているのでイオン化エネルギーや電子親和
力となんらかの相関があるはずである。イオン化エネルギーは気相での測定値だから溶液中での測
定値とは溶媒和などの寄与が加わってくるから、直接、結びつき難いかもしれない。しかし条件を
同じくして 1 連の分子種について測定するなら、ある相関関係があるはずである。そのよく知られ
た例としてアルキルベンゼンの酸化電位とイオン化ポテンシャルの間の関係を図 2 にあげる。また
εHOMO とイオン化ポテンシャルの関係を図 3 にあげる。
酸化電位、 eV
vs NHE
Ip
Ep
Ip
Ep
イオン化ポテンシャル、 eV
図2
アルキルベンゼンの酸化電位とイオン化
ポテンシャルの関係
表1
図3
図 2、3で用いられたアルキルベンゼン
Kochi et. al
εHOMO とイオン化ポテンシャルの関係
JACS 106
3968
'84
電子供与性のアルキル基は酸化還元電位を負方向にもたらす。ベンゼン環に供与された過剰気
味の電子はエネルギー準位をあげる(不安定化)と考えられる。アルキル基がふえればより負方向に
2
酸化還元電位は移行する。 同様に、フェロセンでも2個のペンタジエニル環の合計10個の炭素を
メチル化したものはフェロセンより酸化還元電位が約 470mV、負方向にシフトする。(フェロセン、
350mV、デカメチルフェロセン、-120mV)
2.
測定法
通常は3極セルを用いる。
電気化学セル
作用電極と参照電極と対極から構成する。
作用電極は分極性の電極を用いる。参照電極
は非分極性(復極性とよぶことがある)。対極はどちらでもよいが普通は分極性のものを用いる。分
極性電極というのもわかりにくい術語であるが白金やカーボン電極にように電位を印加しても電流
の流れない電位領域が得られるような電極のことである。
作用電極に外部から(ポテンショスタットを使って)電位を印加して電流を流し、電位-電流関
係を調べるのをボルタンメトリーと呼ぶ。一方、電流を流さずに
濃度-電位関係を調べるのをポ
テンショメトリー、電流積分値を求めるクーロメトリーがある。この他に、時間のファクターを入
れて電流-時間関係を求めるクロノアンペロメトリー
ョメトリー
、電位-時間関係を求めるクロノポテンシ
、電荷-時間関係を求めるクロノクーロメトリーがある。
電極について
作用電極(分極性)
白金(酸化反応領域で用いられる)、金(酸化、還元領域で用いられる)、
炭素(酸化、還元領域で用いられる、グラファイト、グラッシーカーボン、カーボンペースト、ダ
イアモンド等がある)、水銀(水素発生の過電圧が大きいため還元反応の検出に使われる。水銀滴と
して再生でき、再現性のよい、清浄な電極を利用できる。アマルガム電極としても使われる。)
参照電極
電位の基準として用いる。以下のようなものがある。
水素:NHE,H+
甘汞電極:
+e
SCE、
H2/2:Pt黒│H+(a=1)/H2(1atm)
→
Hg
+
+
Cl-
-
Hg│Hg2Cl2│K Cl (l)、
銀塩化銀:Ag/AgCl、AgCl
0.199 V
対極
vs
→
Hg2Cl2/2
0.244 V
+
e
→
vs
Ag
+
e
、
NHE(25℃)
+
Cl-
、
NHE
白金、金、カーボン、Ag/AgClなど特に制限は無い。
ポテンショスタット
電気化学測定を実行するには殆ど大抵の場合ポテンショスタットの世話に
なる。最近では多様な機能が付加されたポテンショスタットが市販されている。ポテンショスタッ
トの機能は基本的には3つにしぼられる。①作用電極に参照電極電位を基準にした所期の電位を印
加する。②作用電極に流れる電流を高精度に測定する。③参照電極には電流が流れないようにする。
測定法の種類
測定のパラメータは電位、電流、濃度、時間である。あるパラメータをコントロ
ールして残りのパラメータを測定する。大きくはボルタンメトリー、ポテンショメトリー、クーロ
メトリーに分けられる。例えば、ボルタンメトリーでは電位をコントロールしながら電流、時間、
濃度を測定する。最も用いられているのがボルタンメトリーであり、この中には、リニアースイー
プボルタンメトリー、サイクリックボルタンメトリー(CV)、パルスボルタンメトリー、交流ボル
タンメトリー、ストリッピングボルタンメトリー、インピーダンス測定、などがある。この中で最
もポピュラーなのが CV である。
※次回のメールニュースでは「電気化学の基礎2」としてネルンストの式、電極表面の活物質の濃
度勾配などを中心 CV について説明をさせていただきます。
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