食生産の資源効率を最大限に

官民共同プロジェクト研究開発より Ⅱ
4 回シリーズ EU
Resource Efficient and Safe Food Production and Processing
食生産の資源効率を最大限に
TNO オランダ応用科学研究機構 西出
今ヨーロッパで生産される食品の
30%、栄養素では実に20%〜50%が、
消費されずに廃棄され失われている。
香
れることになる。
RESFOOD
食品生産工程では、これまでより水
・‌投与量の改善と水循環を閉鎖する
ことで、30〜80%の栄養素を再利
多くの天然資源が作物栽培や食品加
やエネルギー、そして栄養素の資源
甚だしい。持続困難な天然資源の搾
出物を削減し、より確実な食の安全性
・‌食品加工工程の水使用量を30〜
とが望まれる。RESFOODと呼ばれ
模処理システムおよび高速検出とモ
工に使われ、バイオ廃棄物の産出も
効率を高められるはずだ。同時に、排
取、取り返しのつかない気候の変化、
と健康へのリスクもよりよく管理するこ
ヨーロッパの将来は、現状の食糧生産
るこの 3ヵ年プロジェクトは、EU の第
そして生物多様性の消失に直面する
を維持していては難しい。
とから、10〜20 億 m3 の節 水が予
このプロジェクトの目標はきわめて高
成長のための重要な要素として呼びか
い。RESFOODは革新的な技術を資
理を改善することでイノベーションの発
く、試験的規模で以下を実現すること
製品の市場を切り開いていくことが主
・‌園芸における水道水の使用量を肥
旨である。
ニタリングによって高度な品質管理
11月に開始した(図 1)。
生物経済(Bioeconomy)をグリーン
展に貢献し、多様化した食品やバイオ
50%直接再利用する。新しい小規
が可能。ヨーロッパでは当目的の年
ログラム(FP7)の一環として2012 年
けている。 再生可能な生物資源の管
料を削減することになる。
7 次研究・技術開発フレームワークプ
EU が 2010 年 3 月 に 打 ち 出し た
10ヵ年経済戦略「Europe 2020」は
用する。園芸向けでは数億トンの肥
源効率と安全な食の生産に活用すべ
を目標に定めている。
料を含んだ水のかんがいによって30
〜70%減らす。150 億 m の 園 芸
3
用水の場合、数十億 m3 が削減さ
図 1 ‌農作物の生産、加工、小売における資源利用の現状と RESFOOD の目標
間水使用量が約 50 億 m3 であるこ
測される。
・‌食品加工工程で使われるエネルギー
を冷却水と温水の直接再利用によっ
て20〜40%再利用する。
・‌肥 料、 排 水、 温 室 効 果ガス、 固
形廃棄物など全体排出量の 25〜
70%削減を目指し、環境保全と汚
染削減に努める。 園芸における損
失水の削減は、地面や地表水への
化学肥料や農薬の放出に直接かか
わる。
このプロジェクトは食料の生産供給
に携わる活動の中で特に次の分野に
焦点をおいている。
・‌園芸:土壌および水耕栽培
・‌食品加工:果物と野菜の新鮮カット
と缶詰
・‌園芸、食品加工、小売業からのバ
イオマス廃棄物
コンソーシアム
RESFOODでは18 の 研 究 開 発、
エンドユーザー、サプライヤー、広報
などの機関や企業が共同で活動して
いる。EU 加盟国であるベルギー、オ
ランダ、スペイン、ドイツ以外にもト
ルコとイスラエルが参加し、 学際的
で競争力の高いコンソーシアムを結成
している。プロジェクトのコーディネー
84
食品と開発 Vol. 49 No. 8
ター、Willy van Tongeren(TNO)
は「RESFOOD の結果新たな市場が
生まれ、産業界でも事業の展開が期
待できる」と語る。
生鮮カット野菜・果物
季節に関係なく年中新鮮な果物や
野菜を食べられることはヨーロッパでも
一般的になってきた。 野菜・果物加
工業者がこの安定供給を支えている。
か調査した。その結果、水管理の最
適化と再利用向けの浄化技術を投入
すれば、作物の種類と汚染度によって
試験的運転を行う方針だ。
一方、実験室規模で行った研究を
およそ30〜75%の洗浄水を削減でき
もとに、実用化に向けてパイロット運
あれば、これに必要な冷却エネルギー
この技術にはオランダの水処理会社
ると推測される。もし洗浄水が4℃で
もその分節約可能である。
洗浄水の循環システム
洗浄水の削減に向けた第一段階と
消費者に新鮮で切らずに即使える果
して、現在の洗浄工程の評価を始め、
モニタリングを製造工程を通して確立
みた。段階ごとに新鮮な冷却水を減ら
物や野菜を提供するには品質、衛生、
循環水の革新的な消毒技術を用いた
どの改善方法が実現可能か比較して
転の準備が現在行われている(図 3)。
Logisticon がモデル開 発中である。
汚染や微生物繁殖のモニタリングはオ
ランダの Microbiomeとイスラエルの
BT9が共同で行う予定だ。
バイオマス
生産時と加工時に発生する副産物
できる技術が必要である。スペイン
し、洗浄水中の重要なパラメータを記
は今までのところ、家畜飼料あるいは
Mayorでは、野菜洗浄機の水循環シ
浄効果を得るのに十分な洗浄水の流
れている。 一方、RESFOODでは副
にある生鮮カット野菜製造業者 Vega
ステムを研究した。野菜のカットは2〜
4℃の低い温度で行うため、この時に
使われる水の節約は同時に相当な冷
却エネルギー消費量の削減につながる。
録していった。この結果、望まれる洗
量を特定した。
第二段階は、これらの条件で実用
化できる水の浄化と循環システムに必
要な技術を開発することである。セラ
オランダで最大規模の野菜・果物
ミック限外濾過およびこれをさらに特
の飲料水を洗浄に使う。 そのため、
術によって実 現できる。MAASとよ
加工業者であるVezetでは日々大量
エネルギー変換の目的で有効利用さ
産物の付加価値化にも注目し、TNO
が民間企業と共同で開発している副
産物の精製技術の用途は増えそうだ。
ペクチン、カロチノイド、アルカロイド
などの成分をエンダイブやレタスのカッ
化し膜濾過と吸着を組み合わせた技
ト後の端材から得たり、廃棄されたリ
品質や安全性に悪影響を出さずに水
ばれるこの TNO の新技術は膜の汚
用化の例はすでに報告されている。
大きな関心事項である。これを踏まえ
水から抽出する目的でも使える。近々
使用量を減らすことがコスト削減への
て、いかにして水やエネルギー使用量
削減を洗浄機の水循環によってできる
図 2 ‌現在の野菜洗浄工程
染や細菌の成長に関わる成分を洗浄
Cold Combustionと呼ばれる、イオ
ン化した酸素を使った迅速で効果的な
ンゴからポリフェノールを得るなど、実
安全第一
食の安全性は、食品生産および供
給流通網の改革における最も重要な
図 3 ‌将来の野菜洗浄工程案
園芸
食糧生産の中でも特にビニールハウス
るべく、各国での実地経験の情報交換が
現在オランダの温室栽培のイノベーショ
などの温室栽培においては、水と肥料の
行われ、これをもとに新たな栽培技術の
ンセンターが TNO とスペインのブラッ
節約を目指して研究が進められている。
イノベーションが生まれつつある。水循
クベリーやラズベリーの生産者などと共
同時に農薬の環境への放出を制限するこ
環の閉鎖に特に重要なのが効果的なモニ
同で、新技術を用いた試験的栽培を進め
とも重要な考慮点である。
タリングと消毒である。成長阻害のある
ている。
土壌栽培と非土壌栽培の双方で検討す
物質の高濃度化は避けなければならない。
食品と開発 Vol. 49 No. 8
85
前提条件である。プロセスの最適化と
省エネ・節水を図るがゆえ安全性を犠
方策を打ち出さなければいけない。そ
のため本プロジェクトでは段階的なアプ
牲にしてはならない。本プロジェクト内
ローチを取っている。最初に湯水、エ
物混入の迅速な検出とモニタリングを
その次に特定の価値ある成分やエネル
でも改善された消毒方法と汚染や異
確立するべく技術を投入している。特
定の微生物のモニタリングと生物系の
DNA 技術による測定の双方からの監
視をすることで、徹底した安全管理に
努められる。
‘Integrated Green Concepts’
RESFOODでは特に水、エネルギー、
原材料の効率化を図るための技術的イ
ギーを廃水やバイオマスから抽出するな
だが、協力できる部分は共同プロジェ
クトなどに参画することで、お互いの国
検討されるが、プロジェクトの構想では
えられる。本プロジェクトでもヨーロッパ
と供給流通網における統合的な改善策
農作物の生産加工体系の中で応用し、
これらの業種個々の中での対策措置も
主に上記の3 業種を含む食料の生産
に重視していく。
おわりに
現しても、生産・加工・小売業者が
確実な食の安全性を試験レベルで実
その実用性と付加価値を見出されな
応用範囲が広がると思われる。農産
ければ商業化での成功につながらな
互関連性をそれぞれの立場からとらえ、
的な広報活動により業界と消費者を納
資源効率に効果を与える「グリーンコン
い。利害関係者の理解を求め、積極
得させていくことが、改善したシステム
セプト」はこのプロジェクトの基本概念
を業界全体で普及することのカギであ
廃棄物の削減、環境への低負荷と同
Tongerenは話す。
である。パラメータである資源の節約、
時に、安全性と生産効率で譲歩しない
86
開できないノウハウや技術もあって当然
ど、高度な解決策が必要となってくる。
食品生産形態の概念がガイドラインとし
物の生産、加工、小売の3 業種の相
パの企業ではある程度確立しているが、
日本ではまだなかなか見られない。公
環境への負荷が低減された技術と、
て設計できれば、公益として認められ、
一定の分野で連携する体制はヨーロッ
ネルギー、栄養素とバイオマスの再利用、
ノベーションを集結する取り組みが行わ
れている。その結果、環境にやさしい
の結果やノウハウを同業者間で共有し、
るとプロジェクトコーディネータの van
また、研究開発において基礎研究
際競争力を高める重要なプロセスと考
発のノウハウをいかにして日本における
一方で日本の業界が持つ優れた技術を
海外に提供していくか、今後のアグリビ
ジネスにおける更なる国際化とオープン
イノベーションを所望するところである。
《著者略歴》
西出 香(にしで かおり)
京都大学農学部卒業、同大学院在学中に交換
留学生としてオランダのライデン大学へ赴く。
その後ワーゲニンゲン大学へ転入、環境科学
修士号取得。就職した後英国ブラッドフォー
ド大学のオランダ分校で経営修士号取得。
日系企業でマーケティングに従事後、世界有
数の家畜・水産飼料会社の本社で業界分析、
事業戦略、ビジネスインテリジェンスに携わる。
その後独立し、国際飼料業界紙の編集者を経
て、現在食品・栄養関連の研究事業を日本で
誘致。2 児の母、趣味はジャズピアノ。
食品と開発 Vol. 49 No. 8