イングランド英語 映画タイトル The Remains of the Day (日の名残り) 製作年 1993 年 監督 ジェームズ・アイヴォリー DVD 情報 映画について 野口祐子 日本で入手可/英語字幕あり (134 分) 現代イギリスを代表する作家のひとりである日本生まれのカズオ・イ シグロによる同名のブッカー賞受賞作(1989)の映画化。ダーリントン・ ホールという貴族の館を舞台に、戦前はダーリントン卿に仕え、戦後は アメリカ人実業家のルイスに仕える執事のスティーブンスによる 1930 年代後半の回想シーンと、1950 年代後半の現在が交互に切り替わりな がら映画は進行します。アイヴォリー監督は本作で全米監督協会賞、ゴ ールデン・グローブ賞を受賞しました。 主要キャスト アンソニー・ホプキンズ(スティーブンス役)、エマ・トンプソン(ミ ス・ケントン役) 、ジェームズ・フォックス(ダーリントン卿役) 、クリ ストファー・リーヴ(ルイス役) あらすじ 戦前までは大勢の使用人に支えられていたダーリントン・ホールも戦 後はがらんとしている。執事スティーブンスの脳裏には、屋敷が華やか だった 1930 年代の記憶が蘇る。共に屋敷を切り盛りした女中頭のミス・ ケントンとの関係、彼女が示した愛情に応えなかったこと、ダーリント ン卿が開いたドイツへの宥和政策を目指す国際会議を成功させるため に粉骨砕身の努力をした時の達成感。主人がナチスの操り人形へと堕し ていくのを目にしながら、何も疑問に思うことなく仕えていた自分。執 事として非の打ち所のない振る舞いを常に心がけていたスティーブン スの心に、大きな後悔が宿っていることを観客は徐々に知ることになる …。 英語の特徴 スティーブンスは貴族であるダーリントン卿に仕えることを誇りに 発音・文法・語 していました。主人にふさわしい執事になるために、彼はジェントルマ 彙 ンの英語をマスターしようと日々努力します。同じく執事であったステ ィーブンスの父親は使用人同士では労働者階級らしく生きのよい物言 いと発音をしますが、息子は父親に対しても堅苦しい容認発音(RP)で話 します。文法においても同様です。スティーブンスが父親に掃除用具の 使い方を説明する場面では、父親は “Are these me mops?”と確認します。 父親は死の床で、スティーブンスに親としてじゅうぶんなことをしてや れなかったことを悔いて “I tried me best.”と言います。標準的な文法で は my となりますが、所有格に目的格を用いるのは労働者階級の英語の (c) 世界の英語を映画で学ぶ研究会 http://eureka.kpu.ac.jp/~myama/worldenglishes/ 特徴です。スティーブンスは目をかけている使用人チャーリーに愛称で なく「チャールズ」と呼びかけ、彼の文法の間違いを指摘します。 “Sprouts ‘are’ done, Charles, not sprouts ‘is’ done.” 主語が単数・複数にか かわらず動詞の単数形を用いる労働者階級の英語を正しているのです。 しかし、たとえ RP で話しても、スティーブンスはジェントルマンの 世界には入れません。戦後、主人ルイスの車を借りてケントンに会いに いくスティーブンスは、ガソリン切れである村のパブに立ち寄ります (ちなみにガソリンは一般にイギリスでは petrol、アメリカでは gas で す) 。そのパブでスティーブンスは、政治家とも顔見知りで、RP で話し、 上等の車に乗って、ちょっと古臭いけれど上等の(おそらく主人のおさ がりの)服を着ているために、ジェントルマンと思われてしまいます。 でも村で唯一のジェントルマンである医師のカーライルは、スティーブ ンスの話し方と態度に接してただちに使用人であることを見抜きます。 翌朝、カーライルから単刀直入に“I say, I hope you don’t think me very rude, but you aren’t a manservant of some sort, are you?”と問いただされると、ス ティーブンスは素直に認めます。“Um, yes, sir. I am indeed.” カーライル に対しては sir をつけて答えています。ジェントルマンの英語は単に発 音と文法から成り立っているのではありませんでした。 映画のみどこ ろ この映画を見ると、主人たちの「階上の世界」が使用人の「階下の世 界」なしには成り立たないことがよくわかります。階下の巨大な台所、 使用人用食堂に並ぶ階上の各部屋から主人や客人が鳴らす呼び鈴、使用 人用の裏階段など、イギリスの複数のカントリー・ハウスでロケを行っ ているので見応えがあります。 戦前、イギリスの政治はジェントルマンによる政治でした。ジェント ルマンに仕えることは世界の中心にいることだという幻想をスティー ブンスは抱いていました。しかし強大な国家となったアメリカの実業家 ルイスは、1936 年にダーリントン・ホールで開かれた国際会議の晩餐 会で、ジェントルマン政治家を「アマチュア」と一喝します。スティー ブンスがダーリントン卿の友人たちに、民主政治など委ねられない無学 の輩の代表とみなされて、難しい質問でからかわれる場面で、彼はいつ ものようにへりくだった態度で接します。スティーブンスは世界の中心 からは締め出されているのでした。 その他 「ジェントルマン」は本映画のキーワードです。より詳しくは野口祐子 「イギリスの英語 『日の名残り』 」山口美知代編著『世界の英語を映画 で学ぶ』(松柏社、2013)pp. 14-35 で論じています。 (c) 世界の英語を映画で学ぶ研究会 http://eureka.kpu.ac.jp/~myama/worldenglishes/
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