スパングリッシュ

メキシコ英語
小林めぐみ
映画タイトル
Spanglish (スパングリッシュ—太陽の国から来たママのこと)
DVD 情報
日本で入手可 (131 分)
製作年
2004 年 (アメリカ)
監督
ジェームズ・L・ブルックス
映画について
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主要キャスト
パス・ベガ(フロール・モレノ役)、アダム・サンドラー(ジョン・ク
ラスキー役)、ティア・レオーニ(デボラ・クラスキー役)
、クロリス・
リーチマン(エヴェリン・ライト役)、シェルビー・ブルース(クリス
ティーナ・モレノ役)、サラ・スティール(バーニー・クラスキー役)
ほか
あらすじ
メキシコから移民してきたシングルマザーのフロールは、ロサンジェル
スの裕福な一家クラスキー家で家政婦として働き始める。クラスキー家
は人気シェフの夫ジョン、専業主婦のデボラ、二人の子どもたちとデボ
ラの母親の 5 人が一見何不自由ない生活を送っていたが、それぞれの問
題を抱えていた。英語のできないフロールは価値観の違いに驚きつつ、
クラスキー家に馴染んでいくが、デボラがフロールの娘クリスティーナ
の世話を焼き始めると関係が悪化し始める。白人社会に慣れていく娘の
姿やジョンに惹かれていく自分に困惑するフロールは…
英語の特徴
スパングリッシュとは英語とスペイン語を混ぜて使用するコード・スイ
発音・文法・語 ッチング、英語とスペイン語の「ミックス」を指しています。アメリカ
彙
ではヒスパニック系の移民の増加に伴い、このような英語とスペイン語
の併用が頻繁になってきています。カリフォルニアなどアメリカの南西
部は特にメキシコからの移民が多く、(メキシコ系)スペイン語の影響
を受けた英語方言(Chicano English)も発達しています。
フロールもメキシコからの移民という設定ですが、フロール役のパ
ス・ベガはスペイン(セビリヤ)出身の女優のため、ベガのスペイン語
のセリフにはメキシコ系スペイン語の発音とは異なっている部分があ
ると IMDb(インターネット・ムービー・データベース)の掲示板で指摘
されています。ベガは撮影を始めたときには英語が話せず、現場では通
訳を通して監督と意思疎通をしたそうです。
フロールの英語の全体的な印象は、まず英語の強弱のストレスが弱ま
りどの音節も同じような強弱で発音されているところでしょう。娘クリ
スティーナと“Just try it on”(ちょっと着てみて)の発音を何度も練習する
シーンがありますが、just や try など個々の発音の難しさに加え、it を弱
(c) 世界の英語を映画で学ぶ研究会
http://eureka.kpu.ac.jp/~myama/worldenglishes/
く発音して on と連続させるのが難しそうです。また後半ジョンとの対
話に出てくるフロールのセリフ“Why is everything so damn confusing?”
(どうしてこんなになんでもややこしいの)、“There are some mistakes
you cannot risk when you have children.”(子どもがいると許されない間
違いもあるわ。)にもスペイン語の影響が多数見られます。まずスペイ
ン語では/z/が[s]と発音されますが、is や confusing が/z/ではなく[s]とな
っています。母音の長短も曖昧になりがちで everything が eeverything と
聞こえます。また/r/音も強めではっきり発音されています。
(逆にデボ
ラが Flor という名前の/r/音を上手に発音できず何度も直されるシーン
もあります。)他には、you が「ジュー」のように聞こえる、cannot が
「カノット」と発音されているといった特徴があります。
映 画 の み ど こ 映画はフロールの娘クリスティーナがプリンストン大学の入学願書の
ろ
エッセイに尊敬する自分の母親について綴った内容を読んでいくとい
う形式で始まります。アメリカの入学選考の様子も垣間見えて興味深い
ところですが、このエッセイから母と娘が強い信頼関係で結ばれている
ことがわかります。クリスティーナは聡明で、英語のできない母の代弁
者として活躍しますが、このような親子の力関係の逆転は子どもが親の
出自や能力を恥ずかしがったり、軽視したりすることにもつながりかね
ません。クリスティーナが無邪気に母親の英語の発音を笑ったり、終盤
では母の決めたことに納得できずフロールを詰る場面もあります。そん
なクリスティーナに対してフロールが“Is what you want for yourself…to
become someone very different from me? ”(あなたは私と違う人間になり
たいと願っているの?)と英語で問うのですが、このことばに、移民 1
世と 2 世の文化的隔絶や葛藤が集約されていると言えるでしょう。
異文化間の価値観の違いや経済格差による違いも大きなテーマです。
この映画ではフロールの視点から白人(Anglo)社会を観察することで、
豊かな白人社会でなぜ人は(デボラのように)追い詰められ破壊的な行
動をとってしまうのかを問うているように思われます。デボラは、肥満
体型の娘バーニーに小さいサイズの服を買い与えて心優しい娘の気持
ちを傷つけたり、フロールの意向も聞かずクリスティーナを援助しよう
としたり、浮気をしてもそれを正当化しようとするなど、独善的な言動
に満ちています。一方、フロールはジョンと気持ちを交わしつつも地に
足をつけた生活を選び取っていく芯の強い女性として描かれています。
女性の生き方、母と娘のあり方についても考えさせられる映画です。
(c) 世界の英語を映画で学ぶ研究会
http://eureka.kpu.ac.jp/~myama/worldenglishes/