その名にちなんで

インド英語
映画タイトル
The Namesake (その名にちなんで)
山口美知代
製作年
2006 年
監督
ミーラー・ナーイル
映画について
インド系アメリカ人作家ジュンパ・ラヒリの同名小説を原作として、イ
DVD 情報
日本で入手可/英語字幕あり (123 分)
ンド出身アメリカ在住のナーイル監督が撮ったインド・アメリカ合作映
画。インドで生まれて 12 年間コルカタで暮らし、25 年間ニューヨーク
に住んだナーイルにとっては、親近感を覚える主題であったという。ナ
ーイル監督にとっては、
『モンスーン・ウェディング』(Monsoon Wedding,
2001)と『ミシシッピ・マサラ』(Mississippi Masala, 1991)と並んで、グロ
ーバリゼイションと移民のテーマを扱った三部作を成すものです。
主要キャスト
カル・ペン(ゴーゴリ役)
、イルファン・カーン(アショケ役、ゴーゴ
リの父)、タブー(アシマ役、ゴーゴリの母)
あらすじ
ベンガル系アメリカ人二世として生まれたゴーゴリ・ガングリは、ロシ
アの文豪ニコライ・ゴーゴリにちなんで父アショケがつけたゴーゴリと
いう名前が好きではない。イエール大学入学を機にニキルと改名したゴ
ーゴリは、そのおかげで自由になったと感じるが、父を裏切ったという
気持ちも抱く。そして、父の急死をきっかけにさらに自分の民族的・文
化的アイデンティティ模索に悩む。
英語の特徴
移民第一世代であるゴーゴリの父母(アショケとアシマ)はインド英語
発音・文法・語
の特徴がある英語を話します。これは第二世代である彼らの子どもたち
彙
(ゴーゴリと)がアメリカ英語を話すのと対照的です。
リズムについては、強勢拍ではなく音節拍リズムで話される特徴が随所
で感じられます。また語強勢が英米標準英語の位置と異なることが多い
インド英語の特徴も聞かれます。ゴーゴリの名前も、父母のインド英語
発音では、「ゴゴール」のように第2音節に強勢がありますが、ゴーゴ
リやソニアのアメリカ英語発音では、「ゴーゴル」のように、第1音節
に強勢があります。
個々の発音特徴については、例えば、冒頭の汽車のなかでの会話を見
てみましょう。個室の相客の男性がアショケに “What are you reading?”
と尋ね、アショケが “The Overcoat, by Gogol.”と答えるやりとりがあり
ます。
what の/t/はインド英語に特徴的なそり舌音になっており、
Overcoat
の/v/が[w]になっていること、/r/が発音されていることがはっきりわか
ります。
(c) 世界の英語を映画で学ぶ研究会
http://eureka.kpu.ac.jp/~myama/worldenglishes/
インド英語の発音特徴のひとつとして/st/の子音連続が語頭に表れた
ときに母語からの干渉でその子音群の前に母音が補われる現象があり
ます。インド映画のなかでもちょうどこれが出てくる機会は多くありま
せんが、この映画では、ゴーゴリたち一家が休暇を利用してコルカタに
里帰りする場面で、祖母宅の召使いが走り出したゴーゴリを “Stop!
Stop!”と制止する台詞でこの現象が現れ、
「イストップ!イストップ!」
のように聞こえます。
文体的な特徴として、インドで生まれ育って父母世代の使う英語より
も、アメリカ移住後に生まれた子ども世代の使う英語のほうがはるかに
インフォーマルであることが家族のやりとりのなかで描かれています。
象徴的なのが、ゴーゴリが “I don’t understand how you guys could name
me after someone so strange.”(どうしてこんな変人にちなんで名前をつけ
てくれたのか理解できないよ)と言ったのにたいして、母アシマがベン
ガル語で「お父さんに口答えしないで」と言ったあと、英語で、 “And
don’t call us
“guys”. Sometimes I close my eyes and listen to you both, I
feel I have given birth to strangers.”(親を guys と呼ぶのはやめなさい。目
を閉じてあなたたちが話すのを聞いていると、自分の生んだ子が知らな
い人みたいに思えることがあるわ)という場面です。アシマにとっては、
親に対し手 you guys と呼びかけるインフォーマルな英語は許容しがた
いのです。これは、インド英語とアメリカ英語の対比に加えて、親世代
と子世代の対比にも由来するものでしょう。
映画のみどこ
ろ
この映画では英語が主ですがベンガル語も多用されています。原作小
説では、ベンガル語話者の台詞も英語で記されていましたが、映画化に
際しては、ベンガル語が部分的に使用されました。また、インド英語の
音声的特徴も映画では直接的に感じられます。ベンガル語と英語の間で
のコードスイッチング(言語切り替え)は、頻繁ではありませんが、映
画全編を通じて 20 場面以上で用いられています。ベンガル語から英語
に切り替わる場面ではアメリカに対する肯定的な思いが表され(アメリ
カで子育てする利点)、また、英語からベンガル語への切り替えは、夫
婦間の紐帯やインドへの郷愁(夫婦喧嘩の仲直り)が語られています。
(詳しくは拙論「映画『その名にちなんで』のインド英語」
『コルヌコ
ピア』京都府立大学英文学会、第 20 号 pp.35-60、2010 年、参照)
その他
アショケを演じるイルファン・カーンは英語で撮影されたインド映画へ
の出演が多く、日本公開されたものとしては、『スラムドッグ・ミリオ
ネア』(2008)、
『めぐり逢わせのお弁当』(2013)ほか。
(c) 世界の英語を映画で学ぶ研究会
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