日本下水道新聞(平成 28 年 4 月) 掲載記事 下水道管理のイノベーションの本質 -佐賀市の先進的取組の背後には何があったのか。- 国土交通省下水道管理指導室長 藤川 眞行 佐賀市環境政策調整監 前田 純二 キュウセツ AQUA(株)代表取締役 大野 博通 藤川 佐賀市の下水道管理のイノベーションの取組、例えば、処理場の季別 運転、汚泥の農業活用、バイオガス発電、二酸化炭素を活用した藻類培養等に ついては、これまで報道や座談会等が行われてきていますので、相当、人口に 膾炙してきているのではと思います。本日の座談会においては、なぜ佐賀市で そのような地に足の着いた画期的なイノベーションが生まれたかについて深掘 りすることで、下水道管理のイノベーションの本質に迫りたいと思います。 座談会には、佐賀市の取組の司令塔である佐賀市の前田環境政策調整監と、浄 化センターの管理業務を受託されているキュウセツ AQUA(株)のトップである 大野社長にお越しいただきました。ぜひ忌憚のないお話をお願いいたします。 まず、前田さんの方から、佐賀市で下水道管理の改革が行われることとなった 経緯あたりから、お話し願います。 前田 私は平成 18 年から下水道に本格的に取り組みました。まず、そもそも 論ですが、暮らしから出てくる排水は、自治体が適切に処理しなければいけない わけですが、処理のためには当然費用が必要で、使用料という形でご負担いただ いています。ところが、多くの自治体でそうですが、そうは言っても、使用料で すべてを賄えるかといったら賄うことはできないわけですね。そこですぐ出て くるのが、財政的に下水道は赤字でお荷物であるという話です。しかし、そうで はなくて、本当にちゃんと水を処理して、その処理した水を放流して喜ばれるこ となんだと、環境にも一番配慮することなんだということを皆さんに理解して もらいたかった。ただ、当時も行政コストを下げろという大きな機運が社会的に ありましたので、無駄は省き、経費も節減しているという姿を市民の皆様に見せ ないと話が始まりません。そこを何とかできないか。 そういうことがあって、最初に 18 年度から取り組んだのが、省エネというこ とでした。ただ、これは市役所の職員だけでやってもたいしたことができない。 1 管理をずっとやってくださっているキュウセツさんと一緒になって、何か無駄 なところがないのかお互い点検しましょうねというところから始めました。こ れが全ての改革のスタートです。 そして、他にも無駄なところがないか、いろいろ探してみようということで、 取り組んだのが汚泥の削減です。それまで、汚泥の処分に非常にお金がかかって いましたので、汚泥の量を減らすことができれば大きく状況が変わります。なん とか水の運転管理を工夫できないかということを、キュウセツの当時の所長さ んや社長さんにお願いして、いろいろ研究してもらってやりました。それで、実 は年間 3500 万円ぐらい減ったんですよ。それはありがたいことでした。 それから、薬品も、下水道ではどうしても薬品(高分子凝集剤等)を使う場所 が 3 カ所ぐらいあるんですけれど、その薬品を減らすことはできませんか、薬 品の使い方を工夫できませんかという話をしたら、これまた工夫をしてもらい ました。その結果、薬品も減ってきました。それで、汚泥の削減、薬品の削減等々 で、トータル、1 年間で 5000 万円から 6000 万円を削減することができました。 なぜキュウセツさんにお願いしたかというと、市の職員はどちらかというと 機械、電気、土木とかの専門家や、水質の専門家ではありますが、24 時間、365 日管理しているわけではないのですね。やはり、管理の具体的な創意工夫の源泉 は、24 時間、365 日管理している人の知見・ノウハウにあるのです。ですから、 キュウセツさんとは毎日のように話をしました。私は本庁にいたんですけれど、 ここの浄化センターの事務所に来るときはキュウセツさんの所長のところに挨 拶してから職員のところに話に行く、これだけは自分で決めて、そういうふうに 進めさせていただきました。そのおかげで本当にそういう結果が出てきました。 このようにして、市民に喜ばれる下水道を目指した改革は始まりました。 藤川 下水道の意義を市民の皆様に分かってもらうため、無駄の排除、コスト 削減を追求するという世界から始められた。それも、難しい真の意味の効率化を 真正面からやられた。世の中では、コスト削減というと、えてして、深い検討も ない職員数の単純な削減みたいな話も出てきますが、そのあたりは、どのように お考えですか。 前田 私は、初めから、職員と管理のキュウセツさんとの関係が上手くいって はじめて本当に市民から喜ばれ、愛される施設になるという確信を持っていま した。行政サイドも、効率化等の問題意識を持って、キュウセツと一緒に議論し 考え、改善の判断ができる職員が不可欠なのです。しっかりした職員と意欲のあ る民間事業者との関係がなければ、真の効率化などできないのです。そのあたり の考えのない、いわゆる民間への丸投げ・単純な職員削減は、いかがなものかと 2 思っています。そのようなやり方では、結局、中長期的に見れば、コストの削減 にもつながらないのではないでしょうか。 藤川 私も、全国の管理の現場を結構回らせていただいていますが、やはり、 管理専業でずっと真摯にやってこられてる人は強いというか、説得力がありま すね。管理手法だけでなく、 「我々なら身の丈サイズの効率的な改築提案がいく らでもできますよ」など、いろいろ具体的な話を聞くこともよくありました。 さて、次に、キュウセツさんの方にいろいろお聞きしたいと思いますが、佐賀 市さんの要求水準は高いですね。通常の仕様発注の世界とは全く異なり、世の中 で言われている性能発注の世界ともかなり違うように思いますが、そのあたり、 どのようにお考えですか。大野さんは、下水道施設管理業協会の九州支部長もや っておられるので、現在の管理業の実態も含め、忌憚のないところをお聞かせく ださい。 大野 私どもの会社は、全国に先駆けて処理場の維持管理業務をやってきた 会社で、昨年創業 50 周年を迎えることができました。ここまで成長できたのは、 自治体さんのお陰だと思っております。本来、民間企業はまず営利を目的として 仕事をすることになりますが、このような経緯もあり、私どもとしては、やはり 何か社会にお返しをしていかなければならない、お返しをしていきたいという 思いがあります。営利だけで考えれば、我々が直接現場で維持管理している中で、 このようにすればコスト削減になるということがあっても、金銭的に評価され るわけではないので、なかなかこれは自分たちの仕事ではないとなってしまい ます。しかし、社会の重要なインフラを預かっているという企業としては、やは りこれはあるべき姿ではない。自分のところの身を削ってでも社会貢献するの が、あるべき姿であると思っています。 このような前置きをさせて頂いた上で、私たちの管理業の現状について少し お話しさせて頂きますが、近年進展する人口減少を見据えて、自治体さんでは施 設の統廃合を具体的に検討されている状況が見られます。特に下水道施設管理 業協会の九州支部に関して言いますと、支部管内では小規模の処理場や集落排 水施設が非常に多く、これに携わっている企業も、小規模の企業が多いことから、 将来について不安に思っている企業がございます。 他方、いわゆる団塊世代退職の 10 年問題(2007~2016 年)があります。団塊 世代の穴埋めは、当然新卒者等で行わなければならないわけですが、募集をかけ てもなかなか集まってこない、人の確保が非常に厳しくなってきている実態が あります。 私どもの仕事というのは 24 時間 365 日休むことなく安定的に稼働させなけれ 3 ばならないハードな面があり、その影響は多少あると思いますが、ハードであっ ても、やりがいがある仕事であれば、若い人は来てくれます。従来のイメージに あるような維持管理の単純作業を行っているのではなく、業務の中で修得した 技術やノウハウをフル活用して、 「最重要インフラの下水道のイノベーションを 背負って社会貢献している」、 「世の中に胸を張れる、誇りの持てる仕事をしてい る」ということを、大きく示していくことが必要です。 佐賀市さんにお世辞を言うわけではないですけれども、私どもをフル活用し ていただくことで、現場社員のモチベーションが非常に上がってきています。そ して、このような動きが社内全体に、ひいては業界全体に広がっていき、やる気 のある若い人も入ってきていただいて、活力に溢れた会社、業界にしていくこと が不可欠であると思います。仮にそのような流れを作れなければ、今後我々の業 界は、非常に厳しい状況になっていくでしょう。 藤川 率直なお話をいただき、ありがとうございます。広域化・統合化に伴う 地元企業のあり方の問題と、人手不足の問題、どちらも非常に大きな課題ですね。 後者の方は後で議論に出てくると思いますので、まず前者の方については、広域 化・統合化に加え、包括的民間委託をはじめとした PPP/PFI でもよく議論になる 点です。一般論になって恐縮ですが、公共工事だけでなく、維持管理でも話は全 く同じであると思いますが、行政サイドは、 「品質の確保」を考えないといけな いということが基本にあると思います。 例えば、維持管理については、適切な災害対応ができる体制が構築されている か、やはりそのような点を評価しないと、何かあった時は大変なことになってし まう。包括的民間委託も様々なバリエーションがあり、自治体の体制・ニーズを 踏まえてオーダーメードで作っていただくものですが、例えば、災害対応等の観 点から地元企業の活用を条件とするなど弾力的に対応しているところもいろい ろあります。競争の透明性・公平性に留意することは当然ですが、維持管理の世 界においても、品質の確保をしっかり考えていくことは大変大切なことだと思 います。 大野 最近少し気になっているのは、例えば、DBOやPFIで、そのような 配慮がなされていないことがまま見られます。我々地元企業は、災害対応等に真 正面からやっていくことは当然のこと、やはり、地域貢献していく覚悟を持って いると自負しています。行政の方々にも、この点を配慮していただければと存じ ます。 前田 佐賀市でも、最近はゲリラ豪雨等があり、その時はどんなに夜遅くても、 4 集まってもらわなくちゃいけない。キュウセツさんは、地元の人をしっかり雇用 してもらっているので、その人たちがすぐに集まれる環境、体制にあるわけです。 これはすごく大きいですね。競争性も大事ですが、要は、市民の皆さんにとって どのような業者選定・評価のあり方がよいかということが基本になければいけ ません。特に、大震災以降は、行政の危機管理に対する市民ニーズは非常に高ま っています。 そして、話は危機管理に限った話ではないのですね。キュウセツさんと一緒に やったコスト削減の成果は、先に述べたとおりですが、そこには何より、会社の 意欲があります。会社の方で、勉強会も開催しておられ、新入社員の教育も含め、 いろいろ勉強されています。そういうことがありますから、新しく私たちが取り 組む課題に対しても、すぐに自分たちなりの勉強をされて、いつでも対応できる 体制をとってもらっています。単に危機管理の時だけの話でなく、日常から、高 いモチベーションを持っておられる、ピリッとしたものを持っておられること が大きいと思います。 藤川 佐賀市の取組は、まさに下水道管理のイノベーションですが、お話を聞 いていると、行政と民間事業者との間の適切な「役割分担と連携」の中から、イ ノベーションが生まれるのだな、ということがよく分かりました。そこで、次は さらに踏み込んで、具体的な事例、-ここでは季別運転の話をしていただこうと 思いますが-、具体的な事例に則して、行政と民間事業者がお互いモチベーショ ンを持って、適度な緊張感の中でお互い連携し、イノベーションが生まれてくる 姿を披露していただければと思います。 前田 浄化センターについては、放流水がありますので、特にエリアの拡大等 で放流水が増える時、従来は漁業者との調整に苦慮していました。佐賀は海苔の 養殖がさかんなのですが、漁業者の方々から、浄化センターがあるから、俺たち の海苔はよくないんだとか、有明海が駄目になるんだとか、ずいぶん言われまし た。そこをそうではないと説得に行ったのですが、具体的な取組として、じゃあ 冬場だけ海苔にいいアンモニア態窒素を流しましょうとかいうことでやっても らったのがキュウセツさんなんです。市の職員も研修に 1 年間やったりして知 識もつけてきてもらいましたが、実際のエアーの調整とかやらないと水質コン トロールできないんですね。そこで、その季別運転の水質コントロールの検討を キュウセツさんにやってもらいました。その過程で、漁業者の方々と本当にガン ガンのぶつかりもあったんですけれど、それを後ろの方で支えてもらったのが キュウセツさんですね。夏場の水質と冬場の水質を変えるわけですから、コント ロールが大変なんです。常に現場を見ておかなくてはいけない。水質をチェック 5 しておかなくてはいけない。こういうことがあって、職員とキュウセツさんとの 関係が、より深くなったんです。そこはすごく大きいんです。現在、浄化センタ ーは漁業者の方々にも大変喜んでもらえる施設になりました。一緒になってや ってきた成果ですね。 藤川 季別運転の検討については、ややこしい、面倒くさいことだと思います が、正直なところ、どう受け止められましたか。 大野 私ども管理業は、水をきれいにして排水するということに全力を尽く しているのです。ですから、その中で季別運転の話があったときは、はっきり言 ってびっくりしました。ただ、これじゃないといけないということはお話を聞い て理解してきましたが、当初は我々に対する責任の重さというか、プレッシャー は非常大きかったです。失敗すれば、やはり我々の責任になるのです。しかし、 やり始めますと、こういうイノベーションというのは、自治体の構想に現場を預 かる我々のノウハウがあってこそ成功するものだと実感しました。我々として は、こういうイノベーションに参画させてもらうことはモチベーションが上が りますし、社員も更に技術力を高めようとします。そういった意味では結果的に 本当にありがたい話だったと思っています。 藤川 難しいことはやりたくないと断らなかった。 大野 「法律基準でやれ」というだけなら、楽は楽なのです。季別運転という のは、やはり違う知識を出してやらなければいけない。しかし、最重要のインフ ラである下水道のイノベーションに参画している、社会に貢献しているという ことは、何物にも代えがたいものがあります。若い人をこの業界に来てもらうの も、こういうのがなければならない。その意味で、儲け云々ではなく、管理業者 として、このような難しい課題にチャレンジしていく意義は十分あると思いま す。 あと、関連する話ですが、若い人をこの業界に来てもらうためには、もう一つ あるのです。それは、雇用の安定性です。管理業務の契約期間は今では複数年契 約が概ね 60%くらいになってきていますが、それでも 2~3 年の短い契約が多 く、5 年以上のものは少ない状況にあります。結局、契約期間が短いと仕事場が なくなる、仕事が安定していないということになるのです。継続はさせてもらっ ても、やはり基本的な安定性はない。このような状況では、なかなか人材は集ま りにくいのです。これを、やはり最低 5 年、できれば 10 年くらいにしていただ ければと思います。もちろん、契約期間を長くすると、いろいろなリスクの管理 6 は必要になってきますが、例えば、しっかりした評価を行っていただき、悪い業 者にはペナルティを科すとか、電気代などが大幅に上がったときには、それにス ライドした契約金額にするとか、いろいろやり方はあるのだと思います。併せて、 業務内容としては、仕様発注よりも包括委託、包括委託よりもイノベーションに 関与するような業務をさせていただくことも重要です。これらは、簡単な話では ないことは承知していますが、国土交通省におかれては、若い人が来てくれて、 イノベーションが起こっていけるような、真の意味での下水道管理の官民連携 手法について、ご検討いただきたいと存じます。 藤川 貴重なご提案、ありがとうございます。管理の委託契約の課題について は、私も相当地方の現場を回っていろいろお話をお聞きしてきましたので、大変 問題意識を持っております。現状の包括的民間委託の実態・課題の整理を含め、 机上の空論ではない、まずカタチありきでない、真の官民連携手法、PPP/PFI の あり方について、今後具体的な検討をしていく必要があると思っております。そ の際には、これまで具体的な話がありました、行政と民間事業者それぞれの役割 分担のあり方、両者の適度な緊張感の下での連携のあり方、両者の人材育成のあ り方といった点が極めて重要になってくると思っています。 前田 例えば包括委託して 10 年とか 15 年とか、そういうやり方も当然ある わけですね。ただ、包括委託というときに、自治体では、それでは職員が要らな いじゃないかという話が必ず出てくるのです。そうではなくて、官民が切磋琢磨 する中で、暮らしから出てくる水やゴミの処理について、市民の皆さんにより喜 んでもらう方策を一緒になって考えていくことしか答えはないと私は思ってい ます。 雇用の安定化に関して言えば、契約期間を伸ばすという手法のほかに、発想の 転換ですが、仮に 2 年後、3 年後に契約が切れるとしても、行うべき仕事を増や していくという手法も一つあると思うのです。それも、全国から注目されるよう な下水道の仕事をやっていく。それが佐賀市のバイオマス産業都市の一つの姿 なのです。国から、B―DASHプロジェクトに採択されました。浄化センター でミドリムシの培養をして、それで最終的にジェット燃料をつくって飛行機を 飛ばそうじゃないかと考えているのです。 「俺は佐賀市の浄化センターで働いて いるけれども、最終的には、俺たちは、最先端技術の二酸化炭素を利用したミド リムシの培養もやるようになるよ」とか、そういう大きな構想で管理事業者の方 にも将来展望をもってもらえる環境をつくることも重要ではないかと思ってい ます。 7 藤川 そうですね。佐賀市では、 「無駄をなくす」ことから始められて、 「浄化 センターを迷惑施設から歓迎施設にする」ことへ、さらに今では、 「バイオマス 都市の実現」という大きなビッグピクチャ-を描いておられる。それも、地に足 の着いた形で。 そもそも論になりますが、行政としては、やはり、市民の方々や議会の方々と の対話を通じて、市全体の政策推進の観点からビジョン、解決すべき課題を設定 しなければなりません。また、反対派も含め政策実現に向けた説得、調整もしな ければいけない。これは、逃れられない行政の役割だと思います。ただ、ビジョ ンも、解決すべき課題も、それが実現可能なものとつながっていなければならな い。 他方、下水道管理については、どうしても、24 時間、365 日管理を行っている 民間事業者のノウハウに負う部分が多いわけで、行政のビジョンの実現や課題 の解決に向けて、民間事業者に知恵を出していただくことが不可欠である。行政 と一緒になって、悩んで考えていただく必要がある。お互いよく分かった、適度 な緊張関係の中で・・・。 そのような官民の関係性、環境こそが、下水道管理のイノベーションのインキ ュベーター(孵卵器)なのではないでしょうか。 前田 その通りです。だから、市のサイドとしては、 「バイオマス産業都市さ が」、 「産業振興や雇用創出へつなぐ」というビジョンを打ち立てて、1枚紙で分 かる資料(https://www.city.saga.lg.jp/biomass/)を作って、市民の皆さんに対して 分かりやすく説明することも行っています。我々はこのようなビジョンを持っ て進んでいるのですよ、浄化センターは迷惑施設ではないのですよ、日本全国、 世界から見学に来てくれる施設にしようとしているのですよ、と。そして、さら に私はよく言うのですが、 「誇りを持って、俺がやったのだと市民の方々に言っ てください」、 「こういうことをやっていることを奥さんにも、お子さんにも話し てください」、と。市民の方々や、家族に理解されれば、誰だってモチベーショ ンも上がりますし、なくてはならない施設だと理解もされます。このようなこと がなければ、こういう難しい技術をクリアすることはできないのではないかと 思っています。そこは私が一番考えているところでありますし、強調したいとこ ろなのです。 藤川 市民の方々などに、取組を分かりやすく説明するということは非常に 重要ですね。さらに加えて、市民の方々の理解を得るには、具体的な成果をあげ ることが不可欠ですよね。行政の報告書などは、綺麗ごとばかり並べて実効性が ないものが氾濫しているとの批判もよくありますが、仮にそうだとしたら、いわ 8 ゆる「打ち上げ花火行政」、-「おもしろうて、やがて哀しき、花火かな」-に なるだけで、とても、市民の理解を得られませんよね。 前田 はい、そうです。まさにそこです。だから、具体的な成果として、例え ば、季別運転をやって、漁業者に喜ばれるようになりました。肥料化をやって、 農業者や一般の家庭菜園をやる方が浄化センターに集まるようになったのです。 今年は、リピートの人も含めて約 4000 人の人が肥料だけ取りに来るのです。も う 4 年連続で肥料も 1400t、ずっと完売です。これほど人が集まる浄化センタ ーは果たしてあるでしょうか。 だから、ここで働いている人たちは常に市民の目にさらされているのです。市 民の皆さん、どうぞ見てくださいと。本当に皆さんの家庭から流れて来る排水が このようになります。働いている職員も見てください。頑張っているかどうかも 見てください。それから管理しているキュウセツさんとか、S&K佐賀とか、そ ういう人たちがどうやっているかも見てください。そういうオープンの場所な のです。 藤川 成果があがった後は、あとづけで、 「よかった、よかった」、 「優良事例、 優良事例」と言うのは簡単ですが、成果が出るまでは、道なきところに道を作る 挑戦であり、孤独な戦いですよね。いろいろお話を聞いていると、佐賀市は、 「下 水道部局で、環境政策、農林漁業政策、産業政策、雇用政策の中心をやっている」、 「ダイナミックに市全体の政策を引っ張っている」と言っても、過言ではないと 思いますが、本当に全国どこの下水道部局でもこのようなことができますか。 前田 できます、できます。やる気になれば、どこでもできます。そのときに 大事なのは、まず、管理をしてもらっている企業さんとのコミュニケーションで す。このコミュニケーションがうまくいかないとバラバラ、ガタガタになります。 そして、行政職員のやる気です。市の職員も 3~5 年で異動します。自分のと きに一つ扉を開けようという積極的な職員がまだ少ないのが現状ではないでし ょうか。全国の下水道部局の職員の方々は、自分に問いかけてほしいのです。 「あ たなは自分の仕事に誇りをもってやっていますか」、と。胸を張ってイエスと言 える人なら、もうなんだってできます。佐賀市の姿も見ていただいて、失敗を恐 れず、どんどん新しいことをやっていただいたらよい。 下水道の仕事は、際限のない世界です。例えば、佐賀市では、下水道肥料でつ くった野菜を農家と一緒に大手スーパーに売りに行っています。そういうこと までやっています。場合によっては、下水道の職員は野菜売りの販売人にならな くてはいけないのです。それも佐賀市の職員だけではない。キュウセツさんにも 9 お願いをする、S&K佐賀さんにもお願いをしています。一緒に売りましょうよ とやっているのです。 藤川 国土交通省は、 「汚泥は宝の山」というキャッチフレーズでやっていま すが、「下水道は自治体政策の宝の山」と言っていいかも知れませんね。資源・ エネルギー利用等、すごい裾野の広い世界がありますね。あとは、 「下水道部局 の職員が、野菜の売り子さんをやってもいいではないか」というようなコペルニ クス的な転換が必要ですね。ダイナミックな環境政策、農林漁業政策、産業政策、 雇用政策をやっていれば、一般会計からの基準外繰入れも十分元が取れますね (笑)。 前田 そうです。そして、職員のモチベーションも大変重要ですが、それに 加え、トップ、首長のビジョンと一致させることも大事なところです。佐賀市 では、トップが下水道部局の役割に対して非常に理解していただいています が、イノベーションを含め下水道の役割に対する理解が乏しい首長さんには、 まず、下水道部局の事務方トップが首長にアピールすることが欠かせません ね。うちの広報・デザイン担当に作ってもらったプレゼン資料 (https://www.city.saga.lg.jp/biomass/)は、非常に分かりやすいと評判ですので、 自由に使ってもらって全く結構ですので、ぜひとも首長さんにアピールしてほ しいものです。 大野 やはり、下水道管理の役割に対する発想の転換は、これは、行政で舵を 切ってもらわないと、我々だけではできません。しかし、そのような転換は、我々 にとって大変なことでも、非常に歓迎すべき話ですので、他の自治体さんでも舵 を切っていただければ、我々は全力で取り組んでいきたいと思っています。 藤川 やはり、いろいろ議論をしていると、どんな分野でもそうですが、最後 は、意識改革を含め人の問題になってくるのかなあと思います。そこで、人づく りについて、重複になる部分があっても結構ですので、お話をお聞かせください。 前田 具体的な話をします。私たちは季別運転をするために、当時、先進事例 として大牟田市での有名な取組がありましたので、すぐに行って現場を見てき ました。やはりすごいですね。 そこで、誰かを派遣して、技術の習得をさせたいと思ったのですが、いろいろ な事情があって、水質担当の職員は派遣ができず、前々から目をつけていた活き のいい納税課の職員を一本釣りして、派遣しました。彼は「私は、水処理は素人 10 ですけれども、やってみていいですよ」と言ってくれたのです。1 年間大牟田市 での研修を終えたら、やはり水を見る目線が全く変わったのです。今でも彼は、 1 日に 5~6 回は現場に出ています。そして、キュウセツさんと話し合いながら、 エアをここは昨日はちょっと入れました、今日はやめましたとか、そういうこと をやってくれるようになりました。やはり、大きな改革を行う場合には、場合に よっては、そのような大胆な人材配置も必要となるのではないかと思います。 全国の下水道部局には、まだ眠っているノウハウがあるのだと思います。そう いうものを私たちは、貪欲に吸収していきたいと思っています。また、市役所の 内部ですが、我々のやっていることは、産業振興とか雇用創出でもありますので、 経済部の職員の意見も聞くようにしています。もちろん環境部の職員の意見も 聞きます。そして、先ほどもお話ししましたが、広報が大変重要ですので、東京 で民間のデザイン関係の会社で働いておられた佐賀出身の方を市の職員に採用 しました。やはり、広報・デザインは役所の人がやるとダメですね。役人の文章 のように、どうしても分かりにくいものになってしまう。広報・デザイン担当の ポストを設けて、広報の効果、成果は、それはもうがらりと変わりました。 様々なノウハウを結集し、さらに伝承していけるような人づくりは、本当に大 切なことだと思っています。 藤川 キュウセツさんの方では、社内で勉強会を開催されているといった話 も出ましたが、人づくりについていかがでしょうか。 大野 率直に言って、全社員が大きく変わるところまでは至っておりません が、私どもは、各処理場の責任者を全員集めて、色々な先進事例の発表とか、イ ノベーションについて勉強会等をやっています。まだ前例主義的な考え方が強 いのですが、前向きな考え方も多く出るようになっています。 下水道管理のイノベーションは時代の要請であり、この社会的要請に応えて いくためにも、前例主義に捉われない新しい考え方で社員の自発性やモチベー ションを引き出す人づくりに取組んでいきたいと考えています。 藤川 やる気のある若手が佐賀市の浄化センターの方へ行きたいとか、そう いうことはありますか。 大野 前田さんは、私どもの社員の配置にも注文を付けるのです(笑)。 藤川 いい人をもってきて・・・ (笑)。 11 前田 社長にお願いして「何とかしてくださいよ」って(笑)。 藤川 社員の方はこちらに来ると大変だと思うのですけれども、こちらの方 はやはり面白いということになりますか。 大野 意欲を持った社員は面白いと感じていると思います。話は少し脱線し ますが、私どもは、いわゆる迷惑施設と言われる浄化センターのイメージアップ のために、ボランティア的に様々な取組みをしています。ある浄化センターでは 処理水で蛍の幼虫を育て、幼稚園児を招いた幼虫放流イベントを企画したり、蛍 の鑑賞会を開催して非常に喜ばれています。また、浄化センター内に芋畑や野菜 畑を作り近隣市民の方と共に収穫を行うなどの取組みも行っています。このよ うな取組みは、下水道管理の通常業務とは別の業務で、決して軽い作業とは言え ませんが、仕事の合間を見ながら行うちょっとした作業が地域の方に喜んで頂 けることで、ずいぶん通常業務にも意欲が出てきていると思います。やはり社会 貢献という大きな目的に向かってやることが、非常にプラスになり、人づくりに も役立っているのではないかと思っています。 藤川 「イノベーションの本質は、人づくりにあり」、と言ってもいいかも知 れませんね。それでは、最後に、抱負とか今後の意気込みとか、何でも結構です のでお聞かせください。 前田 浄化センターは資源やエネルギーを創出する宝を生む施設なのだとい うことを、繰り返しますけれども、浄化センターの周辺の人にまず知ってもらい たいということがあって、ずっとそれで取り組んできました。 これは市長から言われたことで、私たちの心にとめてずっとやっているので すけれども、 「相手の心の『におい』を止めるような行動をしてくれ」と。物理 的な『におい』を消しても、心で嫌だと思ったら心の『におい』は消えていませ んよ、と。心の『におい』を止めるとは、要は、市民の皆さんとの信頼関係を作 ることなのです。 全国に先駆けた取組をやろうということで、現在がんばっていますが、忘れて はいけない一番のベースは、この地域の人、-漁業者、農業者、地域で暮らして いる人々-に、愛される施設にしていく、それをキュウセツさんと一緒になって やっていくこと、その一言に尽きると思います。この基本をしっかり押さえてお かないと、全国で取り上げられたといっていい気になっていては、上っ調子でつ るんと滑って転んでしまいます。 12 大野 管理業の立場から見ると、 「浄化センターは機械的に汚水を良質な水に して放流するだけ」、 「民間事業者は単純な作業をやっているだけ」、と考えてい る自治体さんがまだ多いと思うのです。そういう世界のままでは、社員は育って いきませんし、業界も育ちません。やはり、下水道管理のイノベーションを起こ して、付加価値を高めていくとか、地域貢献を行っていくとか、そういう世界に していく必要がぜひともあります。 官民の信頼関係のもと、下水道管理のイノベーションに向けて、我々を色々な ことに関わらせて頂ければ、我々も全力で頑張って参りますので、行政の方にも、 官民連携の意識を更に広げて頂ければと存じます。 藤川 下水道管理は「仕様発注から性能発注・包括的民間委託へ」という流れ で語られることがありますが、全く「異次元の改革」として、 「イノベーション 創発型の官民連携」をぜひともやっていかなければなりませんね。それは、 「カ タチ」から入るような机上の議論ではとても対応できなくて、 「信頼関係」、 「人 づくり」といった「暗黙知」も入れたものとして大きく構想していかないといけ ない。 長時間にわたり、誠にありがとうございました。私も、今回の座談会で、イノ ベーションの本質についていろいろ考えさせられました。お世辞で言うのでは なくて、ハーバード大学の経営大学院の授業よりありがたい話(笑)を聞かせて いただいた気がします。 最後の締めとして、前田さんにお聞きします。全国のどの下水道部局でも、意 識改革と適切な官民連携があれば、 「環境政策、農林漁業政策、産業政策、雇用 政策の核として市全体の政策を引っ張っていく」ことは可能ですか。全国どこで も、 「下水道部局と民間事業者が明るい将来展望をもって、イノベーションを通 じて、社会貢献をどんどんやっていく」ことは可能ですか。 前田 もちろん、可能です。 (以上) 13
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