タックシン政権とタイの政治 バンコック駐在員事務所 小沢 康正 サワディーカップ。今回は『タックシン政権とタイの政治』についてレポート致します。 タックシン政権の話の前に、タイの政治を理解するため『民族・宗教・国王』という基本的な思想をご紹介します※。 『民族』は血縁的意味での特定の民族集団ではなく、国土を共にする人々を指します。『宗教』は 90%以上仏教徒が占め ることから、仏教を中心とする多様な宗教との共存を指します。『国王』は王政でも王室でもなく、国王その人を指してい ます。国民は国王を非常に敬愛しており、国民の父として絶対的な信頼があることは、タイで生活している誰もが感じる ことが出来ます。そして重要なことは、全ての法律や人事は国会の決定ではなく国王自らが署名することで発効されると いう点です。たとえ軍がクーデターを断行しても、国軍を統括する国王の裁可がなければクーデターは反乱に転じます。 また、歴史上で何度も登場してくる『軍』を理解することも必要です。タイにおいて軍は単なる軍事力を保有する組織と いうだけではなく、最大の政治勢力として機能し続けてきました。立憲革命から現在に至るまで軍は政治に密接に関与し、 多くの軍人首相を輩出する等、政治機構としての役割を果たしてきたのです。 以上の点を踏まえた上で、前回ご紹介したように、経済を復活させ 2005 年 2 月の総選挙で圧勝したタックシンが、何故 軍のクーデターにより 2006 年 9 月失脚したのか、その歩みを見てみましょう。 タックシンは北部チェンマイにおいてシルク販売で成功した一族に生まれました。警察学校から警察局に入りましたが、 在職中からコンピューターのレンタル事業に進出し、この事業をわずか 10 年間で携帯電話事業等へ拡大させ、タイ最大 の通信財閥に発展させました。 タックシン一族が保有していた企業は株式ブームに乗って株価が高騰し、一族の金融資産はタイ財閥系の中でも一位 か二位を争うほどになっていました。そして 2006 年 1 月、タックシン一族は保有するこれらの通信企業の株式をシンガポ ールの政府系投資会社へ売却し、巨万の富を得ました。 それまで国民の支持を得ていたタックシンでしたが、ここから状況が一変、メディアはこぞって批判を開始し、国民の 怒りを煽りました。売却に先立って外資の出資規制を緩和し、タイ人ではなく外国人企業に売却し、巨額のキャピタル ゲインを得るだけでなく、納税を回避したことが更なる怒りを増長させました。加えて、タックシンの政治運営は身内を重 要ポストへ据え、国王・王室の権威を傷つけえるもので、軍・警察・官僚の不満を買っており、軍がクーデターを断行した 際に、国王が裁可し失脚したのです。 国民の間でクーデターを容認する声が圧倒的であったのは、こうした背景があったからです。 クーデターにより失脚したタックシンですが、一方では依然として支持する声もあり、後に選挙でタックシンの妹である インラックが首相となりました。しかし軍が再度クーデターを断行し、現在の軍事政権となっています。 このようにタイの政治を振り返ってみますと、タイの国民にとって軍によるクーデターは混乱する政治をリセットする 働きがあるようにも思えてきます。 ※参考文献:末廣昭(2009 年 8 月 20 日)『タイ 中進国の模索』 岩波新書出版 (28.2.9 現在)201602 広告審査済
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