乳 が ん に つ い て(上) 宮 城利 府掖 済 会病 院 院 長 本 田 毅 彦 近年

乳
が
ん
に
つ
い
て(上)
宮城利府掖済会病院
院
長
本
田
毅
彦
近年、わが国では、生活習慣や環境の変化に伴い乳がんの増加が著明となっていま
す。厚生労働省の統計によると、乳がんは 1995 年には胃癌を抜いて、壮年女性(30
歳から 65 歳まで)の癌死の第 1 位となりました。年間約 3 万人が乳がんになり、9000
人近くの人が乳がんで死亡しており、20 年前と比較すると2倍以上の増加となってい
ます。厚生労働省がん研究助成金による「地域がん登録」研究班では、1997 年に癌
になった人は男性 27.5 万人、女性 20.4 万人、計 47.9 万人と推計しております。癌に
なったらただちに死亡するというわけではありませんが、この年の癌死は、厚生労働
省によると男性 16.7 万人、女性 10.8 万人、計 27.5 万人でした。平成 14 年度(2002
年度)の調査では、癌死は男性 18.4 万人、女性 12 万人、計 30.4 万人と増加しており
ます。また 1997 年の宮城県のデータによれば日本人女性の生涯乳がん罹患率は 3.3%
であり、30 人に 1 人が乳がんになるとしております。
わが国では、一般の人でも医学知識が比較的高いといわれていますが、進行乳癌の
状態で発見される人が依然として減っていません。残念ながら、早期発見が未だに充
分になされていないのが現状です。したがって、乳がんを早期の状態で発見するには、
検診を受けることが最も大切なこととなります。
1.乳房の検診
<視触診>
はじめに述べますと、当然のことですが検診は癌の予防にはなりません。したがっ
て、検診は定期的に受けることが必要になります。つまり、乳房の検診の目的は、早
期の乳がんを発見することにあります。乳がんは、ある程度以上の大きさになると自
分で触って分かるようになります。その人の状態(大きい乳房、肥満、授乳中など)で
差はありますが、専門医は、1cmの大きさのしこりを見つけることが出来ます。
大きさで例えると“パチンコの玉”程度です。早期乳がんとは、2cm以下とされて
おりますので、専門医による視触診で早期発見が可能です。2cmを定規で見るとか
なり大きく(長く)見えますが、しこりとして触る時は、それほど大きくは感じません。
1円硬貨がちょうど直径 2cmですので、実際に目で見て確かめてみてください。
一般の人が自分で 2cm以下のしこりをみつけることは、かなり困難と思われます。
自分で乳腺のしこりに気が付き受診した場合の乳がんの大きさは、平均 3cmである
とのデータがあります。この理由から、乳がんの早期発見には検診が必要なのです。
しかしながら、専門医でも 1cmのしこりを触って発見することは、容易ではありま
せん。小さいしこりの場合には、検診で発見するにも限界があるということです。し
たがって、検診を定期的に受けることが大切になるわけです。検診を受けていれば、
たとえ運が悪く乳がんになっても、2cm以下の早期癌で発見される可能性が高いの
です。検診の際に超音波検査(エコー)を行えば、しこりの正確な大きさが直ちに分か
ります。
<自分で行う検診>
医師による検診は普通 1 年に一度ですが、自己検診は毎日でも出来ます。自己検診
も非常に大事なことですので、忘れずに定期的に行って下さい。図は、宮城県対がん
協会のリーフレットの内容です。参考にしてください。
<画像検診>
視触診では分からない乳がんもあります。しこりとして触れることが出来れば、さ
らに検査を進めることになりますが、しこりが触れない場合には、視触診だけでは異
常なしとなります。つまり、視触診だけを行う乳がん検診は、意味がありません。そ
こで最近は、乳房撮影(マンモグラフィ)と言うレントゲン検査を視触診の際に同時に
行うようになってきております。1cm以下の触れない小さなしこりでも、影として
映ることがあります。
また、乳がんのなかには、しこりが無くレントゲン検査で石灰化と呼ばれる影が映
るものがありますので、非常に有力な検査です。この乳房撮影(マンモグラフィ)を行
うことによって、乳がんの発見率が視触診だけの場合より4倍程度上がったとの報告
もあります。そして、そのほとんどが早期乳がんです。さらに乳房には、しこりでは
なく硬結と呼ばれる状態もあります。このような場合にも、乳房撮影(マンモグラフィ)
や超音波検査(エコー)を行い、検診の精度を高めます。しこりがない、あるいは触れ
ない乳がんもあるということを、記憶に留めて下さい。また、乳首からの異常な分泌
も、注意が必要です。
このように、乳がん検診では、専門医による視触診と画像診断、つまり乳房撮影
(マンモグラフィ)、超音波検査(エコー)を必要に応じて行い、早期発見に努めておりま
す。
検診を受けやすい環境をつくることも、また大切なことです。乳房健康研究会は、
乳がんを気にしている女性は全体の 13%で、
検診を受けている人は視触診検診で 24%、
乳房撮影(マンモグラフィ) を同時に行う併用検診では 8%と低い受診率を指摘してお
ります。欧米では 80%以上の受診率です。検診を受けない理由として、気になる症状
がない、検診を受ける機会がないことなどをあげている点も検討すべき問題として取
り上げ、乳がんの怖さに対する認識が甘いと分析しております。この対策としては、
乳房撮影(マンモグラフィ)併用乳がん検診の受診率を 30%以上にあげることを目標に、
自治体や職場など検診を計画する側が環境を整える必要性があります。しかし、乳が
ん死を減らすためには、検診の対象となる全ての女性が真剣に自分自身のことと考え
て行動することが是非とも必要です。早期乳がんであれば、90%以上の確率で治るこ
とを心に留めておいてください。また、ごく稀に、男性にも乳がんが見られます。
検診を受けましょう!
乳
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2.乳がんになり易い人
乳がんは、年齢が高くなると発病の危険性が大きくなります。日本人女性の場合、
40 歳台、50 歳台で病気になる人が多くなります。また、女性ホルモンの活発な期間
が長い人(初経が早い、閉経年齢が高い)、未婚、出産数が少ない、初産年齢が高い、
授乳期間が短い、肥満なども危険因子です。閉経後は、女性ホルモンの形成される場
所が卵巣から皮下の脂肪組織に移行するためです。この他に、発がん要因として食物
(35%)、たばこ(30%)、感染症(10%)、アルコール(3%)などの関与があげられております。
肥満に気を付けましょう!
近い血縁に乳がんになった人がいる場合には、乳がん発病の危険性は高くなります。
しかし、血縁に乳がんの人がいない場合でも、発病する可能性のあることはすでに説
明しておりますので、定期的な検診は必要です。また、乳がんになった人は、残され
た乳房に新たに発病する危険性が普通より高く、注意して経過を観察する必要があります。
3・乳がんの診断
視触診検診のしこりや、乳房撮影(マンモグラフィ)の石灰化、しこりの影、超音波検査
(エコー)のしこり、乳首からの異常な分泌がある場合には、乳がんの可能性を考えてさら
に検査が必要となります。癌の診断には、がん細胞の存在を証明することが必要です。
そのために、しこり、石灰化、影などがある部位の細胞や分泌物を細い針で吸引をして
採取し、顕微鏡検査を行います。この細胞検査でも不十分と思われるときには、組織検
査(手術でしこりを取る)が行われます。最近は、非観血的な(血が出ない、痛くない)MRI
による画像診断も、質的診断(癌か、癌でないか)として行われるようになりましたが、ま
だ一般的ではありません。
恐れずに、検査を受けましょう!
4.乳がんの治療
<手術>
乳がんの手術は、すでにギリシャ時代に行われていた記録があり、癌に対するもっと
も古い外科治療です。わが国では、1805年には、世界に先駆けて華岡清洲が全身麻
酔で乳がんの手術をしております。そして現在でも、乳がんの治療は手術が原則です。
しかし、以前に行われていた定型的乳房切除術や拡大乳房切除術(乳房切除、両胸筋切
除、付属リンパ腺郭清)は、今日ではほとんど行われなくなっております。欧米で行われ
た種々の臨床研究の結果から、拡大手術の意義が否定されたためです。それに代わりわ
が国でも、胸筋温存乳房切除術(乳房は切除、胸筋は残す、リンパ腺郭清)や、適応を選ん
で乳房温存療法(しこりだけを切除)が行われております。次第に縮小手術の方向に動いて
おります。これほど治療方法や手術方法が変遷した疾患は、他にありません。乳がん手
術においても、QOL(手術後の生活の質、満足度)の重要性が唱えられております。
最近、厚生労働省の研究班は、初期段階のがんでしこりを切除し、乳腺を残す乳房温
存療法の生存率は、乳房全体を切除する手術と同等であると評価しました。
また、乳房温存療法が困難と考えられた場合に、手術前に抗がん剤を使用してがんが
縮小すると、乳房温存療法を行える可能性が高くなることを認めました。このような考
えに基づいて平成 15 年 10 月から、乳房を切らずに抗がん剤と放射線で乳がんを治す臨
床研究が国立がんセンターを中心に始まります。
<化学療法 内分泌療法 放射線療法>
乳がんは、早いうちからリンパ節や離れた場所に転移しやすく、全身病であるとの考
え方があります。手術は局所治療ですので、多くの場合、手術後に化学療法(抗がん剤 主
として注射)、内分泌療法(主として飲み薬)、放射線療法などが行われます。乳がんに対
する抗がん剤(化学療法)は、かつての単剤高用量療法(ひとつの薬を多く)から他剤併用療
法(複数の薬を組み合わせる)へと見直され、さらに同時投与法(いっしょに使う)から逐次
投与(順番に使う)へと変わり、治療成績が向上しました。乳がんの多くは、女性ホルモン
に影響をうけることがあり、内分泌療法も有効な治療手段となっております。
乳がんは、放射線治療が他の癌に比べて有効です。そして放射線治療には、いくつか
の目的があります。それらは、乳房温存療法に対する残存乳房への照射、進行乳がんに
対する照射、術後の局所再発に対する照射、乳房切除後の予防照射、骨などの転移巣に
対する照射などです。
<手術後のこと>
これまで述べたように、乳がんには、いろいろな治療手段がありますが、手術後も長
期間の経過観察が必要です。乳がん検診に準じて術直後は 3 ヶ月ごと、2 年以後は 6 ヶ
月ごと、5 年以後は 1 年ごとに 10 年間まで経過を観察します。検査内容は、血液生化学、
腫瘍マーカ(がん細胞によって造られる血液中の物質)、胸部レントゲン検査、骨シンチグ
ラフィ(骨に転移があるかを調べる)などを必要に応じて行います。手術を受けていない側
の乳房も検査することは、言うまでもありません。そして、乳がん以外の検診を受ける
ことも、非常に大切であることを強調したいと思います。