会社分割に伴う借地権の無断譲渡

平成 24 年 9 月 20 日
会社分割に伴う借地権の無断譲渡
ファイナンシャルプランナー
不動産コンサルタント
伊藤英昭
ビジネス会計人クラブ会員の伊藤英昭と申します。日頃は BAC 事務局はじめ会員の皆様に
は大変お世話になっております。
本日は、私が最近実務で取り扱った「会社分割に伴う借地権の譲渡」の事案について気づ
いた点をレポートいたします。企業再編に関わるコンサルタント、税理士、会計士、法律
家の方々にご一読いただければ幸いです。
事案の内容をご説明申し上げますと、弊社お客様所有の土地を賃借している法人(借地人)
が地主に無断で「会社分割」を原因とし、借地上の建物の所有権の移転をしておりました。
状況把握するために借地人に説明を求めたところ、しばらくたって顧問税理士を伴い事情
説明に来ました。担当税理士は「銀行に指導され、資産保全の為に会社分割を行った。支
配権その他実態は変わらない」と胸を張って説明しました。要するに実態は変わらないの
で無断譲渡ではないとの主張です。
いずれにしても理由はともあれ地主に無断でこのような取引をすることは賃貸借の基本で
ある信頼関係の観点から問題といわざるをえません。
賃貸借契約は債権、要するに人と人との約束事ですから、相手が誰であるか、ということ
が重要であり、相手方との信頼関係のもと成り立っています。したがって借地借家法では
勝手に相手方である借主が変更されては困るので賃借権の譲渡は必ず地主の承諾が必要と
なっているのです。
本件は借地権の無断譲渡に該当するのかが問題となるわけですが、賃貸借契約の基本を考
えますと、確かに相手方が実質的に変わらなければ(連続性が保たれれば)譲渡には該当
しないという解釈が成立すると考えられます。(個人の相続等がこれに該当すると思いま
す)会社の場合、実質支配権、すなわち株主が変更されなければ商号変更や役員変更があ
ったとしても意思決定機能は変更ありませんので、実質的には変更ないとも解されます。
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会社分割に伴う賃借権の譲渡について、東京地裁平成 10 年 2 月 23 日の裁判例によると「会
社分割の当事者間は密接な関係があることが多いことから実質的には賃借人の変更がない
との考えもあるが、たとえ密接な関係があるにしても別法人に変わりがないことから賃借
権の移転があったと認められる。したがって賃貸人の承諾なくして分割範囲に賃借物件を
含む会社分割を行った場合、賃貸借契約の解除を主張することができる」とのことです。
なお、本裁判例では、その他、信頼関係を破壊するような特別な事情は認められないため、
借地権の解除までは認められなかったようです。
この裁判例から考えますと、今回の事案もこれに該当しますので当然「無断譲渡」という
ことになりますが、実務はそこから互いの合意点をどこに持っていくかということが問題
です。私の事案も今回の無断移転以外は地代の遅延も無く、賃借物の利用形態が変更され
たような特別な事情がありませんので、借地契約の解除は現実的ではないと思いますし、
地主もそこまでする気はありません。しかし一連の相手方の対応から信頼関係にはヒビが
入っており、最終的には承諾する代わりに承諾料という方法が現実的なのかもしれません。
法律論は前述のとおりですが、現実問題として、借地人の軽率な行動により、地主との信
頼関係にヒビが入り、その結果、借地人自身の財産価値を大きく毀損することになったの
は事実です。先に述べましたとおり借地関係は互いの信頼関係がもととなっています。一
般的に所有権の 6 割 7 割といわれている借地権の理論上の財産価値はその信頼関係をもと
に成り立っているといっても過言ではないのです。
借地権は非常に強固な権利である(法律で護られている)と解されている方も多いと思い
ます。確かに、ある側面では護られているといえるでしょう。しかし、借地権を第三者に
相応の価格で売買する場合や、借地上の建物を建て替える場合、地主の承諾は必ず必要に
なることを忘れてはいけません。この譲渡、建替えの承諾は当然、信頼関係をもとになさ
れるのであり、信頼関係がなければ承諾が得られない場合も往々にしてあるのです。その
ように地主の承諾が得られない借地権は取引実務上、瑕疵のある物件として机上の借地権
評価の半値八掛け、あるいは、それ以下の財産価値となってしまいます。
(借地非訟により
裁判所の許可を取得すれば問題ないという考えもありますが、これは取引実務実態を知ら
ない机上の考えです。今後長きに渡り賃貸借関係を築かなければいけない相手方である地
主と紛争状態にある不動産を購入する人は不動産デフレの現在殆どいないのが実情です。
)
本件の本来あるべき姿は「事情があって会社分割をすることとなった。建物の名義は関係
会社に移転するが、実態は変わらないので承諾して欲しい」と事前に相談があればスムー
ズに承諾を取得できたと推測できる事案です。本件の一番の問題は、取引の順番を間違っ
た、ボタンを掛け違えたことにあります。順番を間違った、筋を通さなかったことによっ
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て結果的に自分の財産価値を大きく目減りさせてしまったのです。
中小法人の会社分割は主に不動産などの資産保全の一環でなされることが多いと思います。
このような企業再編は当人というよりコンサルタントや税理士、会計士などの専門家の提
案により実行されることが殆どだと思います。とすると、このように借地権を含む会社分
割をする場合、金融機関や取引先の債権者だけでなく、地主にも事前に承諾を得てから実
行をしなければ、財産を保全したつもりが、地主の承諾を得なかったために逆に財産の価
値を毀損してしまうことになりかねません。このようなケースでは会社分割を主導したコ
ンサルタントが損害賠償請求されるということも往々にして考えられますし、何より紛争
に巻き込まれることによる時間とエネルギー、ストレスを考えますと、コンサルタントは
細心の注意が必要ということがいえるかと思います。
また、会社分割に限らず合併についても同様の問題が考えられます。特に商号の変更を伴
わず株式の譲渡をした場合、実質的な支配権は変わるにも関わらず、表面上は何もわかり
ません。実質的には賃借権の譲渡にも関わらず、客観的には実態がつかめないため、云わ
ば脱法的に借地権の譲渡が可能となってしまいます。また、特に中小企業の株主が誰かと
いうことは確定申告書の別表を確認する以外に有効な方法がありません。これについても
公な証明ではありませんから、うがった見方をすれば如何様にでも偽造できるわけです。
できることなら今後は商業登記簿に株主を記載するなどの何らかの整備が求められるとこ
ろです。
中小企業の承継問題も含め、企業再編の波は今後更に大きく、複雑になっていくと思われ
ます。したがって前述しましたように企業再編を提案、実行するコンサルタントは本件の
ように細かい部分にまで注意を払い実行することが求められると思います。
私も本事案を反面教師として細心の注意を払い実務に取り組まねばならないと改めて感じ
た次第です。
以上、不動産実務家の観点から会社分割に伴う借地権の譲渡についてレポートさせていた
だきました。不動産実務について何かございましたらお気軽にお声がけいただけましたら
幸甚です。今後ともよろしくお願いします。
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