みーんな仲良くしましょうね? あなたは、私たちが皆ほんの小さな子供

みーんな仲良くしましょうね?
あなたは、私たちが皆ほんの小さな子供だった頃のことを覚えていますか?えぇ、私は覚えています。
そして、先生方が「みーんなと仲良くしましょうね。」と言っていたことも。もちろん、皆無邪気な子
供であったので、私たちは異口同音にこう応えたのです。「はい、先生!!」しかし、今になって考え
てみると、その先生方が私たちにしろと言った事は正しくなかったのだ、と感じるのです。
私が家族と共にイギリスに移り住んだとき、私はまだ 10 歳でした。周りの友達はもう先生に言われ
たことを信じてもおらず、またそれに従ってもいなかったのですが、私はまだ信じていました。私は、
周りにいる人とは全員、一人残らず、仲良しにならなければならないと思っていたのです。
ですが、イギリスでの最初の数ヶ月は私にとってそれどころの騒ぎでは無かったのです。アルファベ
ットの ABC さえ知らなかったので、学校での日々を生き抜くだけで必死でした。その状況下で、一体
私にどうやって周りの人全員に気を配れというのでしょう。しかも、私自身あまり馬が合わないと感じ
た人にまでも。
これに対し私の出した答えは、そのような人たちと極力関わりを持たないようにするという事です。
何も相手が嫌がるようなことをするわけではありません。が、その人たちに特別優しくしたりもしない
のです。この答えは先生が言っていたことに反しましたが、我ながら良く出来た、人と付き合っていく
方法でした。私も、その人たちも、お互いに気まずい思いをする必要がなかったのですから。
そうしているうちに、イギリスでの生活を始めてから 1 年がたちました。私の妹がちょっとした−い
え、実際には結構大きな−友達の間のいざこざに巻き込まれました。それは、彼女の友達が 2 つのグル
ープに別れ、しょっちゅう衝突を繰り返すというパターンでした。私たちは皆知っているように、女の
子の戦いは執拗で、とても怖いものです。最終的には、校長先生までもが出てきて、その戦いに終止符
を打つことになりました。
私がこの話を妹から聞いたとき、この校長先生がこの喧嘩を終わらせるために、どのような処置をし
たのかを想像しようとしました。大抵、先生のすることは皆同じです。まず最初に、両者ともの生徒を
お互いに謝らせます。お次に、握手をさせます。そして最後に、先生はこういいます。二人は和解した
ので「再び」良い友達になるでしょう、と。この二人が、いい友達であったことが一回も無かったとし
ても。
私の予想はどうあれ、この校長先生のしたことは正反対でした。彼は、彼女たちにこう言ったのです。
「あなた達が、どうしても好きになれない人がいても全く問題はありません。その代わり、その場合に
は、お互いにちょっかいを出したりして、無関係の人たちに迷惑をかけないこと。ただ、お互いに離れ
ていなさい。
」
私はこれを聞いたとき、とても驚きました。とくに、校長先生の口からでた言葉だったなんて!しか
し、私の中では何故か納得していました。イギリスでの嵐のような学校生活の中で、きっと私は「人間、
周りの人全員と上手くやっていくことがいつも出来るわけではない」という事を学んでいたのでしょう。
この事実はあまり快い物ではない、という事は理解しています。理想を言えば、私達は周りの人全員
いい人だ、と言いたいのです。私たちは、あの人は嫌いだ、なんて言いたくもありません。しかし現実
的には、人間は皆人それぞれ違うので、大抵の場合、馬の合わない人が何人か出来るのは避けられない
のです。
日本では最近「個性」という言葉が頻繁に使われ、人それぞれの違いの大切さについて話したがりま
す。それでいてまだ、全員が全員と仲良くしなければならない、と言うのです。
人々が言う、この 2 つの事には矛盾が生じます。人との違いを大切にすることと、全員と絶対に仲良
くすること、です。前に述べたように、もし私たちがそれぞれに違っているのならば、一人残らず全員
に対して好感をもつというのは、必ずしも可能ではありません。私たちは今、この事実に気づき、そし
て受け入れなければならないのです。もし、私たちが心の底から個人の個性を尊重するのであれば、子
供たちにプレッシャーをかける事を止めなければいけません。「みーんな仲良くしましょうね?」と、
こう言って。
そうしたら、今から数十年後に、思い出すことでしょう。私たちが、必死で周りの人たち全員に気に
入られようと、神経をすり減らして暮らしていた日々を。そしてその日々を、笑いとともに、こう呼べ
るときがくるのかも知れません―「古きよき日々」と。