仮想環境「セカンドライフ」を取り入れた実践報告とその応用の可能性 A

仮想環境「セカンドライフ」を取り入れた実践報告とその応用の可能性
A CASE STUDY OF USING THE VIRTUAL ENVIRONMENT, SECOND LIFE, IN A JAPANESE LANGUAGE CLASSROOM AND ITS POSSIBLE APPLICATION FOR FOREIGN LANGUAGE EDUCATION 松井 久恵
プリンストン大学
Hisae Matsui, Princeton University
1.はじめに
昨今の目覚しいテクノロジーの進歩により外国語教育における CALL
(Computer-Assisted Language Learning)もコンピュータ上のドリル教材や CDROM を使った自主学習の補助だけではなく、学習者同士が互いに学びあう知識
構成の場を提供する手段としてその活用の幅が大幅に広がった。知識構成の場と
してインターネットを利用した様々なコミュニケーションツールが使われており、
比較的広く使われているのはテキスト・チャットやボイス・チャットであるが、
本稿では特にインターネットの仮想環境上での学習者同士のコミュニケーション
を可能にするアメリカ、リンデンラボ社の運営する「セカンドライフ」を取り上
げる。このセカンドライフでは、従来のテキスト・チャットやボイス・チャット
だけでは難しかった学習者同士のコミュニケーションの場の共有を擬似的に可能
にし、また既成の様々な環境を訪れることが出来るだけではなく、ユーザーによ
って必要な環境を作ることも出来、シミュレーションの場としての利用が可能で
ある。
ここでは上級日本語クラスでのセカンドライフを使った「ロール・プレー」と
「スモール・トーク」の二つの授業外活動の実践報告を中心に、学生同士のセカ
ンドライフ内でのボイス・チャットを通してのコミュニケーションにおける利点
や問題点、また様々なレベルのクラスにおけるセカンドライフの応用の可能性を
論じ日本語教育への応用提言を行う。
2.コンピュータの語学教育の場での利用
コンピュータは、今や私達の生活に欠かせないものとなりつつあるが、語学教
育の場も例外ではない。コンピュータを使用した外国語学習は CALL
(Computer-Assisted Language Learning)とよばれ今まで様々な実践が行われてき
ている。CALL に関する研究も数多く行われており、CALL 実践が増えるととも
に重要性が明らかになりつつあるが、CALL の概念自体が非常に広く、CALL に
ついて議論するためには、CALL 実践を特徴に注目して分類し概観することが必
要となってくる。今まで、様々な分類がなされてきているが、学習者とコンピュ
ータとの関わりという点から見ると、学習者対コンピュータ、そしてコンピュー
タを介して学習者対学習者の二つに分けられる。学習者対コンピュータは個別学
習型とも言え、利点として学生が自分のペースで学習を進めることができる事や、
反復練習が必要な分野などには効果が上がる点が挙げられる。一方、人工知能が
まだ発達途上である今、コンピュータからの反応はあらかじめプログラムされた
196
ものに限られ、学習者の様々な回答に答えられるだけの柔軟性を持ち合わせてい
ないという欠点もある。
この個別学習型に対してコンピュータを学習者同士の交渉を仲介する、交流型と
もいえるこの活用方法が昨今のインターネットの普及によって増えてきている。
学習者はコンピュータを介して他の学習者と交渉し、コンピュータは学習者の発
話を訂正したり修正したりはせず、あくまでも学習者の伝えたい事を伝える道具
としての位置付けを保つ。そのためコンピュータ相手のやりとりと比べると、よ
り柔軟なコミュニケーション様式が可能になり、学習者がお互いの交渉の中から
学ぶという社会構成主義に則った学習形式を可能にするという利点や、ネイティ
ブ・スピーカーと直接交流することによって学習効果を高めることが出来るのが
利点だといえる。その一方、個別学習型の場合のように学習者の誤りが必ずしも
訂正されるとは限らず、学習活動の種類や内容などについての十分な検討が必要
とされる。
3.コンピュータを介してのコミュニケーション(CMC)の種類
コンピュータを介しての人間同士のコミュニケーションは一般に Computer
Mediated Communication (CMC)と呼ばれる。CMC は大きくわけて Asynchronous
communication と Synchronous communication に分けられる。
Asynchronous communication では情報の送り手と受け手は情報授受の時間と場
所を異にする。そのため、メッセージの受け手は自分の都合の良い時にメッセー
ジを受けられ、また返答する時も相手の都合を考えずに送る事ができる。
Asynchronous communication の例としては手紙が挙げられ、CMC では電子メール
やウェブ上の掲示板が挙げられる。それに対し、Synchronous communication では、
場所は共有しないものの、時間は共有する。そのため、対面の時の様に、会話の
キャッチボールが可能になる。このコミュニケーション・スタイルの身近な例と
して、電話での会話が挙げられ、CMC ではテキスト・チャットやボイス・チャ
ットが挙げられる。
これらのSynchronous CMCでは基本的にユーザー同士は場所を共有しないが、
仮想的に場所を共有できるのがMMO (Massively Multiplayer Online game)つまり、
大規模多人数参加型オンラインゲームである。このMMOでは「2Dまたは3Dの
グラフィックで表現されたバーチャルな世界の中で、プレーヤーは自分のキャラ
クター(アバター)でほかの大勢のプレーヤーと関わり合いながら活動」(藤本
2007)ができる。MMOの例として「World of Warcraft」(米Blizzard
Entertainment社)や「EverQuest」(米Sony Online Entertainment社)が広く知られ
ている。
4.「セカンドライフ」
4-1「セカンドライフ」とは?
「セカンドライフ」とはアメリカ、リンデンラボ社が開発し、2003 年から運営
されている社会生活シミュレーション MMO であるが、「World of Warcraft」な
どの他の多くの MMO が一般的なゲームと同様に何らかのゴールを持っているの
197
に対し、このセカンドライフではゲーム的なゴールは設定されていないという点
から MMO の中でも異質であると言える。セカンドライフではユーザーはその名
が表すようにリアルライフを再現した まさに Second(第二の)人生を疑似体験
することが出来る。ユーザーは自分の興味や関心に基づき自由に活動出来、また
それに基づいたコミュニティーも数多く構成されている。
4-2. セカンドライフの基本情報
セカンドライフへの道はまずアカウント作りから始まる。セカンドライフのウ
ェブサイトでアカウントを作ると共に、セカンドライフ内で自分の分身となる
「アバター」を作る。アバターはリンデンラボ社があらかじめ準備しているもの
から選ぶ事が出来、そのアバターもユーザー自身がセカンドライフ内で、服装は
もちろんの事、目の大きさ、肌の色などの細部に亘るまで随時変更が出来る。
セカンドライフは Web-based であるが、実際に使うにはインターネットの接続
が必要であるのに加え、ユーザーが使うコンピュータにセカンドライフのウェブ
サイトから無料でダウンロード出来るプログラムがインストールされていなけれ
ばならない。
セカンドライフ内に入り、他のユーザーが作った環境を訪れたり、他のユーザ
ーと交流するのは無料であるものの、自分で建物を建てたり、何かを作ろうとす
ると、自分の土地を持つ必要がある。土地を持つにはリンデン社から買うか、他
のユーザーの持っている土地を借りるという方法があるが、いずれにせよ有料で
ある。
現実社会の擬似社会であるセカンドライフでは、また現実社会のように独自の
貨幣制度を持つ。ユーザーはセカンドライフ内での売買や現実社会での仕事に近
い「キャンプ」や、現実社会の米ドルや日本円などの通貨を両替する事により、
セカンドライフ内の通貨、「リンデンドル」(1 米ドル=約 270 リンデンドル)
を手に入れることが出来る。この「リンデンドル」を使い、ユーザーは服飾品や
家具などを他のユーザーから購入する事ができる。
4-3.セカンドライフ内でのコミュニケーション
セカンドライフ内でのユーザー同士のコミュニケーションの主な手段はテキス
ト・チャットとボイス・チャットの二つである。テキスト・チャットでもボイス・
チャットでも発言をすれば、その周りのユーザー達に聞こえるが、特定の個人に
だけに Instant Message (IM)を送る事も可能である。IM はテキスト形式のみで、
ボイス形式の IM は現段階ではない。ボイス・チャットでは発言者の頭上にある
緑の小さいボールから出る音波のようなアニメーションで誰が発言しているか表
す事が出来る。リンデン社からダウンロード出来るプログラムでは発言者のアバ
ターの唇は動かず、多少不自然であるが、「Second Life Lipsync Viewer」という
ビューワーをインストールする事により、ボイス・チャット時にアバターの唇を
動かす事も可能である。
4-4.セカンドライフの特徴
198
セカンドライフのユニークな特徴の一つとして、ユーザーが自由に建物、服飾、
アバターの動きを決めるスクリプトなどを自由に創作する事が出来る事が挙げら
れる。これはつまり、他の多くの MMO ではプログラムの製作者がこのようなマ
テリアルを提供し、その数に限りがあるのに対し、ユーザーが創作者になること
で、マテリアルの数やその可能性も無限に広がるという事になる。また、モノ作
りは少しハードルが高いというセカンドライフ初心者でも、先程紹介したリンデ
ンドルを使い、他のユーザーが作った物を買うことによってこれらの創作物を手
に入れることが出来る。
5.セカンドライフを外国語教育の場で使う意義の考察
次にこのセカンドライフを外国語教育の場で使う事の意義を考えてみたい。本
稿を書いている現在、セカンドライフを使っての外国語教育の統計的な研究結果
は見られないため、確立された意義を述べることは出来ないが、以下、既存の研
究結果からセカンドライフを利用した際の意義を考察する。
5-1.遠隔教育
昨今の大学では、高校を卒業したばかりの大学生だけではなく、高校卒業や大
学の課程の途中で一度社会に出た後、キャリアアップの為に、また生涯教育とし
て改めて大学で勉強しようとする学生が増加してきている。このような学生は時
間的にも、地理的にも拘束される事が多く、そのためオンラインで授業を開講す
る大学も増加の一途を辿っている。現行の オンライン・ベースのクラスでは、
掲示板や Wiki などの Asynchronous CMC で学習者同士が意見を交換する事が多
く行われているが、この仮想環境を使用することにより、従来の外国語のクラス
で行われている対面での練習に近づける事が可能ではないだろうか。また、スペ
イン語などに比べて日本語のようなあまり教えられていない言語のクラスのない
学校においても、仮想環境を使うことにより、日本語の授業を開講する可能性も
開けてくる。
5-2.シミュレーション
セカンドライフではユーザーが環境やアバター・シェルを作り出す事が可能で
あるので、学習者はクラスでは実現しにくい環境や社会的役割や地位を疑似体験
することが可能になる。また、現実社会でどれほど離れていても、時間さえ共有
していれば、仮想環境で「会う」事が出来る為、日本にいるネイティブ・スピー
カーと擬似的にではあるが、「会って」話す事が出来る。
5-3.心理的要因
i)匿名性
セカンドライフでは、自分の分身、アバターを使って他のユーザーと交渉する
が、ユーザーは好きなようにその容姿を変えられ、アバターの名前もユーザーが
決められる。従って、テキスト・チャットでは自分が誰か名乗らない限り匿名性
を守ったまま会話を続けることが出来る。また、ボイス・チャットでも相手が自
分の声を知らない場合、この匿名性は守られる。Bump (1990)によると、CMC で
199
の学習者同士の発話回数を分析すると、その匿名性によりクラスでは発言の少な
い消極的な学生の発話量が望めるとの結果が出ており、グループ・ディスカッシ
ョンなどで、このような学生の積極的な参加を促す事が可能になるのではないだ
ろうか。ただし、クラスが小さくてクラスメート全員の声と名前が一致している
場合にボイス・チャットを使うと、誰と話しているのか分かるので、この匿名性
はなくなってしまう。
ii)モチベーション
子供の時からビデオゲームに親しみを持つ若者が増えつつある今(藤本
2007)、クラスを離れ、仮想現実上でのシミュレーションはビデオゲーム世代の
学生は特に楽しみながら取り組め、そのことで学習に対するモチベーションが上
がることが期待できるのではないだろうか。
また、セカンドライフ上で、ネイティブ・スピーカーと話す機会が持てれば、
ネイティブ・スピーカーと話す事で、文化に対する興味が増し、それに伴い、習
得言語に対する興味も増す(Saito & Ishizuka, 2005)という効果が期待できるかもし
れない。
iii) 一体感
仮想環境上でユーザー達は「Telepresence」と呼ばれる、まるでその環境にい
るような感覚を覚え(Schroeder 2002)、他のユーザーと一体感を持つ(Gerhard,
Moore & Hobbs, 2004)。 このことから従来のチャットのみの交渉と比べると、
より対面での会話に近い形で会話が出来ると予想される。
5-4.学習者のコンピュータ・リタラシーの育成
昨今、社会、経済、文化のグローバル化の波を受け、サイバースペース・コミ
ュニケーションが世界の情報交換の主流となりつつある。そのため学習者も基本
的なコンピュータの操作法はもちろんの事、多様なサイバースペース・コミュニ
ケーションの形態に慣れておく必要があるのではないだろうか。
6.今回のプロジェクトについて
今回のプロジェクトの参加者は日本語学習暦が一年半から三年のプリンストン
大学の三年生(六学期目)九人で 2008 年の春学期に行われた。参加者はクラス
外での課題として与えられた、「スモール・トーク」と「ロール・プレー」をセカ
ンドライフ内で行った。参加者は日本語テーブルなどで対面形式で課題を終える
選択も与えられており、セカンドライフでの参加は任意であった。
6-1.課題の種類
それぞれ2~3週間に一度、クラス外で課題として行われた。
スモール・トーク
参加者は3~4人の小グループで、授業で取り上げられたトピック (例えば教
育や結婚)や課題として課外で見た日本のドラマについて自由に話し合う。教師
200
は会話が始まるまでは同席するが、一旦会話が始まるとその場を去り、参加者同
士の会話になるようにした。
ロール・プレー
授業で新しく導入された会話表現を使えるような状況を設定し、参加者は与え
られた役になり、与えられた課題を遂行したり、問題を解決したりする。状況や
課題が書かれたロール・カードはセカンドライフ内で教師から渡されるため、参
加者は前もって状況を設定しての練習は出来ない。
6-2.教師の役割
教師は基本的に学習活動に参加せず、参加者のやり取りを「カメラ・ビュー」
を操作しながら参加者が見えない所から観察した。技術的な問題が発生した時は
その問題解決の為に参加者に指示を促した。
6-3.評価
参加者は終了後に会話中に気付いた事、問題になった事、言えなかった事など
を書いた会話レポートを課題毎に提出し、教師はそれに対するフィードバックや、
会話を観察していて目立った問題についての指摘を書き、返却した。この活動は
練習として位置付けていた為、発話の正確さやタスクの達成度による評価は行わ
なかった。
7.今回のプロジェクトの為に準備した物
7-1.環境
プリンストン大学所有の「島(SIM)」の一部に本学の Educational Technologies
Center(ETC)の協力の下、「スモール・トーク」、「ロール・プレー」両方の活
動の場として、いくつかの建物を作成した。「スモール・トーク」の為には参加
者がお互い向き合って話が出来るよう椅子や座布団の向きを調整し設置し、また
「ロール・プレー」の為には頻繁に使われた状況のオフィスとレストランを作成
した。このプロジェクトの為に作成した建物は以下の通り。
‡オフィス(ETC 作成)
‡日本の家(松井が作成したものと他のユーザーから購入したもの)
‡すし屋 (他のユーザーから購入)
図1
201
建物
7-2.アバター・シェル
このアバター・シェル(図2)はロール・プレーの際に参加者が与えられた役
により近くなれるように ETC によって作られたいわば衣装のようなものである。
参加者はまずこのアバター・シェルを無料で「購入」し、自分の Inventory に入れ
ておき、必要に応じてそのシェルを着ることにより与えられた役になった(図
3)。
作られたシェルは以下の通り。
>男性アバター
‡50 代(部長)、30 代(取引先の人)、20 代(部下)
>女性アバター
‡50 代(部長)、30 代(取引先の人)、20 代(部下)
図2
アバター・シェル
202
図3
アバター・シェルを着る過程
7-3.ジェスチャー
セカンドライフにはあらかじめジェスチャーが含まれているが、それらのジェ
スチャーは一般的で、日本固有の日本人によく使われるものは含まれていない。
より自然な会話にはそのようなジェスチャーがあった方がよいのではないかと考
え、日本人のジェスチャーを ETC の協力の下、HUD として作成した(図 4)。
ジェスチャーは男性・女性共通のもの、男性のみのもの、そして女性のみのもの
が作られ、参加者は、HUD を着ることによって現れる画面上のアイコンをマウ
スでクリックする事によってアバターにジェスチャーをさせることが出来る。
図4
ジェスチャーHUD
8.参加者の反応
全ての課題終了後、参加者のセカンドライフを利用しての会話練習に対する感
想を知るためにスケーリングと記述式のアンケート調査を行った。アンケートは
無記名で行われ、有効回答数は 8 であった。
8-1.参加者の心理的状態
まず、セカンドライフでの会話練習と授業での会話練習を比べてどう感じたか
スケーリングを使って参加者自身の心理状態を比較させた。縦軸が回答人数を表
し、横軸がスケーリングの度数を表す。図 5 と 6 で表された結果を見ると、若干
セカンドライフを利用した方が、リラックスでき、おもしろかったという傾向が
見られるが、サンプル数が少ないため、統計的に断言できない。
203
図5 緊張-リラックス
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
図6
つまらない-おもしろい
5
4
3
セカンドライフ
授業内
2
1
1
2
3
4
0
5
1
緊張← →リラックス
2
3
4
5
つまらない← →おもしろい
8-2.発言に対する注意
クラスメートが言う事に注意を払ったかという問いに対し下の図 7 の結果のよ
うにセカンドライフ内で、より注意が払われる傾向があったことが分かる。これ
は、ボイス・チャットにおいては対面での会話に比べ、Nonverbal cue が少ない
ため聞き手はより話し手の言う事に注意を向けるのではないかと思われるが、こ
れを裏付けるためには更なる研究が必要であろう。
図7 クラスメートが言う事に注意を払ったか。
5
4.5
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
セカンドライフ
授業内
1
2
Less<-
3
4
5
->More
8-3.アバターの役割
ロール・プレーにおいてセカンドライフを利用する事の大きな利点として、学
習者が視覚的に近い形で与えられた役になれることが推測されたが、調査の結果
(図 8、9)、アバター・シェルを使うことにより、自分や相手の役割、特に社
会的地位を認識しやすいと感じる傾向があったことが分かる。
204
図8 ロール・プレーで自分とクラスメートの
役割を認識することは・・・
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
1
2
3
Difficult<-
4
5
図9 ロール・プレーで自分とクラスメートの
社会的地位を認識することは・・・
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
セカンドライフ
授業内
1
2
Difficult<-
->Easy
3
4
5
->Easy
8-4.アバターと参加者自身の関係
次に、参加者がどれだけアバターを自分の分身とみなしていたかを見ていきた
い。まず、人間が現実社会で感じるような対人距離の感覚(特に排他域の感覚
(松原他 2003))を参加者がセカンドライフ内でアバターを通して感じるか調
べてみた。セカンドライフで他のクラスメートのアバターが自分のアバターに近
すぎる時、居心地が悪かったかという問いに対しては 70%余りの参加者が反対
であった(図 10)。この結果は参加者が一定の距離を保ちながら会話をしてお
り、時折近付き過ぎると瞬時に離れた例がいくつも観察された事実から考えても
意外であったが、セカンドライフのアバターと自分自身との心理的距離があった
ためと考えられる。
図10 セカンドライフで他のクラスメートのアバターが自分のアバターに
近すぎる時、居心地が悪かった
Strongly
Agree Agree
14% 0%
Neutral
14%
Strongly
Disagree
29%
Disagree
43%
また、セカンドライフで他のクラスメートのアバターが自分のアバターを見て
いない時、違和感があったかという問い(図 11)とセカンドライフで他のクラ
スメートのアバターの口が動いていないのに違和感があったかというという問い
205
(図 12)両方に対して、参加者全員が違和感がなかったと答えていた事から、
一人称視点ではなく自分のアバターから離れた三人称視点からセカンドライフに
参加していたのではないかと思われる。
図 11 セカンドライフで他のクラスメートのアバター 図 12 セカンドライフで他のクラスメ
が自分のアバターを見ていない時、違和感があった。 ートのアバターの口が動いていないのに
違和感があった。
Agree
Neutral 0%
0%
Strongly
Agree
0%
Disagree
29%
StronglyAgree
Agree 0%
0%
Neutral
0%
Disagree
38%
Strongly
Disagree
62%
Strongly
Disagree
71%
8-5.Telepresence
セカンドライフで自分が他のクラスメートと同じ場所にいるような気がしたか
という問いに対しては 70%強の参加者が賛成しており(図 13)、参加者たちが
セカンドライフで Telepresence (Schroeder 2002)を感じていたことが分かる。
図 13 セカンドライフで自分が他のクラスメートと同じ場所にいるような気がした。
Disagree
13%
Neutral
13%
Agree
74%
また、セカンドライフで家やレストランや会社などの環境にいると本当に自分
がその環境にいるような気がしたかという問いには「強く賛成」を含め、50%の
参加者が賛成していたものの、どちらでもないが 37%を占めた(図 14)。これ
は屋根のないオフィスが野原の真ん中にあるなどという現実味に欠ける環境があ
ったためかもしれない。
206
今回のプロジェクトは試験的なものであったため、学期が進むにつれ、次々に
建物を増やしていく形をとったが、次回のプロジェクトに向けてもう少し整備さ
れた現実味のある環境作りをしていきたいと思う。
図 14 セカンドライフで家やレストランや会社などの環境
にいると本当に自分がその環境にいるような気がした。
Strongly
Agree
13%
Disagree
13%
Neutral
37%
Agree
37%
8-6.セカンドライフでの会話
今回は参加者の談話分析は行わなかった為、実際に参加者の発話が言語学的立
場から自然だったかどうかは言えないが、参加者の主観的な感想を聞いてみた。
セカンドライフでの二人の会話は自然だったと思うかという問いに対して 50%
の参加者が賛成した(図 15)のに対し、三人以上のグループでの会話は自然だ
ったと思うかという問いに対しては 74%の参加者が賛成していた(図 16)。こ
れは通常「ロール・プレー」は二人で、「スモール・トーク」は三人から四人で
行っていた事からこの結果が学習活動の性質によるものなのか、人数によるもの
なのか判断できないが、少なくとも小グループでの会話は多くの参加者にとって
自然と受け止められていたようである。3 人以上のテキスト・チャットでは談話
の断絶や話題の逆行が多く見られ、談話としては不自然な事が多い事(Doughty
& Long, 2003)を考慮すれば、セカンドライフのボイス・チャットは小グループ
のディスカッションに向いていると言えるのではないだろうか。
図 15
二人の会話は自然だった。
Strongly
Agree
0%
Strongly
Disagree
0%
Agree
50%
図 16
三人以上のグループでの会話は自然だった。
Strongly
Agree
0%
Disagree
25%
Strongly
Disagree
0%
Disagree
13%
Neutral
13%
Neutral
25%
Agree
74%
207
8-7. セカンドライフを利用する事の利点、改善が必要な点
次に参加者のセカンドライフを利用しての練習で良かったと思った点、改善が
必要だと思った点を見ていきたい。
>セカンドライフでの練習で良かった点
‡Avatar を見るのが楽しかった。
‡Interesting practice
‡Background setting and clothing
‡very relaxed.
‡very convenient.
‡It was fun to be at different places (as in the Japanese rooms.)
‡It seems more real because you can see each other’s avatar and their “existence.”
‡It adds reality to practice and makes practice fun.
‡Role Play/Small talk went well because I had time to prepare before the meeting time.
In class, we often switch to role-play in the middle of class.
セカンドライフの目新しさを楽しむ意見も見られる中、仮想環境利用ならでは
の利点を評価する意見も見られた。
>セカンドライフでの練習で変えたほうがいい点
‡It is very inconvenient to have technical problems so often.
‡Sound system.
‡The sound quality and the awkward silences.
‡The program was hard for my computer to handle.
‡It would have been better if someone had to lead discussions during Small Talk.
‡There can be more specific suggestions/genres on what to talk about for Small Talk.
一方、改善が必要な点として多くの参加者が挙げたのが技術面、特に音声での
問題である。技術面での問題があったかという問いに対し、実に 87%の参加者
が問題があったと答え、その問題の内訳は以下の通りである。
図 17 技術面での問題の内訳
途中でコン
自分のアバ
ピュータが
ターを自由
クラッシュし
に動かせな
た
い(コン
18%
ピュータの
(問題
6%
自分のアバ
ターを自由
に動かせな
い(操作の
(問題
12%
208
画面が見え
ない
6%
音が聞こえ
ない
24%
自分の声が
相手に聞こ
えない
34%
破線で囲った部分が示すように約 60%の問題が音声に関することであること
から、音声面での問題の原因究明、また問題が起こった時に為のトラブル・シュ
ーティングの準備が不可欠であるといえる。
また、セカンドライフのプログラムはコンピュータにとって非常に負担の大き
いものであるので、参加者の中には自分のコンピュータではプログラムが起動出
来ない者もいた。そのため、大学のコンピュータ・ラボのコンピュータを利用可
能にしておくなど、他の選択肢を準備しておく事も非常に重要だと言える。
9.今後の課題
9-1.オリエンテーションの内容の検討
今回のプロジェクトでは参加者全員がセカンドライフ未経験者であったため、
学期の初めに基本的な操作方法を紹介するオリエンテーションを開いたが、実際
始めてみると、このオリエンテーションで紹介した事では十分でなかった事を痛
感した。
i) 問題への対応
先程述べたようにプロジェクト中、特に音声面に関して様々な問題が起こり、
その度に解決法を参加者に知らせなければならなかったが、共通の問題も多かっ
た。従って、よく起こる問題に対しての対応など、簡単なトラブル・シューティ
ングをまとめてオリエンテーションの時に紹介するのは非常に有効であるし、参
加者ストレスレベルを下げる事にも繋がると思われる。
また問題によっては私では解決できない事もあり、そのような時どこに連絡を
すればよいのか、誰に助けを求めればよいのかをまとめておき、参加者にも知ら
せておくのも大切ではないかと思う。
ii) カメラの視点の調節
先程の調査の結果から、参加者はセカンドライフのカメラ視点をあまり効果的
に操作していなかったと推測され、そのためアバターと参加者自身との乖離が起
こったと思われる。そのため、オリエンテーションでアバターと参加者自身の心
理的距離を縮められるよう、アバターに近い三人称視点を保つだけではなく、可
能な限り一人称視点へ切り替えられるよう、練習の機会を設けることが有効では
ないかと思われる。
iii) アバターの名前
今回のプロジェクトでは、参加者にオリエンテーションに参加する前に自分の
アバターを作っておくように指示しておいたのだが、実際始めてみると参加者の
つけた名前は、呼ぶのに長すぎるか、日本の発音システムには馴染みのないもの
がほとんどで、結局は参加者の名前を呼ばざるを得なくなり、それもアバターと
参加者自身の乖離に拍車をかけてしまったのではないかと思う。次回からはあら
かじめ、日本人の名前か、日本語で呼びやすい名前にさせたいと思う。
209
iii) ジェスチャー
ジェスチャーは今回のプロジェクトの準備段階で、最も時間がかかったものの
一つでありながら、参加者には残念ながらほとんど利用されなかった。これには
いくつか原因が考えられるが、参加者は活動中、話す、聞くに注意を取られ、ジ
ェスチャーを使う余裕がなかったのかもしれないし、操作が多少煩雑だったから
かもしれない。またジェスチャーは使えばより自然に見えるが、なくても言いた
い事は伝わるため、優先順位が低くなってしまったのかもしれない。また、たと
え使ったとしても、マウスで画面上にあるアイコンをクリックしなければならな
いことから、マウスのポインタの動きについてアバターの顔が動き、ジェスチャ
ー全体が不自然になってしまう感も拭えない。今後どうしてもジェスチャーが必
要になったら、ファンクションキーをショートカットとして設定し、「はい」
「いいえ」やお辞儀などの必要最低限のものに限定して使わせたいと思う。
9-2.これからの研究課題
今回のプロジェクトでは参加者の心理面に焦点を当てていたため、学生の実際
の談話には目を向けなかった。セカンドライフを実際に外国語学教育に活用でき
るかどうか判断するには、学習者が仮想環境上でどのように他の学習者と交渉し、
その交渉が有意義なものであるかを解明しなければならない。従って、今後の研
究では学習者の Production にも目を向けていく必要があると思われる。
10.セカンドライフの様々なレベルにおいての利用の可能性
今回のプロジェクトは上級者を対象としていたが、ここではその他のレベルに
おけるセカンドライフの利用の可能性について述べたいと思う。
>初級
初級で導入されるレストランやお店のような様々な場面での基本フレーズをセ
カンドライフ内でのロール・プレーを通して練習することも可能であるし、教室
ではなかなか実感しにくい建物などを使った指示語の練習(例:あの建物 vs. そ
の建物)、またいつもの環境を一歩出て、既に他のユーザーによって作り上げら
れている日本の環境を訪れる、文化学習の一環としての擬似日本旅行も可能であ
るだろう。
>中級・上級学習者
これも教室で実感しにくい道案内や道案内のための表現の練習をセカンドライ
フで行う事により、学習者が擬似体験する事も出来るだろうし、アバター・シェ
ルを使い、上司、部下の区別を視覚的につけることによって、敬語の練習もより
効果的に行えるのではないだろうか。また、日本にいるネイティブ・スピーカー
と仮想環境を共有しながらディスカッションやディベートをすることにより、日
本人の視点や考え方を本からではなく、直接学ぶ事も可能であると思う。
11.まとめ
セカンドライフは、まだ新しいテクノロジーであるため、今回のプロジェクト
は教師も学習者も手探りの状態からの出発となった。また、新しいテクノロジー
210
であるが故の技術面での問題が多発し、外国語学教育での実用化に向けて解決す
べき問題がまだまだ山積している状態である。また、従来の教室での対面授業と
比べ、準備の段階で非常に時間をとられるのも事実である。
しかしながら、「ユーザーが創作者」のセカンドライフが秘める可能性は大き
く、まだまだ有効な活用法があるに違いない。海外での生活を想定することが多
い教科書でのダイアローグからも分かるように、そもそも、もう一つの仮想的な
生活を想定する事が多い外国語教育で、より実感を持ってこの仮想生活を体験で
きる事の意義は大きいと信じ、更なる研究を進めていきたいと思う。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------リンク
‡ セカンドライフ日本語版
http://jp.secondlife.com
‡ Second Life Lipsync Viewer
http://www.creativemachinery.org/lipsync_viewer.html
‡ プリンストン大学のメインキャンパス
http://slurl.com/secondlife/Princeton%20university/146/149/24
‡ オフィスの環境
http://slurl.com/secondlife/Princeton%20Forrestal/51/34/23
‡ 松井が現在手がけている環境
http://slurl.com/secondlife/Princeton%20Forrestal/163/113/351
→この環境は現在空中にあるが、この夏、地上に降りる予定のため、夏以
降、このリンクは無効になる。
-----------------------------------------------------------------------------------------------------------参考文献
藤本徹(2007) 『シリアスゲーム』東京電機大学出版局
松原孝志, 臼杵正郎, 杉山公造, 西本一志 (2003) 「言い訳オブジェクトとサイバ
ー囲炉裏: 共有インフォーマル空間におけるコミュニケーションを触発す
るメディアの提案」『情報処理学会論文誌』 Vol. 44, No. 12, 3174-3187
Bump, J., 1990. Radical changes in class discussion using networked computers.
Computers and the Humanities 24, 44–65.
Doughty, C. J., & Long, M. H. (2003). Optimal psycholinguistic environments for
distance foreign language learning. Language Learning & Technology, 7(3), 5080 Gerhard, M., Moore, D., & Hobbs, D. (2004). Embodiment and copresence in
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Saito, R., & Ishizuka, N. (2005). Practice of online chat communication between two
countries and across different curricula. Journal of Multimedia Aided Education
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Schroeder, R. (2002). Social interaction in virtual environments: Key issues, common
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avatars: Presence and interaction in shared virtual environments. London:
Springer-Verlag.
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