7. 太陽風−磁気圏相互作用

7. 太陽風−磁気圏相互作用
地球磁気圏の外側の惑星間空間には,300〜800 km/s の太陽風が吹いています。地球の磁場は,
棒磁石のつくる磁場と同じ基本構造(双極子磁場)をもっています(図 1)。この磁場は,太陽風
に対してあたかも壁のように立ちはだかり,太陽に面した側の地球磁場は圧縮され,流れの圧力
と釣り合います。太陽に面した側の地球磁場は,ほぼ半球形の空間に閉じ込められ,昼側の磁気
圏を形づくります。太陽風は,昼側磁気圏の境界に沿って進路を曲げられ,上下や左右にそれて
夜側へと流れていきます。夜側の磁気圏の形状は,太陽風に吹き流されて,長く尾を引いたもの
となっており,彗星の尾と似ています(図 2)。
図1
図2
地球の磁場
地球磁気圏の形状
7.1
磁気圏の構造の概観
地球の磁場は,太陽風により変形され,太陽と反対の方向に長く引き伸ばされ, 磁気圏
(magnetosphere)を形成します。図 3 は,太陽磁気圏座標(GSM 座標)の XZ 面内における磁気
圏の形状と磁力線の様子を示したものです。横軸は X 軸,縦軸は Z 軸で,赤は閉じた磁力線,青
は開いた磁力線を表します。
図 4 は,磁気圏の構造と磁気圏に流れる電流系を示したものです。まず,磁気圏の一番外側に
磁気圏境界(magnetopause)があります。赤道面の
南北両側の広い空間はローブ(lobe)と呼ばれます。
ここには,地球の極域から伸びている磁力線が,夜側
に長く引き伸ばされています。磁力線の向きは,北半
球では地球向き,南半球では反地球向きです。北側の
ローブと南側のローブが接する赤道面に近い領域は,
磁場が弱く,熱いプラズマがシート状に溜まっている
ことから,プラズマシート(plasma sheet)と呼ば
れています。さらに,プラズマシートには,磁場が 0
となる部分があり,ニュートラルシート(neutral
図3
sheet)と呼ばれています。
図4
磁気圏の磁力線
磁気圏の構造と電流系
図 4(b)に,矢印で磁気圏の各部を流れる電流を示しています。プラズマシートを朝側から夕方
側に赤道面に沿って流れ出た後,南北に分岐し,磁気圏境界表面をぐるりと回るようにして流れ
ているのが尾部電流(tail current)です。地球前面の磁気圏境界を流れているのが磁気圏界
面電流(magnetopause current)で,磁気圏のカスプ(cusp)という領域を中心にして,閉じ
る形で流れています。
磁気圏という名称は,この領域では主に磁場がプラズマの運動を決めているということを示し
ています。
7.2
磁気圏物理の基礎(MHD 方程式)
磁場はプラズマと強い相互作用を起こし,両者は絡み合った複雑な運動をします。このような
磁場とプラズマの運動を取り扱うのが電磁流体力学(MHD: magnetohydrodynamics)で,太陽風
と磁気圏の相互作用および磁気圏で生起する電磁過程を理解する上で重要になります。
MHD の基本になるのはマクスウェルの方程式(Maxwell equations)で,
r
r
∂B
∇× E = −
(1)
∂t
r
r r ∂D
∇× H = j +
(2)
∂t
r
∇ ⋅ D = ρc
(3)
r
∇⋅B = 0
(4)
r
r
で与えられます。ここで,E は電場(electric field),D は電束密度(electric flux density),
r
r
r
H は磁場(magnetic field),B は磁束密度(magnetic flux density),j は電流密度(electric
current density), ρ c は電荷密度(electric charge density)です。式(2)の右辺第 2 項であ
r
る ∂ D ∂ t は変位電流(displacement current)と呼ばれますが,MHD で取り扱う現象では,第
r
r
r
r
r
1 項の j に比べて極めて小さくなりますので,無視されます。また, E と D および H と B の間
には,
r
r
D =ε E,
r
r
B = µ0 H
なる関係があります。ここで, ε は誘電率, µ 0 は真空の透磁率です。 µ 0 は定数なので,MHD で
r
r
r
は, H の代わりに B をよく用い, B を磁場と呼ぶこともあります。
MHD では,電気伝導度 σ を用いて,オームの法則(Ohm’s law)は
(
r r r
v
j =σ E +v×B
)
r
と表されます。ここで, v はプラズマの流速(flow velocity)です。一般に宇宙プラズマでは,
r
σ は非常に大きく,無限大と仮定されます。その結果, j が有限であるためには,
r r r
E+v×B =0
(5)
でなければなりません。式(5)から,電場の磁場に平行な成分 E|| は 0 となり,プラズマが磁力線
に沿って電場により加速されることはありません。式(1)と式(5)から
r
∂B
r r
= ∇× v × B
∂t
(
)
(6)
が得られますが,これは磁場の変化がプラズマの運動と関係があることを示しています。実際,
式(6)が意味するところは,磁力線はいつもそこに存在するプラズマとともに動くことで,この
ことを,MHD の創始者でノーベル賞を受賞したアルフベン(H. Alfven)は「磁場がプラズマに凍
結されている(frozen‑in)」と表現しています。このことは,異なった起源の磁場をもつプラズ
マは互いに混じり合わないことを意味します。式(5)を書き直すと,
r
r
r
E⊥ × B
r
v⊥ =
B2
r
(7)
となりますが( v ⊥ は v の磁場に垂直な成分),これは「プラズマの磁場に垂直な運動は電場と磁
場によって完全に記述できる」ことを示しています。
MHD における運動方程式(equation of motion)は,
r
dv r r
ρ
= j × B − ∇p
dt
(8)
で与えられます。ここで, ρ はプラズマの質量密度(mass density), p は圧力(pressure)
r
です。また, dv dt は
r
∂v r
r
+ (v ⋅ ∇ ) v
∂t
を意味します。式(8)の右辺第 1 項は磁気力(ローレンツ力)を表しますが,この力は,
r r
 B2
j × B = −∇
 2µ 0
(
)
r
 1 r
 +
B ⋅∇ B
 µ0
2µ 0 は磁気圧(magnetic pressure)
r
r
と呼ばれ, − ∇p B は磁気圧の勾配による力を表します。また, B ⋅ ∇ B µ 0 は磁力線の 張力
が示すように,2 つの成分からなります。ここで, p B = B
2
(
)
(tension)を表します。このように,磁場は磁気圧と磁力線の張力という形で,プラズマの運
動を支配します。プラズマの圧力 p と磁気圧 p B の比
β = p pB
はベータ値(β value)と呼ばれ,プラズマの運動に対して,β < 1 のときは磁場が支配的,β > 1
のときはプラズマの圧力が支配的になります。
連続の方程式(equation of continuity)は
∂ρ
r
+ ∇ ⋅ (ρ v ) = 0
∂t
(9)
で与えられます。MHD では,さらにエネルギー方程式(equation of energy)が必要ですが,
それは
∂Ε
r r r
+ ∇ ⋅ [(Ε + p ) v ] = j ⋅ E
∂t
(10)
で与えられます。ここで, Ε はプラズマのエネルギー密度(energy density)で,運動エネル
ギーと熱エネルギーの和として,
Ε=
r
1
p
ρ v2 +
2
γ −1
で与えられます( v は v の大きさ, γ は比熱比)。式(10)は,プラズマのエネルギーの変化が移流
r r
r r
r
r
∇ ⋅ (Ε v ) と圧縮膨張 ∇ ⋅ ( p v ) および電磁過程 j ⋅ E で決まることを示しています。j ⋅ E > 0 のとき
r r
は電磁エネルギーがプラズマのエネルギーに変換され, j ⋅ E < 0 のときは逆のエネルギー変換が
生じます。
マクスウェルの方程式(1)〜(4),磁場の凍結を表す式(5),運動方程式(8),連続の方程式(9),
エネルギー方程式(10)からなる方程式群を MHD 方程式(MHD equations)と呼んでいます。
7.3
磁気圏の境界
地球の磁場は,周辺の空間に双極子的に広がっています。太陽方向から超音速のプラズマの流
れ(太陽風)が押し寄せてくると,太陽風の動圧(dynamic pressure)によって,地球の磁場は
前面で圧縮されます。ここで,動圧とは流れが何かに当たったときに及ぼす圧力のことで,流れ
の密度を ρ ,速さを v とすると, ρ v
2
2 で与えられます。
いま,図 5 のような状況を考えます。この図は赤道面において,太陽風粒子が磁気圏境界に衝
突して跳ね返される模様を示しています。太
陽風の動圧は約 2000 pPa(p= 10
−12
)ですが,
太陽風の磁気圧は非常に小さく 30 pPa 程度で
す。従って,太陽風が磁気圏境界に及ぼす圧
力はほとんど動圧と考えることができます。
磁気圏境界でこの動圧が地球磁場の磁気圧と
釣り合っていますので,太陽風粒子の数密度
を N ,質量を m ,太陽風の速さを V とする
図5
と,圧力の釣合いの式は
κNmV 2 cos 2 φ =
磁気圏境界での太陽風粒子の反射
B2
2µ 0
(11)
となります。ここで,κ は運動量交換係数で,弾性衝突の場合は κ = 2 ,非弾性衝突の場合は κ = 1
となります。また, φ は磁気圏境界の法線(境界に垂直な線)と太陽風の進入方向との間の角度
です。赤道面において,磁気圏境界での地球磁場の強度(磁束密度の大きさ) B と地球中心から
磁気圏境界までの距離 r との関係は,
R 
B = f BE  E 
 r 
3
で与えられます。ここで, B E は地表面赤道での地球磁場の強度, R E は地球半径です。また, f
は地球磁場の圧縮効果を表す係数で,平面圧縮の場合は, f = 2 となります。従って,太陽直下
点( φ = 0 )で,弾性衝突( κ = 2 )と平面圧縮( f = 2 )を仮定すると,地球中心から磁気圏
境界までの距離 r は
 BE 2
r = 
2
 µ 0 NmV




1/ 6
RE
で与えられます。これに太陽風の代表的な値 N = 5 × 10 個/m3 と mV
6
2
= 10 −9 J を入れると,
r ≈ 11 R E となりますが,人工衛星による観測は太陽側磁気圏境界が地球半径の 10 倍程度のとこ
ろにあることを示しているので,式(11)に基づく理論値は観測とよく一致しています。
磁気圏境界の形
磁気圏境界の 3 次元的な形を,式(11)に基づいて決定しようとすると,太陽風側の動圧分布を
正しく見積もる必要があります。図 6 はこれを行って得られた磁気圏境界の 3 次元像です。実線
は磁力線を,点線は境界面を流れる電流を
示しています。南北に一つずつ,磁気圏境
界面上のすべての磁力線が集中する点が
あります。この点は,そこでは磁場の強度
が 0 になるので,磁気中性点と呼ばれ,磁
気圏のカスプに相当します。図 6 では,す
べての磁力線が閉じていることに注意し
てください。実際の磁気圏でも,磁気圏境
界前面の閉じた磁力線はカスプに集中し
ています。しかし,磁気圏は開いており,
図6
カスプも単なる点ではありません。
磁気圏境界の 3 次元像
バウショック
磁気圏の形を決めるのは,地球磁場の強度と磁
気圏境界付近の太陽風の構造です。太陽風に乗っ
た系で考えると,地球は超音速で太陽風プラズマ
中を移動しています。太陽風が磁気圏にぶつかる
ために起こる減速と圧縮の効果は,音波として太
陽風の中を上流に伝わることができず,衝撃波が
形成されます。実際,人工衛星は磁気圏境界の外
側に衝撃波が存在していることを確認しました。
図 7 の実線は理論的に求めた磁気圏境界と衝撃
波の位置,点は観測されたそれらの位置です。こ
の衝撃波は,船の舳先(バウ)の前方に形成され
る波にその形が似ていることから,バウショッ
ク(bow shock)と呼ばれています。
図7
磁気圏境界とバウショックの位置
バウショックは磁気圏境界前方 4 R E の位置にありますが,この衝撃波を太陽風が通過すると,
太陽風は急速に減速され,同時に過熱されます。衝撃波面での急激な磁場の増加により,太陽風
粒子の一部が上流に跳ね返され,太陽風の平均速度の減少を引き起こします。また,粒子は跳ね
返されるときに,不規則にエネルギーを得ます。バウショックは,乱流としての不規則性をもっ
たプラズマ粒子の集団運動によって形成される無衝突衝撃波です。
磁気圏シース
バウショックと磁気圏境界の間の領域は,遷移領域としての性格をもち, 磁気圏シース
(magnetosheath)と呼ばれています。磁気圏シースは,磁気圏が直接太陽風プラズマと接する
領域として重要です。この領域を介して,太陽風の粒子や磁場のフラックス(磁束)が磁気圏内
に注入されます。磁気圏シースのプラズマの性質や磁場の向きは,基本的に太陽風のそれらに近
いものとなっています。図 8 の左パネルは,太陽風の流線と超音速・亜音速境界の位置を示して
います。ノーズ近傍で超音速であった太陽風は,流れていくとともに亜音速へ遷移します。また,
シース内の密度分布は図 8 の右パネルのようになっています。この図から,ノーズ付近に密度の
高い淀んだ領域ができていることが分かります。
図8
7.4
太陽風の流線(左)と密度(右)
磁気再結合
地球の磁場は,太陽風粒子の侵入を拒んでいます。ほとんどの太陽風粒子は,地球をかすめて
吹き抜けていきますが,太陽風の磁場が南を向くと,粒子の一部が磁気圏内に侵入し,大量の太
陽風エネルギーが磁気圏に注入されます。図 9 に示すように,太陽風の磁場が南を向いていると,
地球前方の磁気圏境界で,太陽風の磁力線と地球の磁力線の両者が切断され,磁力線どうしの新
たな結合が生じます。この新たな結合を磁気再結合(magnetic reconnection)と呼んでいます。
太陽風の磁力線とつながった地球の磁力線は,開いた磁力線となり,下流(夜側)へ運ばれます。
このとき,太陽風の運動量が磁気圏に流入するとともに,太陽風粒子も磁気圏に侵入します。こ
うして,磁気圏の夜側に,大量の運動量と磁場のフラックスが蓄積されます。
図9
磁気再結合
磁気再結合の機構
磁気再結合は,一体どのようにして起こるのでしょうか。図 10(a)は,磁気中性面(magnetic
neutral sheet)と呼ばれる磁場が 0 の面を境に,磁場が反対方向を向いている状況を示してい
ます。反対向きの磁力線を両側から磁気中性面に近づけていくと,誘導電場が発生し,磁力線が
近づくことによる磁場の増大を打ち消すような電流が流れます。この電流を磁気中性面電流
(neutral sheet current)と呼びます。電気伝導度 σ が無限大であれば,いくら磁力線が近づ
いても,強い電流の壁ができるだけで,磁力線は隔たったままです。もし,磁気中性面のどこか
で少しだけ電気抵抗が生じたとすると,そこでは,
ジュール損失の形で磁場のエネルギーが消費さ
れ,周囲の磁場は,この消費を補うように,電気
抵抗が生じた領域に向かって拡散していきます
(図 10(b))。これは磁場の凍結が破れたことを意
味しています。 σ が無限大でないと,式(6)の代
わりに,
r
r
∂B
r r
1
= ∇× v × B +
∇2B
∂t
µ 0σ
(
)
が成り立ちます。上式の右辺第 2 項は拡散による
磁場の変化を表しますが( 1
µ 0 σ が拡散係数),
磁気再結合では,この項が重要な働きをします。
図 10(c)には,X 点として,磁力線の集中が起こ
る場所が示されていますが,ここで磁力線のつな
ぎ替えが生じます。図 10(d)の破線で示した磁力
線では,磁場の凍結が破れた結果として,異なっ
たプラズマが混合しています。地球前方の磁気圏
境界では,X 点の位置はほぼ赤道面付近にありま
す。
図 10
磁気再結合の機構
なお,磁気再結合は単にリコネクション(reconnection)と呼ばれることもあります。
〔用語解説〕
太陽磁気圏座標(GSM: geomagnetic solar‑magnetospheric coordinates)
地球中心を原点とし,地球中心から太陽中心への向きを X 軸,X 軸と地磁気極を含む面内で北
向きを Z 軸,東向きを Y 軸とする座標。太陽地球系の物理量を記述するのに用いられる。
乱流(turbulent flow)
時間的・空間的に極めて不規則な運動を行う流れ。
衝撃波(shock wave)
圧力と密度の不連続な変化が超音速で伝わる現象。
無衝突衝撃波(collisionless shock)
粒子間の衝突によらない衝撃波。プラズマでは,電磁場が衝突に代わる働きをし,衝撃波を形
成する。
フラックス(flux)
r
表裏のある曲面に関するベクトル場の面積分。S を表裏のある曲面,B を磁束密度とするとき,
∫
r
r
磁場のフラックスは B ⋅ dS で与えられる。また,磁場のフラックスは磁束(magnetic flux)と
S
も呼ばれる。
流線(streamline)
各点における接線の方向がその点での流れの方向と一致する曲線。
亜音速(subsonic)と超音速(supersonic)
流れの速さが音速よりも遅いことを亜音速,速いことを超音速という。
運動量(momentum)
r
r
質量と速度の積。プラズマの場合は,密度 ρ と流速 v の積 ρ v を運動量と呼ぶ。
ジュール損失(Joule loss)
電気抵抗のあるところを電流が流れると電磁エネルギーが熱エネルギーに変換されること。