書評10

(書評10)
「世界を変えた10人の女性」
(池上
彰著
文藝春秋社刊)
この夏、当センターにおいて、県の生涯学習課との共催事業「ジャーナリストスクール」
を実施した。小・中・高生の 6 班編成で、3日間、ふるさと「ふくしま」について取材し
新聞を作成するという企画であった。福島の二大地方新聞社の協力のもと、TVでも著名
な池上彰氏を迎え、アドバイスを得ながら子どもたちは紙面づくりを学んだほか、一般公
開の氏の講演会も開催した。そうした因縁もあって、今回は標記の本を選んでみた。
この本は、お茶の水女子大学における著者の講義録である。とりあげた女性は、アウン
サンスーチー、アニータ・ロディック、マザー・テレサ、ベティ・フリーダン、サッチャ
ー、ナイチンゲール、マリー・キュリー、緒方貞子、ワンガリ・マータイ、ベアテ・シロ
タ・ゴードンの10名であり、政治家から学者、修道女、実業家等業績を残した分野はさ
まざまである。なぜこの10人か・・・は編集スタッフとの協議のうえの著者の「独断」
とのこと。ノーベル賞受賞者を含む、あるいは「偉人伝」にも登場する著名な人ばかり。
評者にとってもこのラインナップにあえて異を唱えるほどのものはなく、イギリスの実業
家アニータ・ロディック以外については、生涯や業績の詳細を承知していなくても、大な
り小なり知識はある人物である。
ただ、
「現代史において活躍した女性たち」という括りからすれば、人によっては他に挙
げたい人物もいるだろう。そういう意味では、この本はあくまで「池上が選んだ10人の
女性」をとおした現代史ともいえよう。
一読して、これらの人物の足跡をざっとたどることにより、お馴染み池上流の明快な語
り(文章)と斬新な切り口、バランスのよいまとめ方で、現代史の様々な局面が「分かり
やすく」教えられる思いがして感心させられる。客観的な説明を心がけてはいるが、所詮
「池上流」
、氏の個人的な見方・解釈に過ぎないのだが、氏がかねてより重視し、実践して
いる大学教育における「リベラルアーツ」の適当な教材にもなっているようだ。
1820 年生まれのナイチンゲールから 1945 年生まれのアウンサンスーチーまで、かなり
の幅があるが、女性への差別や偏見が強く、女性の地位や権利が十分認められていない時
代状況にあって、彼らの苦労や困難は並大抵のものではなかったことは言うまでもない。
この10人がそれぞれの分野で、情熱を絶やさず、強靱な意思力と驚異的なねばり強さを
もって取り組み、それらを打開し、乗り越えることで、自分の遭遇した現代史の局面を大
きく動かす、いわば転轍手として画期的な役割を果たしたことは明らかである。
元国連難民高等弁務官の緒方貞子については、90年の湾岸戦争当時、大量に発生した
クルド難民の保護に奔走した。本来、人種的・政治的に迫害を受け、
「国外」に逃れた人々
が「難民」で、トルコ国境を越えられずにイラク国内に止まらざるを得ない40万人もの
クルド人たちは、
「国内避難民」で保護の対象ではなかった。緒方は国連に働きかけ、イラ
ク国内に保護区をつくるなど彼らを援助する。
「救わなければならない」という緒方の強い
使命感が前例を覆し、
「難民」の定義を変えさせたのだという。
なお、池上の講義後、昨年末から今年にかけて、ベアテ・シロタ・ゴードンとサッチャ
ーが亡くなっている。二人への追悼的な言及に加え、昨今の憲法改正論議の中で「女性と
子ども権利」の立場からGHQの日本国憲法草案づくりに携わったベアテの足跡、そして
アベノミクスなど経済再生が叫ばれる中でのサッチャリズムの光と影、それぞれが改めて
見直されており、この二人を「10人」に選んだ著者のジャーナリストとしての気質(か
たぎ)、あるいは嗅覚といったものを感じ取れる気がする。
(副館長 中野伸介)