20. ブック レビュー

ユーモアコード
物事を面白くするのは何かをグローバルに探究
ピーター・マグロー, ジョエル・ワーナー
ブランカ・ヴァン・ハッセルト
ユーモアやユーモラスな状況をどう受け取るか、日本人と欧米人
とでは全く異なっているせいで、頭が真っ白になってしまったり気
まずくなったりという場面に遭遇したのは、日本滞在中一度や二度
ではありませんでした。もちろん、テレビのお笑い番組で理解でき
ないものもありました。それは私が日本語をあまりよく理解できて
いなかったせいもあります。しかし、仮に日本語がもっとよく理解
できていたとしても、私は日本のコメディーを理解できなかっただ
ろうと思います。なぜなら、笑いの起こる理由となる背景知識がな
かったからです。ユーモアは、文化に深く根ざすものです。ユーモ
アとは、悪意のない冒涜だと言えます。ジョークは冒涜に限りなく
近い批判、風刺です。しかし、完全な冒涜となる一線は越えず、侮
とは一線を画すものです。それぞれの文化、民族性、ジェンダー、
宗教、政治信条、その他さまざまな分派などによって、どのような
ジョークなら受け入れられるかは異なります。さらに、どの程度の
ものなら受け入れられるか、その限界も異なります。異なる文化圏
でのユーモアを理解することは、社会的な問題を解くパズルのよう
なものです。人類学者のエドワード・ホールは「人々は笑い冗談を
言う。そのユーモアを理解し真にコントロールできれば、その他の
こともほぼ全てコントロールできていることに気付くだろう。」と
言っています。
著者ピーター・マグローはコロラド大学教授であり、ユーモア研
究所の創設者でもあります。ジョエル・ワーナーはジャーナリスト
です。二人はタッグを組み、一方がリサーチと実験を担当、もう一
方がその結果を楽しく読みやすい本にまとめる執筆を担当しました。
何が人々を笑わせるのか、その探究のために、彼らはコメディー
ショーに足を運びました。さらに、観客の前に立って自分たちの理
論を検証しました。最初の試みは失敗に終わりましたが気にするこ
とはありません。
ロサンゼルス:面白いのはだれ?面白いかどうかはそんなに問題
ではありません。それよりも、本物であるか、何を言っているのか
わかっているのか、間の取り方やリズムのセンスがあるか、そして
何より経験が豊富かどうか、そこが問われます。
ニューヨーク:どうやって面白くするか?二人はニューヨークで
漫画家に会い、漫画の吹き出しコンテストに参加しました。本当に
面白いものが出る確率はそんなに高くはないので、面白いものを創
ろうとするなら、とにかくたくさんのアイディアをどんどん出さな
ければなりません。さらに、一人で創るよりもチームで取り組んだ
ほうが、効率がよくなります。ユーモアはアルコールに関係してい
るということを発見したいと思えば、彼らはそれを実行に移します。
漫画家や吹き出しを書くキャプションライターを誘って飲みに出か
けるのです。最初の数杯でより面白くなってきたと思っても、もう
面白くない、あるいは、失礼だ、侮辱だ、と感じる段階が後にやっ
てきます。
タンザニア:なぜ笑うのか?1968年に流行した笑い病について調
査するため、二人はタンザニアを訪れました。アメリカ人である二
人はアフリカに慣れていません。自分たちは無害だと現地の人々に
わかってもらうために、初対面ではセルフユーモアが有効でした。
良質なコメディーとは謀議です。コメディーの背景知識を理解して
いなければジョークを理解できません。そこで、よく知られている
話題や出来事をネタにするか、そうでなければ、オチを言う前に背
景知識を説明しなければなりません。最後に、笑いには勢いが必要
なので流れに乗ってテンポよく笑いをとらなければなりません。
日本:翻訳の途中、いつコメディーは失われるのか?日本は単一
文化の国です。ほとんどの日本人が同一の文化的背景を持っている
ので、コメディアンが背景知識を説明しなければならないというこ
とはありません。外国人が日本のお笑いについていけないのはその
せいです。ピーターとジョエルは大阪でそのことに気付きます。彼
らは大阪で日本笑い学会会長、井上宏氏に会っています。
スカンジナビア:ユーモアにダークサイドはあるのか?世界に衝撃
を与えた2005年の風刺画事件は広く知られています。問題とされた
風刺画は預言者ムハンマドを戯画化した一連の作品でした。デンマー
ク人にとっては攻撃的要素などないものでしたが、イスラム国家に
とってはかなり侮 的なものだと受け止められました。この風刺画
には敵意は無かったのですが、デンマークの外交問題に発展し、ボ
イコット騒動を引き起こしました。ピーターとジョエルが指摘する
ように、コメディーは、特にグローバル化すると、成功するよりも
失敗するほうが容易です。物事が面白いのは、一線を越えそうで越
えない範疇に留まっている間です。したがって、限界のラインを越
えてしまわないようにするのが重要なのです。コメディーが犠牲者
を生むこともあるのです。犠牲者になるのはジョークで笑う人では
なく、笑われる対象であることを心に留めておかなければなりませ
ん。
パレスチナ:最もユーモアからかけ離れた場所でユーモアを見つ
けられるか?この章では彼らはパレスチナに赴き、紛争地域でブ
ラックユーモアを採集します。彼らは難民キャンプでたくさんのユー
モアに出会います。ラマラのバーゼイト大学、人類学、民俗学教授
シャリフ・カナーナ氏は、数十年にわたりパレスチナ人のユーモア
を記録してきました。そこにはパターンがありました。ユーモアを
振り返ってみることで、見えてきたことがあったのです。モラルが
低下し、ジョークは暗くなり、何かがなされるべきだと人々が訴え
るようになって、そして暴動が起こるのです。ユダヤ人大虐殺を生
き延びた人々は、アウシュビッツなどの強制収容所で飛び交った
ジョークを覚えています。ユーモアがフラストレーションを緩和す
るのに重要であることは間違いありません。ユダヤ人大虐殺の生存
者であり心理学者のギゼル・サイコイックス氏は言います。「ホロ
コーストのユーモアは人生を肯定するものでした。」笑いは敵意や
警戒心を和らげます。みんなが心配していることでも、たいしたこ
とはないと思えたら、心の重荷を軽くすることができるでしょう。
もしかすると、重荷を消すことさえできるかもしれません。「自尊
心があれば、辛い現実が苦しみを強要しようと挑発してくるストレ
スを拒絶できます。外の世界が与えるトラウマに影響されないでい
られるのです。」
アマゾン:笑いは最高の良薬か?ピーターとジョエルはペルー空
軍の貨物機でアマゾンの町ベレン、イキトスの端のスラム街へと100
人のピエロと共に飛び立ちました。100人かそれ以上のピエロ達はゲ
ズントハイト・グローバル・アウトリーチという、パッチ・アダム
スによって設立された国際団体から派遣されました。その団体は、6
大陸にまたがる世界約60カ国にピエロを派遣しています。自国では
それぞれ医師、ソーシャルワーカー、セラピストなどとして活動し
ている人々です。優れたユーモアはあらゆる種類のポジティブな感
情を呼び起こし、そのポジティブな感情が、事態が悪化したときの
心理的緩衝材の役割を果たすのだと彼らは言います。それだけでな
く、ユーモアは、一人のものの見方や状況把握の仕方を変え、冒涜
を悪意のないものに変化させます。コメディーは世界からの逃避に
シグナルを送ります。みんなが笑う自由を感じられる、安全で遊び
心に満ちた空間を創り出します。ジョークは、ストレスへの能動的
対処機能になりうるのです。人生の辛い現実を冗談にすることを恐
れないことです。ユーモアは、その場に居合わせる人々にとって大
切なものであると同様に、発信する人々にとっても重要なものです。
自分のコメディーを楽しめなければ、ほかに誰も楽しむ者はいない
でしょう。
この本は、とても面白い本です。よくリサーチされた上で書かれ
た良著です。読みやすく書かれていて軽く読むことができます。
ジョークは双方のモラルを高め、社会的な関係を容易にします。
もちろん、相手をよく知らないのであれば、ユーモアはシンプルで
普遍的なものにするのがよいでしょう。
I-News 108 February/March 2016 The Winter Issue
訳:小越二美 (Fumi Kogoe)
20