第5章 割引率の算出方法について - ヒューマンホールディングス株式会社

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第5章
割引率の算出方法について
第5章
割引率の算出方法について
通常、現時点で手元にある100万円と1年後に入手する予定の100万円とは、決して同一
の価値をもたない。それは、現時点と1年後との間に存する時間的隔たりに由来する不確実性の
ためである。1年後という将来における100万円は、そのままでは、現時点における100万
円と比較することはできない。すなわち、万円という単位は同一ではあっても、それぞれのキャ
ッシュフローの発生時点が特定化されており、時点が特定化されているキャッシュフローは、ス
カラー量ではなく、ヴェクトル量なのである。故に、そのままでは、足したり引いたり比較する
ことは不可能なのである。つまり、
(100万円, 現在時点)=(100万円, 1年後)
このように、異時点で発生するキャッシュフローは同質ではないので、現時点評価額もしくは
将来時点評価額に揃えてからでなければ、加減(算)をすることは意味が無い。経営の場におい
て、普通は、意思決定時点が現在時点であることが多いため、現在時点評価金額(現在価値)に
換算される。現在価値額は、将来時点において予想されるキャッシュフローを、
(1+割引率)を
以って除すことにより得られる。この割引率の算定作業は、異時点間におけるキャッシュフロー
変換こそがコーポレート・ファイナンスの本義と見做すとき、非常に重要な意味をもつことがわ
かる。
割引率は、評価者にとって、将来時点における不確実なキャッシュフローを現在時点における
確実なキャッシュフローと同質なものとするプレミアム・レート(%)であり、その要素は、現
在と将来との間を架け繋ぐ利子率および流動性プレミアムをはじめとした、諸々のリスク・プレ
ミアムから成る。利子率は、等金額であれば、現時点に近ければ近いほど高く評価されるという、
金利の「時間選好説(Time Preference Hypothesis)」にその存在根拠を求めることができる。時間
選好説に依拠すれば、利子率は、現在時点と将来時点との間に存する時間的な隔たりに関わる不
確実性部分に対応しているのであるから、これを用いて割引くことで、特定時点におけるキャッ
シュフローから、その時間軸を除去することが可能なのである。
企業にとっての利子率とは、外部から導入する資本の調達コストであって、それは大別して、
負債コストと持分コストである。負債コストの中には、一方で、確定金利の調達手段であるコマ
ーシャル・ペーパー、短・長期の借入金、普通社債等々のコストが挙げられ、他方、ワラント附
き社債や転換社債などの持分型証券(Equity-type Securities)の必ずしも確定金利附きにはならな
い調達コストとがある。その何れも、約定や契約で、金利が明示されており、調達コストを推定
する作業は左程困難ではない。これとは対称的に、配当という形態での不確定金利が附く株主資
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コーポレート・ファイナンス
本(株主持分, Stockholders' Equity)のコストについては、算定のための明示的な情報が存在しな
い分、困難が付き纏う。株主資本のコストに関しては、株主が企業に期待する、株式の運用利回
りと考える。株主が、株式の購入を通じて企業に期待している収益率の予想水準があるはずであ
り、企業側は、その株式収益率の予想水準を、株式という手段によって調達した資本のコストと
見做すべきであると考えるのである。ここではちょうど、ミラー・イメージのように、株主の期
待する収益率=企業の調達コストと考えることにしたのである。
ここで、負債コストを求める、より具体的な段取りを見てみよう。銀行借入金のような場合、
約定の借入れ金額から拘束性の預金金額を差引いたものを分母とし、その拘束性預金からの預金
利息を名目の借入利息から差引いた支払利息純額を分子として、実質の借入れ金利が求められよ
う。実際には、手数料、諸税などの取引コストが掛かるわけだが、コスト算定の肌理細かさは、
本来の分析目的や他の情報がもつ詳細さ程度等に依存して決めることになる。また、普通社債の
コストは、社債発行による当初調達資金に対応する、以降のクーポン支払いおよび元本の返済に
伴うキャッシュ・アウトフロー流列情報から算出できる内部収益率を求めればよい。債券数理で
は、この場合の内部収益率を(欧米式)最終利回りと呼んで、社債の発行時における利回り指標
として用いられている。この場合も、勿論、証券会社への手数料や税金などの取引コストは存在
する。発行以後の時点における流通利回りも、同様にして、当初調達資金額の代わりに流通市場
価格を、満期の代わりに満期までの残存期間をインプットして、最終利回りを求めればよい。
さて、株主資本コストを求めるには、株価・配当説、株価・利益説、株価・キャッシュフロー
説などを活用できるので、例として、以下に、株価・利益説を示しておこう。株価・利益説も現
在価値法そのものであって、満期の無い株式保有から期待される将来における一株当たり利益な
るキャッシュフロー流列の現在割引価値を、ちょうど、株式市場における株価と等しからしめる
割引率を以って、株主資本コストと見る見方である。
株価・利益説の例
当初一株当たり利益 (1 + g ) t
(1+ 株主資本コスト)
t =1
+∞
市場株価=∑
但し、gは、一株当たり利益の予想成長率とし、株主資本コストの値よりは小さいものとする。
このようにして求められた負債コストと株主資本コストは、そのそれぞれの未返済残高を重み
とした加重平均値を算出することにより、当該企業が外部から調達した資本の総体的コスト数値
である加重平均資本コスト(the Weighted Average Cost of Capital)が得られる。
第5章
加重平均資本コスト(Weighted
W . A.C .C .=RE
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Average Cost of Capital)
D
E
+ RD・(1 − τ ・
)
E+D
E+D
但し、RE は資本コスト、RD は負債コスト、τは法人所得税率、E は株主資本額、D は負債総額
とする。
さて、ここで、加重平均資本コストに関連した M=M 仮説第Ⅱ命題を挙げておこう。第Ⅱ命題
とは、企業の負債比率の上昇に伴い、加重平均資本コストは単調に減少してゆく。その極限値は、
税引後負債コストの水準である。このことを、以下に、図と式で表現しておく。
加重平均資本コスト減少の図
20%
資本コスト
税引後負債コスト
18%
資本コスト等(%)
16%
14%
12%
10%
8%
6%
4%
2%
0%
0%
20%
40%
60%
80%
100%
負債比率
D
D
) + RD・(1 − τ ・
)
E+D
E+D
D
=RE + [RD・(1 − τ ) − RE ・
]
E+D
W . A.C.C.=RE (1 −
この M=M 仮説第Ⅱ命題は、我々の五感と抵触する。なぜなら、企業は、その負債比率を増加
させればさせるほど、その資本コスト引下げに成功するのであるから、その分、企業の資産価値
評価額は、単調に上昇し続けることが可能になるからである。借入を行なえば行なうほど、企業
価値がどんどん増してゆく事態は自然ではない。何となれば、負債比率の上昇は、一方で、財務
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コーポレート・ファイナンス
梃子効果(Financial Leverage Effects)を持ち、それが企業価値を増加させるが、また、他方で、
財務リスク(Financial Risk)も発生させるからである。
すなわち、負債の増加により、金利返済・元本返済金額が高まるために、キャッシュフローの
予想流入分で、その返済金額を支払えなくなる可能性が大きくなってゆく。ここで、財務リスク
とは、事業リスク(Business Risk)、事業環境リスク(Business Environmental Risk)とともに営業
リスク(Operation Risk)の構成要素であって、他の条件にして等しい限りで、負債利用による事
業リスクの増し分として定義されている。企業では、この営業リスクが管理リスク(Administration
Risk)と相俟って、経営リスク(Management Risk もしくは Corporate Risk)を構成している。次
図では、それぞれ、別文脈で定義されている財務リスクに近い概念を、敢えて、試論的に関連付
けてみた。
財務上の各種リスクの相対関係
図中、信用リスク(Credit Risk)とは、通常は、資金を提供している金融機関側から見ると、提
供している資金の元本および利子の返済が滞る可能性であるが、ここでは、もう少し、その意味
合いを拡張して、現金管理、流動性の制御という範疇を超えた、定性的な信用概念、例えば、歴
代の経営陣が脈々と築き上げてきた人的ネットワークとか、暖簾、ブランドなどの無形資産まで
も、リスクとして秤量する対象に入れる。従って、資金上、返済は可能でありながら、返済の意
志がない場合でも、リスク判断ができる。
次に、流動性リスク(Liquidity Risk)とは、イールド・カーヴの議論で出てくる流動性プレミ
アムとは異なり、流動性(現金)を管理する総合能力に照らした上で、必要な流動性が不足する
チャンスと定める。従って、現金の受け取りと支払のタイミングのシフトで、このリスクを加減
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することが可能とする。中でも、債務不履行のリスク(Default Risk)は、債権・債務の関係から
生ずるリスクとし、資本提供者からの猶予等により、そのリスクを加減することができるものと
考える。最後に、倒産リスクであるが、これは文字通り、企業が倒産するチャンスであるが、実
際に倒産状態にあっても、再建を大前提とした上の大口債権者からの協力が取付けられれば、救
済される可能性もある。それぞれのリスクの包含関係は、図に示すようになっていよう。さて、
企業財務で定義される財務リスクとは、これら全てのリスクと共通部分をもつものの、事業リス
クとの見合いで定義されたものであるから、上掲の図中のような関係で、関連するリスクと関わ
っていると見ることができよう。
以上の議論から明らかなように、割引率の算定には、資本の調達コスト要因のみならず、将来
稼得することが予想されるキャッシュフローに付随する諸々のリスク要因に関するプレミアムを
も考慮する必要がある。特に、考慮に値するプレミアムは、流動性プレミアムと債務不履行のプ
レミアムを含む財務リスクに対するプレミアムである。その他のリスク・プレミアム要因の源と
なるリスクには、インフレーション・リスク、外国為替変動のリスク、カントリー・リスクなど
がある。結果として、割引率は、以下の公式で表現できよう。
割引率=(1+加重平均資本コスト)×(1+諸リスク・プレミアム)−1
執筆者
太田 康信
(おおた
やすのぶ)
英国国立ウェールズ大学大学院経営学修士号(日本語)遠隔教育
プログラム教授
成蹊大学経済学部経営学科教授
慶應義塾大学経営管理研究科(ビジネススクール)元教授
執筆者略歴
実学的コーポレート・ファイナンスの第一人者であり、数多くの企業
のコンサルタントや取締役として実質的な企業財務・投資政策を手が
ける傍ら、起業のインキュベーターとして産学協同のアントレプレナ
ー育成に取り組んでいる。
コーポレート・ファイナンス
平成16年1月10日 初版発行
発行(編)者
英国国立ウェールズ大学大学院経営学修士号(日本語)
遠隔教育プログラム
〒163-0503
東京都新宿区西新宿 1-26-2
電話 03-3342-5092
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